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雑誌目次

論文

精神医学20巻11号

1978年11月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学の学生教育—2大学での比較

著者: 横井晋

ページ範囲:P.1154 - P.1155

 昭和53年4月から横浜市立大学で学生への講義を始め,群馬大学でも講義を続けているので両大学での教育の実態,学生の反応を比較できることとなった。
 群馬大学では3年生の1学期から総論および各論の講義が始まり,1年間週1回1.5時間が続けられ,助教授と2人の講師がこれを受持っている。4年生の1,2学期,週1回1.5時間の講義は教授の担当であるが,神経内科部門ができてから,2学期の後半をこれに譲った。昭和41年頃はその他に精神衛生の講義が非常勤講師によって行なわれていたが,脳外科学等の部門が増設され,そのほうに割愛されていった。

展望

失語・失行・失認に関する最近の諸研究—1960年前後から最近まで—第2部

著者: 杉下守弘

ページ範囲:P.1156 - P.1178

I.はじめに
 「精神医学」20巻4号(1978)「失語・失行・失認に関する最近の諸研究―1960年前後から最近まで―第1部」において,失語・失行・失認の最近の動向として,1)Disconnexion Syndrome(離断症候群)の復興,2)Split Brain(両断脳)―交連線維切断例―の研究,3)学際的研究の増大を挙げ,失語・失行・失認の研究が新たな前進の段階を迎えたことを述べた。本稿では,失語・失行・失認の症例をどう診断し,治療するかといった臨床的観点からみても,また,失語・失行・失認の本態を明らかにするといった理論的観点からも中心課題といえる,失語・失行・失認の分類とそれによる各臨床型について,最近の知見をまとめた。

研究と報告

胎内原爆被爆による精神遅滞—30年後の精神症状

著者: 石川博也 ,   島崎朗 ,   原田正純 ,   南竜一 ,   藤原紘一 ,   大山繁 ,   中村茂代志

ページ範囲:P.1179 - P.1187

I.はじめに
 外因性精神薄弱(遅滞),脳性小児麻痺の原因として胎内における胎児の脳傷害があげられる。1945年,広島および長崎に原子爆弾が投下され数十万の人々が殺傷されたことは周知のとおりである。その時,胎内にあった胎児もまた放射線傷害を受け,いわゆる"原爆小頭症"あるいは「近距離早期胎内被爆症候群」として報告された1〜12,18)。このことは不幸にして人類が初めて経験したものであったが,その後,1956年胎内メチル水銀中毒(先天性水俣病)14,19〜21),1958年胎内PCB中毒(PCB胎児症)などいずれも人類が初めて経験する集団的胎内傷害がわが国で発生した20,22)。これらの胎内傷害はいずれも予後不良である。一方,新しい経験であるために,十分にその実態は明らかでない。同じような誤ちを繰り返さないためにもわれわれは長期にわたってこれらの症例を追跡し実態を明らかにしなければならないと考えている。とくに,胎内被爆小頭症に関してはすでに30年経過している。初期のすぐれた多数の研究に比較して,その後の詳細な臨床報告は乏しい。われわれは最近4例の臨床症状を観察する機会を得たのでここに報告する。症例は重症2例,中等症2例であるが胎内被爆による障害児の現況の一部を明らかにすることになると思われる。なお,これらの症例はいずれも1967年厚生省小頭症研究班によって「近距離早期胎内被爆症候群」と診断されている症例である。

妄想型分裂病における恋愛妄想—恋愛妄想の臨床的研究(その3)

著者: 高橋俊彦 ,   石川昭雄 ,   原健男 ,   酒井克允

ページ範囲:P.1189 - P.1197

I.はじめに—考察の対象
 先にわれわれは比較的了解性の高い恋愛妄想の症例について報告した1,2)。そこでは多くの人々が分裂病と診断するような症例は大体除かれた。そこで今回は誰によっても分裂病と診断されるような症例を取り上げ考察してみた。しかし周知の如く分裂病の概念は広く,また恋愛妄想も分裂病のかなり多数において,しかも種々の時期にみられ,さらには病者の症状および人格も含めた経過がらはその出現が唐突としか思えず,了解が非常に難かしいものもある。今回考察の対象として選んだのは,それらの中では比較的了解できそうな感触を与えてくれる症例に限られた。当然のことであるが病型からいうと,妄想型が中心となっている。いずれも発病以後数年以上の経過が把握できたものであり,恋愛妄想の主題がある時期中心になったもの,またはそれが繰り返されたものであった。考察の対象となったのは表の如く16例であった。

持続睡眠療法のうつ病の睡眠・覚醒に対する影響—ポリグラフ的観察

著者: 佐藤泰三

ページ範囲:P.1199 - P.1211

I.はじめに
 持続睡眠療法は主として興奮状態を示す精神障害者に対する一つの治療方法として,すでに19世紀にWilliam, J. 54)やGriesinger, W. 15)によって麻酔剤を用いて行なわれていた。さらに,Wolf, H. 55),Epifanio10),Kläsi, J. ら26)によりphenobarbital,trional,somnifenなどの睡眠剤を用いた方法が確立され,精神科領域に系統的に導入された。
 わが国では下田45)によるsulfonalを主剤とする持続睡眠療法が普及し,その広汎な適応とすぐれた治療効果が認められ,次いでphenothiazine系薬剤などの向精神薬の開発により,王丸37),松岡30),懸田ら23)による睡眠剤に向精神薬を併用する方法が用いられていた。しかし,その後,興奮状態に対しては,向精神薬,うつ病に対してはamitriptyline,imipramineなどの卓越した薬剤の登場や持続睡眠療法の煩雑さなどにより現在,本療法はほとんど行なわれなくなった。しかし,その治癒機転についてはKläsi, J. の心理学説,Epifanioの生物学説,Azima, H. 1)の有機力動説などにより説明されてきたが十分に解明はなされておらず,また持続睡眠療法中の生体の意識状態,とくに睡眠・覚醒状態などについても把握されていなかった。
 近年の電気生理学の発展に伴い睡眠の生理学的現象はポリグラフィー的にとらえられるようになり,数多くの知見が得られ,さらに各種薬剤の睡眠に及ぼす影響が追求されている。そこで著者は内因性うつ病の患者の持続睡眠療法下における生体の動態を電気生理学的に記録し,睡眠・覚醒のリズムに及ぼす睡眠剤の影響を継時的に観察し,持続睡眠療法の治癒機転について精神生理学的側面より検討を試みた。
 あえてこの時期にこの発表を意図したのは,iminodibenzyl系などのいわゆる三環系抗うつ剤を中心とした抗うっ療法はその有効性と手軽さ故に広く賞用されたが,脳内アミンの代謝に直接影響するこれらの薬物は乱用ともいえる使用法からうつ病の遷延化を招く場合もあることが指摘されている。またかつて広汎な適応とすぐれた治療効果を示した持続睡眠療法の機序を再びみなおすことにより,うつ病の病態に対して一つの見解を示すことになり,さらに睡眠が精神機能に果たす役割を再考することが精神科治療のうえに重要な意味を持ち得るであろうと考えたからである。

視覚発作と仮性周期性片側性発作波を示した進行麻痺の1例—Lissauer型と思われる例

著者: 大山繁 ,   森山茂 ,   南竜一 ,   服部英世

ページ範囲:P.1213 - P.1221

I.はじめに
 ペニシリンをはじめとする諸種抗生物質の発達による早期梅毒の治療や,衛生知識の普及などで,近年定型的進行麻痺をみる機会は少なくなりつつある15,30)。その反面,非定型な病像を呈するものが増えており,非定型的病像を呈した進行麻痺の報告もみられる26)。一方,進行麻痺では治療中や治療後に幻覚妄想を呈したり病像変遷のあることもよく知られている15,30)
 われわれは,髄液所見からみてすでに炎症機転は停止していると思われる進行麻痺患者で,経過を追っていくうちに,多彩な視覚発作と脳波上仮性周期性片側性発作波Pseudoperiodic Lateralized Paroxysmal Discharges13),以下PLPDsと略記)を認めた1例を経験した。また本例は,臨床症状,検査所見から進行麻痺のなかではまれなLissauer型と思われた。本例の臨床経過を述べるとともに視覚発作,脳波所見,治療済みの進行麻痺の症状悪化要因などについて,若干の考察を行ないたい。

精神症状を呈した特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の1例

著者: 山本光利 ,   佐藤光源 ,   猪谷健 ,   大月三郎 ,   町田周二

ページ範囲:P.1223 - P.1228

I.はじめに
 特発性血小板減少性紫斑病Idiopathic thrombocytopenic purpura(ITP)は,皮膚,粘膜,その他の組織に出血症状を来す疾患で,急性型と慢性型があり,前者は小児に多く,後者は成人に多い。その病因に関しては,未だ確証はないが,近年,自己免疫疾患として考えられている。また,本症は全身性エリテマトーデス(SLE)に移行することがあり注目されている。
 本症の臨床症状は多様であるが,精神症状としては不穏,興奮,昏迷,昏睡などの意識障害が見られるという1)。ITPに精神症状を伴うことはまれと考えられており,本邦では江村ら2)による報告がある。江村らは数日のけいれん発作とそれに続いて精神症状の現われたITPを経験しているが,われわれは長期にわたりITPの再発を繰り返し,それに同期して精神症状を呈した例を経験した。本例は江村らの報告にみられる健忘,失書等にとどまらず,幻覚妄想状態を伴う精神病様状態を呈した。われわれの知る限りでは,ITPにおいて著明な精神病様状態を呈したとの報告はなされていないので報告するとともに,若干の考察を行ないたい。

緊張病様状態を呈した脳炎の3症例

著者: 鹿井功 ,   服部英世 ,   宮川太平 ,   森山茂 ,   古賀靖人

ページ範囲:P.1229 - P.1234

I.はじめに
 最近,原因不明の脳炎が数多く報告され,検討がなされている。しかし,未だにその系統的な分類はなされるに至っていない。
 最近,われわれは心身故障の訴えを初発症状とし,続いて行動異常・言動異常を呈し,一時期に精神分裂病が疑われた亜急性の脳炎で良好な経過をとった3症例を経験した。そこでこの3症例を記載し,原因不明の脳炎との関連において検討し,さらに分裂病や向精神薬との関係についても考察を加えたい。

精神症状を呈した風疹脳炎と考えられる1症例

著者: 細見潤 ,   榎本貞保 ,   松下兼介 ,   松本啓

ページ範囲:P.1235 - P.1241

I.はじめに
 約10年ぶりで起こったこのたびの風疹の流行は1974年春,北九州,山口,横浜などにおける小規模な流行に始まり,1975年春には関東地方を中心にかなりの規模の流行となった。この風疹の流行は同年夏にいったんは下火となったものの,冬から再び勢いをとり戻し,1976年に入ると西日本各地にも広がり,未だかつてないほどの大規模なものに発展した3,21)。そして今年も各地で多数の風疹患者が続出し,ここ当分の間はこの風疹の流行は続きそうな気配をみせている。一般に風疹はリンパ節腫大と発疹を主徴として小児に好発し,予後良好で経過も早い疾患とされている。一方,合併症としては髄膜脳炎,紫斑病,関節炎などが知られているが,いずれも稀なものと考えられてきた。しかしこのたびの風疹の流行の特徴として各報告者たちは,罹患年齢が幅広くなっている点,およびこれらの重篤な合併症をもつ症例が目立っている点などを挙げている3,6,19)。しかしながら現在までに風疹脳炎の精神症状についての詳細な報告はないようである。
 このたび精神症状を主訴として当科を受診し,入院後の検索によって風疹脳炎の可能性が極めて高い症例を経験したので,ここに若干の文献的考察を含めて報告する。

神経遮断剤によって惹起された遅発性ジスキネジアに対するSodium Valproateの効果

著者: 越野好文 ,   倉田孝一 ,   細川邦仁 ,   山口成良

ページ範囲:P.1243 - P.1250

I.はじめに
 遅発性ジスキネジア7)は長期間の向精神薬服用によって生じてくる,不随意運動症状群で,口唇,舌,頬,下顎などの咀嚼,吸畷様運動を主とするが,その他に,四肢,躯幹をはじめ,身体各部に出現し得るものである。本症状群は40歳以上の中・高齢者に生じやすく,その発生頻度は,精神病院入院患者の10〜30%7)あるいは5〜20%4)と報告されている。
 本症状の発生機序はまだよく分かっていないがドーパミン系ニューロンの活動亢進,コリン系ニューロンの活動減退あるいは両系のバランスの乱れが推定されている6)。そして,dopamine deppleting agentsであるreserpineやdopamine blocking agentsであるbutyrophenoneやphenothiazineが治療に試みられた8)。これらは投与初期には,一時的に,ジスキネジアを抑制するが,遅発性ジスキネジアはこれらの薬剤の長期投与によって生じてきたものであり,投与を続けるうちに次第に抑制効果が失われ,むしろジスキネジアは増悪し,その抑制のためには更に大量の薬物を要するという悪循環におちいる8)
 遅発性ジスキネジアはいったん生じると,向精神薬を中止しても消失せず,非可逆的に持続するといわれている7)。しかし伊藤ら5)は遅発性ジスキネジアは,かならずしも非可逆的かつ不変なものではなく,その治療法としては神経遮断剤の中断が最良の方法であると主張しているが,現実には精神症状が増悪するために薬物を中断できない患者が大勢いること,また,薬物中断後,幸いにも遅発性ジスキネジアが回復するにしても,回復までには長年月を要している1,10)
 風祭7)は1971年の総説において,遅発性ジスキネジアの治療は,その予防とともに現代の精神薬理学における1つの緊急な課題であると指摘している。しかし,現在までのところ,満足すべき効果をあげた治療法の報告はない。したがって,迅速に効果が発現し,しかも長期間の服用が可能な治療薬剤の出現が望まれるわけである。
 ところで最近抗てんかん剤として使用されるようになったsodium valproate(以下S. V.)には中枢神経系のGABAレベルを上昇させる作用がある3)。また,GABAは黒質—線状体のドーパミンの作用に関連性のあることが示され15),しかもGABAは基本的には抑制的な作用を持っている。そこで,われわれは遅発性ジスキネジアを有する患者に12週間の長期間にわたって,S. V. を投与し,その臨床効果を観察した。

非三環系抗うつ剤Vivalan®(Viloxazine Hydrochloride)の使用経験

著者: 森克己 ,   宮坂松衛 ,   大森健一 ,   高江洲義英

ページ範囲:P.1251 - P.1261

I.はじめに
 現在うつ病者に対する薬物療法において,その主剤となる薬物が三環系抗うつ剤であることはいうまでもない。しかしながら口渇,尿閉,便秘など抗コリン作用による副作用のためにその投薬を中止せざるを得ないことがあり,また前立腺肥大を持つ老人や緑内障を合併している患者には投与しにくい。
 Vivalanは三環系抗うつ剤のこうした欠点を持たず,薬効において三環系抗うつ剤とほとんど差がない薬剤とされている11)。一般名はviloxazine hydrochlorideで,化学名は2-(2-ethoxyphenoxy-methyl) tetrahydro-1,4-oxazine hydrochlorideであり,構造式は次に図示したとおりであって,数少ない非三環系抗うつ剤の一つである。
 Vivalanは1967年,英国ICI社においてβ遮断剤の誘導体として合成され,動物実験により抗うつ作用,抗けいれん作用,鎮静作用を持つ可能性が見出された。例えばMallionら14)(1972)が行なった動物実験では次のような結果が得られた。reserpine,tetrabenazineによる体温降下,眼瞼下重を防ぎあるいは拮抗する作用を持つ。noradrenalineの作用を増強する。これらは三環系抗うつ剤と同等の効力である。覚醒ラット脳波においてdesynchronizationを引き起こし,amphetamine様の作用を示す。ただし運動量の増大,体温上昇,交感神経興奮作用などの作用は持たず,この点amphetamineとは異なる。ラットにおいて電撃誘発性けいれんを防止する。すなわち,amphetamineと三環系抗うつ剤との両者に共通した神経薬理学的作用がみられた。
 臨床試験は1970年より各国で行なわれ,その結果すぐれた抗うつ作用が明らかになり,安全性においても特に重篤な副作用は認められなかった。すなわち,三環系抗うつ剤と異なり抗コリン作用がなく,鎮静作用が少なく,循環器系への影響もほとんどがみられないという結論が出され2,19),欧州では英国を中心にすでに広く使用されている。
 今回われわれは,ICI社および住友化学工業(株)より本剤の治験を依頼され,open studyとして使用する機会を得たので,その結果をここに報告する。

短報

口周部ジスキネジアを伴う退行期うつ病

著者: 大月三郎 ,   長尾卓夫 ,   大下俊則

ページ範囲:P.1262 - P.1264

I.はじめに
 うつ病の生化学的背景として,精神薬理学的知見から発したカテコールアミン仮説やセロトニン仮説が提唱され,カテコールアミン(CA)特にノルエピネフリン(NE)やセロトニン(5HT)の減少がうつ病を引き起こすのではないかと考えられたが,その後の研究から,問題はそれだけでなく,他の神経伝達系との相互関係や受容体側の感受性なども考えられるようになり更に複雑になっている。
 一方,抗精神病薬の投与に伴って,パーキンソン症状,ジスキネジア,ジストニアなど様々な形の錐体外路症状が引き起こされることも広く知られている。これらの錐体外路症状発現の原因も,脳内のドーパミン(DA),NE,5HT,アセチルコリン(ACh)などの神経伝達物質が関与していると考えられているが,未だ十分には解明されていない。
 われわれは,3例の退行期うつ病患者において,そのうつ症状の経過とほぼ一致して,増悪,軽快する口周部のジスキネジアを伴うことを見い出した。調べ得た範囲においてこのような報告は見当らない。ここに症例を提示し,脳内アミンとの関係について若干の考察を加えて報告する。

大量のChlordiazepoxideを長期間連用した1症例

著者: 海老原英彦 ,   池田良一

ページ範囲:P.1264 - P.1266

I.はじめに
 Chlordiazepoxide(以下CDPと略称)が薬物依存性をもつことはすでに知られているが,長期間にわたり大量のCDPを連用した症例の報告は意外に少ない。最近われわれは,3年間にわたってCDPを連用し,特に後半の1年6カ月は1日量300mgを服用し禁断後せん妄を来した症例を経験した。

古典紹介

—P. Schröder—Über Degenerationspsychosen (Metabolische Erkrankungen)

著者: 大川治

ページ範囲:P.1267 - P.1277

 われわれは精神疾患をいかに分類すべきであろうか。とくに予後および治療の面で意義深く他の範となるような見地からは,どのように分類することが可能であろうか。——こういった問題は,精神医学が学問として成り立って以来,精神科医の心を最も切実にとらえてきた課題である。ことに今日では,器質性や症候性の疾患,さらにてんかんおよびその近縁状態など,広範囲にわたる周辺領域がある程度よく類別されているため,この課題はなおさらのこと,『純』精神病(“einfache” Seelenstörungen)と呼ばれている膨大な疾患群にあてはまる問題である。もっともこの純精神病については,今まで非常に多くの研究がなされてきたにもかかわらず,繰り返し失敗と幻滅が相次いだため,精神疾患ではこのような分類は不可能かも知れないという,悲観的な見解の素地がだんだんと出来上ってきた。たとえば進行麻痺の如く,実際に類別が明確な(あるいは少なくとも最近までは明確と思われていた)魅力的な例でさえ,それは単なる偶然の秀作であって,似たような成果を他に期待してもかなえられそうにないといわれているのである。
 体系学に関して他の臨床科目と比較する場合,精神科医自身がまた特に好んで,自分たちの専門領域の不利なことを無造作に引合いに出すが原注2),そもそも内科学とこのような比較をすることは当を得ていない。なぜなら内科学は,精神医学その他の諸科目のような特殊分野ではなく,絶えずなにがしか変動し,あちこちで常に脱皮したあとの,総合医学としての大きな残部を意味しているからである。内科医が診断を下し分類を考える場合,彼は多数の身体臓器ないし器官系に対峙している。彼はまず,大まかではあるが器官群を目標におき,次いで『疾患の座』となっている器官を決定する必要がある。さもなければ,病源体ないしなんらかの他の障害に基づいて原因的な診断を下すのである。ところが精神医学という特殊分野ではこの両者ともに欠けており,しかも当の内科医でさえ,「ある1つ」の器宮の病気を分類することだけに専念するとなると,病因的考察を駆使して強引に分類しても,たちどころに精神科医とまったく同じ状況に落ち込んでゆく。今日としては今更指摘するまでもないが,たとえば腎疾患や血液病についての文献や学会討議をみると,意見の相違が甚しく,積極的な前進の議論と片や悲観論が絶えず交錯し合うさまは,その一語一語がまさに精神医学における論争にも匹敵する。またごく最近では,ヴァイヒプロット(Weichbrodt)が述べているように(Dtsch. med. Wschr., 1925, Nr. 5),慢性関節疾患の学説と精神病の諸学説との間には,ほとんどすべての基本的な問題について広く類似性がみられる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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