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雑誌目次

論文

精神医学18巻7号

1976年07月発行

雑誌目次

巻頭言

敏感関係妄想と精神医学

著者: 切替辰哉

ページ範囲:P.718 - P.719

 エルンスト・クレッチメル教授は1918年に「敏感関係妄想—パラノイア問題と精神医学的性格研究への寄与」なる論文を発表した。「敏感関係妄想」の精神医学における位置づけについては,この書の私の日本語翻訳版のための原著者の序に極めて適切に述べられていて余すところがない。今にして思えば,この原著者の序は,クレッチメル教授が多次元精神医学,即ち多次元診断と多次元治療の思想を自ら集約され残された珠玉の文となった。
 私がこの書の翻訳を志したのは,私が1945年北海道大学精神病学教室に在った時であるが,1955年,アキレサンダー・フォン・フンボルト財団給費留学生として渡独,チュビンゲン大学精神病学教室クレッチメル教授の門に入った。当時,ホーヘン・チュビンゲン城の見渡される教授室で,教授はこの書の日木語翻訳を許可され,奨励され,私の願いによって日本語翻訳版の原著者の序を寄せられた。この原著者の序は,私にとってカスタニアの花咲くチュビンゲン大学精神病学教室とクレッチメル教授同想の文となった。

展望

眼性刺激による脳波賦活と眼性てんかん

著者: 高橋剛夫

ページ範囲:P.720 - P.739

I.はじめに
 1970年に著者は,ある種の幾何学的図形を凝視して欠神小発作が誘発されるいわゆる図形過敏てんかん17)の1例を経験した72)。あまりにも印象的なその臨床・脳波所見に興味を覚え,以来我々は,各種視覚刺激,更には眼瞼・眼球運動(以下,眼球運動と省略)による脳波変化の分析的研究を重ねてきた74〜79,85〜87,92,93)。点滅光注1)だけでなく全体野(Ganzfeld)92),赤色光74),図形73,78)などの視覚刺激に加えて,眼球運動85)(視覚刺激と眼球運動を,以下,眼性刺激と一括する)によっても発作波の誘発されることが稀ではなく,我々は従来の脳波賦活法,特に固定化したともいえる開・閉瞼賦活とストロボスコープを用いた閃光刺激賦活58)に,どうしても疑問を抱かざるをえなかった。これらの賦活法に代って,我々は新たに眼性刺激による脳波賦活(以下,眼性賦活と省略)80〜82)を案出した。眼性賦活は,視覚感覚賦活と眼球運動賦活の2つから成り立っている。視覚感覚賦活には,脳波賦活のための視覚刺激装置(以下,視覚刺激装置と省略)108)を用い,開瞼した一定の状態で15c/secの点滅,赤色光,図形の3つを個々に,または組み合わせて行なう脳波賦活である。眼球運動賦活は,暗室での開・閉瞼と開瞼した状態で各方向への眼球運動による脳波賦活である。特に視覚感覚賦活のうち,赤色点滅刺激とついで点滅図形刺激は,閃光刺激賦活に比較しても優れた発作波賦活効果を示す79,84)。眼性賦活で発作波が誘発された症例をてんかんに限ってみると,それにはいわゆる光原性てんかん注2),テレビてんかん,閉瞼で誘発されるてんかん,眼球偏位性てんかん,2次性読書てんかんなどが含まれる。しかし,これら症例を眼性賦活という分析的脳波賦活の立場からみると,上述した従来のてんかんの分類はあまりにも便宜的,かつ一面的見方に過ぎるように思われてならない。我々は,眼性賦活という脳波賦活法に立脚した,眼性てんかんという反射てんかんの一群を,新たに提唱したい。それは,眼性賦活効果から(1)視覚感覚型,(2)眼球運動型,(3)混合型,の3型に分類される81)
 本稿の主題である眼性賦活と眼性てんかんを紹介する前に,特に眼性てんかんを提唱するに至った理由をより鮮明に浮き彫りにするため,反射てんかんの一群である光原性てんかんとそれに近縁なてんかんの展望を試みたい。

研究と報告

嫉妬(不実)妄想患者のErosの精神病理—殺人未遂の2症例より

著者: 倉持弘 ,   羽田忠

ページ範囲:P.741 - P.748

Ⅰ.まえおき
 ここに報告する症例A,Bは,初発時より純粋な嫉妬妄想を長期間もち続け,症状発展の窮地において,妄想対象の配偶者に殺人未遂の犯行に及び,共に当病院で司法鑑定を受けた例である。Aは現在なお問題事例として未決拘留中である。Bは不起訴後当院に長期入院し,最近死亡するまでの生涯が追跡できた貴重例なので,本論で取り上げた。
 もともと,jealousy,jalousie,Eifersuchtといった言葉はラテン語のzelus(熱中,熱情)から出発しているが,昔も今も普遍的な意味をもたされている。本論と関係ある興味ある事柄は,フランス語のjalousieが“blind”または“shutter”の意味に使われたことである(Shepherd, M. 21),Robbe-Grillet, A. 20))。つまり,ブラインドは窓おおいであり,内から外を見ることもできるし,傾け方によっては外から内も見える。無論閉ざされれば,何も見えない。この〈見える〉〈見えない〉のからくりの陰に,疑わしくも滑稽な,愛人の情事が散見されるという曰くあり気な情景に意味がある。嫉妬者がまぎれもなく,〈この目で見た〉という情景描写は,このブラインドをめぐってなお謎に満ちているが,彼らにとっては切実な実体的体験である。本論ではこれらの現象学的特性を,愛(Agape)に対するErosの様態から解析することを主眼としている。なお,「性の革命期」といわれている今日的文化情況から,嫉妬現象を見直すことも考えられた。

自己中心的な体験系と他者中心的な体験系について—構造主義的考察

著者: 塚本嘉壽

ページ範囲:P.749 - P.755

I.はじめに
 この小論は自己漏洩症状6)を主とするいわゆる他者中心的(exocentrique2))な体験系と,影響症状を主とする自己中心的(egocentrique)な体験系とがもつ対極性の意味について,主として構造主義的見地から若干の考察を試みようとするものである。ここでいう「他者中心的」体験系とは,自己の存在ないし属性が外界(主に他者)に悪い影響を与えてしまうという形式をとった一群の異常体験を指し,「自己中心的」体験系とは,逆に自己が外界から侵襲されるという形式をとった一群の異常体験を指す。症例としては,他者中心的体験系に属するものの例として自己視線恐怖,自己臭恐怖,自己漏洩性分裂病,自己中心的体験系に属するものの例として不潔恐怖,影響症状を主とする分裂病を,各1例ずつ記載することにしたい。

幻覚剤DOM(STP)の臨床的並びに精神生理学的研究

著者: 岡崎祐士 ,   町山幸輝 ,   斉藤陽一 ,   臺弘

ページ範囲:P.757 - P.770

I.序文
 我々は,1971年にDOM即ち2,5-dimethoxy-4-methylamphethamineの人体への効果を検索する機会を得た。DOMは,STP注1)とも通称され,1967年頃から英国のヒッピーたちによっておもに使用されているといわれている。DOMは図1に示すような構造を有している。同図から推測されるように化学構造上では,幻覚剤メスカリンと覚醒剤アンフェタミンの双方に類似した中間的構造を示している。従ってDOMが,主にメスカリン様作用を示すか,アンフェタミン作用即ち中枢刺激興奮作用を示すかは,その構造との対比で興味あるところである。
 ところでDOMについては,Snyder, S. H. ら1〜3)による人体への効果の報告がある。彼らによると,2mg程度の少量では緩和な多幸感をきたし,5mgを越すと顕著な幻覚作用を示すという。また,本研究に先だって,臺らによりDOM投与によるニホンザルの行動変化の研究4)が行なわれた。その結果では,陶酔状態の指標と考えられる「軽度のねむ気,痛覚減退および刺激に対する反応性の低下ないし周囲に対する無関心」が最も顕著な効果であった。そして幻覚剤LSD,メスカリンと同じく,慢性覚醒剤中毒後遺状態にあるニホンザルに与えても急性に慢性中毒症状を誘発再現することはなかった。アンフェタミンおよびメトアンフニタミンであるならば,このような再現が起こるのである。このように,これまでの研究からは,DOMが幻覚効果をもち,LSD,メスカリンなどと類似の作用をもっていることが推測される。

抑うつ焦燥感をきたした腎移植の1例

著者: 堀田直子 ,   村山英一 ,   本多邦雄 ,   堀田宣之 ,   永田卓生

ページ範囲:P.771 - P.775

I.はじめに
 腎移植研究の歴史は,1902年,Ullmanの実験的腎移植の報告1)に始まる。1960年代に入り,抗免疫療法の開発,手術手技の確立,組織適合試験の進歩などにより,腎移植の成績は,毎年に格段の向上を示している2)。これを追うように,1966年頃から,腎移植者(recipient)と提供者(donor)とをめぐる精神力動学的な問題や,腎移植医療スタッフの心理的な問題など,精神医学面からの問題が提起されるようになった3〜5)
 最近,我々は腎移植術を受けた後,不安焦燥状態に陥った症例を経験した。本邦においては,いまだ腎移植適応症例の選択に際し,身体的側面の検索が重視されるあまりに,精神面からのアプローチがないがしろにされている印象を強く受けるが,本例もその非を免れない例である。人体臓器を移植するという倫理的問題の是非を回避して,早急に,外科的適応決定がなされる現況の中で,患者の精神的治療を無視する結果の不幸を指摘し,考察を述べたい。

古典紹介

—Leo Kanner—Autistic Disturbances of Affective Contact—第1回

著者: 牧田清志

ページ範囲:P.777 - P.797

 1938年以来我々は従来の報告に見られないユニークな子どもの一群があることに注意を向けてきた。各症例を詳述することは,その興味深い特殊性を考える充分な価値があると思うが,紙面の制約からここでは各症例の要約を示さなければならないし,同様の理由から写真の掲載も省略する。ここに紹介する子どもはいずれもまだ11歳を越えたものはないので,この報告は第1報と考えられたく,子どもたちの成長に伴って観察を続け報告を充実してゆくつもりである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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