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雑誌目次

論文

精神医学18巻8号

1976年08月発行

雑誌目次

巻頭言

神経科診療所の諸問題

著者: 黒丸正四郎

ページ範囲:P.818 - P.819

 もう10年以上も前のことであるが,日本精神神経学会がなごやかに開催されている会場のロビーで,2人の私立精神病院の院長と雑談を交していた時,「この頃,病院の外来患者が増えて困っている。それでなくても医師,看護婦の人手不足で病棟がいそがしい午前中,手はとられるし,医療費からみれば損になるし……」という話を聞いて,奇異の感に打たれた記憶がある。それは内科であろうが,外科であろうが,医療を営んでいる者にとって外来が繁昌することは歓迎すべきことであり,本来,外来診療が充実して持ち切れなくなると,病棟を開設し,それから大きな病院へと発展してゆくのが通例であるからである。この点,精神医療の歴史は逆であって,まず精神病院が郊外に建って付属的に外来診療の看板も出すが,周囲が都市化し人口が増えると,外来患者も増えてきてその対策に忙殺されるという経過をたどっている。精神医療が他の科の診療と違って,まず精神病者の監禁収容という必要性から始まって今日に到ったという歴史を如実に物語るものといえよう。
 ところで,現今の精神医療の実態は海外のことも含めてどうなりつつあるであろうか。まず精神薬剤の導入と,可能なる限り患者を社会的環境に即して治療しようという意識改革によって,入院期間の短縮が行なわれ,外国では精神病床数の大幅の減少が起こっている。そしてその当然の結果として,入院前および退院後の外来診療が重視されるとともに,その患者数も増加している。我国の実情もこの傾向がないとはいえない。また一方,10年以前と違って精神医療の対象は著しく拡大されてきた。即ち,狭義の精神病者のみでなく,神経症,PSD,てんかんその他の脳器質性疾患,交通外傷などに基づく頭部外傷後遺症患者など,精神医学や神経学に基づいて治療しなくてはならぬ対象の範囲は非常に広くなった。のみならず,本来は精神疾患である「軽症うつ病」なども,外来治療で充分やってゆけるようになったし,更に,小児や児童の心理的問題を精神科医に問うという世の風潮も加わって,精神科,神経科の様相は一昔以前と違って変わってきた。既設の精神病院でも上記のように外来が多忙となり,都市では大学病院や官公私立総合病院の神経科外来,神経科診療所(精神科の開業医)の患者が増加しつつあるのはこのためといえよう。

展望

頭部外傷の臨床

著者: 太田幸雄

ページ範囲:P.820 - P.838

Ⅰ.まえがき
 頭部外傷,特に精神科医の取り扱う後遺症患者には極めて雑多なものが含まれており,それは単に頭部外傷という外的偶然的な事象によって集められた雑然とした集団にすぎない。まず,戦傷と平和時の外傷civilian head injuryとで種々の条件が著しく異なる外,受傷の程度とか機制の差(ことに開放性外傷注1)と閉鎖性外傷の差),損傷の部位によって症状の種類と程度が変化するのみでなく,年齢などの条件94,124),心理的な問題,法律的な問題,社会的状況などによって状態像が著しく変化する29,75,231,240〜242)。こういう状況においては,個人個人についていわばmade to order的に診断や治療を行なう必要がある266)。そのために太田172〜177)は力動的な神経病学(例えばGoldstein63〜65))とKretschmer127)流の多元的な考察法とを組み合わせて診断と治療を行なうべきであるとし,その方法論を詳述した。
 さて,頭部外傷の場合,何といっても中枢神経系に外力が働いたのであるから,常に器質的損傷の存在の可能性を念頭においておく必要がある。器質的病変が存在するにもかかわらずそれを認知しえなかった症例の報告もかなりある31,70,136,197,212,245)。注意深く診断すると,自律神経症状や神経症症状が前景に出ているものでも軽度の神経病学的症状がよく認められるという報告もある134)

研究と報告

外傷性失語の残遺状態

著者: 清田一民

ページ範囲:P.839 - P.846

I.はじめに
 本症例は,交通車故による閉鎖性頭部外傷の後遺症として,感覚失語を主徴とする神経・精神症状を示し,受傷から1年半を過ぎた頃,症状固定と鑑定されていたが,その後,徐々に改善されたので,受傷後4年を過ぎた時点で再鑑定を依頼されたものである。本例の言語的機能については,ほとんど回復しているという主張(A論者)と,依然として障害は高度であるという主張(B論者)が対立していた。外傷性失語の予後については,第二次大戦中のソ連邦における頭部戦傷者の報告4)によると,非貫通性(閉鎖性)外傷の場合が,貫通性(開放性)外傷の場合より,はるかに早く回復するという。かつ,言語療法士による積極的な機能回復訓練を行なえば,回復は更に良好で,受傷後3年間,話すことも書くこともほとんどできなかった例(Gloub 40歳)でも,10ヵ月の訓練で著しく改善されたという。わが国では,第二次大戦における頭部戦傷による言語障害の回復について,受傷から10年後のアンケート調査で,まだ自覚的に軽快しつつあったという報告3)があるが,詳細に検討されてはいない。平和時の頭部外傷による失語の長期予後についても,詳しい報告に接しない。かつ,症状固定の時期8)の診断および失語の自然治癒の状態像とその症度の評価など,臨床上問題が多い。本例を通して,これらの点について若干の考察を行ない,大方の御批判に供したい。

“Transient Fluent Aphasia”とGerstmann症状群

著者: 八島祐子 ,   丸子一夫 ,   高谷雄三 ,   石下恭子

ページ範囲:P.847 - P.852

I.はじめに
 左右障害,手指失認,失算および失書を四症状とするGerstmann症状群9〜13,15)(以下G症状群と略す)は,既知の症状群として広く認められている。それにもかかわらず,その原因や症状発生機転については諸説があり,本症状群の存在の有無について疑念を抱いている人々さえおり定説がない1,3,19〜21)
 臨床上,私達は,左右障害,手指失認,失算および失書などの症状が同時に存在する症例を多数経験しており,Gerstmannの原著にみられる上記の四症状を従来通りG症状群の基本症状と考える。実際にはこれらの四症状のほかに,失読,身体部位失認,健忘失語などが随伴することがあり,Gloningら8)は“enlarged” Gerstmann syndromeと称し,臨床的単位として扱っている。症状群発現の損傷部位の中心をなすのは,優位半球の頭頂部・後頭葉移行部,即ち,角回であることは従来諸家が認めている。

幼時の心身発育状況と精神科疾患

著者: 高橋良 ,   原田邦昭 ,   中根允文 ,   松永文保 ,   川崎ナヲミ

ページ範囲:P.853 - P.863

I.はじめに
 従来から多くの研究者が精神障害を生み出す特殊な環境を見出そうとして,病者の幼少時の背景を復元しようとしてきた。特に力動的立場に立ち本人の内面史的追求を採用した事例研究や家族研究は,発病にかかわる要因として病者の幼少時よりの精神発達の偏りおよび家族病理の特徴を報告12,19,23,28)している。しかしこれらの多くはほとんどが回顧的な方法に頼っており,幼少時の生活に関する情報は患者自身によるかその家族により得られていて,その資料を検討する場合,それらが彼らの偏見や調査者自身の潜在的偏見によるものか,真の幼少時の背景かを区別するすべがないという欠陥をもっている。従ってより実証的な研究を行なうには,一定地域内の人口について幼少時から精神医学的面接による追跡研究を行なうことがのぞましいが,実際は容易ではなく,その計画は一部で行なわれているが,まだ結論を出せる段階ではない1)。現在までのこの方向の研究として問題行動をもって病院や児童相談所を訪れた小児の成人後の予後調査があり,その中に精神病の発病例もあることが少なからず報告されている。しかしこれらの調査も対象が当初から一般小児の実態から離れており,かつ正常対照群がないという欠陥を有している。この点非行の予防のため少年を追跡研究し成人後の発病例の幼時の家族環境をしらべたMcCordの報告21)や,分裂病の親をもつhigh riskの対象児の追跡調査を行ない,5年後の結果をしらべたMednickら22)の報告が,より厳密なデーターといえるようである。我々は後に精神病となった対象を含む一定地域内の小学生の身体的心理的測定の追跡を行なったことがあるので,その資料は上に憂慮されたいくつかの困離を克服できる有意義なものと思い,検討を加え,ここに報告することにした。
 即ち先に当教室と本学公衆衛生学教室は昭和30年より36年に亘り,同一対象児の就学時より身体的精神的発達に関する継続研究2,3,5,6,7,14,15)を行なっていたが,今日その対象児は既に成年に達しているので,一般人口中の発病率からみて対象集団の中から数名の精神障害者が発生していることが十分予測された。そこであらためて調査した結果,対象者の中に現在まで6名の患者が明らかになり,著者らが直接診察することができた。これらの症例の小児期の所見を非発病例と比較し,幼時の心身発育がその後の精神疾患の発展にどのように関連しているかを検討した。

思春期のうつ病—1患者の思春期状況の検討を通して

著者: 西田博文

ページ範囲:P.865 - P.871

I.はじめに
 「子どもはおとなの雛型ではない」という認識によって,かつて内科学から小児科学が分離したと同じような意味で,〈思春期精神医学〉が,精神医学の大系の中でその地歩を占めつつある。即ち「思春期は,児童期の終わりでもなければ成人期の始まりでもない」という独自性についての認識を,その前提とするのである。
 こうした観点から,思春期の特質との関連において,精神医学的障害の再検討が試みられている。このことは神経性食欲不振症,正視恐怖・体臭恐怖など思春期に独自の障害ばかりでなく,過去その起始的意義しか認められていなかったいわゆる内因性精神病にまで至っている。こうした努力によって,新しい局面が開かれるかもしれないという期待的予測に立っているのである。

光過敏反応を呈する内因性精神病についての検討

著者: 田中恒孝 ,   上平忠一 ,   宮下俊一 ,   小倉正己

ページ範囲:P.873 - P.880

I.はじめに
 内因性精神病の脳波学的研究は過去において数多くなされている。その結果,精神分裂病の緊張型や非定型精神病の中には,てんかん性異常波を示すものの多いことが知られている。しかし,これらの疾患におけるこの波のもつ意義はいまだ十分明らかにされておらず,ましてやこれがそれらの疾患の器質因を証拠だてる根拠とまではなりえていない。一方,これらの発作波を呈する精神病の中には特異な病像や経過を示すものが多いことも確かで,この点に関しては古くから関心が向けられている9,23,31)。我々もこれまでに内因性精神病の継持的脳波観察を行ない,てんかん性異常波特に6c/s棘徐波との関係を追求してきたが20,28,30),その過程でこれらの症例の中に光過敏反応―光けいれん反応photoconvulsive response(PCR),光搐搦反応photomyoclonic response(PMR)およびその混合型―を示す症例に遭遇した。精神病におけるPCRやPMRについての観察は少なくないが,その症状の経過に従って継時的に観察を行なった報告は乏しい。我々はこれらの症例を検討するなかで若干の興味ある所見を観察したので,ここに報告し考察を加えてみたい。

精神症状の先行した全身性エリテマトーデス(SLE)の1例

著者: 武居弘 ,   岡田導夫

ページ範囲:P.881 - P.886

Ⅰ.はしがき
 精神症状を伴うSLEの報告は,現在,本邦だけでも数十例を越えている。既にSLEは精神症状の検索に続いて,症候学的整理の段階に至ろうとしている1,2,15)。これまでの報告を見ると,精神症状がSLEの身体症状に伴って現れるか,身体症状に続発する場合が大部分を占めている。これらは,随伴した身体所見によって,症状性精神障害であることが確認されやすい。精神症状が身体所見に先行して現れるか,または,精神症状があまりにも際立っているため,当初,ほかの精神疾患と考えられた症例の報告は多くはない。精神分裂病症状で発症したSLEの症例では,Hanrahan3)の症例1,2,Malamudら4)の症例1,Bennettら5)の症例4,および本邦では原田6)の報告のほか,2〜3みられるのみである。躁状態では,清水ら7)の報告があり,うつ病症状ではWaringら8)(症例1)の報告がみられている。長期間にわたり,主として欠陥分裂病症状で経過し,末期に至るまでSLEの特徴的身体所見を,明確に現さなかった症例はあまりないと考えられる。これはSLEの症候学,診断学および治療上に,若干寄与するところがあると考えられるので,ここに症例の報告を行ないたい。

象徴的減感法のイメイジ統制による恐怖症の1治験例

著者: 藤原勝紀

ページ範囲:P.887 - P.893

I.はじめに
 本報告は,象徴的減感作Symbolic Desensitizationなる特異な治療的現象に基づいて考案された治療手続きを検討する過程で得た1症例の報告である(藤原・成瀬,1973)。ここで観察された現象には,心理療法の観点からみると,神経症的不安・緊張の減感作という行動療法的な説明とともに,その現象の意味内容に,精神分析的な説明も可能ではないかと思われる。また,心理学的な一般的現象としての象徴化の問題を,イメイジ統制や操作の観点から検討していくうえでも興味ある現象が観察されたように思われる。
 そこで,症例にみられた現象を,可能な限り具体的な事実に即して記述し,考察を試みることとする。

短報

少量の炭酸リチウムのみで再発を防ぎえた非定型精神病の1例

著者: 鶴丸泰男

ページ範囲:P.894 - P.896

1.はじめに
 リチウムの精神病治療薬としての報告は,1949年Cade1)の論文を嚆矢として,現在までおびただしい報告がなされた。渡辺ら5)はその展望で,リチウムの躁うつ病の治療,予防効果は認められているが,その他の疾患に対する適応はなお検討を要すると述べている。
 華者は向精神薬では再発を防ぎえず,少量の炭酸リチウム(Li2CO3)にて現在まで3年近く完全に再発を防ぎ,なおも社会生活を続けている非定型精神病の1例を経験したので報告する。

古典紹介

—Leo Kanner—Autistic Disturbances of Affective Contact—第2回

著者: 牧田清志

ページ範囲:P.897 - P.906

考按
 11人の子ども(男8,女3)の病歴の要約は,当然のことながら,障害の程度,特徴の現れかた,家族構成,そして長年の経過の中での一歩一歩の成長などにそれぞれ個人差のあることを示している。にもかかわらず症例を一瞥しただけでもどれにも共通する本質的特徴があることが明らかである。これらの特徴は今まで報告されたことのないユニークな“症候群”を形成しており,それは稀ではあろうが,恐らくは観察された数少ない症例よりはより多いものではないだろうかということを示唆している。こうした子どもが今日まで精薄とか分裂症と見なされていたという可能性は極めて大きい。事実観察された数例は白痴または痴愚として紹介され,1例は州立精薄施設に居り,2例は分裂症と診断されている。
 目立った“本病特有の”基本的障害はこうした子どもたちの生まれた時からの人や情況との間に普通のかかわり合いをもつことができないということである。このことを両親たちは“自己満足”“殻を閉じてその中にいる”“ひとりにされることが一番好き”“まるで周囲に人が居ないように振舞う”“周囲の一切に無頓着”“もの言わぬ賢さの印象”“通常の社会的関心の発達の悪さ”“催眠にかかったかのような振舞い”などと訴えている。このことは分裂症の子どもやおとなの場合のように元来存在していた人間関係からの発病ではない——つまり以前には存在していたかかわり合いからの“引き籠り”ではない。そこには生まれた時以来の,何でも子どもに向かって外から来るものごとにできる限り関心を向けず,それらを無視し,締め出してしまおうという極端な自閉的孤立がある。この孤立を邪魔するおそれのある直接の身体的接触,そのような動作,または音は“あたかもそれがなかったもの”のように扱われるか,或いはそれでも不充分な場合には苦痛に満ちた邪魔ものとして痛ましく嫌がられる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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