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雑誌目次

雑誌文献

精神医学20巻1号

1978年01月発行

雑誌目次

巻頭言

心因と身体因

著者: 山下格

ページ範囲:P.2 - P.3

 教育機関にいると,学生から何でもない質問をうけて返答にこまることがよくある。概して質問が簡単で初歩的かつ基本的であるほど,説明がしにくい。
 返答にこまるのは,私の知識がたりない場合もあるが,精神医学特有の問題がからんでいることもある。とくに心因をめぐる質問などがそうである。身体機能と身体因ばかり教わってきた学生は,心因による精神・身体症状の発現にかなり戸惑いを感ずるらしい。またそのとらえ方も,学生によって大変ちがう。

展望

アルコール症の疾病概念をめぐって(そのⅠ)—現行の疾病概念とその批判

著者: 斉藤学

ページ範囲:P.4 - P.30

I.はじめに
 中南米のインディオ部族にはPintaとよばれる風土病が伝わっている。これはスピロヘータ(Treponema carateum)感染による皮膚病であるが,皮膚の角化斑の他に症状はない。部族の人々はこの斑点を貴重なものと考え,これがない成人は異常とされ,タブーに従って結婚を禁じられているという(van Dijk)84)。このPintaの例は,やや戯画化した形で次の2つの事実を示している。第1は健康(ないし病気)の判断基準が場所や時代によって大いに異なるということであり,第2はこうした健康-不健康の判断と疾病(つまり病理学的実体)の存在との間に時にズレが生じ得るということである。
 現代は局地的な文化がそれぞれに養ってきた多様な価値基準が,近代化,西欧化というフィルターを通して画一化されて行く時代であり,種々な領域の価値判断と並んで,健康-不健康の基準もまた大きくゆらいでいる。小論が対象とする習慣飲酒は,肥満や喫煙と並んで健康-不健康の判断が,近年急速に不健康=病気の側に傾いている代表的な例である。その結果,従来なら医療の問題とは考えられずに警察官,司法官,宗教家などの手に委ねられていたような現象にまで医師の判断が求められるようになり,今や飲酒が関与する医療問題,つまりアルコール症は癌,心循環障害,精神障害と並ぶ巨大な健康問題のひとつと考えられるまでになっている。
 こうした事態は当然,アルコール症の概念そのものを変質させ「疾病としてのアルコール症」をめぐる様々な議論を刺激し続けている。臨床家の多くはアルコール症を構成する病的飲酒行動をアルコール依存という「疾病過程」の表現とみなそうとしており,これが現行疾病概念の基調になっているが,ここにも未だ概念上の大きな欠陥が残されているとみなければならない。何故なら,薬剤耐性の上昇という薬物依存上の指標を用いる限り「健康な」大量常習飲酒者と病的飲酒者との間に決定的な差異が見出せないからであり,既述したPintaの場合にみられたような健康-不健康判断と疾病の存在との間のズレが常につきまとって,この「疾病」の輪郭をぼやけさせるからである。よく言われるアルコール症概念のわかり難さの本質は実はこの点にあるのである。
 臨床家がこうして疾病概念の確立に苦慮している一方では,飲酒問題の「医療化」自体に対する当惑や批判が,医師,非医師を問わず広くわだかまっている。殊に最近は上に述べたような現行疾病概念そのものの無効性を主張して,飲酒問題を疾病の枠組みからはずそうとする議論が目立つようになっており,こうした根本的な批判を前にしてアルコール症の疾病概念はますます厳しい吟味にさらされているように思われる。
 アルコール症の概念については最近だけでも,新井3),小片59),小片58)らの解説が出ており,筆者自身43)も4年前に嗜癖概念一般との関連を述べておいたのであるが,上記のような視点から再びこの問題を取り上げ,現行諸概念とその批判の相互関係を検討してみたいと思う。なお,ここではalcoholismにアルコール症の訳語をあてつつ議論を進めている。アルコール症とアルコール中毒alcohol intoxication,アルコール依存alcohol dependence,アルコール関連障害alcohol-related disabilities,問題飲酒problem drinkingなどとの異同は議論の展開につれて明らかになるであろう。

研究と報告

B-Mitten Patternを示す反復性昏睡発作の1例—心因と器質因との関連

著者: 加藤進昌 ,   斉藤高雄 ,   内沼幸雄

ページ範囲:P.31 - P.42

I.はじめに
 諸種の精神神経疾患において,心因性の要素と機能的ないし器質的障害とが相互にどのように関与しあっているかということは,これまで繰り返し論議されてきた問題の1つであるが,臨床場面では,これを二者択一的に考えるよりも,むしろ相補的かつ総合的にとらえるべき症例に遭遇することが稀でない。
 われわれは,神経学的に昏睡と考えられる意識障害発作を反復し,しかもその後の長期にわたる経過からその発現に心理的要因の強い関与が明瞭となった症例を経験した。この症例では,発作時に一致して紡錘波が出現する中等度睡眠波形と,B-mitten patternが多量に出現する脳波がみられ,また他に多彩な自律神経症状を伴っていたが,同時にヒステリー性の機序の関与が疑われた。われわれは,昏睡と脳波異常に代表される身体症状と心理的要因との関連を考える上で好個の症例と考えたので,若干の文献的考察をも加えて報告する。

分裂病患者と職場復帰

著者: 立津政順

ページ範囲:P.43 - P.47

 この調査の対象は,某官庁所属の外務・内務従事者で分裂病に罹患し,療養後病状が改善し,復職を希望している39人である。
 この中の22人は,2〜8回の入・退院を繰り返している。ここの対象分裂病者では,退院後1年以内における再入院の率や短い入院期間の率は,やや高いようである。
 これらの人たちの約77%は,病気になって休業するようになってから調査時までの50%以上の期間,またその約65%の者は,在宅期間の50%以上の期間,欠勤している。
 これらの人たちの入院期間,在宅期間は,個人間でも,また同一人でも場合により,差に長短いろいろあり,不規則である。退院後,例えば0ヵ月,6カ月,1年などのいろいろの時点において検討されたが,在宅という状態のそれぞれの時点から先,例えば6カ月以上続く場合を,頻度からみると,それら時点の相互間に大差ないし一定の規則性も証明されない。しかし,それらの時点が退院の時期から遠くなるに従って,例えばその時点から先3カ月以上在宅の状態が続く場合を実数でみると,だんだん規則的に減少する。これを要するに,このような分裂病の患者で,病状が改善し,作業にたえられるようになっておれば,その期間の持続は短かくとも,就業させるという方針に立てば,退院後はできるだけ早い時期に就業させた方が,それだけ多くの患者が職場に復帰できる,と言える。

遅発性ジスキネジアの可逆例—その発症と長期予後

著者: 八木剛平 ,   伊藤斉 ,   三浦貞則

ページ範囲:P.49 - P.58

Ⅰ.序文
 向精神薬(主として抗精神病薬)によるいわゆる遅発性ないし持続性ジスキネジアは従来精神病院入院中の高齢者(50〜60歳)の一部に観察され,長期(一般に数年以上)にわたって抗精神病薬を投与されたものが多いが症状の起始は明らかでなく,いったん生じた異常運動は抗精神病薬の中断後も消失することはない(恒常性ないし非可逆性)とされていた13)。われわれは1968年以来,それまで遅発性ジスキネジアの認められなかった患者について,抗精神病薬療法の経過を注意深く観察してきたが,1975年までの約8年間に18例について症状の新たな発生を観察するとともに,その経過を追跡して症状の消失を確認することができた。これらの症例の一部は第9回国際神経精神薬理学会において既に報告したが22),当時観察中であった症例についてもその転帰が明らかになったので,ここに改めて報告することにした。本論文の目的は,第一に多くは塔年者において,抗精神病薬療法のかなり早期に発症した軽症のジスキネジアが,原因薬物の中止によって消失したこと,しかしその後の長期経過は楽観を許さないことを示して,遅発性ジスキネジアに関する従来の定説に若干の修正を促すこと,第二にその発症と可逆性に関与する諸要因を検討して遅発性ジスキネジアを発症した精神分裂病者(以下分裂病者と略称)に対する薬物療法について考察することにある。

てんかん患者の血漿Carbamazepine濃度分布

著者: 渡辺昌祐 ,   久山千衣 ,   横山茂生 ,   久保信介 ,   岩井闊之 ,   寺尾章 ,   平田潤一郎 ,   品川昌二 ,   田口冠蔵 ,   枝松一安 ,   林泰明 ,   大森鐘一 ,   青山達也

ページ範囲:P.59 - P.64

I.はじめに
 Carbarnazepine(10,11-dihydro-5H-dibenz[b,f]azepine-5-carboxamide)(CZP)は1952年に抗うつ剤であるimipramineの開発途上に発見された物質であり,構造は三環抗うつ剤に類似している(図1)。また1962年以来抗てんかん剤として大発作や精神運動発作に有効であることが認められ臨床的に応用されているが,さらに向精神病作用23),抗躁作用24),三叉神経痛治療剤として幅広い作用面を持つ薬剤として注目されている。
 CZPの抗てんかん作用と同剤の血中濃度との相関に関する研究としては,Freyら13),Parsonage15),Cereghinoら1,2),Mollerら22),Meinardi14),Schneider20),Oller Ferrer-Vidalら16),Damら19),Levyら21)の報告があり,また本邦では宮本9,10)の報告がみられる。このなかでは抗てんかん作用と血中濃度との相関を明らかにし得なかった報告13〜15)と,CZPの治療有効濃度を示唆した報告1,2,16,19〜21)がある。筆者らは先に日本人対象患者では,抗てんかん剤(phenobarbital,diphenylhydantoin,primidone)の治療濃度が欧米の報告より低値を示していることを報告している6,7)ので,CZPについても欧米の治療濃度をそのまま適用することはできないと考え,本邦てんかん患者の血漿CZP濃度を測定し,その分布,治療濃度を調べ,それを左右する因子について考察した。
 かかる方面での研究が進むためには,簡易なCZPの測定方法の開発が最も重要な要素となることは明白である。しかるに,Syvaより開発された酵素免疫測定法3〜5)を用いれば,CZPもまた精度も高く簡易迅速に少量の血液サンプル(0.05ml)ので血漿濃度を測定することが可能であることを確認している8)

ヒトの終夜睡眠脳波に及ぼすOxypertineの影響

著者: 小鳥居衷 ,   大川敏彦 ,   中沢洋一

ページ範囲:P.65 - P.70

I.はじめに
 Oxypertine(5,6-dimethoxy-2-methyl-3-[2-(4-phenyl-1-piperazinyl) ethyl]indole)はインドール核とフェニールピペラジン核とを結び合わせたような基本構造をもち,Archerらによって開発された抗精神病薬物である。われわれがoxypertineに特に興味をひかれたのは,従来のphenothiazine系あるいはbutyrophenone系の抗精神病薬物とは異なって,この薬物がインドール核をもっていることである。インドール誘導体には周知のようにLSD 25やpsilocybinなど精神異常惹起物質が知られている。インドール核を持つ化合物のあるものに精神異常惹起作用があり,他のものには抗精神病作用があることは興味のあることである。
 一方,睡眠に対するモノアミン仮説がMatsumoto and Jouvet12,17)によって提唱されて以来,睡眠とカテコールアミン,インドールアミンの関係がたちまち研究者の議論の対象となってきた。またLSD 25は一夜の唾眠の初期のREM睡眠を増加させる薬物であると主張するものがあり18),同じインドール核をもつoxypertineのヒトの睡眠に対する作用を検討することも,われわれの興味をひいた。今回,第一製薬株式会社よりoxypertineの提供を受け,正常成人の睡眠に対する影響を検討したので,他の抗精神病薬物の睡眠に対する効果と比較検討し若干の考察を加えたい。

短報

Amantadine投与により幻視などを呈したParkinson症候群の1例

著者: 柳下道子 ,   鳥居方策 ,   平口真理

ページ範囲:P.71 - P.73

I.はじめに
 各種のParkinson治療剤(以下「抗パ剤」と略称)には副作用が少なくなく,その中には幻覚,錯乱などの精神症状も挙げられている1〜5)。われわれにとって興味深いのは抗パ剤の副作用としての幻覚であるが,L-Dopaの場合におけるCelesiaとBarr1)および雨宮と亀山2)の報告を除けば,幻覚が意識障害を背景として,つまりせん妄の一部として出現するのか,あるいは意識障害なしに,つまり抗パ剤の催幻覚作用の結果として出現するのか明らかでない。
 最近われわれは,塩酸amantadine(以下amantadine)の服用により,意識障害の兆候を全く示すことなしに,幻視などを呈したParkinson症候群の1例を経験したので,簡単に報告する。

古典紹介

—Kleist. K.—Über zykloide, paranoide und epileptoide Psychosen und über die Frage der Degenerationspsychosen—第2回

著者: 飯田真 ,   坂口正道

ページ範囲:P.75 - P.88

Ⅳ.てんかん様精神病
 ここで議論しようとしている一般的でない精神病はてんかんに近縁なものである。この精神病の一部では症候像や患者の基本的状態や遺伝性においててんかんとの関係が明白に認められる。それはかつて私が詳細に記載した挿話性もうろう状態であって,既知のてんかん様精神病質者の挿話性不機嫌状態(渇酒症,俳徊狂,他の衝動性不機嫌)に連接するものである。Kleineによってわれわれの精神科での観察から記載された挿話性(周期性)睡眠状態並びに非常に短い睡眠発作を伴うナルコレプシーもこの近縁である。
 挿話性もうろう状態は,てんかん者のそれのように持続性の短い平均6〜7日間の,多くは急速に出現し同じく急速に消失する意識混濁である。とは言ってもそのもうろう状態の程度はてんかんのようにつねに深くはない。意識混濁と共に―真性のてんかん性もうろう状態の際のように―往々他の症候も有しており,それによって挿話性もうろう状態の種々の型を区別できるのである。O. Binswangerがベルンの講演で発表した見解に対しては,こういった種々の型は決して特殊な明確に区別できる疾患を示しているのではなく,むしろもうろう状態のいろいろの変種を形づくっているにすぎないと言える。私は単純なこみ入っていない挿話性もうろう状態の他に,それらと衝動興奮,逃走,衝動性自殺企図,暴力行為―そのうち2度は強盗侵入―などを有する患者を知っている。またある患者の場合には前述した急性啓示精神病に類似した啓示と恍惚感情が出現したり,また錯乱性運動不穏や錯覚が意識混濁と結びついたり,またある場合には錯覚が説明思考や迫害思考と結びついたり自己関係づけと結びついたりして,急性幻覚症の後に起こる多種多様な病隊を形成したりする。更に,最近Stillgerが記載した症例のように精神運動性の症状がつけ加って出現する患者もある。

動き

第6回世界精神医学会議印象記〔その1〕

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.89 - P.92

Ⅰ.世界精神医学会議について
 昭和52年8月28日から9月3日までの7日間にわたって,アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市で,アメリカ精神医学会APAがHostになって第6回世界精神医学会議(Ⅵ World Congress of Psychiatry)が開催された。
 現在,精神医学の領域における国際組織としては世界精神医学連合The World Psychiatric Association(WPA)がある。これは1961年(昭和36年)に世界精神医学会議World Congress of Psychiatryを開催するために作られた組織を母体にして設立されたもので,現在,WPAには世界の74の学会が加入しており,個人会員を含めて76ヵ国から約6万人の精神科医が参加していることになる。世界精神医学会議は,WPA主催のもとに5〜6年ごとに開催されることになっており,これまでの開催地と年度は,第1回Paris(1950年),第2回Zürich(1957年),第3回Montreal(1961年),第4回Madrid(1966年),第5回Mexico City(1971年)であり,今回のハワイ学会は第6回目にあたる。

第6回世界精神医学会議印象記〔その2〕

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.92 - P.94

Ⅰ.「精神医学における倫理問題」について
 すでにその詳細が述べられているが,若干追加すると,Bukowskyの問題がすでに,1971年のWPAおよびWFMHでとりあげられずに終わったあと,とくにイギリスの精神科医の間に,ソ連の精神医学の乱用を非難するワーキング・グループが積極的な活動を展開した。それはWorking Group on the Internment of Dissenters in Mental Hospitalsと名付けられ,フルボーン病院長D.クラークをはじめとする10名のパネル・メンバーが名を連ねている。このグループは1977年に3つのパンフレットを公表しており,それは“New Bulletin on Psychiatric Abuse in Soviet Union”,“Political Abuse of Psychiatry in the Soviet Union”および“Dr. Semyon Gluzman;The Imprisoned Conscience of Soviet Psychiatry”である。(Hon. Secretary, 13 Armitage Road, Golders Green, London NW 118 QTまたはMargrit Wreschner, 60 Riverside Drive, New York, N.Y. 10024)

第6回世界精神医学会議印象記〔その3〕

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.94 - P.96

 今回ホノルルで行なわれた世界精神医学会議には,私自身の旅程の都合上,バンクーバーの世界精神衛生大会出席,アメリカ・トピカのメニンガー財団病院見学のあと,8月31日から9月2日までの全3日間しか出席できなかった。しかもこの会議全体の構成は全体集会11,シンポジウム128,その他にも特別集会,特別講演,自由討論,映画やビデオなどの尨大な内容を8月28日から9月3日までの7日間でこなしているのだから大変濃密なスケジュールである。午前ひとつ午後ひとつの会合に出席しても全6回にしかならず,私自身もっとも深い関心のある病院治療,地域医療,精神病理,精神療法関係のものを選ぶにしても一苦労であったが,ともかく8月30日の夜同行の窪田彰氏(海上寮療養所)と共に数時間かけて検討した上,特に勉強になりそうなものを選び,会議に臨むことにした。以下紙数も限られているので,出席した集会の簡単な内容報告と,特に私自身が受けた強い印象とそれにもとづく感想を中心に述べたいと思う。
 まず8月31日の午前は「境界例と自己愛的状態の精神療法」をきいた。最初の演者カナダのG. J. Sarwer-Fonerは「境界状態の精神療法」と題して,共生関係をつくり易く,進歩と退行を繰り返す症例を挙げつつ,治療同盟の成立こそ,治療の目標であり,正統派精神分析はそのまま適用できず,患者の自我の支持が重要であると述べた。なおここで副司会者のJ. F. Masterson(米)との間になされた質疑応答は対抗転移の結果おこる治療者側の不安の処理が大切で,これへの耐容力がその治療関係を確かなものにし,結局患者を現実世界に引き戻すことにつながるであろうという内容であった。これは丁度12年前の日本精神分析学会第11回総会において似たようなテーマを論じた神田橋條治氏が私の質問に答えられた内容に通じていて大変興味深かった。次のアメリカのS. Tuttmanは「重篤障害者に対する精神分析的援助」と題して,これらの患者の自我の未分化の問題を指摘し,段階的な情緒的発達の必要性を説いた。なお彼に限らず,一般にこれらの集会ではM. MahlerやM. Kleinの説が重要視され,これを自分の考え方に多く取り入れているように思えた。最後の演者アメリカのLC. Wynneは「境界状態の精神療法における家族:それは援助か妨害か?」と題して,家族療法の大切さとその内容のもつ微妙さを論じた。すなわち境界例患者は分裂病者より一層周りの人間と葛藤をおこし易く,家族が治療を求めてくることが多いこと,また家族と一緒に住む緊張がその症状悪化に関係していること,更に問題指向性の治療が重要で,治療者が相互共通的立場を維持しつつ,現実指向性,問題指向性に焦点をおくことによって,当面の問題は解決され得るのだという事実が見本になるとする。そしてこれまでの家族とは違った態度を示すことにより,結局家族よりの分離が可能となる。またその治療方法は家族・患者の両者の間に入って,その葛藤を和解させ,家族との上手な生活の仕方を提示する。そして家族療法には個人療法と違い,限界がなく,またその治療終結時期決定のむつかしいことにふれ,深層精神分析的精神療法は他の治療と協力・平行して進められるべきだなど臨床上有益な具体的問題が多く示された。その後各演者,司会者との間に興味深い討論がいくつかなされたが,それらについては正式の学会報告録に譲りたい。

世界精神衛生連盟会議を聞いて

著者: 寺嶋正吾

ページ範囲:P.97 - P.101

I.はじめに
 ブリティッシュ・コロンビア大学は緑の森のなかにあった。広さ120万坪という広大なキャンパスにはポプラ,にれ,かし,かえで等北国の樹々が亭々として天にそびえ,所々にドグウッドの白い花やマウンテン・アッシュの赤い実が色彩を添えていた。3千人を収容するというウォルター・ゲージ・レジデンスと呼ばれている学生寮が今度の会議の参加者の宿舎にあてられていて,会場や食堂にも近く,そこでわれわれは快適な一週間を送った。
 隔年に開かれている世界精神衛生連盟の1977年度の会議は林宗義教授を会長に8月21日から26日までバンクーバーで開催された。日本からは百数十人の参加者があったようだ。8月21日,44カ国から2千人の参加者を集めて盛大な開会式となった。歓迎の挨拶を7ヵ国語で述べる林会長の上気した晴やかな顔がひときわ印象的であった。
 5日間,午前中は全体に向けての講演会。たとえば,「人々による健康,今,ここで」(バージニア・サティア),「世界の傷つき,障害を持ち,弱点ある人々を知り,手をさしのばし,助けることについて」(マーガレット・ミード),「科学的革命,社会変化と不安な世界」(バートラム・ブラウン),「有効な精神衛生対策とは」(ノーマン・ザルトリウス)など10幾つかのテーマを掲げて,この畑で高名な学者を講演者にあて,世界各国からの討論者を配した講演会の会場には連日千人をこす聴衆を集めて盛況であった。
 全体に向けての講演会としては8月24日の科学討論会,「精神衛生の専門家をわれわれは必要としない」での主張者,イワン・イーリィッチ対反対討論者,モーリス・カーステアスの討論が一つの呼び物であった。しかし,なんといっても今大会のハイライトはアメリカ大統領夫人,ロザリン・カーターの招待特別講演であったようだ。ファースト・レディとしての初めてのカナダ訪問は大統領精神衛生委員会の名誉会長の肩書での参加でもあり,熱烈歓迎であった。
 この会議でのハイライト部分を幾つか摘要的にメモからお伝えしておこう。

Maudsley病院外来精神療法ユニット

著者: 北山修

ページ範囲:P.103 - P.109

I.はじめに
 ロンドンにあるMaudsley病院の外来患者のための建物はその四階のフロアーを精神療法にあてている。待合室からのエレベーターを降りるとすぐ前が秘書たちの部屋で,それに続いて面接治療用のオフィスがならび,廊下のつきあたりには集団精神療法のセミナーのための大きな部屋がある。ここでは年間100人あまりの外来患者たちが精神療法を受けている。
 Maudsley病院では様々な理論と技法を用いる心理的治療が行なわれているが,精神療法とは“exploratory” “interpretative” “psychodynamic”などと形容される精神分析的な精神療法をさし,一般外来で行なわれるsupportive psychotherapyや,Maudsley病院の臨床心理士や看護者たちによって行なわれる行動療法とははっきりと区別されている。その定義にも様々なものがあるが,Maudsley病院のconsultant psychotherapistであるH. H. Wolffは,“insight-directed psychoanalytically-oriented psychotherapy”と定義している。
 ロンドン大学医学部の卒後教育のための専門病院であるMaudsley病院は,色々な意味で英国の精神医療の特徴を映し出している。英国の精神医療やその卒後教育についてはこれまでにも詳細に報告されており1,6),Maudsley病院の活動も著名な“行動主義者”たち(例えばEysenck,Rachman,Marks)がいることで日本においても知られている。しかし,精神療法ユニットについては詳しい報告は少ない。筆者は英国での卒後研修のうち1974年からの1年間をclinical assistantとしてこのユニットですごしたので,その内容を報告し,英国の精神療法の現状とその問題点を概括してみたい。なお,英国の精神分析については先に牛島18)の報告がある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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