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雑誌目次

論文

精神医学2巻9号

1960年09月発行

雑誌目次

展望

催眠療法

著者: 蔵内宏和

ページ範囲:P.573 - P.585

I.はじめに
 Medard Bossは,1957年のスイス医学週刊誌に《精神療法の範囲と適応》という論説をのせている。その中で,彼は〈科学的な系統的な治療手段としての心理療法は,Freudの精神分析以後に初めて西洋諸国に存在するようになつた。〉とのべている。ハンガリアのVolgyseiは,これに反駁して,〈Freud以前にも,彼とまつたく独立的に,医学的心理療法があり,それは催眠療法であつた。〉といつている。科学的な系統的な治療手段としての心理療法という言葉を,神経症の背後にある心理的原因を探究して,治癒に導く,いわゆるおおいをとる方法だけを指すものとすれば,Freud以前にはたしかにそのような方法は存在していない。しかし心理療法のシステムという意味であれば,すでに催眠療法が,いわゆる被覆的方法として存在していた。どちらのいいぶんも正しいのであるが,たしかにFreud以後には,催眠療法もおおいをとる方向へすすめられ,新しい発展がもたらされた。またこのころから被覆的方法としての催眠も,Schultzのように心理生理的な方向へ向かう傾向がでてきている。
 私はまずFreud以前の催眠の歴史をながめ,心理療法としての催眠がどのように用いられていたかを明らかにし,つぎにFreud以後現代にいたるまでの催眠療法の発展をおつてみようと思う。このような歴史的な展望を行なつたあとで,現代的な催眠療法のいくつかについての紹介と考祭をこころみてみようと思う。

フランスの妄想研究(2)—第1部 症候論(つづき) 慢性幻覚精神病と解釈妄想病

著者: 小木貞孝

ページ範囲:P.587 - P.592

慢性幻覚精神病(psychose hallucinatoire chronique)
 慢性幻覚精神病の名の起こりは1907年のDupre1)の記載によるが,これを1つの疾患単位として明確に規定したのはGilbert Balletである。彼は1911年に主論文2)を出し,2年後に補足的な論文3)を出した。つぎにこの2つの記載を要約して紹介してみよう。なお以下,慢性幻覚精神病をPHCと略称することにする。
 Gilbert BalletはまずMagnanの学説を批判することから始める。Magnanの慢性妄想病は1つの立派な記述であり類型であるが実際にこういう患者につきあたることは少い。一方,彼の変質者には彼のいうような変質徴候(stigmates dits de dégénérescence)を認めることはまれであり,慢性妄想病と変質者の加害的被害者とは実は混在している。両者は遺伝学的にも大差はなく,また変質者の妄想中にも系統化の不十分なものもあるし,慢性妄想病においても被害妄想と誇大妄想がしばしば併存するのをみる。要するに疾病の分類基準は別にこれを求めねばならない。

研究と報告

治療社会における人間関係の研究—精神科職員の意見調査のこころみ

著者: 加藤正明 ,   中川四郎 ,   岡田敬蔵 ,   小坂英世 ,   竹村和子 ,   徳江富士弥

ページ範囲:P.595 - P.602

1
 産業における人間関係理論が1931年E. Mayoのホーソン実験以来,RoethlisburgerやLingらによつて発展させられてきたことは周知のとおりである。精神医学の領域では,V. Andersonが1922年に「産業における精神医学」をあらわし,さらに1936年にはW. Bryanが「精神病院における人間関係」をあらわした。この2著作は人間関係理論と「精神病院医学」とをつなぐさいの2つの側面を示している。すなわち治療社会としての精神病院における人間関係の問題の1つは,病院管理の理論および技術としてのそれであり,この点では病院は多様な職種を有する特殊な企業ではあるが,一般産業における人事管理と共通する側面をもつている。それはいわゆる管理精神医学administrative psychiatryの問題である。
 ほかの側面は前述のBryanを初め,最近ではA. Stanton,M. Schwarz,W. Caudill,M. Greenblatt,G. M, Carstairs,D. Levinson,M. Jonesなどの多くの論者が,いわゆる社会精神医学の立場から,治療技術としての人間関係理論の問題をとりあげていることである。わが国でも近ごろ開放病院方式や社会治療などという言葉がさかんに用いられるようになり,この方面への関心もたかまつているが,これらの問題の根底には,病院内の職員間,職員対患者間および患者相互間の3種の人間関係に関する理論と技術があり,それがもつとも重要な治療的意義を有することはいうまでもない。

一卵性のふたごにみられた強迫神経症の不完全一致例

著者: 飯田真

ページ範囲:P.603 - P.608

Ⅰ.まえがき
 強迫神経症の病因に関しては,こんにちまでさまざまな学説が展開されている。
 すでにE. Bleuler1)3),Kehrer2),Schneider1)らによつて強迫神経症と分裂病との密接な関連が指摘され,Luxemburger3),吉川4)らの遺伝体質的研究も分裂病との関連を裏づけている。またBonhöffer5),Heilbronner6),Stöcker7)らは躁うつ病との密接な関係を認めており,Hoffmann8),Kretschmer1)らは分裂病と躁うつ病の両者との関連を主張し,Fuchs9)はてんかんとの関連を見出している。Bumke1)は強迫神経症を異常性格(強迫性格)と考え,さらにSchneiderは異常性格そのものかあるいはそのうえに発展した内的葛藤反応と考えている。またMeggendorfer10)はこのような強迫人の家系を報告している。しかし,一方アメリカ学派では,このような異常性格も主として心因的発展によつて形成されると考え,幼時の生活環境(対人関係)などの生活史的背景を重視している。

精神障害をともなえる黒色表皮腫の1例

著者: 田村幸雄 ,   土岐大

ページ範囲:P.609 - P.613

緒言
 黒色表皮腫(Acanthosis nigricans以下A. n. と略記する)は非常にまれな疾患であるといわれ,また私どもが探索したところでは精神障害をともなつた本病の報告は見当らなかつた。本報告はこれについての世界最初のものであるかどうかは,さらに文献を詳しく調べないと断言できないが,とにかく非常にまれな例であることにはまちがいない。

自殺の生物学的要因

著者: 大原健士郎

ページ範囲:P.615 - P.620

I.はじめに
 これまで,自殺に関してもつともよく研究調査されてきた部門は,社会学的な研究分野である。社会学的研究では,自殺者の実数にもとづいて各国の自殺率を比較しつつ,自殺手段,年次別,年令別,性別あるいは各種社会現象,環境要因との相関に重点がおかれており,それらの報告は多い。そのdataは一見,非常に明確に自殺者の実態やその趨勢を示し,この点では,大きな社会的貢献をもたらしてはいる。しかし,自殺者を一人一人克明に,その生活環境,既往歴,性格,生活史,現症などの諸点で分析研究してゆくとき,彼らはそれぞれ異つた要因をもち,異つた自殺様式を示していることがわかる。
 自殺suicide,Selbstmordとは,文字どおりに解釈すれば,「自らsui, Selbstを殺すcide, Mord」こと,すなわち自己殺人であるが,これを実際に個々の場合について調査すると,容易な問題でないことに気づく。強力な心因動機がはたらいて自らを殺す行為,幻聴の命ずるままに自らを殺す行為,意識もうろう状態の中に衝動的に自らを殺す行為など,それぞれが異つた意味をもつている。自殺の定義については,従来,Durkheim1)や加藤10)など,種々の説があるが,著者は,自らを殺す行為を総括して広義の自殺とし,その中に純粋(真性)自殺と偽似性(仮性)自殺とを区別するのが妥当だと考えている。ここでいう純粋自殺は,広義の心因反応に属するもので正常人の自殺を意味し,偽似性自殺は,精神病の自殺や性格異常者の自殺を意味する。しかし,理論上は,この分類が可能であるとしても,実際上はなかなか困難な問題であり,case study的に個々の症例を検討しても,いずれに属せしめるかに迷うことも多い。
 この論文では,広義の自殺をとりあげて,自殺と,精神病との関連性について論じた。

持続睡眠療法の一試案—Doridenを主剤としPhenothiazine誘導体を併用するこころみについて

著者: 矢部徹

ページ範囲:P.623 - P.627

 持続睡眠療法は,精神疾患の治療法のうちで,一連のショック療法にさきだつて,その術式も臨床的評価も一応定まつたものであり,いわゆるtranquilizerによる薬物療法が脚光をあびてきたこんにちでも,なおその臨床的価値は適応によつてはきわめてたかいものがある。
 本邦では下田(1922)が本療法にSulfonalを導入して以来,こんにちでも一般にはSulfonalが主剤として使用されるのが通例であり,標準的術式として印象づけられている。すでに一般催眠剤としての臨床的価値を失つているSulfonalが,なお本療法の主剤としてわが国で使用されているのは,いうまでもなくその作用の遷延性と蓄積性によるものである。しかし,逆にこの理由のゆえに身体的禁忌条件や一般状態に対する考慮に加えて,薬物の中毒効果の出現に対する危惧と,看護上の負担さらには患者の苦痛などのなみならぬ場合が少くなく,手技上の熟練がとくに必要とされている。一方Sulfonalを主剤とした場合にも,症例によつては,比較的少い用量で必ずしもふかい睡眠ないし酩酊状態にいたらずに十分な効果の認められることもあり,一般に作用の遅い薬物を蓄積させてその効果を期待することは,反面危険をともなうことも少くなく,いたずらに薬物を蓄積させることが必ずしも必要な条件とも思われず,さらに副作用のすくない扱いやすい薬物を主剤とする方向に改善されるべきものと思われる。

精神障害に対するTriflupromazineの使用経験

著者: 柴田洋子 ,   石川安息 ,   三須道子

ページ範囲:P.629 - P.633

緒論
 Triflupromazine(Vesprin)は最近Squibb社において新たに合成されたPhenothiazine系の薬物でつぎの構造式を有する(第1図)。
 Chlorpromazineの3〜5倍の効力を有し,副作用の少いcentral depressantとしてすでに米国において使用されており,文献にもしばしばその治験についての報告がみられる。たまたま今回昭和薬品化工株式会社より材料が提供されたので,当教室にて使用をこころみ若干の結果をえたのでここに報告する。

動き

ドイツ通信(5)

著者: 関野やす

ページ範囲:P.635 - P.636

 スイスに行つてまいりました。Münsterlingen(am Bodensee)にはちようど3週間おりましたが,スイスのドイツ語は,とても聞きとれず,患者がみられないので,Dr. Roland Kubnから,少しばかり(少ししか学べなかったのは私の責任ですが)Daseinsanalyseのことを聞いてひきあげてまいりました。スイス人の気性というのは,ドイツ人のように大刀をふりかざしませんし,食事そのほか日常生活感情がわれわれのそれと似ていて,私にはheimischに感じられ,居心地がよかつたので,勉強さえできれば,もうあちこち浮浪しないで,ここにおちつきたかつたのでしたが,思うにまかせませんでした。
 6月11日,12日とBaden-Badenで76. Wanderversammlung Südwestdeutscher Neurologen und Psychiaterと名のる学会がありましたので,これを見物に渡独する機会にMünsterlingenはひきあげてまいりました。Leitthemaは今年は"Die Zeit"で,この方面の大家Erwin Strausもアメリカから飛んできて一席やりましたが,第1日は主としてphilosophisch-psychologische Seiteからの講演で,これではたとえ日本語で聞いても理解できるかどうかあやしいところですのに,十人十様のドイツ語,術語でしやべるので,全然聞きとれませんでした。この学会でえたものは(?)上記の学会の名に反して全ドイツから集まつた大家連の顔ををおがんだことと,Göttingenに移る話がこのさいに決まつたことぐらいでした。

紹介

—Werner Janzarik 著—内因精神病における力動的基本布置 Dynamische Grundkonstellationenain endogenen Psychosen—Ein Beitrag zur Differentialtypologie der Wahnphanomene

著者: 島崎敏樹 ,   宮本忠雄

ページ範囲:P.637 - P.640

I
 精神医学の疾病論はKraepelinの構想のなかでその最終的な形式をみいだしているように思われる。たしかに,内因精神病の領域では,疾患単位を中心とする彼の精神医学的構想はこんにちでもいぜん実証性をもち,とりわけ実地的観点からは欠かすことができない。しかし他方では,「内因」という概念の相対性,分裂病圏と躁うつ病圏を明確に区別しにくい難点,いわゆる内因反応型の問題,精神病症状の特殊性の問題などがあらわれ,また,初め分裂性精神病を中心としていた活発な論争は,第二次大戦以後,抑うつ性精神病の分野にまで蔓延してきている。新しい類型も続々と生まれている(Büger-PrinzのEntwurzelungsdepression,SchulteのHeimkehrerdepression,Entlastungsdepression,Häfnerのexistentielle Depression,Lopez lborのanxiety thymopathy,Weitbrechtのendoreaktive Dysthymieなど)。結局,内因精神病の疾病学では,数十の見解があるが,どれも一致していない。それというのも,ここでは鑑別診断学の諸前提がまだみたされていないからである。したがつて,われわれはK. Schneiderとともに鑑別類型学にとどまるしかない。
 Janzarikは,内因精神病におけるこうした窮状の由来を,精神病理学的所産がそのまま疾病分類の基盤として使われている反面,精神病理学的研究自体が自然科学的先入見にとらわれているという「精神医学における自然科学的謬見」のなかに見,ここから脱出するためには,疾病学的諸慣習から独立な基礎研究として自覚した精神病理学を用いてすすまなければならぬと主張する。疾病学的に中立な基礎研究としての精神病理学はもつぱら心理学的方法だけを使用し,精神病的現象をそのseelische Eigenbestimmtheit(Kisker)において研究しようとする。こうしてえられた洞察はそのあとで病因論・経過・治療などの問題へ臨床的に適用される。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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