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研究と報告
多重人格の1症例
著者: 斉藤正武13 宮崎忠男2
所属機関: 1北信病院精神神経科 2上松病院 3現:長野県立駒ケ根病院
ページ範囲:P.257 - P.263
文献購入ページに移動1人の人物に継時的に2つ以上の人格が交互に出現する現象は,多重人格あるいは交代意識と呼ばれ,極めて珍しいものとされている。この現象についての記載は古く,1815年症例Mary Raynoldsに関してEllicottが報告したのが最初といわれている15)。その後,19世紀後半から20世紀前半にかけての欧米では,多重人格に対する関心が高まり多数の報告が相次いでなされるに至った。詳しく文献的考察を行なったTaylorら15)によると,1944年までに報告されたもののうち,明らかに多重人格と呼べる症例は76例であったという。しかし,20世紀後半になると本症に関する報告は激減し,最近ではLudwigら10)の症例,さらに日本でも「私という他人」という題名で翻訳されたThigpenら17)の症例をみるに過ぎない。
このような変遷についてSutchiffeら14)は,時代精神を背景とした一種の流行によるものではないかと述べ,さらにほとんどの症例で催眠が施されているなど治療による影響が無視できず,近年では多重人格の概念自体に疑問が投げかけられてきたことによる,と考察している。そして,現在ではこの種の現象については古典的歴史的意味で語られることが多く,過去の不可思議な事例として批判的に受け取られている16),といえよう。しかしまた,多重人格にみられる多彩でドラマチックな現象は,人格とか意識の問題を論ずる場合多くの示唆を与えるものとして,今日でも好んで引用されていることも事実である。
一方,わが国においては,本症に関する報告は極めて少ない。われわれの知る限りでは,古くは中村古峡8)により,比較的近年では中村敬三12)により観察されたものをみる程度である。
われわれは最近,多重人格と考えられる症例を経験し,特にその交代人格の発展および治癒に至る経過を,詳しく観察することができた。われわれの症例でも催眠が施されるなど,治療による影響は無視できないが,これも含め興味ある所見が得られた。
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