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雑誌目次

雑誌文献

精神医学20巻7号

1978年07月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学の特殊性?

著者: 生田琢巳

ページ範囲:P.690 - P.691

 精神医学は医学の1分野でありながら,身体医学に関する他の分野とは異なった特殊なものとしてとり扱われてきた。このような精神医学の特殊性とは,要するに精神医学が身体現象だけでなく,物理化学的な現象としてとらえることの困難な精神現象を対象としているということである。そして今も,精神医学や精神医療にたずさわっている人達の中には,この精神医学の特殊性というものをことさらに強調しようとする姿勢がある。
 文明の発生から,現在の情報化社会へ到達する歴史の中で,人類は「大きな差があったものを平等化し,絶対的なものを普遍化する」ことをくり返してきた。人類の思想の中で,はじめ地球は宇宙の中心であったが,地動説以来,惑星の中の1つになってしまった。キリスト教的思想の中では,人類は他の動物とは絶対的に違うものであったが,進化論以来,その絶対性は失われた。microの世界では,動物と植物,さらに生物と無生物との違いも明らかではない。そして情報化社会の現在では,macroの世界においてすら,生物と無生物(機械)との違いも崩れつつあるのである。

展望

てんかんとCranial Computed Tomography(CCT)—脳器質性精神障害にもふれて

著者: 石田孜郎 ,   和田豊治

ページ範囲:P.692 - P.708

Ⅰ.新しい脳検査法としてのCCTスキャン
 考えてみると,脳コンピューター断層撮影法(Cranial Computed Tomography=CCT)は,1895年のレントゲンによるX線発見以来の革命的な発明であろう。そして従来の脳検査法がもつ欠点を一気に解消したかにみえる―。
 これまでわれわれが用いることができた脳血管写や気脳写は,血管系あるいは脳室系の病変に対しては直接的な情報を提供するが,脳実質内病変については不可能であり,血管系あるいは脳室系の変化から間接的にその病態を推測するしかなかった。脳シンチグラフィーすなわちアイソトープスキャンは,放射性物質の人体への影響あるいは取扱い上の煩雑さを伴い,この点では脳血管写や気脳写同様に必ずしも手軽な検査法ではないし,一方その得られた像そのものはmassとしての脳を一断面に投影したもので,局所的な病変把握には難点があった。

研究と報告

対人接触欠損妄想症(Janzarik)について

著者: 上田宣子 ,   林三郎 ,   高内茂

ページ範囲:P.709 - P.717

I.はじめに
 Janzarik1)は1961年1月1日から1971年8月31日までにWiesbaden衛生局の精神神経科相談所を訪れた60歳以上で分裂病性症状を呈した800人の患者(男247人,女553人)の内60人を対人接触欠損妄想症(Kontaktmangelparanoid)という症状群として取り出し報告している。要約すれば1)平均発病年齢は68.7歳である。2)男女比は1対20で圧倒的に女性が多い。3)病前性格は行動的,活溌で対人的に多大な要求を持っている反面,敏感,易刺激的で孤立しやすい。4)病像は幻覚・妄想状態を呈し分裂病様である。5)発病が患者の置かれている対人的孤立状況と密接な関連があるのが特徴的である。6)入院,老人ホーム収容など生活状況(対人的布置)を変えることにより速やかに治癒する。7)全経過にわたり分裂病者に比べ疎通性が良好である。
 Kraepelin33)が高年齢における精神病を"精神医学における最も暗やみの領域"(Dunkelste Gebiet der Psychiatrie)と述べたのは有名であるが,初老期および老年精神病における疾病概念の混乱は精神医学史の流れの中でなお存続している。端的に把えると,より細分化した疾病類型の把握を求める方向と,従来の内因性精神病の老化による年齢加色であるとみなす見解の2つがあるといえる。しかしこれらの見解の相違は別にしてライフ・サイクル(Erikson2),Piaget, Lidz3)),または比較世代研究(新福4),藤縄5)),発達心理学的研究6)などによって人生のサイクルの中で病者が位置する年代に特有な状況の心理学的解釈を試みる見方が再び取り上げられている。われわれも年代と性別により規定される固有な意識構造が,精神病の発病に対し重要なかかわりを持っていると考え,すでに40歳台の男性における妄想・幻覚精神病についての考察を試みた7)。今回は初老期以後の女性に発病したKontaktmangelparanoid(Janzarik)の4例を取り上げ,この時期における病者の心性,並びに発病に至った状況について考察を行ないたい。

肝臓の物質代謝に対する中枢神経系の影響—脳肝機能連関について

著者: 野村純一 ,   鳩谷龍 ,   久松憲二 ,   神谷重徳 ,   東村輝彦 ,   服部尚史

ページ範囲:P.719 - P.726

I.はじめに
 肝臓における代謝異常が脳機能に重大な影響を及ぼすことは,肝脳疾患や肝性脳症の研究からも明らかなことであるが,一方中枢神経系の機能変化が肝臓における物質代謝にどのように影響するかという点については,今まであまり注意が払われていなかった。また実際多くの精神疾患や神経疾患においては,通常行なわれているような肝臓機能検査では特に異常所見は認められないのが普通である。しかし鳩谷ら1,2)は,周期的発病傾向の顕著な急性精神病の患者について,病像に沿った継時的な内分泌学的検索を行なった結果,病期には性ステロイドホルモンの代謝異常が高率に存在することを見出した。このようなホルモン代謝異常は一種の肝機能異常によって起こるものと考えられるが,特に肝臓の庇護療法を行なわなくても寛解期には自然に正常化し,またLSD実験精神病や間脳疾患においても同様に認められるものである。したがってこのような代謝異常は一次的な肝臓障害によるものではなく,脳機能の異常に伴う二次的な肝機能障害であり,いわゆる脳肝機能連関の破綻によって起こるものと考えられる。このような形式の肝機能障害は,それ自身は非特異的な生体反応であるとしても,少なくとも急性の精神障害においては,ある程度共通の要因としてその病態発生に重要な役割を演じているものと思われる。そして鳩谷ら1,2)は,cerebro-hepatic homeostasisなる概念を提唱した。東村3)は,意識や情動の変化が激しい急性幻覚妄想状態や錯乱状態では血中アンモニア値が上昇するが寛解期には正常に回復することを見出し,この現象もやはり同様の機序によって起こるものと考えている。脳肝機能連関という考え方はこのように臨床的所見から得られたものであるが,われわれはさらに動物の脳にさまざまな侵襲を加えることによって,肝臓のアンドロゲン代謝酵素や尿素合成系酵素の活性に変化が起こることを実験的に確かめている4〜9)。肝臓の物質代謝に対する中枢神経系のこのような調節機構が,実際にはどのような経路を介して行なわれているかという点についてはまだ明らかでない部分が多いが,次第に研究が進められている。

向精神薬の副作用としての洞性頻脈—内科患者との対比

著者: 有田真 ,   高柴哲次郎 ,   伊東祐信

ページ範囲:P.727 - P.731

I.はじめに
 向精神薬の循環器系に及ぼす副作用の1つに洞性頻脈があることが知られている1,2,8,13,14)。しかし洞性頻脈に関する従来の報告は,いずれも同一施設内において頻脈の存在を指摘し,かつその出現頻度などを記載するにとどまり,他施設との比較研究はみられない。また洞性頻脈の定義も90/分以上をとるもの,100/分以上をとるものなどまちまちであり,文献的に頻脈の出現頻度を比較する場合にも問題がある。そこで今回われわれは,「向精神薬服用中の精神科患者の脈拍数」を「向精神薬を服用していない内科患者の脈拍数」と比較し,向精神薬が果たして統計上有意に洞性頻脈を惹起するといえるか否かを検討した。病棟のような閉鎖された環境では,純粋内科患者といえども多かれ少なかれ不安,緊張が伴い,したがって健康成人とは平均心拍数が異なることも予想されるので,「向精神薬服用中の患者に頻脈が多い」と結論づけるには,このようなグループとの比較検討が必要と考えたからである。その結果,精神科患者では,内科患者に比べ,有意に脈拍数が多く,かつこの脈拍数は内服中の向精神薬量と正の相関があることを知ったので報告する。

Cornelia de Lange症状群の行動異常について

著者: 福間悦夫 ,   松島嘉彦

ページ範囲:P.733 - P.738

 著明な行動異常を伴うCornelia de Lange症状群の1例を報告するとともに,文献例も加えて本症状群に伴う行動異常について考察した。その結果,本症状群は基盤に多動,衝動性,強迫性をもっており,ここから頑固な自傷行為が反応性に生じること,小児自閉症類似の諸症状を示すこともあるが,脳器質障害に基づくものと考えられることなどを述べた。

Lesch-Nyhan症候群の精神症状—自験4例について

著者: 大山繁 ,   中村茂代志 ,   古賀靖人 ,   芝原千鶴子 ,   鈴木高秋 ,   芳野信 ,   原口宏之 ,   三吉野産治

ページ範囲:P.739 - P.745

I.はじめに
 Lesch-Nyhan症候群は,精神発達遅滞choreoathetosis,脳性麻痺,高尿酸血症そして自傷行為を認める伴性劣性遺伝性疾患である1,2)。その病因としては,プリン代謝経路におけるHypoxanthineGuanine phosphoribosyl transferase(以下HGPRTと略記)の欠損であることが証明されている先天性代謝異常症である1,2)
 山村3)は,攻撃性および自傷行為といった性格行動異常が先天性代謝異常と結びついた本症候群は,将来の精神医学の一方向を示すもので興味深いとしている。ところで本症候群の本邦での報告は,すでに20数例を数えるが4〜8),それらはほとんど内科・小児科領域からのもので,われわれの知る限り,精神医学的な面からの報告はみられない。
 われわれは,すでに診断が確定した古典的Lesch-Nyhan症候群7)の4例4〜6)を観察する機会を得,本症の精神症状として従来いわれている知能障害,自傷行為および攻撃性のほかに,情意面にも共通の症状を認めたので報告する。あわせて,自傷行為のみられる他疾患との比較検討などをとおして,Lesch-Nyhan症候群に特徴的といわれる自傷行為の成因について,若干の考察を行ないたい。

Benzodiazepine系の新抗不安薬K-373(Prazepam)の臨床治験

著者: 藤波茂忠 ,   岩崎靖雄 ,   藤木健夫 ,   森岡恭介 ,   高木克芳 ,   斎藤隆亮

ページ範囲:P.747 - P.757

I.はじめに
 Prazepam(K-373)はbenzodiazepine系の新しいminor tranquilizerで,化学名は7-chloro-1-cyclopropylmethyl-1,3-dihydro-5-phenyl-2 H-1,4-benzodiazepin-2-oneである。構造式は,DiazepamのN-1位のmethyl基をcyclopropylmethyl基に置換したものである(図1)。
 本剤は,欧米諸国では,二重盲検試験4,11,17,21,23,26)はもとより,10,000余例を対象とした第4相試験22)も終え,すでに市販され,臨床面でも一般医に広く使用され,その安全性と有用性が認められているものである。

古典紹介

—J. Capgras et J. Reboul-Lachaux—L'illusion des ((Sosies)) dans un délire systematisé chronique—présentation de malade

著者: 大原貢

ページ範囲:P.759 - P.770

 われわれが呈示しようと思う迫害—誇大妄想患者がわれわれに興味深く思われるのは,彼女には錯覚,あるいはむしろ特異な解釈,つまり一種の個人の同一化の失認が存在することによる。すなわち彼女はほぼ十年このかた彼女の周りの人々やしかも彼女の夫や娘のような彼女により近い人々のいずれをも,種々な,相次ぐ,沢山の双子に変化させているのである。このような錯覚とその病因を分析する前に,われわれは実際には妄想追想によって被われてしまっているその発展の時期を固定することなく妄想全体の中でその妄想を示してみようと思う。
 1918年6月3日,M婦人は彼女の住んでいる区の警察署に,沢山の人達,とりわけ子供達が彼女の家の地下室やパリ中の地下室に不法に監禁されている,と言ってとどけ出たのであった。そして彼女は彼女の述べることが真実であることを確かめ,囚われている人達を救い出すために警官2人が彼女に同行してくれるように頼んだ。彼女は特殊病舎に連れられて行き,翌々日サンタンヌ病院に監置されたのであったが,そこのデュプレ教授は彼女を診察し,彼女が皇族の出身であるとか,彼女の周りの人々が取り替えられているとかいう誇大妄想を伴った空想的主題の慢性の幻覚性,解釈性,想像性精神病におかされていて,習慣性の精神的興奮状態にある,ということを明らかにした。1919年4月7日,M婦人はメゾン・ブランシュに移された。

動き

Current Issues Centering on Schizophrenic Psychoses—藍野学術財団主催・精神医学国際集談会

著者: 福田哲雄

ページ範囲:P.771 - P.774

 昭和52年9月7日,京都平安神宮会館において,頭記のカンファレンスが開催された。海外から,S. S. Kety(米),M. Roth(英),P. Pichot(仏),P. Matussek,H. H. Wieck,G. Huber(西独),H. Rin(中華民国・台湾)らのメイン・スピーカーのほか,H. Selbach(西ベルリン),J. Angst(ツューリッヒ),G. Gross(ルューベック),B. Shopsin(ニューヨーク)ら,また国内各地から100余名が参加した。大阪府茨木市にある頭記財団の学術顧問を委嘱された満田久敏(大阪医科大学名誉教授)と筆者とが,このカンファレンスの企画および執行にあたり,当日の会長・司会者をそれぞれつとめた。本誌編集部からの依頼に応じ,当日のメイン・スピーカーの講演に焦点をしぼって要約を試みるが,広域にわたる内容と「制限紙数」との圧力は筆者にとってあまりにも重く感じられる。それゆえ,拙文に加えて皮相的・断片的な紹介になることを冒頭にお断わりしておきたい。
 午前の部はKetyケティ(ハーバード大・マクリーン病院)のBiological Substrates of Schizophreniaと題した講演から始まった。まず基礎的研究面をとりあげ,現在までの「ドーパミン」仮説にまつわる知見を概括し,dopamine-β-hydroxylaseの増減をはじめ,transmethylationによるドーパミン・ノルアドレナリン間のインバランス説を含む幾つかの仮説は,いずれも未だ吟味の余地を残していることを指摘した。同時に,他の神経伝達物質との複雑な関係がほとんど未解明のままである点に注意を向けた。臨床面では,例の養子研究adoption studyの知見を総括し,……環境要因の介入がほとんど完全に否定できる33例の養子とそのbiological familyに限定すれば,分裂病は遺伝性のものと結論できる。その際の遺伝様式は優性・劣性のいずれもみられるが,亜型の規定内容によっては,より明確になる可能性がある。それゆえ,自分達のグループが提唱してきたschizophrenia spectrumの内容自体も,分裂病異種性の見解をとり入れたものに改善すべきであり,その線に沿った臨床・遺伝・生化学各レベルでの多角的な追究が今後の課題である……。

資料

神奈川県の精神科診療所の通院患者調査

著者: 安斉三郎

ページ範囲:P.775 - P.786

I.はじめに
 精神科の医療に占める診療所の役割の重要性は,ここ数年の間に広く一般に認識されつつあるが,精神科診療所の医療の現状や受診患者についての調査は,若干の個々の報告はある1,10,12)ものの,地域的全体的にはいまだ行なわれていず,資料に極めて乏しい現状である。
 神奈川県神経科診療所協会は,昭和40年全国に先駆けて診療所を運営する医師の集りとして結成され,現在では所属会員37名を擁する協会であるが脚注1),昭和45年に全国ではじめて,協会所属診療所の通院患者の調査を行ない報告している13)。さらにその後も引続いて,昭和49年から51年までの3年間にわたり通院患者の継続的な調査を実施してきた。
 このような調査はわが国においては,はじめての試みであり,きわめて貴重な調査であると思われるので,ここにその結果を報告し参考に供したいと思う。

てんかんの初診後経過について—アンケート調査を中心に

著者: 功刀融 ,   森温理

ページ範囲:P.787 - P.793

I.はじめに
 われわれは,日常てんかん患者の診療にあたり,初診後も定期的に診察を受けに来るものに対しては治療および生活指導を行なっているが,初診後受診しなくなるものも少なからずいることに注目して,てんかんの経過,予後とも関連してこれらの例が,初診後どのような状況にあるかを把握するためアンケート調査を実施した。

紹介

精神科—神経科境界疾患としてのてんかん—臨床神経医の立場から

著者: 和田淳

ページ範囲:P.795 - P.802

I.はじめに
 神経学の対象にはいろいろな病気がありますが,一番頻度の高い神経疾患はいうまでもなく脳血管障害で,その次に多いのがてんかんであります。したがって少なくとも北米大陸においては,神経科医が扱う患者の非常に多くがてんかん患者でありまして,その診療は神経科医の仕事の中で非常に大きな位置を占めております。
 ところで医学が進歩し,分化が起こりますと,当然の結果として専門化が生じます。北米大陸では1930年頃からそのような動きが強まりましたが,カナダでも同じ時期,およそ40年ほど前からいわゆる神経学,脳神経外科学といった専門分野が精神医学,内科学あるいは一般外科学から分かれ,特別なトレーニングと審査機関をもつ専門医制度が作られて今日に至っています。
 しかしながら北米大陸においては,医学の分化,専門化が進んだ結果,神経学の基盤をなす精神医学や内科学から神経学が完全に分かれてしまっているのが現状であります。われわれが診察する患者がてんかん患者であれ,神経病患者であれ,あるいは精神医学的なものを主訴とする患者であれ,われわれは人間全体を有機的な存在として対象にしているのであって,人為的に区分した専門分野に対象をふりわけることができないのは当然であります。
 こういう意味では,私は日本の現在のいわゆる精神神経学という立場--それが最善とは決して考えていませんが,少なくとも広い立場から総合的に疾病を理解しようとする包括的なアプローチは,患者およびその家族にとって,非常に仕合わせなものではなかろうかと思います。
 私事にわたって恐縮ですが,ふりかえってみますと,私は9年間ほど精神医学の教室にいて,先達や同僚から精神医学についての基礎的な常識を学ぶ機会にめぐまれました。その間,書診断が確定すると(というよりも当時は誰がみても明らかに重篤な脳疾患末期になってはじめて北大病院に送られてくるのが普通でありましたが)治療の方法もなく(あるいは当時の東北大桂外科,東大清水外科,新潟中田外科,京大荒木外科にゆくのをすすめても,経済的にそれが可能な患者はほとんどいなかったのも実情でありました)死を待つのみの多くの脳腫瘍患者の悲惨な運命,家族のなげきは,まだ青春の私の心をはげしくゆさぶりました。
 そして未経験ながら当時の北大柳外科教授の"それは君が開拓すべきだ"との激励のことばに力づけられ,ボストンにいた兄寿郎を介して入手したDandyの脳外科成書をたよりに開頭手術を始め,手術手技に自信をもつにつれ,神経学の知識の未熟を痛感し,正統の臨床神経学の訓練を受けるべく志をたて,精神医学をはなれて以来,今日に至っています。
 しかしながら少なくとも常識的な精神医学のバックグランドを持って,神経病の患者さんをみることができることを非常にありがたいことと思っております。
 必要に迫られて進歩した高度の医学の分化,専門化の結果,当然のことながら最近ではそれを再統合する必要性が強調されてきています。殊にてんかんはそのモデルともいえましょうが,少なくとも臨床症状の中に多くの異常な精神心理学的側面をもち,かつ患者および家族関係のなかにも精神病理学的な数多くの問題をかかえこんでおります。したがっててんかんの発作のみならず,発作間歇期の患者さんを精神医学的立場からいかに理解するかということは,長期間にわたる治療のこころみの結果を支配する大切な問題点であろうと思います。
 さて,てんかんに特有な性格変化があるかどうかという問題については,古くから色々と議論のあるところですが,北米でも非常に詳しい研究がなされております。およそ10年ほど前にてんかんに関する全国的な調査が行なわれましたが,その際に果たして本当の意味でのてんかん性格というものがあるかという問題に関する大変系統だった共同研究が,カナダとアメリカで行なわれました。
 その結果,いわゆるてんかんに特有な性格変化はないとの結論が,1965年ニューヨークにおけるアメリカ神経学会で出されています。しかしこの結論は,他の慢性疾患たとえば多発硬化症disseminated sclerosisなどと対比した統計的結論であることをつけ加えておきたいと思います。
 私自身の限られた経験からいいますと,確かにてんかん性の性格というべきものがあるように思われます。しかもそれがすべてのてんかん患者に認められるのではなく,ある種の患者にかなり高い頻度で起こりうるということであります。たとえば,迂遠(umstandlich,circuitous),非常に宗教的な傾向,細かなことにこだわる几帳面な性格や自分の症状を長期にわたってこと細かに記述することなど,私のように精神医学に少しふれたものにとっては,脳の局所的病態生理の反映としての性格的特徴というものが存在するように思われます。そしてそれは,おそらく大脳辺縁系が発作の発現に関与している例に多いように思えるのです。
 そこで私の経験した何人かの患者さんについて,videotapeとEEGの同時描記をみながら,てんかん患者における精神医学的側面について皆様方と一緒に考えてみたいと思います。

英国の精神医学誌“Psychological Medicine”について—Professor Michael Shepherdの紹介文から

著者: 作田勉

ページ範囲:P.803 - P.805

 American Journal of PsychiatryやBritish Journal of Psychiatryは著名な精神医学専門誌であるが,1969年に英国のMaudsley学派が中心となって,季刊誌‘Psychological Medicine’が新たに主要な精神医学誌の一つとして創刊された。周知の如く,アメリカ精神医学は,A. Meyerの流れを汲んで力動精神医学を重視し,また,精神分析が盛んである。他方,英国精神医学は,中庸を歩む行き方でかたよらないところから,日本の精神医学に極めて類似している。したがって,精神障害へのアプローチや治療に関しても相互に吸収し合う面が多い。そして,‘Psychological Medicine’にも優秀な論文が多く掲載されており,発刊後8年で既に,一流精神医学誌との評価を受けるに至っている。
 ところが,本誌は,欧米諸国においてはよく読まれているが,日本では未だ極めてわずかの読者しかいないという。私は,1975年夏に,欧州児童精神医学会における論文発表のためにウィーンを訪れたところ,かつて私がMaudsleyにいた頃のチームリーダーだったProf. G. F. M. Russellと会い,Psychological Medicineの紹介をぜひ日本でしてくれないかと頼まれたのであった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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