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雑誌目次

雑誌文献

精神医学20巻10号

1978年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科生涯教育

著者: 更井啓介

ページ範囲:P.1038 - P.1039

 何時の世にあっても,医師が生涯研修しなければならぬことは自明のことである。ことに現在のように日進月歩の医学の中にあっては,各自が意欲的に努力しなければ,患者に対して最善の治療ができなくなる。1960年以来W. H. O.(世界保健機構)では医師の卒前・卒後教育に関して,各国の厚生省や文部省に意見を送ったという。わが国でも日本学術会議の医療制度特別委員会では,先ずは専門の科に熟達した医師を作ろうということで,各科の学会において専門医制度が検討されることになった。麻酔科の如きは1963年からすでに専門医制度を発足させており,その後他の8科が専門医ないし認定医制度を設けて,数年間特定の病院で研修した者を学会が試験その他の方法で認定している。
 精神科においても,十数年前から日本精神神経学会において,専門医制度が検討された。しかし,多くの反論があった。いわく,精神医療の向上を日ざすよりは,エキスパートづくりに口がいき,階層差を作り,再び医局制度を作って,せっかく民主化傾向がみられていたのに時代逆行である。特定の教育病院にのみ,若手医師が集められるため,他の病院へは非常勤医が多く行くことになり医療の質が低下し,患者にしわ寄せがいく。その若手医師は研修の名のもとに数年間低賃金でしばられる。研修病院といえども指導医の数は圧倒的に少なく,制度を作っても実は上らない。もし,本気で指導医が教育に時間を裂くならば,必然的に患者へのサービスが悪くなり,研修病院においてもまた,患者にそのしわ寄せが及ぶ。そんな制度をうんぬんしているより前に,精神医療を改善するためには,しなければならぬ重要事項が多いではないか。時期尚早。その他あげればまだあろう。確かにもっともな点があるので,私もそのような欠点のある制度であるならば,そのままの形で押し進めようとは思わない。

シンポジウム 精神分裂病者の治療について—東京都精神医学総合研究所,第5回シンポジウムから

通院治療

著者: 湯浅修一

ページ範囲:P.1040 - P.1047

I.はじめに
 最近,通院治療の重要性は,とみに高まってきた。それに関連し,わが国の分裂病者治療現況を集約すれば以下の如くである。
 第1に,非常に高い受療率を示す。第2に,通院治療の比重が増大してきている。第3に,しかしながら外来のみで治療を完結することは難かしく入院率も増えている。第4に,さいわい,入院しても退院可能性も上昇している。第5に,それとともに再発,再入院率も増加した。第6に,残念ながら入退院の繰り返しの挙句,長期在院者も増え続ける傾向がある。第7に,経過の善し悪しにかかわらず,治療が長期化している。
 結論を先取りしていえば,これらの現実をふまえて,分裂病者の治療体系を再編成する必要があると考える。

入院治療

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.1048 - P.1055

I.はじめに
 精神分裂病者の入院治療については論ずべきことが数多くある。しかしここではいくつかの間題にしぼって考察することにしたい。ただその前に,日本における精神病床数がその必要度に対しほぼ十分の数に達しているにも拘らず,地域的偏在や病院間の機能分担と相互連繋がほとんどなされていないこと,また特に日本の精神病院のもつ内容的問題点,例えば患者の個別性やプライバシーが空間的にも心理的にも尊重されなさ過ぎること,更に入院治療の適応およびその長所と短所を十分把える必要のあることなど,いくつかの事柄を指摘しておきたい。
 ところで入院治療は外来治療,社会復帰活動など地域に密着した包括的な精神医療の中の一部を占めており,その内容として薬物療法から個人精神療法,集団療法,作業療法など多岐にわたる活動を含んでいる。Bullard1)はいわゆる治療以外の病院サービス活動のリストとして実に27項目を挙げているが,結局“atrophy of disuse”の予防こそ,その病気に対する直接的治療と同様に,病院活動の中心であると述べている。このことを十分承知したうえで,以下筆者の臨床経験の範囲内で強く印象的に感じた事柄をいくつか取り上げて論じたいと思う。

リハビリテーション

著者: 山崎達二

ページ範囲:P.1055 - P.1060

I.はじめに
 今回のシンポジウムで筆者に与えられた課題は精神分裂病の治療の具体的な流れの中でのリハビリテーション活動を考えるということであるが,本来リハビリテーションはいわゆる治療の枠を越えた幅広いかつ複雑な面を持っていることはいうまでもない。
 一口に精神分裂病といっても病者の人間としての生き方はさまざまである。治療者の側からみればそこでは何らかの方法論に基づく症候学的な解釈が加えられ治療する努力が続けられているけれども,リハビリテーション活動ではそういう努力の上に生活全体での病者の適応がうまくいってほしいという願いをこめて援助をしているのが特徴である。
 したがって精神医学的なリハビリテーションにおいては,何らかの形で治療が始まる時から一緒にリハビリテーション活動も始まるといってもよいわけで,しかも病者の生活上のあらゆる問題を合むというまさに総合的な活動といえる。
 しかもそれは極めて具体的,実践的なもので1例1例にその病者の社会的復権への努力が含まれているわけで,ここである基準のもとに一緒にして一般的な治療論で再構成してしまうことは筆者の本意ではない。
 ただ限られたスペースであるし読者の参考のためには,まず具体的な1人の症例の経過をたどりある程度一般的に問題をとり出しながら症例をふり返りたいと思うが,もちろんここにあげる症例は決して説明のための特別なものではなく,むしろ読者のかかわっている同じような経過の多くの分裂病者の1人として考えていただきたい。

コミュニティ・ケア

著者: 鈴木純一

ページ範囲:P.1061 - P.1067

Ⅰ.コミュニティ・ケアという言葉
 精神医学ないし精神医療従事者の間で,コミュニティ・ケアという言葉はかなり前より用いられており,最近は,研究,臨床の報告等も発表されるようになった。外来語にしては発音も容易であり,使いやすい言葉の一つである。しかし,他のキャッチフレーズやスローガン等と同様に,言葉の意味は必ずしも明確でなく,またそれを用いる人によって多少異なった意味合いを持つことにしばしば気付かされる。
 そこで本小論では,精神医療におけるコミュニティ・ケアとは何を意味するのか,更にわが国においてどのように実践されているか,あるいはさるべきなのかを考察したい。コミュニティという英語には通常,共同体,共同社会等という訳語があてられており,その社会学的な定義についてはここで論ずることはできない。しかし精神医療概念の中で,どのように用いられてきているかについて辿ってみることにより,その意味について考えてみよう。

あとがき

著者: 宇野昌人

ページ範囲:P.1067 - P.1067

 精神分裂病の治療論はいまや百花繚乱の観がある。60数年前クレペリンは,「早発痴呆は真の原因がわからないので,目下のところその治療を考えることはできない」と,早発痴呆の全300ページに及ぶ記述のうち治療にはわずか5ページしか割かなかったのであるが,このことばの前半の事情は現在でも変わっていないのに対して,後半の変わり方はめざましい。これほどまでに治療への関心が高まったことには,やはり向精神薬の出現によって多面的な治療的アプローチが可能になったという事実を見過ごすわけにはゆかないであろう。それにしてもこれは容易ならぬ道である。依然手さぐりながら,さまざまの治療的試行が,疾病の原因,誘因,動機,経過などをにらみ合わせながら行なわれているのが現状といえよう。
 精神医学総合研究所のシンポジウムも今度で5回目を迎え,当研究所の活動の一つとしてすっかり定着してきた感がある。これまでのテーマをふりかえってみると,その力点はどちらかといえば基礎的な問題におかれていたといえよう。それは発足まもない研究所が,方法論や理論的基礎の検討を通してみずからの,足場固めを行なっている姿の反映でもあったが,開所5年目に入ったいま,そろそろ各論的なテーマに移ってはどうかとの声が所内に高まってきた。それを受けて今回はまず精神医学最大の関心事の一つ,精神分裂病を臨床的な角度から取り上げようということになった。このことはもちろん,これまで取り上げられたような基本的な諸問題の研究が,一段落したことを意味するものではない。こうした諸問題は研究の基本であって,わずかの期間に解決される性質のものではなく,研究所としてたえず問い続けてゆかねばならないものだということは言をまたない。

研究と報告

精神疾患患者同士の結婚について

著者: 田中雄三 ,   田中潔 ,   柏木徹 ,   福間悦夫 ,   川原隆造 ,   国元憲文

ページ範囲:P.1069 - P.1077

I.はじめに
 精神科における薬物療法の普及とともに,家庭生活を営みながら通院治療を受ける精神疾患患者の数が増加してきた。それとともに入院中心の時代と異なって,就職や結婚の問題がかれらにとって身近な問題として存在し,その成否がまたかれらの病状に影響を与えることから,精神科医が好むと好まざるとにかかわらず,これらの解答困難な問題に直接関与しなければならないことがある5)。特に精神疾患患者の結婚問題は,精神疾患が慢性疾患であり再発入院を繰り返しやすいこと,一般に入院期間が長期にわたること,精神疾患に対する社会的偏見があることなどにより困難な問題となっている。したがって病状が寛解に達した後も適当な配偶者にめぐまれず,結婚年齢が遅れたり独身をよぎなくされる場合が多い。しかし一方では患者同士が院内で親密となり,後に結婚にいたるケースもまれではない。精神疾患患者同士の結婚といえば,おおむね家人の反対はもとより,医師も消極的な態度をとることが多いのが実情であろう。そこで著者らはこれら精神疾患患者同士の結婚状態を調査し,その結果をもとに患者同士の結婚について何らかの指針を得ようとした。

本邦におけるMichigan Alcoholism Screening Test(MAST)の応用—資料の統計学的検討を中心として

著者: 三田村幌 ,   小片基 ,   岡本宜明 ,   真田博志 ,   山本明 ,   寺岡政敏 ,   佐藤邦衛 ,   村山東平 ,   中川英範

ページ範囲:P.1079 - P.1096

I.はじめに
 アルコール飲料消費量と並行してアルコール依存者の急増傾向が叫ばれている今日,社会的ならびに医学的観点からアルコール依存者の早期発見の努力が必要であり,本邦に適したAlcoholism Screening Testの開発は緊急を要する課題のように思われる。
 本論文はSelzer1)(1971)が開発したMichigan Alcoholism Screening Testを本邦のアルコール依存者と非依存者904名について調査した資料とその統計学的検討である。すでに小片ら2)は第10回日本アルコール医学会(1975)でMASTの紹介とその意義と限界を指摘したが,第12回同学会(1977)における額田らの「ALCADD変法10項目」3),河野らの「KAST」4),ならびに谷らの「日本版MAST」5)にみられるように,Alcoholism Screening Test法の開発に関する研究が胎動しはじめており,今後さらに各方面からの新たな試みが期待されよう。本論文のねらいはそのための資料を提供することと著者らの今後のAlcoholism Screening Test開発と提案の基礎を示すことにある。

両相性うつ病の病前性格と強迫症状

著者: 海老原英彦

ページ範囲:P.1097 - P.1104

I.はじめに
 この小論は,躁病あるいは躁病相をしばしば繰り返す両相性うつ病の病前性格を把握することを意図している。このようなパターンを示す両相性うつ病の病前性格は,単相性うつ病に比べ,これまで関心をはらわれることが少なかった。しかし最近,藤縄らはこの面への注意を換起し,「マニー親和型」の概念5)を提唱した。このマニー親和型は,メランコリー親和型(Tellenbach, H.)に循環性格が混合した類型として要約されている。
 著者は躁病および両相性うつ病の病前性格のモデルとしてこの類型に注目し,このモデルを念頭におきつつ,これまでの臨床観察によって得られた資料の考察をすすめてきた。その結果,「マニー親和型」の概念を設定するにあたっては,この類型が示す強迫性格や強迫症状等をkey-wordとして検討をすすめることが必要であるとの予備的結論を得た。
 これまでの諸家の臨床観察は,躁病では強迫症状が少ないことや,強迫症状を示すうつ病者は,躁病に転じることが少ないことを明らかにしてきた。このことは,うつ病に強迫症状が出現することがまれでないことや,強迫性格者がうつ病に落ちいることが,珍しくないこととまさに対照的である。このような臨床的な事実から,強迫症状や強迫性格は,躁病の発病やうつ病の躁転に対し抑制的な因子として作用すると仮定することができよう。
 また,かねて指摘されているように,メランコリー親和型と執着性格は,具体的な性格像において,几帳面性,徹底性,良心性など類似の標識を示すことが少なくないが,共通の標識の1つとして強迫性要素をあげることができる。
 この小論は数ある両相性うつ病の病前性格の中で,類似するところの多いメランコリー親和型と執着性格に焦点をしぼり,この類型を病前性格とする両相性うつ病者が,躁病期やうつ病期あるいは発病前に示す強迫症状を中心テーマとしてとらえ,さらにそれをTellenbach流の2つの人問存在のあり方,つまりSein fur andere(自律的に生じた他者献身)とSein fur sich(防衛的な自己本位)をkey-wordとして分析しつつ,「マニー親和型」を考察したものである。
 循環性格と同調性性格については,強迫症状を示した症例が少なかったので,研究結果を参考として呈示するにとどめた。

うつ病の比較文化精神医学的研究—京都・宇治ならびに伊勢・志摩の調査から

著者: 東村輝彦 ,   波多野和夫 ,   柴原堯 ,   玉置美智子 ,   服部尚史

ページ範囲:P.1105 - P.1112

I.はじめに
 ここ数年うつ病患者の増加とその病像の変化が注目されるようになり時代精神との関係や社会的背景などが数多く論じられている。そのなかで大原1)は,うつ病の病像が地域によって異なることを指摘しているが,わが国においては,比較文化精神医学的立場に立つうつ病の研究はほとんどみられず,わずかに日本人とドイツ人のうつ病像の差を検討した上田2),木村3)らの報告や症状の変遷をtransculturalな視点から論じた近藤4)の報告があるにすぎない。
 われわれは,今回うつ病の比較文化精神医学的な研究を試みたのでその結果を報告する。われわれが本研究を試みるに至った契機は,共同研究者の一人東村が三重県から京都に転任してきた時の印象として同じうつ病の患者でも京都の患者には治療に手間取ったり,円滑な治療関係を作りにくい患者が少なからずみられたことによる。もしその印象のようにうつ病患者の病像や治療状況などが地域によって異なるとするならば,どのような相違があるのか,そしてそのような相違をもたらすものはなんであるかを検討してみようというのがわれわれの研究の目的である。以上のような目的からわれわれは,京都・宇治ならびに伊勢・志摩のうつ病患者について,発病状況,病像の治療への反応という点などに留意しながら症例の分析に重点をおいて比較文化精神医学的調査研究を試みた。

「右側半側空間過注意症状」を示した右半球脳損傷例について

著者: 渡辺俊三 ,   北條敬 ,   大沼悌一 ,   林進 ,   菅原英保 ,   小野寺庚午

ページ範囲:P.1113 - P.1121

I.はじめに
 脳の機能の左右差の概念はBroca4)が1861年「人間は左半球で話す」と述べて以来100年ちょっとになるが,当時,左半球は優位脳ではあるが,言語以外の機能については,左右まったく同じではないかと考えられていた。
 右半球機能についての報告は,1874年のJackson8)に始まる。以来右半球に関する研究も多少なされてきたが,左半球の言語面に関する研究の進歩に比べると遅々としたものであった。総説的なものとしては,Benton2),Joynt and Goldstein10)の報告があり,本邦では大橋11,12)の報告がある。
 大橋11,12)は,左右大脳半球損傷における関連症状をあげているが,右半球症状として言語面では,準視空間性失書・失算,行動面では,視覚構成失行,着衣失行,認知面では,半側身体失認,相貌失認,半側空間失認,空間知覚障害,地誌的失見当,地誌的記憶喪失をあげている。Joynt and Goldstein10)は劣位半球症状群として,空間知覚障害,構成障害をあげている。
 これら右半球症状は,身体空間,視空間に関するもので,その障害は左右両側にみられるものもあるが,多くは,左半側身体,左半側空間に関するものである。これらの左半側の身体・空間障害例では,健側の右側に対する詳細な観察が一般に乏しいように思われる。
 大脳病理学の歴史は,限局論と全体論の大きな2つの流れに分けられるが,上に述べたように,右半球障害としては左半側の空間・身体障害の観察のみにとどまり,健側の右側についてはあまり研究がなされなかったということは,主として脱落症状のみをとらえようとする限局論的思考が支配的であったためかもしれない。患側の左側に特異な所見が認められる症例にあって,健側の右側がそのまま病前と同じ正常な機能を保持しているであろうか,はなはだ疑問と言わざるを得ない。
 この度,われわれは多彩な右半球巣症状を有する症例において,右側半側空間に対して,「過度の注意」が払われた特異な2症例を経験したので報告する。

短報

炭酸リチウム剤投与中に洞房ブロックを来した1例

著者: 木戸淳彦 ,   中根允文 ,   高橋良 ,   深谷真彦 ,   橋場邦武

ページ範囲:P.1122 - P.1124

I.はじめに
 精神科領域において,リチウム剤使用が増加するに伴い,種々の中毒作用が知られるようになり11),稀には重篤な副作用の症例も報告されてきた6)。最近われわれは炭酸リチウム投与中の一女性患者に,症候性の洞房ブロックが発生したのを経験した。このような副作用は稀で,本邦では未だ報告例はないので,ここに報告し外国の文献例と比較検討してみたい。なお本症例の心臓電気生理学的検索の詳細については,深谷らが別に報告の予定である14)

古典紹介

—Gilles de la Tourette—Etude d'une affection nerveuse caractérisée par de l'incoordination motorice accompagnée d'écholalie et de coprolalie—第2回

著者: 保崎秀夫 ,   藤村尚宏

ページ範囲:P.1125 - P.1135

第二章
 前章で記載してきた症状は「それ自体で疾患すべてを構成し得るもの」であるが,大部分の症例で一時的にしか構成し得てないし,先に述べた症状より,もっともっと特徴的な新たな現象がはっきり現われてくるようにみえる。それには種々のものがあるので,その出現する順に従って記載してみよう。
 私共が,疾病出現の日付を強調しないのは,すでに述べた如く,症例に含まれているのは,数カ月間から16年間にわたり,非協調性運動のみが存在し得たものだからである。むしろ,日付について語るならばそれはあまりに不規則的であるということだ。反対に発症の様式は,かなり規則的であるように思える。すなわち新たな現象の恒常的かつ特殊な漸次的推移が次のような事実を生じながらみられる。

動き

F. Lhermitte一派の神経心理学研究動向

著者: 大東祥孝

ページ範囲:P.1137 - P.1143

 神経心理学の領域においてN. Geschwindに代表されるBoston学派が古典的連合論associationnismeの再興ともいえる離断学説disconnexiontheoryを提起してすでに久しく1),爾後の研究に多大の影響を及ぼしてきたことは否定できない事実であるが,一方,今世紀初頭,Wernicke,Liepmann,Dejerineらの"連合主義者associationniste"に対し"偶像破壊者iconoclaste"として登場したPierre Marieの立場を弁護2)し,そこにjacksonnismeを導入することによってこれを継承発展せしめたと考えられるTh. Alajouanine,F. Lhermitte一派の研究活動は,ある意味で連合論の対極ともいえる視点から出発しており,したがってその一連の研究成果や,とりわけdisconnexiontheoryに対する最近の見解は,注目に値するものであるに違いない。筆者は1976〜1977年度のフランス政府給費留学生としてF. Lhermitteの診療科に籍を置き,そこでの診療研究体制やF. Lhermitteを含めた各スタッフの学問的立場を知る機会を得た。F. Lhermitte教授は1978年秋,日仏医科会の招きで訪日の予定ときく。この機会に,今まであまり詳しくは知られていなかった彼の研究グループの概要を,筆者の知りえた限りで紹介しておきたいと思う。
 François Lhermitte(写真1)は1921年の生まれで,周知の如く高名な神経科医であったJeanLhermitteの子息であり,1950年に《Les Leuco-Encéphalites, étude anatomoclinique et expérimentale》なる学位論文3)を公にし,1950年代はTh. Alajouanine,J. Delay,P. Castaigne,J. C. Gautierらと神経学領域の研究を行ない,1950年代後半からTh. Alajouanineの高弟の一人として失語論を主とする神経心理学領域の研究に従事し始め,Alajouanineの創始したParisのSalpêtrière病院の言語センターCentre du langageを引継いで1965年,神経学,神経心理学診療科Service deneurologie et de neuropsychologieの教授となった。

資料

Diagnostic and Statistical Manual Ⅲ(D. S. M. Ⅲ)—新しい米国精神医学診断基準

著者: 丸田俊彦

ページ範囲:P.1145 - P.1149

I.はじめに
 D. S. M. Ⅲは,Diagnostic and Statistical Manualof Mental Disorder,Edition Ⅲの略称で,1952年の初版以来,1968年の第二版に続く2度目の改訂である。D. S. M. Ⅰ. とD. S. M. Ⅱ1)が,試験的実施(Field Trial)を行なうことなく,「各界権威の合意による最終案」として発表されたのに対し,今回の改訂にあたっては,N. Y. State Psychiatric InstituteのR. L. Spitzerを中心とした,D. S. M. Ⅲ特別委員会が設置され,最新の臨床,研究データをもとに草案を作成,それを各方面(各専門分野のみならず,各地域,各人種など)の研究者,臨床医が実際に使用(Field Trial)し,更に,そのフィードバックをもとに草案の修正を繰り返すという,より"民主的",より"科学的(統計学的)"な方法がとられている。1974年9月に委員会が発足して以来,議論の白熱化する中で,第一次草案2)が4月15日(1977)に発表されたが,この草案は,すでに第一期試験的実施(Field Trial)データ,および最新の研究データをもとに書き替えが進められており,例えば4月15日時点で,Schizophrenic Disorderのもとに分類されていたSchizoaffective Disorder3,4)は,10月15日時点においては別項目となっている(表1参照)。
 本論文は,この作成途上にあるD. S. M. Ⅲの基本内容と,これからの方向を論じたものである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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