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雑誌目次

論文

精神医学19巻12号

1977年12月発行

雑誌目次

特集 青年期の精神病理 巻頭言

特集にあたって

著者: 笠原嘉

ページ範囲:P.1222 - P.1223

 いつの頃からか,外来や病棟でミドルティーンやハイティーンの患者との応接に時間をとられることが多くなった。しかも彼らは診断上においても治療上においても次々と新種の難問を提出してはわれわれを困惑させた。いや現に困惑させつづけている。
 例えば,外来で眼の前に坐っている,まだあどけなさの残る高校生が家庭のなかでは,とくに母親に対しては,想像しがたい暴力をふるう。もし第三者の報告にのみ耳を傾けるなら,分裂病か精神病質をうたがって少しもおかしくないほどである。しかし大てい彼らはそのどちらでもない。さりとて単なるわがまま者の意図的行為でない証拠に,彼らの治療は迂余曲折をきわめ,ときに数年を要したりする。なかには「境界例」という便利な概念が整理上大いに役立つこともあるが,境界例といってもそれほど精神病的でない境界例が多い。

対人関係論

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.1224 - P.1239

I.はじめに―青年期精神病理の今日的問題
 およそ10年ほど前,アメリカの国立精神衛生研究所(NIMH)は将来の予想として,将来の精神病院においては,精神分裂病は治療体系が変わってday careなどでとりあつかわれ,代って,青年と老人あるいは器質性障害が増加するであろうということを報じたことがある。当時,精神分裂病の深刻さのあまりわが国ではそのことにあまり耳を傾けた人はいなかったようである。しかし今や,分裂病問題に加えて,青年期と老人などの問題は一挙に私ども精神科医の前に立ちはだかり,対応をいよいよ難かしいものにしている。E. Rayner31)(1971)は,青年期は法的にも権利と責任とが,彼らの両親から本人へと移っていく世代であるが,同時にそれは,愛情,仕事,余暇について,その人なりの独立した権利と責任とが与えられる。それらをめぐっての,社会的背景が異なれば,青年たちの反応も自然様相を異にしてくると述べている。すなわち,古い世代に従順で,安定した社会,あるいは,青年になるとすぐ,仕事につき,結婚し,子供を養育する社会においては,青年になるための精神的混乱などというものはほとんど問題にならなかったであろう。わが国でも15歳で元服して,一人前とみとめられた侍世界では青年期は非常に短かったであろう。しかし,西洋文化の特徴である,自由と独立をめぐっての抗争と不安定のなかではことはそれほど,簡単ではなかろう。ことに,いずれ後述するが,現代という,工業化,都市化の時代になると,青年たちは,人類の文化史上,これまでにない特異な反応を示しはじめているのである。このことは,第2次大戦後のはじあて異民族に占領された体験,工業化などの影響を通じて,わが国にもおこっているグローバルな出来事である。
 E. Jacobson17)(1964)は,青年期心性と関連して,以前は神経症がおこっていたが,今日ではそれが,非行,性倒錯などの人格障害や境界例分裂病へと移ってきていると述べている。これは,私たちの日頃の臨床的事実とも符合することである。ところで,厚生行政資料の整った英国のM. THaslam16)(1975)の述べるところによると,英国では10〜19歳の年齢層で精神病院への初回入院が数年前まで1,500前後であったのが,1964年には4,500に増加し,この数字に出てこない非行,自殺企図は量りしれない(P. R. Boyd,1967)という。一方,アメリカでは,青年期の入院は1950年から1963年の間に325%に増加し,外来クリニックの世代別頻度をみると,青年期が最も多く,全体の1/4をしめるという。Matersonら(1963)の報告を紹介して,12〜18歳の青年期障害を分類すると,1)思考障害,2)神経症,3)acting-out,4)うつ病,5)ヒステリー・パーソナリティの5群にわかれ,2)と3)とは男子に,4と5)とは女子に多く,3)は15歳に多かった。うつ病の多くとヒステリーの多くとは拒否的な父親が多く,行動化はほとんどが拒否的母親であったとしている。私(1974)が前任地で調査した1958〜1968年の青年期神経症の症状の推移をみたものが,表1である。ただの10年間で抑うつ感と登校拒否はいちじるしく増加している。今日では,従前と同じく,不安・心気,対人恐怖・自己不全感は青年期神経症の大きな問題であるが,それ以上に,学校への適応問題とうつ病とが重大になってきているのである。
 A. D. Copeland9)(1974)は青年期の発達と関連した精神病理について表2のような分類を行なっている。
 これらのすべてが,青年期の精神発達のみによる障害ではないが,色合の濃淡はあっても,青年期心性と結びついたものであることはたしかであろう。成人の場合の疾病分類と異なる特徴を持った障害がさまざまの様相をもって出現してきている。いいかえると青年期にだけしかみられない,あるいは青年期に特にふさわしい障害が増加しているのであって,これらに単に成人の精神障害の記載と理解と同じようなやり方でアプローチしたのではうまくはいかない。私どもの科ではWHOの国際疾病分類ICDも併用しているが,青年期の精神病理についてはICDはまず役に立たない。そのような意味でも青年期の精神病理は私ども精神科医に大きな課題をなげかけている。

青年期と精神分裂病—「破瓜型分裂病」をめぐっての一考察

著者: 村上靖彦

ページ範囲:P.1241 - P.1251

I.はじめに
 われわれはここ数年来,「思春期妄想症」について何度か報告してきた1〜4)。それは,これが分裂病から区別されるところの,そして分裂病とともに青年期を代表するところの,今一つの重要な臨床単位と考えたからであった。われわれが「思春期妄想症」の名のもとに特徴づけようとした病態とは,要するに「自己の身体の何らかの欠陥のために,まわりの人達に不愉快なかんじを与えている」との妄想的確信であり,臨床的には,自己臭妄想あるいは自己視線恐怖に代表されるが,その他にも,自己の「容姿,容貌,表情」,さらには自分のかもしだす「雰囲気,緊張感」など,自己の存在そのものをめぐって同様の確信を抱く症例も含まれる。
 思春期妄想症は上記の定義に従って,臨床的にも比較的輪郭の明らかな病態であるが,しかし常に分裂病との区別が容易であるとは限らない。ときには,思春期妄想症の一特殊型ないしは重症型として,彼らの妄想的確信の中核である身体的欠陥が不明確となり,その確信が人格的欠陥へと移行するに伴い,分裂病とまぎらわしい病像を呈するものが現れる。彼らは人を避け,とじこもりがちな生活を送る上に,時折,分裂病類似の異常体験や,妄想的確信を出没させるために,しばしば「分裂病」の診断を受け,「破瓜型分裂病」の名のもとに「非妄想型」分裂病と混同される。つまり一般に「破瓜型分裂病」と診断される分裂病には,精神病理を異にする2つの類型が考えられる。その一つは,われわれが提唱している思春期妄想症の延長線上にある思春期妄想症の一特殊型であり,今一つは「非妄想型」分裂病に属する内因性精神病である。

Anorexia nervosa再考

著者: 下坂幸三

ページ範囲:P.1253 - P.1265

I.はじめに
 ここで私はAnorexia nervosa(以下An. n. と略する)について満遍なく論じるのではなく,目下私が興味を寄せている若干の問題についてのみ取り上げる。本来は治療に言及することが肝要なのだが,これについては若干の着想をしかも他の事項を取り扱っている中で述べるという破格な体裁をとったことをあらかじめお断りしておく。

青年期障害の精神力動と治療

著者: 堤啓

ページ範囲:P.1267 - P.1276

Ⅰ.序論
 青年期の精神障害の治療上の諸問題は,これまで諸家によってさまざまの論議がなされてきた。
 それは,青年期の精神病理をどう理解するかによって異なってくる。青年期の治療論を述べるにあたっては,まず,青年期の精神病理についての見解を歴史的にふりかえってみることが必要となる。

治療的な観点から

著者: 小倉清

ページ範囲:P.1277 - P.1283

I.はじめに
 精神科の臨床において,青年期の人々は,とかく理解しにくく,また扱いにくいので敬遠したくなるというのが,まずは一般の印象であろう。別に臨床の場でなくても,この時期の人々は気まぐれで,お天気屋さんで,予測がつきにくい行動を示して,まわりからけむたがられるのである。まるで矛盾だらけの言動を示してまわりを困らせたり,怒らせたりしておきながら,本人はケロリとしていたり,場合によってはさらに挑戦的になったりする。まわりからの期待に対してまったく冷たい態度をとっているかと思えば,一瞬にして身代りの早さをみせたりする。いやに素直でいい子だなと思った次の瞬間には,アッという間に足をすくわれるという始末である。このようにただでさえ激しい変動を示す人々なのだから,臨床の場ではなおのこと,大変な事態が想像されるのである。確かにそういう面はあるといえよう。しかし,どんな言動にもそれなりの背景があり,理由がある。
 この時期の人々の治療を行なってゆくうえで,やはりある程度,彼等の特徴を頭におき,それらに対応した考えをもっていないと,徒らに混乱と困難とを招くことになりかねない。さらにこういった特徴が,いわゆる病的といわれる状況のもとでどんな現れ方をするのかをもよく知るべきであろう。そしてその上で個々のケースについての深い理解をもって,具体的な治療を行なってゆくのである。

一非行少年の精神病理と治療関係の精神力動

著者: 石川義博

ページ範囲:P.1285 - P.1293

Ⅰ.まえがき
 少年非行,中でも思春期非行の問題は,時代や社会体制の如何を問わず,その社会にとって重大関心事の一つであった。それゆえに,この問題はあらゆる関連領域で広く深く研究され,精神医学の分野でも,非行の原因3,14,17,18,28)や治療1,2,15,16,20,23,24,26)の問題は,さまざまな方法によって専門的に研究され,幾多の学問的業績19,22,27)が挙げられてきたことは周知の通りである。
 ところで,この論文は,非行についての包括的な体系を総説するのではなく,精神療法的症例研究を通じて個別的・経験的事実の報告を目的としたものである。その理由は以下に述べるごとくである。今日の精神科臨床において,非行問題の相談や診察の依頼がなされ,面接の結果精神障害の関与が見出され,精神科的治療が必要と判断される場合は少なくない。その際,多くの精神科医は,日常の臨床とは異なった戸惑いを感ずるのではなかろうか。彼等非行者の敵意はきわめて露骨であり,行動化を起こしやすく,治療関係は容易に成立しないからである。このような場面において,実際の臨床の手引きとなりうる文献は,意外に数が少ない。著者にとって有益と思われた文献は,Aichhorn, A. 1),Allen, F. H. 2),Robin, G. 24)などであった。いずれの著書も,それぞれの哲学や方法は異なるにせよ,優れた直観と豊かな経験をこめて,実際の症例との治療的関わりを生き生きと記述することに主眼をおき,包括的な体系化を目指さない点が共通している。

青年期病跡学

著者: 福島章

ページ範囲:P.1295 - P.1303

Ⅰ.青年期病跡学
 青年期病跡学の課題はいうまでもなく,精神的に傑出した人物(以下に簡単に天才と略称する)の青年期の観察であり,とりわけ青年期に出現した精神病理現象と創造性との研究が問題となる。
 もちろん,すべての天才が青年期にその創造性を開花させるわけではなく,音楽の才能のようにすでに幼少年期にすでに出現している場合もあろうし,また成人期以降に主要な業績が認められる場合もある。前者の場合は精神病理と創造性は直接の関わりを持たないか,あるいはすでに開花した才能の性質・成熟・方向に影響を与えるにすぎない。また後者の場合は,青年期の精神病理は成人期以後の創造にあまり意味をもたない場合とか,人格の成熟や人生行路の変化や創造への動機づけに対して「間接的な」条件を設定するにすぎないであろう。もし青年期の精神病理が天才たちを解体・破滅させるほどに危機的なものであるなら,その後の創造の機会は奪われることになるわけで,バトグラフィの対象とはなり得ない。しかし,青年期の危機がなんらかの方策や防衛機制によって延期され,包み隠されたまま,成人期以後に持ちこされ,そこで再燃し,その危機に対する対応として創造が動機づけられるなら,それは広い意味での青年期病跡学の範囲に入るであろう(この問題はⅢに論じる)。

比較文化的観点から—アメリカ—日本での診療経験との比較

著者: 高橋哲郎

ページ範囲:P.1305 - P.1310

Ⅰ.序論
 筆者は,1961年から1970年まで関東地方で精神科診療に従事したのち,1970年アメリカに渡り,そのときより今日までひきつづき精神科患者の治療に専念している。そして筆者が日米両国ともにおいてもっとも経験を積んだ分野は思春期精神障害とくに分裂病性障害である。
 以下わたくしの診療経験に基づいて,日米の思春期の精神病理およびそのことと関連する様々な問題をⅡ.精神障害治療をとりまく基本的条件の相違,Ⅲ.アメリカの思春期患者,Ⅳ.精神病理の比較,Ⅴ.比較文化的考察の4項に分けて論じたいと思う。

青春期危機について(その3)—日独比較考察

著者: 清水将之

ページ範囲:P.1311 - P.1316

I.はじめに
 比較精神医学という研究方法は,今世紀初めにE. Kraepelinによって始められてより,比較的永い歴史を持っている。この十年ばかりの間に,この領域の研究が息を吹き返しつつあるようだ。それは,1960年代以降の精神病理学の沈黙化と無関係ではなかろう。
 本稿は,比較精神医学的研究を目指すものではない。ドイツ人医師によって成熟危機と診断されたドイツ青年を観察する機会を得たので,この症例に関して,二・三の問題を考えてみたい。ドイツ語圏精神医学において,青春期危機の概念がどのように捉えられているかについては,すでに本誌に書いたことがある41)

比較精神医学的観点から—アフリカ

著者: 稲村博

ページ範囲:P.1317 - P.1322

Ⅰ.まえがき
 アフリカと一口に言っても,地球上第二の広大な大陸であり,50余カ国の千に近い種族で構成され,700以上の言語を含んでいる。地域による差は想像以上に大きく,北部と南部,東部と西部,また中央部などで,地理気候,風俗習慣などすべてが複雑に異なる。こうしたアフリカを簡単に概括することは,極めて困難である5)
 このアフリカについては,わが国から遠く隔っていることもあって,われわれは余りにも知らないでいる。これまでの乏しい資料で知っていたつもりのアフリカのイメージは,現実とは異なる虚像であって,この大陸に第一歩を印した瞬間から意外さに驚かされることの連続である。シュヴァイツァーの記したアフリカは完全に過去のものだし,独立戦争華やかなりし頃のアフリカも今はない。そこでは物事の変化するテンポが,すべてわれわれの常識を破っているかのようである。

青年期と自殺—現代的特徴を中心に

著者: 稲村博

ページ範囲:P.1323 - P.1333

I.はじめに
 青年期が,人生のうち最も敏感で煩悶苦悩の多い時期であることは言うまでもないが,そのため自殺の問題がまことに身近なものとなる。これは国境や人種を越えた普遍的なものであり,例えばドイツの哲学者ジークムントは,「すべての若者に共通な自殺への傾斜」と表現している。
 こうした傾向は,いつの時代にも共通したものであるが,しかしまた,時代風潮の影響を受けてその内容が刻々と微妙な変化をするのもまた自然なことである。
 そこで本論文では,まず初めに青年期における自殺の一般的特徴を簡単にまとめ,続いて最近の傾向を自験の事例を中心にしながら述べてみたいと思う。

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精神医学 第19巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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