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文献詳細

雑誌文献

精神医学2巻8号

1960年08月発行

文献概要

動き

ドイツ通信(4)

著者: 関野やす

所属機関:

ページ範囲:P.561 - P.563

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 このところすつかり調子がくるつてしまつて,何も手につかず多少は言葉になれてきましたものの,朝から晩まで,一言一言に気をつかい,緊張のしつづけでございますから,ときどき疲労がたまつて,いわゆるノイローゼ状態になります。いらいらし,頭の回転が,もともとにぶいのがますますひどくなり,何をするのもおつくうになつてまいります。実は12月ごろから少しあやしいと思いましたので,気分転換というつもりで,クリスマスの休暇に旅行を致しましたが,時間とお金のつごう上,少々強行軍でございましたのでかえつて疲労を強める結果になつてしまいました。いまこの町に同胞は7人おりますが,20才くらいの若い人達はよくドイツ人の生活の中にとけいつているように思えますが,30くらいになりますと,もう順応力がないのか,年よりは多かれ少かれ調子にくるいを起こし,こういうのが寄り集まりますと互いに共鳴しあい,症状が強まる結果になります。自分がノイローゼになりながら,自分の同胞を分析しようというのでございますから,まことにその結果は危かしいのでございますけれど,表向きは疲労の蓄積とみえる現象の奥にあるものは,感情の疎通しがたい異郷に,孤独の中に,背後からは何か目にはみえない故国からのまなざしを負うて,しかも言葉の不自由や,外国人だという自覚からくるEntwurzelungの体験,物質的不自由,ドイツの天候と人情の荒々しさ,こんなものが留学生の精神状態を非常に不安定にしているようにみえます。私などもともとたよりない精神の持主でございますから,いままでのところではだいたいなんとか調子をもちこたえうる限度は3ヵ月くらいのようで,そのころになると何も手につかなくなり,いらいらし,つまらぬことで腹をたてて,今回は同胞とちよつとのことで喧嘩し,2,3日後ふたたび顔をあわせたときに互いに笑いだしてしまったという,まことにたよりない,子供のようなことを致し,われながら恥かしくなりました。それでも自ら努力し,また同胞互いに助けあって,そのつどなんとか克服し,この町の同胞は割合とみなよく勉強しております。そしてわれわれの唯一の抱負は,この苦しさと戦いながらの生活の中から,一介の旅行者にはみえないドイツの姿をつかんでゆけるのだということでございます。このほか留学生の心理については,なかなか興味のある問題もございますが,文字に残すのははばかれますので,割愛致します。
 ところで今回は,汽車を乗りまわしてきたにすぎなかったような通り一辺の旅行記を少し申しのべてみようと存じます。いままでも何回か旅は致しましたが,つねに誰かのお伴でしたので,あなたまかせの気楽さがございました。今回はすでに在独半年になりますので,自分の力だめしと——だいたいは心臓の力だめしで,言葉の力だめしではございません——いうような気持もあって,またドイツのクリスマスから正月は,みな家庭にとじこもつてしまい,留学生のわれわれはまつたくとり残されたようにさびしくて,町に残つてはいられず,同胞一人残らず,それぞれの旅に出かけました。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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