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雑誌目次

雑誌文献

精神医学19巻10号

1977年10月発行

雑誌目次

巻頭言

望ましい司法精神医学の発展

著者: 中田修

ページ範囲:P.1006 - P.1007

 わが国に近代的な法医学が導入されたのは明治8(1875)年である。今年はそれから102年になる。わが国ではじめて精神鑑定が行なわれたのは明治15(1882)年である。今年はそれから95年経ったことになる。わが国独自の司法精神医学教科書である,榊俶・呉秀三著の増補改訂法医学提綱下編が出たのは明治30(1897)年である。今年はそれからちょうど80年になる。つまり,現在のわが国の司法精神医学は100年近い歴史をもっているということである。しかし,その現状はどうであろうか。
 わが国における司法精神医学の教科書としては,前に述べた榊俶・呉秀三の著書のほかに,代表的なものとして杉江董著の犯罪精神病概論(1924),三宅鉱一著の責任能力(1930),内村祐之著の精神鑑定(1952)が挙げられる。最近,懸田克躬・中田修・武村信義編の司法精神医学(中山書店,1976)が出された。私はこの全書はわが国の司法精神医学に一時期を画するものであると思う。

展望

危機介入(Crisis Intervention)—その理論と実際

著者: 稲村博

ページ範囲:P.1008 - P.1019

Ⅰ.はじめに
 危機介入は,crisis interventionの語訳だが,まだなじみの薄い言葉で,意味もややわかりにくい。危機対応とか,緊急処置などといってもよいだろう。わが国ではまだあまり知られていない概念であるが,アメリカを中心に近年急速に発展し,新しい分野を開拓するとともに,精神医療の重要な部分をも占めつつある。今後その需要はいっそう増すものと考えられ,わが国にも積極的に取り入れる必要があるものと痛感される。
 ここでは,まずその概念や歴史などを述べ,続いて実際例を示しながら,今後の展望を試みたい。

研究と報告

分裂病とヒステリーの関係—その歴史的概観と状態像の考察を中心にして

著者: 大原貢

ページ範囲:P.1021 - P.1029

Ⅰ.はじめに
 近年において強迫疾患と分裂病との関係が新たな眼で見直されているようであるが,分裂病とヒステリーの関係については今日ほとんど研究のなされていない問題圏に属しているといえよう。しかしこの問題は前世紀末より今世紀初頭にかけて熱心に討議されていた(とりわけ独,仏において)のであり,今日においてもわれわれは日常の臨床においてヒステリー状態を呈した人が,一過性に,あるいは長い経過を経るうちに完全に分裂病の状態となったり,分裂病状態を呈する人がヒステリー状態を示したりする場合にしばしば遭遇する。1954年Ziegler, F. J. ら40)は,ヒステリーと診断された66名の婦人のうち12名が20年後の診察において分裂病と診断された事実を報告し,また1962年Astrup, C. ら5)は130例の精神病者中49例にヒステリー徴候を見出しており,「この問題が今日何故に等閑に付されているのか理解に苦しむ」とStork, J. 35)も述べるように,われわれは今日いまいちどこのような臨床的事実を謙虚にみつめなおし,そこに内包されている問題を考えてみる必要があるように思える。

前頭葉ピック病の1例

著者: 石野博志 ,   大林正和 ,   佐々木健 ,   林泰明 ,   野間拓治 ,   上藤恵子

ページ範囲:P.1031 - P.1040

Ⅰ.まえおき
 元来ピック病は臨床像と脳の肉限的所見に基づいてつけられた病名である7)。その特徴は葉性萎縮とよばれるように,大脳の限局性萎縮で,側頭葉または前頭-側頭葉に認められるのが普通で,前頭葉だけの萎縮は比較的少ない。新福・石野ら20)は以前に前頭葉ピック病の1例を報告したが,このたびさらに1例を経験した。この種の症例についてはAltman1),Gans5),Richter17),Braunmühlら3),Schneider18,19),Stertz23),Lüers12),小林ら11)(会報),安斉ら2)(会報)の報告がある。しかし側頭葉の組織病理所見については詳しい記載がない。前頭葉ピック病では側頭葉は完全に保たれるのか,それとも肉眼的な萎縮はほとんどないが,顕微鏡的には皮質の神経細胞脱落,ホルツァー染色によるグリオーゼが側頭葉白質にあるのだろうか。臨床的に側頭葉型または前頭-側頭葉型と区別できる特徴はないか。われわれは症例を詳細に記述したのち,これらの問題について若干の文献的考察を加えたい。

著明な視覚構成障害を呈したAlzheimer病の1例—神経心理学的初発症状について

著者: 倉田孝一 ,   地引逸亀 ,   倉知正佳 ,   山口成良

ページ範囲:P.1041 - P.1049

I.はじめに
 構成失行は種々の脳損傷で最もよくみられる神経心理学的症状の一つであり,従来,左半球障害によって出現すると考えられてきた。しかし,本失行がPatersonとZangwill1)によって,右半球障害によっても出現することが報告されて以来,左右両半球それぞれの損傷による構成障害の特徴についての研究がなされてきた。
 今回,われわれは従来神経心理学的症状相互の境界が不明瞭で,知性障害などの一般精神障害を高度に伴うため,詳細な神経心理学的研究は困難なことが多い,初老期痴呆(Alzheimer病)の1症例において,際立った構成障害を認めたので,Alzheimer病における構成障害の特徴について,左右大脳半球機能との関連を中心にして観察を行なった。その結果,本症例の構成障害は主に劣位半球障害によるものであり,また,Alzheimer病のある型では構成行為の障害を初発症状とする可能性もあることを提起し,ここに報告する。

Wernicke脳症の1例

著者: 工藤孝行 ,   高木洲一郎 ,   小宮英靖 ,   本多虔夫

ページ範囲:P.1051 - P.1056

I.はじめに
 欧米においては,Wernicke脳症はまれではなく,VictorとAdams19)のBoston City Hospitalの統計によれば,アルコール性神経疾患の3%を占めるという。しかし,本邦においての報告は必ずしも多くはなく,現在まで臨床例,剖検例合わせて55例であり,かつアルコール性の女性例の報告は皆無である。一方,Wernicke脳症の原因としてthiamine欠乏がいわれているが,現在までの報告例の中にもthiamineの定量的な検討例は少ない。われわれは最近,アルコール性Wernicke脳症の女性臨床例を経験し,血中thiamine値の低下を認めたのでここに報告する。また,Wernicke脳症について,自験例を含めた本邦例と欧米の報告例とを比較検討し,併せてthiamineとの関連について文献的考察を加えたい。

アルコール酩酊の下降期における悪酔い症候群—酩酊犯行後,現場でのアルコール検知のすすめ

著者: 清田一民

ページ範囲:P.1057 - P.1064

I.はじめに
 酒酔いに関連した犯行時の精神鑑定において,最も基本的な条件としては,犯行時が禁断症状の時点である場合を除けば,アルコールの血中濃度が,ある程度あることであろう。加藤11)は,鑑定症例12例を含む15例の被験者について飲酒試験を行ない,酔度を5段階に分け,第3期(酩酊期)の状態像を示したときの血中濃度が1.5‰以上のものが12例(80%),1.1〜1.4‰のものが3例(20%)であったことから,Gruhleが酩酊の基準として主張している1.5‰は,日本人についても妥当であると述べている。後藤8)は,学生および職員からなる58例の男子健康者について飲酒試験を行ない,1.51‰以上の血中濃度で第3期または第4期(泥酔期)の酔度を示したものは,22例中20例(91%)を占めていたが,同様な酔度は,1.01〜1.50‰の17例中11例(65%),1.01‰以下の19例中6例(31%)にも認められた。とくに最後の6例中の4例は,0.5‰以下であったという。これらは先天性にアルコール耐性が弱いものであるが,後天性のアルコール不耐症(alcoholic intolerance)の場合にも類似の傾向が考えられる。Binswanger4)は,病的酩酊の起こる血中アルコール濃度は,2.16〜2.55‰のこともあり,0.63〜0.39‰のこともあるという。Jellinek10)は,飲酒中,アルコール血中濃度の単なる減少だけでも,禁断症状が現れるという。
 一般に,犯行当時の飲酒量は,かなり詳しく調査されているが,犯行後のアルコール検知は,飲酒運転以外には,あまり多くない。加藤11)も,現場での直接測定の資料が得難いので,事件後に測定されたアルコール血中濃度から,事件当時の血中濃度を逆算するWidmark, Elbel7)の試みは,ほとんど応用できないと述べている。酩酊時犯罪について著者の鑑定12例および,教室関係者の協力を得て集めた48例のうち,犯行後にアルコールの血中濃度を測定した例はなく,呼気中の濃度が検知されたものも4例に過ぎなかった。このうち著者の鑑定の第1例を中心として,他の3例についても,犯行時の血中アルコール濃度の推定と犯行時の酩酊状態との関係について検討を行なったが,以下述べるように,犯行後のアルコール検知は重要な意義を持つと考えられる。

多施設共同研究によるAmoxapineの臨床評価

著者: 市丸精一 ,   井上修 ,   大野恒之 ,   工藤義雄 ,   田中清一 ,   中川和子 ,   平井孝男 ,   宮崎浄

ページ範囲:P.1065 - P.1077

Ⅰ.緒言
 薬物評価の歴史は薬物登場のときすでにその源を発しているかもしれないが,科学的姿勢で評価が行なわれたのは,単純盲検を行なったとされているEvansが最初であろう。その報告は1933年に発表され,1950年に至ってGreinerによる二重盲検法の確立をみるわけである。それ以来20年以上経過している今日,新薬として登場してくる薬物のほとんどは二重盲検試験という手法を経験してきている。
 二重盲検試験では,placeboもしくは対照薬をおき比較対照して効果を検討するわけであるが,これらの目的はplaceboもしくは対照薬に対して有効性,作用特性,または安全性等をより客観的に証明するための試験手段である。対照薬をおいた二重盲検試験は,あらかじめopen studyより得られた作用特性,すなわち特徴を十分把握したうえで計画されなければならない。

短報

てんかん者の素描と精神症状

著者: 細川清 ,   洲脇寛 ,   品川昌二

ページ範囲:P.1079 - P.1082

I.はじめに
 今回臨床所見としては,ごくありふれた精神症状を示す難治性てんかん2例の素描(書きなぐった紙片)の中に,きわめて集約的なてんかん者の精神症状が,渾然と纒められているのをみた。てんかん研究の一資料として客観化し得た形でこれを見ることができると思い,ここに提示する。

古典紹介

—K. H. Stauder—Die tödliche Katatonie

著者: 伊東昇太

ページ範囲:P.1083 - P.1096

 死の経過をとるもろもろの緊張病の一定の症例を単一の疾患群に一括する試みが,この論文で行なわれる。この試みは,いろいろの点で弁明を必要とした。加えるに,端的な史的展望は,さけられない。
 われわれがここで注目しているような類似の症例は,久しく文献に知られていた。とくに先達の著者らの急性せん妄の名称の中に,かかる観察がかくれている。この急性せん妄は,しかし独立した病気ではなく--かかる意義をこれに認めた著者はわずかしかなかった--,むしろいろいろの原因の電撃性に経過する精神病に対する一つの総合概念であった。この概念は,器質性精神病と外因反応型の鑑別と区分でもって意義を失った。結局,急性せん妄は——Kraepelinに見るように——一つの症状群であった。これは,ある時は(感染疾患の際の)幾多の急性症状精神病の状態像や,あるいはもろもろの緊張病を標示したし,ある時はいわゆる奔馬性進行麻痺の終末期を提示した。急性せん妄と形容された状態像の多様性は,ついにこの全症状群の解体を進めざるを得なかった。器質性脳疾患の確実な経過過程や経過特性だけが問題でなくなった以上,このあまたの症例はBonhoefferの外因反応型に解けこんだ。これは(あまたの観察数に決してあてはまらなかった)せん妄の名前のまだぴったりあてはまったかの症例だった。この解体過程で残ったのは,結局幾多の解明できない症例や二,三の脳炎(Scheidegger)のほか,なお多くの急性緊張病である。状態像と経過で古い急性せん妄に匹敵したこのもろもろの緊張病にしても,全体の一部をなす疾患群とは把握されず,むしろ稀有な,そして特別の個別症例と把握され原注),いろいろ勘案されてしかるべき特別の地位をものにした。時には,かかる突然の緊張病死亡例に一つのリンパ質状態(Fankhauser)を人は見出し,時には,人はかかる症例でReichardtの証明した脳腫脹を要請した。また人は--深層の皮質細胞のAlzheimer所見に結びつけて--はっきりまだ区別できない「皮質の炎症」,つまりその後Ladameも保証した最も広義の脳炎を考えた。もろもろの緊張病の際の突然の脳死のこのような剖検で「説明される」症例のほかに,なお--まったく稀ならざる--緊張病の死亡例があとをたたず残っていて,この例の場合,具体的な臓器変化は解剖学的にも証明され得なかった。誰もこれを不穏,睡眠障害そして拒食によって支えきれなくなった疲憊と脱力のせいにしたし,また注意深く今列挙した障害を生み出す原因は,「多分身体調節の根本的な障害のため,生命を直接おびやかす」(Kraepelin)のだろうとも推定した。DreyfussやScheideggerらは,そこでこの仮説を現代用語集に翻訳し,とくに間脳の中心窩灰色部に特別の注目を集めている(Specht)大脳調節障害を論じたのだった。しかしこのもろもろの緊張病の経過中,解釈できずに死亡した例の残余群にしても,急性期が慢性段階の末期であったり,時には精神病の初期に現れたので同質ではなかった。そこでScheideggerも,これらの症例を2群(既往発作を伴ったそして欠いた分裂病)に分けたのだった。とにかくこの著者は,もろもろの緊張病のこの急性期に沢山の共通の傾向をみてとっていたのであり,一方あまたの研究家は,大体区別することだけで,つまり従来の経過形式とは別の個別症例の特殊型とみるのに傾いていた。

動き

精神神経学における免疫学的研究の動向

著者: 中江孝行

ページ範囲:P.1097 - P.1104

I.はじめに
 Histocompatibility antigensとしてのHLA(Human Leucocyte Locus A)の最近の発展には目覚ましいものがあるが,HLAを臨床的見地からみたとき2つの興味ある問題があるといえる。1つは当然のことながら移植における組織適合性抗原としての役割,もう1つは最近注目を浴びている疾患感受性との関係である。
 移植片graftが生着するか否かは,donorとrecipientが感受性因子をどれくらい有しているかによって決まり,この移植片graftの持つ移植抗原が組織適合性抗原であると考えられている。白血球,とくにリンパ球に移植抗原の存在することは1946年Medawar1)によって明らかにされた。1958年Dausset2)は頻回輸血を受けたヒト血清中に約60%の白人の白血球を凝集する抗体を発見し,その抗体と反応する白血球抗原をMac抗原(現在のHLA-A2)と命名した。同じころPayneら3),van Roodら4)によって妊婦血清中にも抗白血球抗体が発見された。かくして,microdroplet lymphocyte cytotoxicity testによって妊婦血清から抗リンパ球抗体が得られるようになり,その特異性をめぐって各国研究者間で検討がなされていることは周知の通りである。
 白血球抗原には血清学的に検出されるSD(serologically defined)抗原と,混合リンパ球培養(mixed lymphocyte culture:MLC)反応(mixed lymphocyte reaction:MLR)によるLD(lymphocyte defined)抗原と呼ばれているものがある。ヒトの組織適合性抗原はほとんどすべての組織に分布していると考えられているが,研究対象として白血球(主にリンパ球)抗原が使用されてきた関係上,1975年第6回International Workshopにおいてヒトのすべての組織適合性遺伝子座を含む主要組織適合性複合体(major histocompatibility complex:MHC)に対しHLA(human leucocyte antigenまたは,human leucocyte locus A)と命名され,それによって規定される抗原SD-1(LA series),SD-2(FOUR series),SD-3(AJ series)はおのおのHLA-A,HLA-B,HLA-Cと,またLD-1(MLC-1)はHLA-Dと改称された5)。ヒトのMHCは6番目の常染色体上にあると考えられ,図1のような位置関係にあることが知られている。現在までにWorkshopで認定されたHLA特異性はLocus A(A)に20種類,Bに20種類,Cに5種類,Dに6種類の計51種である。
 HLAと疾患感受性との関係はLillyら6)のマウスの白血病発生率とH-2(マウスの主要組織適合系)の関係が報告されて以来,ヒトにおいても活発に研究されるようになった。まずAmiel7)によってHodgkin病とHLAの4cとの関係が報告されたのがはじめてであろう。その後種々の疾患で検索が行なわれた8,56)(表1)。
 本稿ではHLAと疾患感受性の関係を主に神経疾患について,また精神科疾患の免疫学的異常とHLAとの関連について論じたい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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