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雑誌目次

雑誌文献

精神医学2巻4号

1960年04月発行

雑誌目次

展望

ドイツ精神病学の諸動向

著者: ,   平沢一

ページ範囲:P.189 - P.199

 1957年のチューリッヒの第2回国際精神病学会の席上しばしば現代の精神病理学的研究のいわゆる「精神錯乱」(L. lavero)が訴えられた。精神病学の根本問題について対立している精神論者と身体論者の見解の綜合されることが多くの学者により期待され,そのためとくに1つのシンポジウムが開かれたが,両者はこれまで同様他の立場を理解せず平行して存在する点は少しも改められなかつた。現代の状況がとくに混乱しているというのは,ただ意見が分かれているからだけではない。両者の対立は心身問題により生まれたものでまた一面その結果でもあるが,精神病学の歴史と同様に古い。19世紀には唯物論的傾向と形而上学的—浪慢的傾向とが対立していたが,なお互いに他を取り入れ折衷しようとする点が認められた。Bumkeは1920年代にはこの傾向がまだ残つていることを指摘した。以前の対立では,一方の立場が優勢で,その時代の研究の方向と支配的見解とを決定し,つぎの時代にはその反動として他の立場にとってかわられた。こんにちの対立の特異性はそれぞれの学問上の動向が力の優劣なく同時ばに存在する点にある。対立する立場が互いに優劣をくりかえして発展してゆくことは,精神病学の発達の歴史が示すところである。精神病学の創設期には,身体論が精神論に対して絶対的な優位を占めていた。ギリシャ・ローマ時代の精神病学の特徴は,精神疾患も原則的には身体の疾患と考えられ治療された点にある(Ackerknechtの「精神病学史概説」中にその翻訳がある)。Griesingerの言葉といわれる「精神病は脳病なり」という命題がギリシャ・ローマ時代に身体論者の指導理念になりえなかつた理由は,当時の脳の構造と機能に関する知識が非常に貧弱であつたことによる。Hippokrates以来の歴史をもつ身体論に対して初めてアニミズムをとなえた人々の中にG. E. Stahlがある。彼によると生体内の物理的・化学的過程は精神により支配される。したがつて病気は精神と外部からの有害な影響との戦いである。18世紀の後半にはドイツの研究者の多くが理想主義哲学にくみし彼の説に従つた。しかしその思想をついだ人々が浪漫精神病学に特有の自然哲学的思弁にふけりすぎたために豊富な内容をもっStahlの思想も十分な成果をおさめることができなかった。精神病を心の醜さや過失の結果と考えることは多くの弊害を生じたが,これがまた新しい型であらわれたのである。この見解は中世紀にはしばしば魔女追放者や悪魔調伏者にその理由を与えたものである。19世紀初期のドイツの浪漫精神病学に属する人々J. Heinroth(1733〜1843)やK. Ideler(1795〜1860)らは自制されない熱情・罪および罰は精神障害の原因となると考えた。この立場からみれば精神病者は自分の行為に対して責任があり,刑法上の責任の問題はKantの言のごとく,大学の医学部ではなく,哲学部に属すべき権限である。
 精神病学の新しい動向は,背景をなすその時代の文化および精神の動きから理解される。たとえば前世紀の前半にドイツにおいてもつともさかんであつた浪漫的精神病学はSchellingとその自然哲学との影響がいちじるしく,また一面啓蒙思潮に対する反動と考えられる点もある。時代思潮との関連のある例を,なおあげればB. A. Morelの変質説がある。これはフランスに始まり19世紀の中ごろ広く行なわれたものでDarwinの進化論とその時代の哲学との影響をうけている。

研究と報告

「側頭葉性」失語症

著者: 斎藤正己 ,   大橋博司

ページ範囲:P.201 - P.205

 いろいろな種類の失語症の患者について,長期間観察を続けていると,それぞれの症状が固定したものではなく,原因となつた疾患の経過と関連して次第に変つて行き,時としては一見全く異つた型の臨床像を示すような場合が少くないことに気付く。しかも,その変化は全くでたらめに起るものではなく,ある種の法則性があつて,それぞれ何かきまつた方向に進んで行くような印象をうける。さらに,こういう移行がみられる失語型式の間には,本来密接な相互関係が存在しているとも考えられるのである。このような立場から,種種の病像変化の様式を把えることが,失語症をよりよく理解する上にいかに重要であるか,今更説明する必要もないだろう。
 今回はいわゆる「感覚失語」に焦点を合わせ,われわれの観察した症例について,その構造を分析し,病像の推移を追うことにした。しかし,臨床像の推移を論じるに当つて解剖学的な変化を無視することはできない。われわれは決して古典的な局在思想にこだわるわけではないが,たとえ,WernickeやLichtheimによつて代表された,機械的な失語症理論が,そのままの形ではすでに通用し難いものになつているにせよ,ともかく失語が病巣症状であることを疑うものは少く,その臨床的記載と解剖学的所見とは動かしがたい事実であり,症状と病巣の関係は,依然として重要な研究課題であることには変りがないからである。

Antabusによる精神障害の5例

著者: 石井厚 ,   今井篤 ,   木村靖

ページ範囲:P.207 - P.211

 Antabusの単独投与によつて嗜眠,疲労感,頭痛,記憶減退,食欲不振,悪心,腹痛,下痢,皮膚発疹,インポテンツなどの副作用が起こることはよく知られている1)。この副作用は通常Antabus1日量1.0g以上の連用にさいして起こるといわれるが,その程度はかるく,投薬の中止によつて容易に回復する。これに対してAntabusが激しい精神症状をきたすことがあるということをWolff(1950)21)Bennet(1950)2)らが報告した。
 その後,Antabusによる精神障害例が多数報告されており,本邦でも坂部・山村ら17),竹中19),関18,上村ら10)の報告があるが,われわれは5例のAntabus(邦製ノックビン)による精神障害例を経験したのでこれを報告し,主としてその病因について考察を加えたい。

発作性意識障害をともなうInfantilismusの1例

著者: 黒澤良介 ,   諏訪尚史

ページ範囲:P.213 - P.217

 意識障害発作をともなう脳下垂体性株儒の女の患者で,肝機能障害を示す症例について主に代謝の面より検討した。発作時には著明な尿量の減少,肝臓腫大が認められ,意識障害は間脳に基因するとしても後葉ホルモン不活性化の障害の意味において,発作には肝が関与するものと推論した。またこの保儒症は1年半の肝臓保護療法の結果いちじるしく改善され,第2次性徴,初潮をみるにいたつている。

盗癖を示した思春期羸痩症の1例

著者: 平本喜六 ,   若生年久

ページ範囲:P.219 - P.223

Ⅰ.緒言
 思春期の女子に好発する「羸痩症」は19世紀後半Lasègue,Morton,Gullらにより記載せられて以来,anorexie hystérique,anorexia mentalis,anorexia nervosaなどと称せられてきた。最初は内分泌障害と無関係に論ぜられていたが,1914年Simmondsがprimärのhypophysäre Atrophieをある種のMagersuchtに発見して以来,本疾患の病因に関して,従来のPsychogeneseに対してOrganogeneseが論ぜられ,しばしばSimmonds氏病との異同について論議をかもしだしたり,混乱を招いたりしてきた。それは本疾患の場合にもSimmonds氏病と同じく羸痩とともに下垂体前葉機能障害をしばしばともない,身体症状だけから区別が困難となる場合が多いからである。こんにちでは,本疾患にみられるSimmonds氏病様症状はprimärの下垂体前葉機能障害によるためではなく,二次的な身体的随伴現象であるとの見方が強い。しかしDelayやDecourtのごとく本疾患をendocrino-névrose juvénileあるいはcachexiepsychoendocrinienneなどと名づけて,思春期に発生する精神身体的危機の1つの表現とみる見方など注目すべきものがある。
 精神症状としては,LaboucariéおよびBarrésの報告した50例,KayおよびLeighの報告した38例,梶山の報告した20例をみても,多かれ少なかれ精神変調を認める。すなわち,自己中心的,わがまま,抑うつ的気分変調,不機嫌,反抗的,孤独,劣等感,強迫神経症徴候などZuttが詳述したごとき特徴がみられる。これらの症例の中に小児的態度,嫌人的態度とならんで〃嘘言〃,〃盗み食い〃のみられるものがわずかばかりみられるが,われわれは以下のべる症例の観察により嘘言,盗癖などの奇行と,本症発現との関連を追求した。

うつ病および反応性うつ病のロールシャッハ・テスト—(正常群・神経質症群との比較)

著者: 中江正太郎 ,   石井昌子

ページ範囲:P.225 - P.230

 内因性うつ病,反応性うつ病の比較的初期の,初診時入院時の患者各15名のロールシャツハ・テストを施行し,神経質症群および正常群,各15名と比較,推計学的に検討した。
 その結果,修正B. R. S. で正常群とうつ病群間にいちじるしく有意の差をみ,正常群と反応性うつ病および神経質症群に有意の差を認めた。これより内因性うつ病において疾病の反映としてのもっとも低いpersonality統合水準がうかがわれ,神経質症,反応性うつ病がこれにっいだ。
 Rej(拒否)は内因性うつ病でこれを示すものが多く,正常群との問に有意が認められ,精神運動抑制による統覚困難が明らかに推察された。R+%はF+%とともに従来からいわれているごとくうつ病,反応性うつ病においても正常,神経質症の2群とともに高い値を示し,F+%では4群に有意差はなかつた。R+%は正常群とうつ病および反応性うつ病両群の問に有意の差がみられ,感情,情緒面の関与する現実吟味の点でうつ状態群に微妙な低下がうかがわれ,精神病理学的に意味があるかと思われた。Mは疾患3群でともに正常群に比し,いちじるしく有意に低く,疾患による内的統制の低さが示された。Wは神経質症群が他の3群に比しいちじるしく有意に高い。これはMのいちじるしい低下とともにWとMとの比の不均衡となり神経質症群に特徴的であった。

昏迷状態と性格

著者: 杉本直人 ,   田伏日出雄 ,   下条和敏

ページ範囲:P.231 - P.237


 昏迷状態は1つの症状であつて,各種の疾患に際して現われるものであり,Ey5),Delay4),Baruk1)らのいうごとく精神解体の程度が一定の段階に達すれば常にみられるものであるとするならば,昏迷状態の出現と性格の問題を論ずることは全く意味がないともいえる。しかしたとえば進行麻痺において一部のものに分裂病様病像がみられ,病前の素質乃至性格との関係が論ぜられるごとく緊張症候群の一つとしての昏迷状態についても,またうつ病そのほかの疾患に際しての昏迷状態についても同様のことが論ぜられる。
 われわれは性格をロールシャッハテストによつて,また問診あるいは質問紙法(淡路式向性検査用)によつて調査し,その結果得られた性格特徴と昏迷状態の関係をみたが,これらの結果が昏迷状態の精神病理学的特徴をいかに説明し得るかを考察してみたい。

脳外傷後の精神分裂病様状態

著者: 太田幸雄 ,   元村宏 ,   楠部治 ,   太田良子

ページ範囲:P.238 - P.242

 精神分裂病またはそれに類似した病像が脳の外傷後あらわれることはまれではあるが,ないことはない。こういう場合,外傷との関連性が問題となることも多い。われわれは外傷後相当期間たつて精神分裂病状態を来した2例を経験したので報告する。

動き

世界精神衛生年にあたつて

著者: 広瀬克己

ページ範囲:P.243 - P.244

 精神衛生というとなにか漠然とした感じを受ける。精神病患者の入院手続きだの病院の取締りだのそんな関係のことだろうというぐあいにだ。これは主に精神病院関係者側の気持ちで,他方世間では精神の健康を守るなにか手品的な医学技術のことだろうという気分を露骨に持出してくる。
 精神衛生の基本的理念にだれもが共通のものを持つていてくれれば混乱はずつと少なくてすむはずだ。だが現在ではなお混沌のなかを低迷している。

紹介

—Hans W. Gruhle 著—了解心理学 Verstehende Psychologie—〔第4回〕

著者: 東京大学医学部精神医学教室精神病理グループ

ページ範囲:P.248 - P.251

D.芸術科学
 本項では芸術科学の心理学的側面を,主として芸術創造(Kunstschaffen)め過程(イ.よりハ.まで)と芸術鑑賞(Kunstgeniessen)の過程(ニ.よりチ.まで)に分けて考察している。
 イ.作品形成の過程
 心理的無意識(das seelisch Unbewusst)とは,実は意志により支えられた命令によつて規整される活動である。このような無意識の命令は,例えば運動の面に置き換えられて,自動的運動を生むのであるが,一般には保守的(Konservativ)であり,それゆえまた非生産的(unproduktiv)であるといえる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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