「右側半側空間過注意症状」を示した右半球脳損傷例について
著者:
渡辺俊三
,
北條敬
,
大沼悌一
,
林進
,
菅原英保
,
小野寺庚午
ページ範囲:P.1113 - P.1121
I.はじめに
脳の機能の左右差の概念はBroca4)が1861年「人間は左半球で話す」と述べて以来100年ちょっとになるが,当時,左半球は優位脳ではあるが,言語以外の機能については,左右まったく同じではないかと考えられていた。
右半球機能についての報告は,1874年のJackson8)に始まる。以来右半球に関する研究も多少なされてきたが,左半球の言語面に関する研究の進歩に比べると遅々としたものであった。総説的なものとしては,Benton2),Joynt and Goldstein10)の報告があり,本邦では大橋11,12)の報告がある。
大橋11,12)は,左右大脳半球損傷における関連症状をあげているが,右半球症状として言語面では,準視空間性失書・失算,行動面では,視覚構成失行,着衣失行,認知面では,半側身体失認,相貌失認,半側空間失認,空間知覚障害,地誌的失見当,地誌的記憶喪失をあげている。Joynt and Goldstein10)は劣位半球症状群として,空間知覚障害,構成障害をあげている。
これら右半球症状は,身体空間,視空間に関するもので,その障害は左右両側にみられるものもあるが,多くは,左半側身体,左半側空間に関するものである。これらの左半側の身体・空間障害例では,健側の右側に対する詳細な観察が一般に乏しいように思われる。
大脳病理学の歴史は,限局論と全体論の大きな2つの流れに分けられるが,上に述べたように,右半球障害としては左半側の空間・身体障害の観察のみにとどまり,健側の右側についてはあまり研究がなされなかったということは,主として脱落症状のみをとらえようとする限局論的思考が支配的であったためかもしれない。患側の左側に特異な所見が認められる症例にあって,健側の右側がそのまま病前と同じ正常な機能を保持しているであろうか,はなはだ疑問と言わざるを得ない。
この度,われわれは多彩な右半球巣症状を有する症例において,右側半側空間に対して,「過度の注意」が払われた特異な2症例を経験したので報告する。