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雑誌目次

雑誌文献

精神医学19巻1号

1977年01月発行

雑誌目次

巻頭言

恩師を語る

著者: 難波益之

ページ範囲:P.2 - P.3

 精神医学の将来の発展に資しうる巻頭言を書くことは,猪瀬先生も言われたように責任が重く且つ生ま易しいものではない。その巻頭言であえて恩師を語る理由は,個人的な昔の追想に耽ったり,あるいは先生を持ち上げ飾ろうというのでも毛頭ない。Vogt先生といい,林先生といい,天才が最後まで分裂病の生物学的研究に燃やされた執念と生きざまを,分裂病の治療に立ち向かう若い入々とともに再度見つめ,ともすれば本質を見失い,停滞し勝ちな日々の努力への刺激と指針にしようと願うからである。天才のすべてを理解し語ることは難かしい。両先生の一面のみを述べうるに過ぎず,あるいはまた誤解を与える点もあるかもしれない。この拙文が両先生の名を汚さないことと筆者の意図が正しく読者に汲み取られることを願うものである。
 わたしがその下で直接比較的長く学びえた先生は林道倫先生,藤原高司先生およびO. Vogt先生である。このうち,藤原先生は林道倫先生のNachfolgerとして教授御就任後4年目,わたしがドイツ留学中に不幸にも若しくて御逝去されたので,先生の学問を学びとる時間が少なかった。しかし先生が精神分裂病の生物学的研究へ向けられた御熱情は入局したての何も分からないわたしにまで感染し大いに発憤させられたものだった。

展望

事故傾性(Accident Proneness)について

著者: 浅井昌弘

ページ範囲:P.4 - P.17

I.はじめに
 昭和50年の日本での死亡率順位(人口10万対)をみると,①脳血管疾患(24.8),②悪性新生物(19.4),③心疾患(14.1),④肺炎と気管支炎(5.3),⑤不慮の事故(4.7),⑥老衰(4.3),⑦自殺(2.8)……となっており,年間33,280人が不慮の事故死とされている50)。年齢別死因では不慮の事故は0〜24歳までは第1位であり,25〜29歳でも第1位の自殺に次ぐ第2位である。不慮の事故死の内訳では自動車事故が最多の42.5%である50)。たとえ死亡に至らずとも,種々の事故での負傷や後遺症による受診者は外科領域のみならず精神神経科の日常臨床でもよくみられている。事故や自殺は未然に防止するのが望ましく,その発生に関する要因が種々の点から論じられている。ここでは事故原因のうち,従来,人的要因の1つとして取り上げられてきた「事故傾性accident proneness」の問題について,主として精神医学的な面からの概観を試みることにする。まず,事故の種類と原因につき簡略に触れ,事故傾性に関する用語と概念を検討し,精神分析的および心身医学的観点からの研究,および児童の事故や産業・交通災害に関する研究などについて述べる。
 事故accident,Unfallとは一般には,予期されずに(外部からの力により)急激に生じた出来事で,その結果として人的傷害や物的損害を生じることとされている。この際に,それが無意図的な,不慮の,予測不能のものであったかどうかは種々の点から問題になる。意図的な外力によるものは,他者からの加害行為となるが,意図的か否か,どの程度意図的かは判定困難な場合もあり,当事者の認識と客観的観察にも差が生じうる。たとえば,交通事故でも加害者と被害者が簡単には区別し難い場合もあり得よう。

研究と報告

熱性けいれんから無熱性けいれんへの移行例—Ⅰ.臨床的,脳波学的,追跡的研究

著者: 坪井孝幸 ,   遠藤俊一

ページ範囲:P.19 - P.32

Ⅰ.まえがき
 小児けいれんは一般人口中の1%34)〜15%28)(中央値3.6%26))が罹患すると見積もられ,小児が罹患する神経疾患中最も高い頻度のものに属する。熱性けいれんは,この小児けいれんの大部分を占めている20)
 熱性けいれんは,一般に男児が女児より多く罹患し,好発年齢のピークは1歳半,6歳以後に起こることは稀である。近親者(両親・同胞)の9%9)〜20%18)は発端者同様に熱性けいれんに罹患しており,てんかんまたは熱性けいれんの遺伝負因(発端者以外の近親者中に罹病者がある)が見つかったものは7〜71%(中央値25%)2)と示されている。双生児研究により,1卵性双生児における熱性けいれんの一致率は2卵性双生児におけるよりも高率であることが知られている(68%:13%17);31%:13.5%24))。Lennox-Buchthal(1971)の結果を用いて遺伝率(heritability)を計算すると0.63となり,てんかんの0.52(1卵性の一致率57%,2卵性の一致率11%)32)よりも大きい。脳波検査の結果,患児の20〜30%9)にてんかん性異常が見つかり,その他の異常を含めると,異常出現率は60%25)に達するという報告がある。以上は今までの研究結果の概略である。熱性けいれんはてんかんと密接な関係を有し,発病には遺伝素因9,26)と外因6,34)のがそれぞれ重要な役割りを果たしていることを示唆しており,患児の一部にはてんかん特有の脳波異常が見つかることがある。

感性と知性の相補性とその発達障害—精神鑑定の1例,精神薄弱か分裂病か

著者: 清田一民

ページ範囲:P.33 - P.39

I.はじめに
 本例は幼女姦の1鑑定例であるが,検察庁は,「精神薄弱」の鑑定結果のもとで起訴し,弁護側は,本人が入院していた精神病院による「精神分裂病」という診断書を提出して争った事例である。精神薄弱と分裂病の境界例については,Kraepelinによる接枝破瓜病の提唱以来,まだ定説がない9)。これが,①精神薄弱と分裂病の合併なのか,②小児分裂病による「見かけ上の精神薄弱状態」の上に,分裂病の症状が顕在化したものか,または,③精神薄弱者の多彩な体験反応13)なのか,④精神薄弱の原因疾患による脳器質精神病または症状精神病なのか,などが問題となる。諸家の報告によると,接枝分裂病,精神薄弱兼分裂病などと診断されている症例の大部分は,精神薄弱の分裂病様状態であるという9,15)
 このことは,精神薄弱の精神症状が複雑多彩なことを物語っているにもかかわらず,従来,精神薄弱の臨床では,知能指数が主に問題にされ,その精神症候学は,知能低下という壁によって説明され,その壁によって行き詰まっていた,今後は知能発達の歪み11),知能構造の不均衡16)などに注意を向けるべきであろう。それは,知能の質的異常(偏倚)を意味し,重度精神薄弱者よりも,中等度ないし軽度の精神薄弱者において,小児期より成人期において,特に社会生活の場で,多くの感覚的経験を積んだ者において,かなり大きく拡大され,その特異な思考様式が,思考の異常およびそれに基づく行動の異常を起こしうると思われる。本例は外因性の精神薄弱と考えられるが,分裂病を疑わせた思考障害を中心として,これらの問題点について若干の考察を行なってみたい。

Pentazocineにより特異な精神症状を呈した1例

著者: 吉本博昭 ,   鳥居方策 ,   山下公一 ,   田中博 ,   榎戸芙佐子

ページ範囲:P.41 - P.48

I.はじめに
 Pentazocineは,1959年米国で開発されたbenzazocine系誘導体の合成鎮痛剤で,本邦では1970年6月以来,新型鎮痛剤〈非麻薬〉として,術後疼痛ならびに癌末期患者疼痛軽減など,各種の疼痛に対して日常臨床的に頻繁に使用されている。しかし,副作用の発生率は35%前後と高く29),その中で幻覚を中心とした精神症状は従来軽視されがちであったが,諸外国においてNasaquo15)をはじめとして多数の報告がなされ5,6,19),注目されるに至っている。本邦では,WHOへのペンタゾシン副作用報告29),ならびに村中13),上野28),市橋11)らの産科婦人科,口腔外科および外科領域での論文中に認められるが,精神科領域よりの報告をみていない。なお,pentazocineは,Sandoval21),最近では有川ら2)によって依存性が問題にされ,別な面より注目されている。
 今回われわれは,下咽頭・頸部食道癌術後経過中の疼痛に対してpentazocineの投与がなされ,幻視を主症状とするせん妄を呈した1症例を経験した。患者は喉頭発声器官などの摘出術を受けており,筆談による以外には患者自身の陳述は得られず,この点で幻覚体験などの把握は充分とはいい難いが,精神症状の観察とともに継続的に脳波検索を行なう機会を得た。われわれの知る限りでは,わが国の精神科領域よりこの種の報告はなされていないので,われわれの観察事項を記載し,若干の文献的考察を行ないたい。

抗うつ剤服薬中の飲酒によって異常反応を呈した臨床例

著者: 小片寛 ,   庄田秀志 ,   小宮山徳太郎 ,   中沢信之

ページ範囲:P.49 - P.56

I.はじめに
 1958年,Kuhnがimipramineの抗うつ効果を報告して以来,数種の三環抗うつ剤が精神科領域のみならず医療の各分野でうつ状態の治療薬として広く利用されるに至った。
 一方,わが国での年間アルコール消費量は増加の一途をたどり,額田29)の報告によれば1960年から1970年までの10年間に清酒換算の年間消費量は清酒がおよそ2倍に,ビールとウイスキーが3倍に増加したといわれる。それに反して,焼酎・合成酒の減少は僅かにすぎなかった。この事実はアルコールが国民の日常生活へますます広く滲透していることを裏づけるものである。このような状況下で薬物療法を行なう際に,中枢に対する向精神薬とアルコールとの相互作用に医学的配慮が要請されよう。

慢性アルコール中毒患者の血清Creatine Phosphokinase(CPK)異常活性の臨床的意義

著者: 池田久男 ,   長尾卓夫 ,   松田清 ,   尾原安郎

ページ範囲:P.57 - P.62

I.はじめに
 慢性アルコール中毒患者の血清CPK異常活性をミオパチーの観点から論じた報告は過去にも見ることができる16,26,27)。しかしアルコール中毒における筋の障害は,神経系(中枢性および末梢性)の障害に比べて,臨床的にははるかに頻度の低いものであり11),いまだ数編の症例報告をみるにすぎない7,12,17,28)。他方Bengzon3),Meltzer20〜24)らによって導びかれた精神病急性期における血清CPK異常活性に関する研究により,慢性アルコール中毒でもCPK異常活性が高頻度に認められることが明らかになりつつある5,23,29)。著者らも躁病,非定型精神病,退行期精神病および精神分裂病におけると同様に,慢性アルコール中毒患者の入院時の血清CPK異常値出現頻度が66.713)〜75.9%14)に達することを指摘してきた。
 本論文においては,この慢性アルコール中毒患者の血清CPK異常活性が入院前後における患者の精神症状,特に精神病状態の発現の有無と密接な相関を示すことを報告し,血清トランスアミナーゼ活性の変動とCPK値との関係や,慢性アルコール中毒患者の血清CPK異常活性の発現機序について若干の考察を試みたい。

Klinefelter症状群の心理テスト

著者: 河田信之 ,   青木恭規

ページ範囲:P.63 - P.68

 われわれは一応正常な社会生活,職業生活を営んでいるKlinefelter症状群の13例について各種の心理テストを施行し,その結果について検討を加えた。
 施行した心理テストは知能テスト(WAISまたは鈴木ビネー),ロールシャッハ・テスト,Y-G性格検査,およびMMPIである。知能テストの結果では軽度の知能障害を有する傾向が認められ,全例の平均のIQは77.7であった。またWAISの言語性IQと動作性IQとの比較では動作性IQの高いものが多く,さらにサブテストの得点では類似問題および単語問題において成績の悪いものが多かった。ロールシャッハ・テストでは反応数少なく消極的・抑制的で,内的想像活動や情緒表出の活発さに欠けるなどの特徴がみられた。さらにY-G性格検査ではA類型およびC類型を示すものが多く,MMPIではHs,D,Hyのいわゆる神経症尺度で高得点を示すものがやや多くみられた。
 以上の心理テスト所見を本症状群における基本所見とみなし,心理学的・精神医学的観点から考察を加えた。

古典紹介

—Ugo Cerletti—L'Elettroshock—第1回

著者: 村田忠良 ,   遠藤正臣

ページ範囲:P.69 - P.77

 電撃の歴史は極めて単純である原注1)。他の神経科医と同様に私はいつもてんかんの研究を前景にすえてきた。というのはてんかんは神経学,精神医学の分野で多くの項目に関与しているからである。とかくするうち,1931-1932年に私は,この病気でよく知られているアンモン角の硬化性損傷の意義について研究し始めた。解剖学者としてMilano精神病院にいた6年の間に,てんかん患者にみられるその変化の真の重要さを―頻度と重篤さの点で―私は確信することができた。Spielmeyerはアンモン角の非常にはっきりした区域にこの変化の局在することをより明確にした。つまりSommer野である。研究者の間でこの特殊な変化の病因についての議論が白熱化した。それは局所性循環障害に責を帰すべき(Spielmeyerと他の多くの人たち)ものか,それともある種の《傾病性》すなわちこの区域の本来の選択的な脆弱性(Vogt)に因るのか。しかし,わけてもこの硬化性変化は,そこからてんかんが惹起される《場》を形成する脳損傷なのか,逆に長年にわたる個体への連続的なてんかん発作の単なる結果として考えられるべきなのか。
 私はこの問題に動物実験で立ち向かおうと企てた。すなわち動物で繰り返してんかん発作を短時間ないし長時間にわたり誘発し,そのあと組織病理学的観点からアンモン角を調べようと目論んだ。もちろん,てんかん発作の誘発には,そのことだけで脳を傷つけるかもしれないような,一切の外科的手術をできるだけ避けることが必要なので,私は脳を露出して直接刺激する方法を遠ざけ,また有害なけいれん剤の使用も避けた。そのかわり,2〜3の生理学者が特にイヌで採用した方法を用いることにした。彼らはイヌそれ自体に通電することでてんかん発作を起こさせていたのである。

動き

第10回国際精神療法学会に出席して

著者: 池田由子

ページ範囲:P.79 - P.85

 1976年7月4日(日)から10日(土)まで,パリで開催された,第10回国際精神療法学会に出席する機会を得たので,ごく簡単にその印象をまとめてみたい。ご承知のごとく,この夏のヨーロッパは,250年ぶりとかいわれる暑さと干魃に悩まされ,冷房設備を欠き,水不足の地で,連日朝から夜まで会議に出ているだけで相当の苦行であったので,私の印象もいささか散漫に流れているのはお許しいただきたい。
 学会は,3月の登録締切りまでで,約38カ国,1200人前後の申し込みがあり,実際の開催時には締切り後の申し込みを含め,40カ国以上,1700人以上の出席者があった(たとえば韓国などいくつかの国は締切り時の名簿にはないが,出席者の姿が見られた)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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