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雑誌目次

論文

精神医学19巻5号

1977年05月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科医の立場

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.442 - P.443

 精神科医とはいったいなんであろうか。われわれはひごろ精神科医同志のあいだばかりでなく,広く医療の分野において,さらにまた社会のなかで,たがいにわかっているつもりで精神科医ということばを使い,また自分でも精神科医であると思いこんでいる。ところでよく考えてみると,自分が精神科医であると意識することは,良い意味においては責任の所在を明確にすることになるが,もしも方向を誤れば,救いがたい独善におちいることにもなる。
 精神科医といっても,それはもちろん法律によって規定された資格ではないし,またわが国では公認された基準もない。さらに不思議なことに,臨床経験と平行して精神科医としての自信が増強するわけではなく,むしろその反対の場合が多いことも事実である。一方,精神科医としての意識は,社会や医療のなかで当面する諸問題から自分自身の在り方にいたるまで,さまざまな状況に対応することを必要としながら,しかもその一貫性が要請されるところに,その意味が見出されなければならない。

展望

老年精神医学

著者: 清水信

ページ範囲:P.444 - P.464

 過去数10年の精神医学の各分野における発展にはめざましいものがあるが,老年精神医学はそのうちでも発展の最も著しいもののひとつである。
 1940年代に入って,医学・心理学・社会学などを包括する総合的な学問として老年学がその姿を整えるにつれて世界各国で次々と老年医学会が発足し,数種の老年医学会誌も発刊された。こうした潮流に乗って老年精神医学では今日,臨床面ばかりでなく,精神病理学,心理学,脳病理学,生化学,遺伝生物学などの多彩な分野にわたる活発な研究が行なわれている。C. Müllerは1973年,老年精神医学関係の文献の総目録を出版したが,それによると1900年以後の文献総数は6,000以上を数えている。第2次世界大戦以前の老年精神医学関係の業績数はきわめて限られているが,戦後になってその数は加速度的に増加を示している。

研究と報告

うつ病の神経生理学的研究—特に初老期うつ病と非初老期うつ病の比較

著者: 松本久 ,   岸本朗

ページ範囲:P.465 - P.472

I.はじめに
 躁うつ病に対する神経生理学的研究としては,睡眠研究を中心として脳波,眼球運動,誘発電位,GSRなどの諸研究がなされ,興味深い知見も得られているが,統合的理解はまだ確立されておらず,さらに新たな研究の積み重ねが望まれている。著者らはかねてから,大脳皮質視覚領域および連合領野の興奮水準を示す生理学的指標とされている4,14),光のちらつきの融合限界頻度(critical fusion frequency of flicker,以下CFFと略記)の測定をうつ病者に応用しているが,今回はうつ状態時のCFF値,および症状の変化に伴うCFF値の変化を,特に臨床型との関係において検討した。
 うつ病者のCFF値に関する研究は,まだ数が少なく,またその所見についても一致した結論は得られていない,すなわち,うつ病者のCFF値は躁病者あるいは正常者のそれに比較してほとんど差異がないとするもの2,3)もあり,低値を示すとするもの1,10)もある。CFF値の決定には多くの要因が関与することが知られているので,以上の相反する実験結果については被検者の病型,病期および治療などの諸条件を比較検討したうえで考察しなければならないと考えられる,したがって今後のCFF値の研究にあたっては厳密な条件のもとでこれらの病型,病期,症状,および治療における差異を十分に検討する必要があろう。
 ところで1965年,著者の一人の松本6)はうつ病者について内田・クレペリン連続加算テスト負荷時のCFF値の時間経過に伴う変動の特徴に注目し,その経過曲線型をⅠ〜Ⅴ型に分類して検討したところ,いわゆる執着性格者はⅡ型を示すことが多いが,初老期うつ病,単相型うつ病者ではこのⅡ型が高率にみられるのに,両相型うつ病者ではむしろⅠ型が有意に高率にみられること,およびⅤ型は分裂性格者に多いことを見出した。この結果に基づいて松本は,執着性格の傾向の強い者では大脳の興奮水準は低下しにくいが,それは疲労に抗して活動を高水準に維持するためで,その結果としてやがて強い疲憊が生じ,その極点で抑うつ症状群,あるいは発揚症状群が出現するのであろうと解釈し,下田の説を支持する結果になった。躁うつ病の発病については最近執着性格11),メランコリー性格15)などとの密接な関係が注目をあびているが,この知見は,執着性格の特徴を生理学的指標を用いてとらえ,うつ病の病因に一つの示唆を与えた点で意義あるものと考える。この結果をふまえて今回はうつ病型,特に初老期うつ病と非初老期うつ病とのあいだにCCF値に差異があるかないかの検討を試みた。

難治性躁うつ病における炭酸リチウム療法の検討—症状経過とLithium Retention Patternについて

著者: 庄田秀志 ,   小宮山徳太郎 ,   小片寛

ページ範囲:P.473 - P.482

I.はじめに
 躁うつ病治療に,三環抗うつ剤・強力精神安定剤が用いられるようになって以来,薬物療法が病相期の症状軽減に大きな役割を果たすようになってきていることは周知の通りである。しかしそれは未だ対症療法の域を出ず,周期的な症状の増悪や再燃を十分には制止し得ていないのが現状である。そのため一旦は症状が軽快しながらもなお安定せず,社会環境的状況変化や心的誘因で容易に再燃をきたしたり,社会生活を可能にしながらもなお,いわゆる残遺状態のために患者自身が苦しむ症例も多い。
 炭酸リチウムはCade8)によって初めてその抗躁作用が認められたが,当初うつ状態については否定的な報告がなされた。しかしVojtěchovskýが電撃療法で改善をみなかったうつ病患者に炭酸リチウムを試みて有効であったとの報告に始まり,その後一連のuncontrolled10,16,23,38)ないしcontrolled study7,12,14,22,35)による抗うつ効果が認められてきている。
 一方Schou一派は躁うつ病にリチウムを長期投与することで躁病相のみでなくうつ病相をも抑制し得るという臨床知見に始まり,その予防効果について研究を進めた6,28,29)。効果判定の厳密な方法が検討されるにつれ,リチウムによるこの効果はかなり確固としたものになりつつある。本邦でも既に,この観点での臨床知見が報告19)されている。
 さらに,単純な一価イオンであるリチウムが両病相に有効であり,しかもその維持与薬がこれら病相の再燃に予防的意義をも有するといった事実は,この病態の身体的基盤解明の手がかりにもなるものとして種々の立場の研究がなされている13,26,33)
 今回われわれは躁うつ両病相に炭酸リチウムを用いて一定の効果を認めたのみでなく,その中でいわゆる難治性と思われる躁うつ病においても症状の寛解をみることができた。その多くが定型的な治療にもかかわらず長期間にわたって躁うつ病相を繰り返したり,うつ状態が不完全治療のかたちで持続していたものである。そのため職場より離れた療養生活をしばしば余儀なくされていたものも多く,症例によっては長期の入院生活を続けたままであった。
 併せて,病相期に入院治療を行なった症例について,炭酸リチウムの尿中排泄量と血清リチウム濃度を症状との関係で検討したので報告したい。

Transcultural Psychiatryと比較民族精神医学

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.483 - P.491

I.はじめに
 老齢になると,とかく学問の世界から遅れがちになる。私もこれまで,ときおりTranscultural Psychiatry(以下,T. C. P. と略記)の語を見ていたが,あまり注意を払わなかった。最近,T. C. P. と比較精神医学を書いた本誌の特集号9)を読み,少し検べてみたいという念に駆られた。それは,昭和10年より終戦まで満州医大精神神経科に勤務し,その間比較民族精神医学の旗幟の下に,在満諸民族の精神医学についてfield workを行なった懐かしい思い出があるからである。これについては最近発表したが11),これは単なる思い出話で,こんにち的時点よりの吟味はなされなかった。T. C. P. よりわれわれの研究を考えてみたいと思ったのが本論文の動機である。本論文では,T. C. P. に対する私の考え,すなわち,T. C. P. の概念の吟味や批判・限界などにも触れる。現今,わが国では,比較精神医学や比較民族精神医学の語は,T. C. P. の語に圧倒されているかのように見える。しかし,後述のように,比較民族精神医学はT. C. P. により代られるものでなく,不要なものとして廃棄さるべきものでもない。比較民族精神医学の語は,現在なお存在理由があると思う。
 約30年前より研究機関を離れ,現在私は,文献蒐集に不便な状況にある。また,この不便を克服して文献をあさる気力も体力もない。手許にある若干の文献を参考にして,自分の考えたことを主として述べたいと思う。
 T. C. P. や文化精神医学は,いうまでもなく精神医学と文化人類学の双方に跨る学問である。かかる境界分野を開発するには,両分野に通じておくことが望ましい。私は本論文を書くにあたって,文化人類学や社会学の書を何冊か読んだが,これは自分の考えを進める上にたいへん参考になった。
 文化人類学界では,しばしば,安楽椅子人類学者Armchair Anthropologistということがいわれる。field workを全くせずこれで手が汚されていない人が,他人のデーターを借用して仮説や理論を述べる学者をいう。現地調査を重要視する文化人類学界では,かかる学者を多少軽蔑の意をこめてこの語を使用することもあるらしい。私は10数年のfield workの経験をもっているので,いま安楽椅子的見解を述べても,その資格があり,以上の批判より免れるように思う。

隠居のむら(三重県志摩郡国府)の精神医学的調査

著者: 東村輝彦 ,   平本喜六

ページ範囲:P.493 - P.497

I.はじめに
 核家族化が進む現代の家族状況のなかで,"老人と嫁の天国"といわれている三重県志摩郡国府の部落では,400年以上も続いている隠居制度が今も厳然と守られている。このような隠居制度は,自ずと家族内の人間関係にさまざまな影響を及ぼしているものと思われる。姫岡らは,社会学的立場から次のような点をその影響としてあげている。すなわち,嫁姑の間が他人行儀ではあるが対立・摩擦が少ない,離婚が少ない,親夫婦,継嗣夫婦のいずれも夫婦の結びつきが緊密である,長兄と弟妹,祖父母と孫の関係が疎遠なことなどである。また,この隠居制度は,深刻化する老人問題を考えるうえで,貴重な示唆を与える―子や孫が,両親や祖父母と"スープのさめない距離"に住む―制度として最近各方面から注目されている。
 われわれは精神医学的立場から隠居制度と精神衛生,隠居制度のなかでの精神障害者の生き方などを知るために,まず,国府地区の精神障害者の実態を調べることを試みた。

眼球間代発作重積後,著明な記憶障害を来した1例

著者: 中邑義継 ,   楠瀬幸雄 ,   高松茂

ページ範囲:P.499 - P.505

Ⅰ.緒言
 記憶とは体験を印象付けてから,その体験を再び想起するまでの一連の精神機能であり,記銘・保持・想起・再認の4要素を区別することができる。記憶障害には新しい材料を記憶の中に取り入れることの障害(記銘障害)と記憶の中から昔刻みこんだ材料を取り出すことの障害(想起障害)とが従来から主として考えられている。現在,保持能力から記憶はimmediate memory,short-term memory,remote memoryの3段階にも分けられている2,4,14,15)。Short-term memory障害と逆向健忘を主として認めるのがtransient global amnesiaである。これは本邦でも多数,文献報告され7,9〜11,20,21),記憶の機序究明に貢献してきている。また記憶障害に海馬が強く関連していることを示す報告も多数認められる4,5,12,13,16,18)。さらに海馬を灌流している後大脳動脈の循環障害が記憶障害の原因となっている報告もある1,5)。記憶障害は他の脳血管障害,頭部外傷,脳腫瘍,アルコール脳症等と種々の他の原因により,頻繁に生ずるが,これらの場合,他の精神症状を合併しやすく記憶を検討するには不適である。そこで脳局在のある程度確立された部分てんかんに引き続いて生じ,しかも他の精神症状の少ない例は記憶障害の機序を検索する上で有力な手掛かりを与えてくれるはずである。
 このたびわれわれは眼球間代発作重積後に逆向健忘を含む著明な記憶障害と自律神経発作を来した症例を経験したので報告するとともに,これら症候について若干の考察を行なう。

Klinefelter症状群の1症例における精神症状とホルモン変動との相関

著者: 武居弘 ,   浅香昭雄 ,   岩動孝一郎

ページ範囲:P.507 - P.512

Ⅰ.はしがき
 Klinefelter症状群には特有の精神症状を示す症例があり1),一方,本症状群は特有の身体症状を伴っていることが知られている。この両者の間にどのような関連があるのかという問題は興味深い問題である。
 これに対する一つの解答の試みとして,本症状群患者の精神医学的,神経生理学的および内分泌学的検索が行なわれた1,2)。その結果,視床下部—下垂体系の障害が,精神症状発現のための一つの重要な基礎であると想定されている。さらに,視床下部—下垂体系のいかなる機能障害が精神症状の発現と関連を持っているかを知るには,血中ホルモンの動態の観察が一つの指標になると考えられる。

Amoxapineの臨床使用経験

著者: 山本裕水 ,   恩田寛 ,   原田一彦 ,   久保田厳 ,   中田省三 ,   桐林しずほ ,   松村英幸 ,   佐伯彰 ,   越智真理子 ,   山田薫 ,   遠藤俊吉

ページ範囲:P.514 - P.526

(1)Dibenzoxazepine誘導体に属する新抗うつ薬amoxapine(CL67,772)を25例のうつ病(内因性うつ病:23例,神経性うつ病:2例)に使用した。
(2)治療効果は23例の内因性うつ病で,10例が著明改善,11例が中等度改善,2例が不変であった。内因性うつ病に対する中等度改善以上の有効率は87.5%であった。なお2例の神経性うつ病では,著明改善1例,軽度改善1例であった。
(3)初老期うつ病と老年期うつ病を合わせた6例では6例とも中等度改善以上であり,有効率100%であった。
(4)本症例25例の中で20例(80%)に7日以内の効果発現がみられ,速効性であるという印象を得た。
(5)症状の上では,本剤は抑うつ感情,抑制症状の改善にかなり有効であり,特に感情賦活効果が優れているという印象をもった。
 なお,睡眠障害のみられる症例には,比較的少量の催眠剤を併用したため,厳密な判定は困難であるが,身体症状(睡眠障害,食欲不振など)の改善にも有効であった。それに比し,抗不安作用は若干劣る印象を得た。
 また,強迫症状にも,有効性が認められた。
(6)副作用は25例中12例(48%)にみられ,症状別には,めまい,振戦,眠気,排尿障害,口渇,ふらつき,立ちくらみ,運動失調などであったが,その程度は軽微で,抗コリン性副作用は弱いものと思われる。なお副作用出現により投与中止に至る症例はみられなかった。
(7)臨床検査結果では,著変はみられなかった。血圧にも変化はみられなかったが,脈拍は頻脈傾向が認められたため,本剤投与時には,循環器系への影響も充分に考慮する必要があろう。

古典紹介

—G. de Clérambault—Automatisme mental et scission du moi(1920)

著者: 高橋徹 ,   中谷陽二

ページ範囲:P.527 - P.535

 〈第1例〉Amelie, L. 46歳独身の女性修道院の下着係。
 特別医務院 de C. 医師の診断書 1920年4月2日。「精神自動症。心的分裂。内部の声が彼女を制したり彼女の考えになりかわる。互いに矛盾しあう様々な感情。自分のことを第三人称の『人が…』〔on〕で話す。放心,口輪筋の半ば連続的な動き。精神運動性幻覚によると思われる呟き。

動き

第10回日本てんかん研究会に出席して

著者: 高橋良

ページ範囲:P.537 - P.540

 第10回日本てんかん研究会(1976)は福島医大神経精神医学教室熊代永教授を会頭として昭和51年10月29日から30日に亘って郡山市磐梯熱海温泉の磐梯グランドホテルで行なわれた。会場となったホテルは郡山と新潟を結ぶ国鉄磐越線にあり,磐梯山や猪苗代湖のあるのどかな沿線の一つ磐梯熱海という駅の前に突然大きく立ち現れた感があった。このホテルはこの地方一帯の人々の保養所の役目を果たしている模様で,遊戯場やショウ劇場や,みやげ店などにかなりの部分をさいており,会津磐梯地方のレジャーランドといった風であった。
 しかし会場は広く静かで,ここにてんかん研究を通じて集まった300人余の人々が,熱心に発表と討論を行なった。プログラムは3つのシンポジウムと2つの特別講演からなっていたが,全員に机が用意され,記録に便利であったし,時々出されるコーヒーを飲みながらの討論などは,いつもながらてんかん研究会ならではの雰囲気であった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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