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シンポジウム こころとからだ—東京都精神医学総合研究所,第4回シンポジウムから
心身症者の性格・適応様式および情緒の特質について
著者: 遠山尚孝1
所属機関: 1東京都精神医学総合研究所,臨床心理研究室
ページ範囲:P.1139 - P.1150
文献購入ページに移動I.はじめに
いかなる病いについても,心身の同時的な過程が,あるいは相互作用が認められることを,疑う者は恐らくあるまい。もとより生理学的基盤をもたない心理的事象はなく,心理的事象を伴わない生理学的過程も存しないだろうから。かような観点よりすれば,悪性腫瘍や精神分裂病が心身相関の医学の対象になって不思議ではない。しかしまた一方では,心身症と名づけて然るべく診療の対象とするのが妥当な疾患が存するのであり,医学が本来の総合医学holistic medicineに立ちかえるよう提唱しながらも,心身医学には,また独自の領域で果たすべき使命があるように私には思われる。
ここで心身症とは,ある期間にわたって固定し持続する身体症状が主に認められ,その診断や治療にあたって心理的要因についての配慮が特に意味をもつような病態,と定義づけられる9)。心理学的な接近の意義が大きく,解明を待たれた課題も多様であったから,心身症に関する従来の心理学的研究は多くの成果を上げてきたのであるが,また自ら堀った落とし穴にも陥ったと見られる点がある。例えばかつて精神分析医は,身体症状すなわち無意識の表現と見なし,そこに言語へと翻訳しうるような象徴的な意味を見出そうとした。なるほど身体症状は無意識と等しく,ある表現形態に他ならない。しかし,個人にとって身体症状は,やがては意識化されるような暗黙の意味をもったものとして体験されてはいない。後に明らかになるように,心身症における身体症状はもともと意識化の通路をもたない所に,あるいは意識化への通路が断ち切られた結果生ずるものであり,観察する者には結果から一見容易に意味を解き明かせる如く見えるだけなのである。さらにまた従来の心理学的研究は,心身症各疾患における特異性を解明することに主な関心を払ってきた。それによっていわゆる潰瘍性格やcoronary personalityなどがよく知られるものとなり,また独立—依存の葛藤(消化性潰瘍),攻撃性の抑圧(高血圧症や筋痛症),泣き叫びたい欲求の抑圧(気管支喘息),時期尚早な独立へのあがき(バセドウ病)など疾患による情緒的葛藤の特徴が明らかにされてきた。かような所見が,心身症における器官選択の問題を解き明かす糸口になった意義は大きい。しかし疾患の特異性が強調されるあまり,心身症全体に共通する側面が見落とされて,心—身相関の問題は多様化し,かえって不明に陥る危険も生じてきた。ちなみに,別離不安とそれに対する抑圧を中心とした防衛機制,主として向けられる適応への努力などは,心身症の多くの疾患に共通して認められるものである。
筆者はこれまでの拙い臨床経験から,心身症者の訴える身体症状は,それによって相互の交流が発展する糸口となるものであり,それを手がかりに治療関係を続けていくと,治療関係を媒介にして彼らに共通する体験・関係の様態が見出されるようになり,それに対する操作が治療技法上の鍵となることに気付くようになった。本小論文の目的は,心身症を関係と体験の様式の障害という素朴な観点に立ち戻ってとらえ,臨床的・心理学的な検討を行なうことによって心身症に共通するある性格特徴,すなわち性格・適応様式,対象関係,情緒などの特質を明らかにするところにある。またそれによって,心身症へと病態化する過程の解明にいささかなりとも寄与することをもくろむものである。ここで用いた基礎資料は,診断的面接,心理テスト,心理療法などの方法によって得られた諸記録から成っている。なお本小論文は,既に日本心身医学会で行なった3つの研究発表を基にしており,対象と方法,結果などは,各々の項ごとに記した。
いかなる病いについても,心身の同時的な過程が,あるいは相互作用が認められることを,疑う者は恐らくあるまい。もとより生理学的基盤をもたない心理的事象はなく,心理的事象を伴わない生理学的過程も存しないだろうから。かような観点よりすれば,悪性腫瘍や精神分裂病が心身相関の医学の対象になって不思議ではない。しかしまた一方では,心身症と名づけて然るべく診療の対象とするのが妥当な疾患が存するのであり,医学が本来の総合医学holistic medicineに立ちかえるよう提唱しながらも,心身医学には,また独自の領域で果たすべき使命があるように私には思われる。
ここで心身症とは,ある期間にわたって固定し持続する身体症状が主に認められ,その診断や治療にあたって心理的要因についての配慮が特に意味をもつような病態,と定義づけられる9)。心理学的な接近の意義が大きく,解明を待たれた課題も多様であったから,心身症に関する従来の心理学的研究は多くの成果を上げてきたのであるが,また自ら堀った落とし穴にも陥ったと見られる点がある。例えばかつて精神分析医は,身体症状すなわち無意識の表現と見なし,そこに言語へと翻訳しうるような象徴的な意味を見出そうとした。なるほど身体症状は無意識と等しく,ある表現形態に他ならない。しかし,個人にとって身体症状は,やがては意識化されるような暗黙の意味をもったものとして体験されてはいない。後に明らかになるように,心身症における身体症状はもともと意識化の通路をもたない所に,あるいは意識化への通路が断ち切られた結果生ずるものであり,観察する者には結果から一見容易に意味を解き明かせる如く見えるだけなのである。さらにまた従来の心理学的研究は,心身症各疾患における特異性を解明することに主な関心を払ってきた。それによっていわゆる潰瘍性格やcoronary personalityなどがよく知られるものとなり,また独立—依存の葛藤(消化性潰瘍),攻撃性の抑圧(高血圧症や筋痛症),泣き叫びたい欲求の抑圧(気管支喘息),時期尚早な独立へのあがき(バセドウ病)など疾患による情緒的葛藤の特徴が明らかにされてきた。かような所見が,心身症における器官選択の問題を解き明かす糸口になった意義は大きい。しかし疾患の特異性が強調されるあまり,心身症全体に共通する側面が見落とされて,心—身相関の問題は多様化し,かえって不明に陥る危険も生じてきた。ちなみに,別離不安とそれに対する抑圧を中心とした防衛機制,主として向けられる適応への努力などは,心身症の多くの疾患に共通して認められるものである。
筆者はこれまでの拙い臨床経験から,心身症者の訴える身体症状は,それによって相互の交流が発展する糸口となるものであり,それを手がかりに治療関係を続けていくと,治療関係を媒介にして彼らに共通する体験・関係の様態が見出されるようになり,それに対する操作が治療技法上の鍵となることに気付くようになった。本小論文の目的は,心身症を関係と体験の様式の障害という素朴な観点に立ち戻ってとらえ,臨床的・心理学的な検討を行なうことによって心身症に共通するある性格特徴,すなわち性格・適応様式,対象関係,情緒などの特質を明らかにするところにある。またそれによって,心身症へと病態化する過程の解明にいささかなりとも寄与することをもくろむものである。ここで用いた基礎資料は,診断的面接,心理テスト,心理療法などの方法によって得られた諸記録から成っている。なお本小論文は,既に日本心身医学会で行なった3つの研究発表を基にしており,対象と方法,結果などは,各々の項ごとに記した。
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