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雑誌目次

論文

精神医学19巻7号

1977年07月発行

雑誌目次

巻頭言

合理的薬物選択法の発展

著者: 大月三郎

ページ範囲:P.662 - P.663

 分裂病や躁うつ病の治療が向精神薬療法を基本とすることに異議のある人は少ないであろう。向精神薬と脳の神経伝達物質との関連が次第に明らかになるにつれて,分裂病や躁うつ病を,脳内の神経伝達機構の異常として理解し,研究していこうとする機運がたかまっている。
 治療薬物の作用機序から病因に迫る道が開けてきたことは,内因性精神病の研究の長い歴史の上で,画期的なことである。しかし,一部には,現在の向精神薬はあくまで対症的に作用しているに過ぎないとして,薬物の作用機序から病因に迫ることに否定的な人もある。発熱に対してアスピリンが効くから,アスピリンの作用機序を知ることで発熱の原因,例えば肺炎か膀胱炎かを区別することができないのと同様であるというわけである。しかし,分裂病や躁うつ病の究極の原因はともかくとして,これらの病態連鎖の一環に,薬物の作用機序に含まれる脳内アミンやその他の神経伝達物質が関係している可能性は高いであろう。

展望

パトグラフィ1965-1976

著者: 福島章

ページ範囲:P.664 - P.688

I.はじめに
 この展望は,1965年から1976年にいたる10余年間のパトグラフィ研究の概要を,日本を中心としてまとめようと試みたものである。1965年を始点にとる理由は,宮本忠雄238)の浩翰な展望「Pathographie研究の諸問題」がこの年に「精神医学」誌に発表され,それまでの主要な研究動向と文献がおおよそ概観され網羅されているからである。ちなみにこの文献リストは,1970年の論文集246),1973年の異常心理学講座への改稿254)においてしだいに充実追加されている。
 ところで,上の展望で宮本は「一般的にいって,日本では従来Pathographieという領域が健全に発展しうる土壌を欠き,これまでに発表されたわずかな仕事にしても,趣味的にながれたり,随筆風なものにすぎなかったりで,学問としての体をなしていなかったし,現在でもそれ以上のものとなっているとはいいにくい」と嘆いている。しかし13年後の今日の現状は多くの点で変化している。すくなくとも量的には,きわめて多くの研究が発表されるようになったのは,本展望の文献表にみるとおりである。そこで,この間題をふたたび,いくつかの側面から概観してみたいと思う。

研究と報告

強迫症の臨床的研究

著者: 成田善弘

ページ範囲:P.689 - P.699

I.はじめに
 強迫機制は正常人にも認められ,強迫症状は,神経症,うつ病,境界例,分裂病など様々な病態に出現する。すなわち,強迫機制,強迫症状は広いスペクトラムをもって現れている11)
 われわれは精神療法的接近を行ないつつ,強迫症状の病態の理解,強迫症者の人格構造の理解を深めようと試みてきており,その一部をすでに報告した7,10)。本稿でも,強迫神経症を中心とする強迫症者について,臨床的,精神療法的立場から検討を加えたい。

恋愛妄想の臨床的研究

著者: 高橋俊彦 ,   石川昭雄 ,   原健男 ,   酒井克允

ページ範囲:P.701 - P.709

I.はじめに
 恋愛妄想を持つ患者は日常比較的多く経験される。しかしその様態は多様で,一方では明白な分裂病においていくつかの妄想主題の一つとしてこれが一過的にみられる場合から,他方では恋愛パラノイアと称するのがより適切と思えるほど人格解体の少ない症例もあり,年齢的にも20歳未満から50歳台にもわたり,婦人に比して比較的少ないとはいえ男子症例もある。したがって諸家は疾病論的立場から,あるいはまた中には発症年齢によってこれをいくつかに区分しようとした。われわれも何らかのかたちで多様な臨床例を整理する必要を感じ,従来の恋愛妄想研究とやや観点を変えて,恋愛妄想における恋愛がその当人にとって持つ意味に注目し,それを類型化することを試みた。いうまでもないが少しく恋愛妄想患者に了解的に接しようとする時,常にそのことを問題とせざるを得ない。その意味でこれは恋愛妄想のいわば治療論的研究でもある。また恋愛妄想における恋愛の悲喜劇性の中に,本来あり得べき出会いの欠如態とその戯画的補填をみる点で,広い意味で人間学的研究と称してよいと思う。
 ところで恋愛妄想における恋愛の意味を問おうとする以上,了解可能性の高い症例から考察して行かざるを得ない。したがってここではまず方法的に了解可能性の少ない次のような症例は除かれた。それらはまたおそらくすべての学派によって分裂病と診断されると考えられた例でもある。すなわち,妄想対象が同時に複数であるもの,恋愛妄想以外に作為・影響体験など第一級症状(Scheneider1))の持続がみられるもの,超越的な内容の他の妄想の著明なもの,人格解体の著しいものなどである。結局残るのはいわゆるパラノイアないしはそれに準ずるかたちの精神病となった。それらの中にわれわれの見出した類型は3つである。この3つが上述の分裂病例にも妥当するかどうかは,後の機会に問題にしたいと思う。

Pentazocine長期使用に伴う臨床症状と脳波異常について—主として中枢神経系への影響

著者: 毛利義臣 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.711 - P.720

I.はじめに
 Pentazocineは,非麻薬性の合成鎮痛剤として,1959年にWinthrop社で開発された。その鎮痛効果はmorphineにも匹敵し,しかも本剤は麻薬に対して拮抗作用をもち,反復投与しても依存形成が少ないとの評価を受け6,26,28),現在まで広く50数カ国で用いられている。わが国でも1970年注射剤としてソセゴン・ペンタジンの名で発売され,広く各科領域の疼痛患者に使用されており,主として持続性の疼痛,がん性疼痛などに長期連用される場合が多いようである。
 ところで,本剤を長期連用することにより,薬物依存の生ずることが1968年にKeup10)によってはじめて報告されて以来,同様の報告が相次いで報告され4,17,20),統計的にも0.001%の比率で依存が形成されるとみなされており6),その反復使用にあたっては十分な監視が必要といわれている8,10,13,15,28)。わが国でも1972年の小片らの報告15)をはじめとして現在までに10数例の報告1,13,24,25)がみられるが,実際の依存例はこれをはるかに上回る数になると思われ,今後とも本剤の使用量の増加に伴って依存症例が増し,種々の問題を生ずることが予想される。
 われわれは最近pentazocine長期連用患者で離脱後に禁断症状とともに脳波異常を呈した2例と,連用中で特別の副作用の認められない時期から脳波異常を示した1例を経験したのでその概要を報告し,主として本剤の中枢神経系への影響について従来の知見と比較し検討したい。

Gilles de la Tourette症候群に関する一考察

著者: 森谷寛之

ページ範囲:P.721 - P.728

I.はじめに
 Gilles de la Tourette's syndromeは最初Itard(1825)によって報告され,次いでGilles de la Tourette9)(1885)によって詳細に検討され,彼の名にちなんでこの症候名がつけられている。典型的な症状としては,次のようなほぼ一定の経過をたどることが多くの研究者によって指摘されている。
 4歳から10歳までに身体の上半身,顔,肩,腕のチック症状が現れ,後には,下半身に広がる。また歯ぎしり,舌を突き出すといった徴候もみられる。この頃より,不随意的な叫び声をあげはじめ,意味不明の単語から,反響言語(echolalia),反響動作(echokinesia)を伴うようになり,最終的には強迫性をもった汚言,糞語(coprolalia)にまで至る。Fernando8)(1967)の診断基準によれば,(1)発症が16歳以下の幼年期であること,(2)多発性の身体的チックを伴うこと,(3)不随意的発声がcoprolaliaにまで至ることの3点である。
 病因論については,Gilles de la Tourette以来多くの研究者が推定してきたが,いまだに一致した見解には到達していない23)。器質因説24),心理因説1,2,4,19))があるが,多くの研究者は折衷説をとっている。器質因を主張し,脳波異常を認めた研究者でも,脳波の異常が必ずしも本症候を説明するものではないことを認めている7,23)。心因論をとる研究者が一致して主張するのは,抑圧された性,攻撃衝動と,両親との関係の歪みである1〜5,8,19,20,22,23)。しかし,心理因説をとる多くの研究者も,根底に器質的劣性を想定している8,14,15,20,22,23)。また,通常の心因性チックと本症候群との関係も未整理のまま残されている。
 Lucas23)は,多くの研究者がこの症候群に強い関心を払うのは,その症状の特異性や患者自身の測り知れない苦痛だけでなく,この症状固有の心理力動,特に攻撃衝動とそれに対する防衛機制の在り方が極めて明瞭な形で観察できる点にある,と述べており,精神医学的にも種々の興味ある問題を秘めていると考えられる。
 Lucas23)によると欧米では,1960年代の10年間に約50の報告論文と100の症例が発表されている。日本においても,いくつかの症例報告がなされているが13,14,20,21,25,27),遊戯治療例はみられないように思う。われわれは,当教室において,本症候群と診断された一少年の遊戯治療を経験したのでここに報告し,若干の考察を行ないたいと考える。

新抗不安薬ID-540の使用経験

著者: 市丸精一 ,   浅井敬一 ,   乾正 ,   上田幸一郎 ,   大海作夫 ,   夏目誠 ,   大野恒之 ,   川北幸男 ,   工藤義雄 ,   斉藤正己 ,   谷口和覧 ,   堤重年 ,   中島浩 ,   宮崎浄 ,   由良了三

ページ範囲:P.729 - P.741

Ⅰ.緒言
 抗不安薬(anxiolytica)としてchlordiazepoxideが登場して以来,diazepam,oxazepam,nitrazepam,medazepamなどのbenzodiazepine誘導体が精神科領域のみならず,広く各科の領域で使用されている。
 今回,benzodiazepineの新しい誘導体であるID-540が住友化学工業株式会社で開発され,使用する機会を得たのでその結果を報告する。

古典紹介

—Rudolph Bálint—Seelenlähmung des Schauens, optische Ataxie, räumliche Störung der Aufmerksamkeit—第1回

著者: 森岩基 ,   石黒健夫

ページ範囲:P.743 - P.755

 私が上記のタイトルでまとめようとしている3つの構成要素からなる症状群は,私が永年第一病院で診ていた一人の患者によって確かめたものである。
 私はこの症状群の3つの構成要素すべてに新しい名をつけなければならない。というのは,一つ一つの症状に似た現象は文献のあちこちに漠然とは書かれているものの,類似の症状群の詳細な記述はみあたらないからである。

動き

第11回日本アルコール医学会総会印象記

著者: 手島正大

ページ範囲:P.756 - P.757

 第11回日本アルコール医学会総会は,去る9月24日,25日の両日,稲永和豊会長(久留米大学医学部精神神経学教室)主催のもとに福岡県久留米市で開催された。一般講演は第1日,第2日合わせて69題が出題された。この学会には,基礎医学および臨床医学のはば広い各々の分野からの参加があり,アルコール医学のテーマのもとに活発な研究発表や討論が行なわれる。今回も基礎医学からは法医学,衛生学,薬理学からの出題があり,臨床医学からは精神神経科学,内科学から多数の出題があり活発な討論が行なわれた。各々の演題は2日間にわたって17の部門に区分された発表および討論が行なわれ,アルコール研究の広範囲さをうかがわせるに十分であった。精神科部門の演題は29題で,中枢神経とアミンに関する研究,ポリグラフと電気生理,衛生・社会関係から精神科臨床,家族・夫婦関係および治療に至る広い方面からの発表が行なわれ,非常に興味深いものであった。精神科関係からもアミンに関する研究および電気生理等の興味深い基礎研究が発表され,アルコールと躁うつ病との関係,禁断時の多彩な生理現象等の解明に有力な手掛りとなるものと期待している。
 今学会のシンポジウムは,第1日目の午後から行なわれ,『身体依存の発生条件について』というテーマで5つの演題発表および活発な討論が行なわれた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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