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雑誌目次

論文

精神医学19巻9号

1977年09月発行

雑誌目次

巻頭言

分裂病という難病

著者: 新井尚賢

ページ範囲:P.898 - P.899

 現在の精神医療を考えてみると,精神分裂病は治療の難かしい病気であるにもかかわらず,俗に難病といわれる慢性特殊疾患としてとりあつかわれているわけではない。何故か分からないが,慢性分裂病をこのなかに入れてないのはどういうわけか。過ぐる日ある人が,実は精神障害者のためにはどうしても緊急の時など措置入院が必要であり,年ごとにその件数は減少しているにしろ精神衛生法の費用のためには年間何百億円を要しており,このような疾患にはこれ以上の国費は出せないといわれた。分裂病は慢性疾患の代表的なもので全額国費でまかなうべきだと気負っていた者も黙ってしまった。こんな言葉のやりとりの中にも精神障害者に対する偏見のあることを知らされるであろう。
 それにしてもとりわけ精神分裂病の概念規定があいまいなのが問題である。それにともなって予後の問題も難かしいことをあらためて知ることであろう。後者には薬物治療や精神療法などの新しい問題が関係する。WHOのICD専門委員会ではこうした概念規定の問題が他の疾患と同様に長期間をかけて検討中であるが,いつまでも本態が分からないところに大きな障壁があり,そのため分裂病を一概に慢性の特殊疾患だといえないところに問題が横たわっている。ことに経過と予後については長期間にわたるいくつかのパターンに分けてもその判定が難かしく,ことに薬物療法や精神療法などが加わると判定は複雑多岐にわたり,結局せんじつめると予後がよかったのか悪かったのか分からない点が残るであろう。ある場合は分裂病の概念の拡大を試みると,それなりにその無限性のためにその疾患を定義づける勇気に欠け,一方において概念を狭めようとすると除外診断の立場から反対に境界領域を広めようとするのである。時には思いがけないような政治的な考え方もこれに交錯しないとも限らない。いいかえると多次元的な考え方が難かしくなると分裂病概念はKraepelin時代のようなpraecox概念にのみ限局するべきであるという原点に立ち帰ろうとする。

展望

児童虐待の問題について—精神衛生と福祉の立場から

著者: 池田由子

ページ範囲:P.900 - P.916

Ⅰ.まえがき
 子殺し,子捨ての社会病理として,親子心中,嬰児殺,児童虐待,遺棄などが,近年にわかに世人の関心を集めるようになった。このうち,親子心中はわが国に特徴的なものと考えられよう。これらの諸現象を一括して論ずるのは,社会評論としてはともかく,精神衛生の立場からは無理だと思われるので,ここでは,いかなる文化,社会にも,また,いかなる時代にも存在した児童虐待について,現在までの医学的研究の結果を基礎にして展望してみたいと思う。
 歴史的にみると,児童虐待を明確に定義づけるのは難かしい。何故なら,ある時代,ある制度のもとでは,現在われわれが児童虐待と判断するような行為が,まったく正当なものとして受け入れられていたからである。

研究と報告

「気」「こころ」ならびに「精神」の字義とそれらの用い方

著者: 淺田成也

ページ範囲:P.917 - P.923

Ⅰ.はしがき
 標題にみるコトバは,精神科臨床において日常茶飯駆使されていながらも,その字義と用い方を厳密に説明できる専門家が案外と少ない。最近,日本にも,立派な精神医学辞典5,7)が二冊も出版されたが,標題のコトバに関してみると物足りないし,「気」そのものについては取り挙げられていない。
 日本人としては,とくに「気」の概念をよく把握しておく必要があると思うが,今日,それについては,土居4)や木村6)の論文に追従しているにとどまる程度とみなされる。
 私は,語源ないし字源的な観点からに止まるが,一応,標題にかかわる概念の解釈を纒めたので,ここに資料として供し,適正な翻訳を規定するために役立つことも念じたい。

精神分裂病者のことばの意味構造—連続連想語テストによる研究

著者: 永島正紀

ページ範囲:P.925 - P.933

I.はじめに
 ある単語を刺激語として,連想される反応語を求ある連想語テストを分裂病者に試みた場合,反応語が一般に個人特異的で,社会的に共有的な反応語に乏しいことはよく知られていて,分裂病者の思考障害の一つの現れと理解されている1,4〜6,17,21,22)。しかし,これまでの連想語テストのほとんどは,刺激語に対する第一選択の連想語だけを取り上げる単一連想語テストであって,この方法によるかぎりでは,反応語として選択される可能性のあるそれ以外の連想語は明るみに出てこない。また,反応語選択の様態の全貌を知ろうとするにも不十分である。
 また臨床的には,分裂病者の「ことば」の特異な使用や理解の仕方にしばしば出会うが,同じ患者が,状況によって歪みなく伝達行動を行なうといった社会性の一面を併せもつことも否定できない7,19)。実際に単一連想語テストでも個人特異的反応に傾きやすい一般的傾向のほかに共有的反応語がみられることも注目されている。
 もっとも,「ことば」の意味は,個人によってその内容は異なるとしても,きわめて個人特異的な意味から,社会的に共有的な意味にまでわたる意義素を含むとみてよい。それ故,その「ことば」について個人がもつ意義素を詳らかにするには,できるだけ多数の連想語を収集する方法がとられてしかるべきであろう9)
 その場合,連想語があげられる様態,ことに分裂病者において,第一選択の反応語が現れる機制については,少なくとも2つの可能性が考えられている。1つはChaplnan3,14)のstrong meaning説に代表されるように,最も強い意味ないし連想性をもつことばがまず選択されると考えるもので,他は,Broen and Stormsら2)のinterruption theoryのように,ことばの階層構造がくずれ,いくつかの反応語のうちいずれかが無統制に偶発的に現れるとする見方である。前者をとれば分裂病者の連想語の様態はきまった偏りをもつことになるが,後者では内的生起を統制しえないでたらめな状態ということになる10)。このいずれの仮説も「ことば」の意味を多様的に考え,階層構造(hierarchy structure)を想定する点では一致している。しかし,その連想の様態を反映すると考えられる反応語の選択の推移については詳しい論述がなされていない。分裂病者のことばの歪みの理解にはむしろ反応の継時的変化に注目する必要があろう。
 そこで,この研究では,ある刺激語に対して一定時間の間にできるだけ多くの連想語をあげる「連続連想語テスト」を行ない,ⅰ)分裂病者にあってもことばの意味は多様か,ⅱ)共有的意味をもっているか,ⅲ)ことばの意味はどのように構造化されているか,ⅳ)反応語はどのように選択されているか,などについて検討した。

職場における単身赴任者に関する研究—1企業の中国地区の調査から

著者: 小椋力 ,   国元憲文 ,   中久喜克子 ,   清水泰治 ,   渡辺武夫 ,   森田昌功

ページ範囲:P.935 - P.941

I.はじめに
 職場における職員の健康に対する関心が高まるとともに,単身赴任についても取り上げられ(大熊2),1974),単身赴任者は家族同居者に比べ生活が不規則になるなど心身の健康を害しやすいとの報告もあり(長谷川1),1975),また日常の経験からもそのような印象を受ける。
 一方単身赴任者は,家族に煩わされず比較的自由に行動できてよいとの話も聞く。このように単身赴任者は,家族と離れて生活するという特殊な生活基盤のうえで勤務を続けていることになり,このことが精神・身体に何らかの影響を及ぼすことは十分に考えられよう。
 ところが,単身赴任に関する従来の報告をみると,単身赴任者の自殺などに関する症例の簡単な記載があるだけで,単身赴任者の実態,心身の健康状態などについての体系的な調査・研究の報告は国の内外をとおして知らない。
 そこで著者らは,単身赴任者に関する研究に着手し,すでにその一部を報告した(小椋ら3),1975)。ところがそれらは対象者が少数であったために,十分な情報を得ることができなかったので,今回,調査範囲をさらに広げ対象者を増やして検討した。その結果,単身赴任者の赴任状況,心身の健康状態をある程度詳細に知ることが可能であり,単身赴任者の健康の保持・増進に有用な資料を得ることができたので,その概略を報告する。

向精神薬長期服用者の自律神経機能—第1報 その問題点と瞳孔機能

著者: 岡田文彦 ,   浅野裕 ,   加瀬学 ,   新富芳子 ,   長沼俊幸 ,   小野寺勇夫 ,   伊藤耕三 ,   石金昌晴

ページ範囲:P.943 - P.951

I.はじめに
 1950年代のはじめに,フランスのLaboritら1,2)により,遷延強化麻酔(anesthésie potentialisée)の薬力学的手段として用いられた薬物カクテル(cocktail médicamenteux)は,外科的な生体の侵襲に対する生体保護を目的としており,低体温麻酔による外科手術を可能にし,麻酔剤による反射的事故の防止にめざましい効果をあげた。その方法は,外科的侵襲に対して生体側が自律神経系を中心として過剰に反応することを防ぐために,交感神経遮断剤と副交感神経遮断剤とを適当なカクテルにして用いることであった。図1は当時使用された薬物カクテルの1例を示している。これは,現在,われわれが日常の診療の場で,精神分裂病の治療のために用いる処方内容ときわめて類似しているといえる。
 精神分裂病の薬物療法としては,最初,フランスのDelayら3)により,chlorpromazineが単味で用いられたが,その後,種々の向精神薬が開発されるとともに,多種類の薬物が併用されるようになり,さらに,副作用として出現するパーキンソン症状を防ぐために抗コリン作用の強い抗パーキンソン剤(抗パ剤)も投与されている。つまり,目的が異なるにせよ,かつて遷延強化麻酔の手段として用いられていた薬物カクテルが,現在では精神分裂病を中心とする精神疾患の代表的な治療剤として用いられているといえる。
 ところで,この薬物カクテルを構成する個々の薬物の生体に及ぼす影響については,これまでがなり知られている4,5)。しかし,薬物カクテル全体の相乗作用が長期間のうちに生体に及ぼす影響については,あまりよく知られてはいない。そこで,われわれはこれらの薬物の長期間にわたる服用によって,どのような生体機能の変化が出現しているかを,自律神経機能の側面より捉えようと意図した。本論文では,一連の研究の第一歩として,一地方都市の総合病院併設精神科における調査の結果と瞳孔機能の検討を中心に,これらの問題のありかを探ってみたい。

バセドウ精神病の発病状況と病前性格について

著者: 天野良男 ,   岩瀬則文 ,   森律 ,   谷直介 ,   小谷啓一

ページ範囲:P.953 - P.958

 5例のバセドウ精神病を経験した。これらの症例の発病状況についての共通点として,甲状腺機能充進が先行し,さらに精神的緊張や情動的ストレスという状況因と不安な内的緊張が強いという人格的要因が深く関与していることが認められた。

自己誘発光源性てんかんの1例—その誘発機序と経過について

著者: 新里邦夫 ,   永田行俊

ページ範囲:P.959 - P.964

I.はじめに
 てんかん発作を自分自身で誘発する奇妙な症例が稀にみられる。一般に視覚性反射てんかんで,太陽を見ながら眼前で指を振ったり,まばたきをしたりして,断続光を求め,発作を誘発する。発作はほとんど全般性てんかんに分類されるが,全身けいれん発作の頻度は少なく,欠神発作のかたちをとるものが多い。脳波上,閃光刺激で棘徐波結合が誘発され,てんかん性発作とみなされるが,抗てんかん剤の効果はほとんど期待できない。発病年齢は小児期で,知能の発育遅滞を示すものが多い。自己誘発の機序はいろいろ推測されているが,詳細は不明である1,2)
 われわれは,眼前指動で自己誘発される後ずさり欠神発作,多動傾向,および閃光刺激に対する光過敏性などの症状がdiazepamにより軽快し,養護施設への入園を契機に,完全に改善された自己誘発性光源性てんかんの1症例を経験したので,その自己誘発機序と経過について考察する。

ナルコレプシーと慢性幻覚妄想状態を呈した進行麻痺の1例

著者: 小川一夫 ,   日下部康明 ,   横井晋

ページ範囲:P.965 - P.971

I.はじめに
 進行麻痺の主軸症状は,脳の器質的損傷による人格の崩壊と知的機能の低下とされているが,近年比較的早期に発見できることや,penicillin等抗生物質が用いられよく奏効することなどのため,非定型的な病像を呈するものが増えているようである1,2)
 ここに報告する症例も,こうした非定型的病像を呈した進行麻痺の1例である。すなわち,本症例は梅毒罹患後約7年目で易怒性,乱買癖などの人格変化と,ナルコレプシーの主症状を示し,さらに10数年後頃より入眠時幻覚などを基礎として妄想を発現,その後10年の経過の中で確固とした誇大的,被害的妄想体系を構築したが,知的機能の低下はさほど顕著ではない50歳女子の1例である。

てんかん患者の血漿Diphenylhydantoin濃度の分布

著者: 渡辺昌祐 ,   久山千衣 ,   横山茂生 ,   久保信介 ,   岩井闊之 ,   寺尾章 ,   平田潤一郎 ,   品川昌二 ,   田口冠蔵 ,   枝松一安 ,   林泰明 ,   大森鐘一 ,   青山達也

ページ範囲:P.972 - P.976

I.はじめに
 Diphenylhydantoin(DPH)は1938年MerritとPutnam1)によって,てんかん治療剤として導入されて以来,抗てんかん薬の標準的薬剤として,今日でも広く用いられている。
 しかるに,DPHをはじめ,抗てんかん薬の多くが,治療有効濃度の範囲が狭く,中毒濃度が治療濃度に接しているので中毒症状を起こしやすく1,2),臨床的に発作を防止する最少の投与量を決めるために,血漿中のDPHの濃度を指標とすることの有用性がBuchthal3),Kutt4)らにより示されてきた。
 彼らの報告では,DPHの治療濃度は10〜20μg/ml(または10〜15μg/ml)であり,20μg/ml以上になると眼振,構音障害,運動失調,嗜眠,精神活動の低下を来し,60μg/ml以上になると意識障害を起こすことが報告されている。
 本邦では,宮本5),間中6),武者7)らが,本邦患者のDPH濃度の測定を行ない,DPHの治療血漿濃度は,Buchthalら3)の報告とは必ずしも一致せず,むしろ低濃度であると報告している。また患者の個体差も認められる。
 しかし,測定方法の困難性などから,今日ほとんどの医師は抗てんかん剤の血漿濃度測定を実施するに至っていない。また,抗てんかん剤の血漿濃度と臨床効果の関係を示すのに十分なデータが集積されている段階でもない。
 最近,米国Syva社より開発された,酵素免疫測定法は,簡易正確,かつ感度も高く,血漿中DPH濃度の測定できる方法であることを認めた11)ので,同方法を用いて,てんかん患者101名の血漿DPH濃度を測定した。血漿DPHはBuchthalらの結果より著しく低値を示し,かつ幅広い濃度分布を示すことが明らかになったので,その結果を報告し,考察を加えた。

古典紹介

—Rudolph Bálint—Seelenlähmung des Schauens, optische Ataxie, räumliche Störung der Aufmerksamkeit—第2回

著者: 森岩基 ,   石黒健夫

ページ範囲:P.977 - P.982

Ⅲ.解剖所見
 剖検では脳以外で次のような病変を報告し,直ちに脳について報告する。
 下行大動脈起始部に嚢状動脈瘤。大動脈,冠動脈やほとんどの部位の末梢動脈に高度の拡張やアテローム変性。左外側股動脈の塞栓症。左心室の肥大と拡張。右肺下葉に散在性の気管支肺炎。直腸とS状結腸の慢性赤痢。亜急性脾炎。胆石症。

解説

—ルドルフ・バリント著—「“注視”の精神麻痺,視覚失調,空間性注意障害」について

著者: 石黒健夫

ページ範囲:P.982 - P.985

 Bálint症状群は半側空間無視とともに視空間失認の中核症状であるが,その報告は比較的まれで,1966年までに不全型を含めると報告例は32例(本邦11例),うち剖検は9例とされる5)。本邦ではその後,2例が学会報告のかたちでごく簡単に追加されたにすぎない3)。現在,訳者の森岩が1例と石黒が2例を検討中であるが,症例数が少ないのには,Bálint症状群を呈するほど純粋で高度の視空間失認はなかなか得られないということがあり,また,多くは視空間失認の極期に短時間しかみられないので,見過ごされている可能性もある。
 視空間失認,ひいてはBálint症状群が興味をもたれるのは,これらが単なる失認でなく,失行の要素を併せもつ点であろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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