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雑誌目次

雑誌文献

精神医学21巻1号

1979年01月発行

雑誌目次

座談会

創刊20周年にあたって

著者: 懸田克躬 ,   笠松章 ,   元吉功 ,   西尾友三郎 ,   吉松和哉 ,   融道男 ,   大熊輝雄 ,   笠原嘉

ページ範囲:P.2 - P.17

 大熊(司会) 編集委員会で笠原先生と私とにこの座談会の司会をつとめるようにということになりましたので,本日の座談会の司会をさせていただきます。また西尾先生には編集委員会から話し手のほうとして加わっていただくということでこの企画をしたわけです。
 20年というと非常に長い期間でございまして,その間にこの「精神医学」という雑誌そのものの内容も,いろいろなものを含めながら変わってきたわけであります。それと同時に,その間に,世界の学問の動向や我が国の学会の動きも,いわば激動の時期を通ってきたわけです。そういういろいろな問題を含めてきょうはお話をいただきたいと思います。創設時代から現在までの20年間をおおよそ3つぐらいの時期に分けて(附表1),最初昭和34年から5年間ぐらいを創設期,あるいは初期としておきまして,昭和39年から44年ぐらいの時期を中期として,第6巻から11巻のあたりでしょうか,その後昭和45年から53年現在までを最近の時期というように,およそこの3つぐらいの時期に分けて,それぞれの時期の「精神医学」誌を中心にして,学問の流れとか,学会の動きなどについていろいろお話を伺いたいと思います。

研究と報告

簡易精神療法について

著者: 成田善弘

ページ範囲:P.19 - P.26

I.はじめに
 簡易精神療法あるいは短期精神療法については英語圏では多くの研究1,9,14)がみられるが,わが国では,筆者の知る限り,笠原のうつ病に対する小精神療法7,8),山口・轟の若年患者の短期精神療法15)など少数の研究があるのみで,それほど論じられていないようである。
 筆者が簡易精神療法に関心を持つ理由は,次の3点からである。
 1)日常診療上の要請。昨今,精神療法を求めてくる患者,精神療法的接近が必要と思われる患者は増加しつつある。これらの患者すべてに対して長期にわたるインテンシヴな精神療法は行ない難いとしても,でき得る限りの精神療法的接近は行ないたいと考える。しかもそれが,より深い精神療法と矛盾するものではなく,治療者側の時間的余裕や力量,患者側の要請などに応じて深め得るものであること,すなわち,開かれたものであることが望ましい。
 2)精神療法にのめり込み,溺れ,精神療法を万能視する危険を避ける。精神療法はいつも必ず行なったほうが良いというものではなく,多ければ多いほど良いというものでもない。むしろ,不必要な精神療法に耽溺したり,治療の名のもとに不必要に患者を依存的にしたりしない節度が治療者には要請される。ここで述べる簡易精神療法は「さほど有益ではないかもしれないができるだけ無害な」精神療法にとどまろうとする試みでもある。
 3)様々な精神療法に共通する因子の探求。現在,精神療法には実に様々な立場があり,各々が自己の正当性を主張している。この混沌とした状況はRaimy, V. 10)の次のような言葉によく示されている。すなわち,精神療法とは「断定できない結果を伴い,非特異的な問題に用いられた正体不明の技術。この技術を得るためにわれわれは厳密な訓練を要する」一方,様々な精神療法による治癒率には,さほど差のないことが指摘されている3)。また,古代から現代に至る様々な精神療法に共通する因子を見出そうとする努力もいくつかなされている4〜6,11,12)。筆者の日常的に行なっている簡易精神療法をはっきり言語化することも,多くの精神療法に共通する因子を検討する一助になるであろう。

視覚誘発電位によるうつ病の研究(その1)—精神作業負荷後の振幅の変化について

著者: 遠藤俊吉 ,   恩田寛 ,   佐伯彰 ,   中田省三 ,   桐林しずほ

ページ範囲:P.27 - P.36

I.はじめに
 近年躁うつ病をはじめとする内因性精神疾患の生化学的追求が盛んで,活性アミンや電解質代謝を中心に多数の重要な知見が集積されつつあることは周知の事柄であるが,他方,大脳生理学的研究もさまざまな方法論により秀れた業績が発表されており,なかでも,比較的新しい方法論の一つとしての大脳誘発電位による研究がみられる。
 しかしながら,分裂病に対するこの方面の研究は多く,現在もつぎつぎと研究18,22,29,36,42)が発表されているのに反し,感情精神病についての研究は少なく,Shagassによる精神疾患を包括的に扱った初期のものを除くと,われわれの知る限りにおいてはその研究1〜3,12,18,37〜39,45)は十指に満たない。
 Shagassら37)は21例のpsychotic depressionに体性知覚誘発電位記録を行ない,二発刺激法における早期振幅回復機能低下を認めるとともに,これがECTや抗うつ剤によるうつ病の改善に伴って正常化されることを報告した。彼ら39)はその4年後,対象の性および年齢をマッチさせて統計処理を厳密に行なうなど方法論を改良した横断的研究を行ない,同様この回復機能低下を確証している。さらにその後も彼ら41)はこの点について報告している。
 一方,視覚誘発電位によるものでは,Shagassら38)が各種精神疾患を包括する研究を行ない,6例のうつ病は他疾患の患者と同様振幅が大きい傾向を認めたものの,回復機能低下を証明することはできなかったとしたが,Speckら45)は7例のうつ病者で有意とはいえぬものの,振幅および潜時の増大とともに回復機能低下がみられたと報告した。他方,リチウム塩による躁うつ病治療の進展に伴い,Gartsideら12)は,リチウム投与正常人の体性知覚誘発電位はpsychotic depressionのそれに近似すると報告し,Buchsbaumら3),Borgeら1)は,感情精神病の視覚誘発電位により測定された刺激強度制御の様態において,双極性のものは刺激強度が増すに従い誘発電位振幅が増大するaugmenterであるのに反し,単極性うつ病ではこれが減少するreducerであると両者の差異を述べ,さらにリチウム治療によりaugmenterの振幅増大は減少したと報告するなど,他方面からのアプローチもみられ興味深い。また,Borge2)は視覚誘発電位における振幅のvariabilityを研究し,psychotic depressionでそのvariabilityは最も高く,つぎが分裂病者で,正常人で最も少ないことを報告している。
 翻ってわが国では,これまで発表された精神疾患に対するこの方面の研究はすべて視覚誘発電位法が用いられ,また前述のようにShagassら38)が視覚誘発電位でのうつ病の回復機能低下を否定したことも相まって,大熊26)のうつ病研究の紹介にも拘らずすべて分裂病をその対象としていた。Ishikawa15)は二発刺激法による140msecの刺激間間隔におけるsupernormalityと幻覚の関連性を,白川43)は振幅の動揺性の程度と臨床像の関連を,Inouyeら16)は慢性分裂病の幻聴と振幅低下および反応時間の延長を発声筋筋電図との相関のなかで論じている。さらに門林ら19)は,精神作業負荷法というまったく新しい方法を考案し,分裂病者の負荷後振幅減少現象を臨床像との関連を含めて報告しているが,ごく最近18),双極性と単極性ほぼ半数ずつよりなる感情精神病全体としては,分裂病と異なりこの負荷後振幅減少は起こらぬと報告した。
 さて,このような状況のなかで,われわれは,そのほとんどが単極性症例よりなるうつ病に対し,門林らの方法を応用して視覚誘発電位研究を行ない,負荷後振幅減少を中心として若干の知見を得ているのでここに報告する。

慢性アルコール中毒症における血清Creatine Phosphokinase(CPK)

著者: 斎藤利和 ,   大鹿英世 ,   荻野秀二

ページ範囲:P.37 - P.42

I.はじめに
 Creatine Phosphokinase(以下CPKと略)は,1934年Lohmann11)によって見い出された酵素であるが,1959年江橋ら3)によって,Progressive muscular dystrophyにおいて血清CPK活性の異常上昇(以下CPK異常と略)が報告され,以来臨床諸領域にて注目されるに至った。慢性アルコール中毒時におけるCPK異常の出現は,Nygren20)(1966),Perkoff22)(1966)らによってアルコール性筋障害の最も鋭敏な生化学的指標として紹介され,以来,同様の観点からの幾つかの報告6,10,21,23,24)がなされている。
 一方,Bengzon1)(1966),Meltzer12)(1968)らにより精神病急性期においてもCPK異常の認められることが報告され,従来想定されていた筋肉内の変化の他にCPK上昇を来す何らかの他の因子の関与が考えられるようになった。
 慢性アルコール中毒においては,さらにEshchar4)(1967),Lafair10)(1968)および筆者25)(1974)らが振戦せん妄例におけるCPK異常出現率を報告している。これらはさきにMygrenやPerkoffらによって示された異常出現率に比べ明らかにより高率であることが注目される。しかも,CPK異常を認めた症例すべてに筋障害の臨床症状が認められるわけではないことは,Perkoffらをはじめ,多くの報告に示されている。これらのことはアルコール中毒におけるCPK異常が,従来いわれてきたように単に筋障害によるのではなく,精神病の急性期にみられる12)のと同様にアルコール離脱期に現われる幻覚・せん妄などの精神症状群とも密接な関係を持っていることを示唆しているように思われる。今回われわれは,このような観点に立って,アルコール離脱期におけるCPK活性を経時的に測定し,CPK活性の推移とアルコール離脱症候群との関係を検索したので報告する。

語義失語(井村)に類縁な失語症状を呈した初老期痴呆の1症例

著者: 地引逸亀 ,   倉知正佳 ,   遠藤正臣 ,   山口成良

ページ範囲:P.43 - P.52

 語義失語は音声言語における語義理解の障害を中核とする超皮質性感覚失語の一型で,漢宇の読み書きの困難さと仮名の容易さの明瞭な対照から成る書字言語障害の形を特徴とする本邦固有の失語型である。
 本症例は初老期痴呆(Pick病)と思われる1例であるが,上記の臨床像を有することから語義失語の類型とみなされた。ただし過去の報告例と比べて言語表出面で多弁さや文意障害がみられないこと,また漢字の書取りや音読の際に錯書や錯読がほとんどみられぬ点が特異的である(いわゆる語義失語に独特な漢字の類音的な錯書や音訓の混同から成る錯読はみられない)。進行性脳萎縮による語義失語およびそれに類縁な症例の詳しい報告は過去にみられないことからここに報告し,症状全般について過去の報告例と比較検討するとともにその相違点について若干の考察を行なった。

全生活史健忘を呈した小児の1例

著者: 加藤秀明 ,   森俊憲 ,   吉田弘道

ページ範囲:P.53 - P.56

 学童期(11歳7カ月,小学6年)に発症した全生活史にわたる心因性健忘(全生活史健忘)の1例を報告し,虚言との鑑別や心的機制などについて検討した。本症例は,少なくともわが国における全生活史健忘の報告のなかでは最も若年者の症例であった。この例外的な年少者発症を,持続的な葛藤が存在した状況とそれにより形成された自我の歪み(強さ)の両者が存在したことにより発症したと考えた。

一過性全健忘(Transient Global Amnesia)の1例

著者: 久田研二 ,   今井淳子 ,   与儀英明

ページ範囲:P.57 - P.61

I.はじめに
 Bender1,2)は,特徴ある健忘を示す症状群をsingle episode of confusion with amnesiaと呼び,一方,FisherとAdams7)が同様な症状群をtransient global amnesia(TGA)として報告して以来,同症候群について多くの報告がみられる。本症状群の原因として循環障害6,18,23,29,32,34)が重視され,一過性脳虚血と脳塞栓によるものが考えられている。しかし一方では,側頭葉てんかんの一型である可能性も指摘されており5,7,8,19),また脳腫瘍による例35)や薬物中毒による報告9)もあり種々の原因が考えられる。
 近年,脳出血,脳血栓症などの脳血管障害における血小板の動態が注目をあびており,血小板凝集能が特に注目されている36,37)
 著者らは定型的なTGAと考えられる1例を経験し,脳波上に興味ある所見が得られ,また血小板凝集能を測定して興味ある結果が得られたので報告し,考察を加える。

向精神薬誘発性ミオクロニー発作について

著者: 佐野譲 ,   中村一郎 ,   勝川和彦

ページ範囲:P.63 - P.70

I.はじめに
 向精神薬が副作用として各種の錐体外路症状を惹起することは広く知られており,また異常脳波賦活作用7,9,20,22)やけいれん惹起作用についても幾多の報告がみられる。向精神薬使用中に生ずるてんかん性発作は通常散発性に出現し,大発作が多いとされている。したがって臨床的に薬剤とてんかん性発作との厳密な関連性を追求することはしばしば困難である。またこれらの研究は大部分Chlorpromazine(以下CPと略す)を対象としており,他のフェノチアジン系薬剤やブチロフェノン系薬剤のけいれん作用についての知見は乏しい1,3)
 われわれは向精神薬投与中に,振戦その他の錐体外路症状にひき続き,ミオクロニー発作を含む各種てんかん性発作が賦活された3例を経験した。長期間にわたる観察から,これら3例における向精神薬とてんかん性発作の関係は明らかであり,てんかん発作の病態生理を解明する一つの糸口として興味ある問題と思われたので,それらの臨床経過を報告し,若干の考察を加えたい。

精神病院在院患者にみられる麻痺性イレウスの臨床的・病理的検索

著者: 羽田忠 ,   矢野和之 ,   関忠盛

ページ範囲:P.71 - P.78

I.はじめに
 最近,精神病院入院患者の原因不明の死亡について論議が高まってきている。とくに,いわゆる突然死の問題が取り上げられ,それが,精神安定剤との関連で問題視されてきているように思われる。
 精神病院入院患者に,現在までの臨床知識では理解できないような死亡がみられることは,われわれも日常体験しているところであり,この問題の解明のため,昭和39年以来,当院においては,死亡患者に対し,出来得る限り剖検を行ない,その原因の解明に努めてきた。
 そして,これらの患者のなかで,ほぼ共通の臨床的・病理的パターンを示す幾例かの症例が見出され,それが精神科薬物療法との関連が疑われることより,1969年,古川1)が,精神病院入院患者の薬潰けの弊害の一つとして,病院精神医学会において発表した。そのなかで,精神病院入院患者にみられる腸管麻痺(当時,本症についての検索もすすんでおらず,この名称を便宜的に使用したが,麻痺性イレウスの範疇に属するものと思われるので,以下,麻痺性イレウスに統一する)について,概説的な発表を行なった。次いで,著者ら2)も,これら麻痺性イレウスを含む各種消化器障害について報告した。
 今回の精神科薬物治療指針の改正に伴い,phenothiazine,butyrophenone両系薬剤の使用上の注意の項に,副作用として,麻痺性イレウスについての記載が加えられたにもかかわらず,本邦において,本疾患に対する報告は,ほとんどみられていない。そのため,当院において,昭和35年より,47年までに発症した17例の麻痺性イレウス患者について,以下,その臨床・病理につき検討し,原因・予防・治療について考察し,このような不幸な転帰に患者が陥ることを防ぐ一助にしたいと思う。

ロールシャッハ法による執着性格の研究

著者: 井澤雅子

ページ範囲:P.79 - P.85

 うつ病者に,軽快時・病相極期にわたりロールシャッハを施行した結果,執着性格をもつうつ病群と類似しながらも,異なるタイプと考えるべき新しい一群(A群)を見出した。この一群は,基礎性格に執着的要素を混じえながらも,neuroticな要素などが混入した非定型群とでもいうべき一群であり,ロールシャッハからは規範的なものに縛られている一方,感情統制機能の弱さ・対人不安・男性的役割のとれなさなどが示唆された。臨床的にみると彼らの場合,家の中での役割に執着しながらも役割を荷ないきれていないところに問題が発生しやすく,生活史的には父親的役割をもっ養育者に恵まれない一方,長子としての期待を背負わされていた。

短報

血清Creatine Phosphokinaseの軽度上昇を示した悪性症状群の1例

著者: 市川忠彦 ,   羽田忠 ,   山岸一夫 ,   大野建樹

ページ範囲:P.87 - P.90

I.はじめに
 悪性症状群の本態については,不明な点が多いとされているが,近年本症状群において血清creatine phosphokinase(CPK)が異常高値を示すことが報告されるようになってきている2,7,8)
 一方,血清CPKの異常高値を示し致死的経過をとるものに悪性高体温症1,10)があり,両者の病態生理学的鑑別が改めて問題となってきている。
 著者らも,fluphenazine enanthateの筋注投与によって生じた定型的な悪性症状群の1例を経験したので,本例における血清CPKの変動を,悪性高体温症との比較のうえで検討し,その臨床的意義について考察したい。

古典紹介

Strümpell, A.:Ueber die Untersuchung, Beurteilung und Behandlung von Unfallkranken〔Munchener medicinische Wochenschrift, 42 Jg.;1137-1140, 1165-1168, 1895〕

著者: 太田幸雄

ページ範囲:P.91 - P.104

 この論文が主として問題にするのは災害患者のうちで,客観的に実証できる症状が非常に少ないか,またそういう症状がない--むしろこんな場合が多い--のに強い自覚的な訴えがあるグループである。こういう患者の判定はときに診断する医師にとって非常に難しいことがあるので,これらの患者は診察と鑑定のために大学病院へ送られる機会が非常に多い,したがって,私はここ数年来この問題についていろいろな経験を積んだ。私が作り上げた見解は災害患者をよくみている医師達の見方と基本的に一致することは勿論である。しかし,若い世代の医師達の間で以下の論述が少しでも役に立てば幸いと思う。
 問題が法的な鑑定,すなわち外傷患者が災害補償を受ける権利についてパーセント訳注)の形ではっきりとした報告をするようなものでなく,純医学的判断であるならば,困難さははるかに少ないであろう。すなわち,いわゆるヒステリーや神経衰弱といった病的状態の発生についての今日のわれわれの知識水準よりすれば,災害後の病態の多くが純精神的原因,換言すれば災害の後でその人の意識の中に形成され定着した観念に帰しうることについてはまったく疑問はない。この種の観念の発生と強さがわが国に災害立法が存在することによって著しく促進されるのは容易に理解できる。すなわち,こういう法律が施行された現在においては,災害の直後に「私は災害年金を受け取るであろうか?」,「いくら貰うだろうか?」,「自分の労働能力の障害はどれくらいかしら?」などの問いかけが被保険者の意識に上るのである。それ故,今や外傷患者でははじめに傷害があった場合にはそれが治癒してしまっても,自己の状態にこだわり,自己の身体を観察し,作業能力を判断し,自己の主観的感覚に注目する傾向が強められている。現在でこそ災害は社会的な後発現象を来し広く外傷患者の生活全体に意味を持つことがあるが,災害立法以前では災害はその人にとって単なる災害という出来事にすぎなかった。災害立法の細目が労働者階層に知られるにつれて,賠償要求の数が多くなった,というのは何か災害にかかるとすぐに上で触れたような考えに捉われる労働者が次第に増えたからである。上述の問いかけから直ちにある種の空想が発生したり,また災害の後遺症があるかどうかと自己検索をすればその結果がその人の願望のほうへと傾きがちになることは容易に了解できる。というのは災害を受けた労働者のほとんどの人では直ちに災害年金への願望が生じるからである。明確で客観的な考え方をする人はまれである。多くの労働者にとって努力せず,また仕事もしないで一定の収入を得るという期待はきわめて魅惑的であるので,それ以外の公正な考え方はできなくなる。この時労働者の多くにおいては,どんな災害でも災害でありさえすれば,その結果の如何に拘らず,ずっと続けて賠償を受けるのが当然であるかのような考えが支配的となる。多くの労働者は災害の後では常に補償を受ける権利があると信じている。ある労働者は最終的に自分でも災害の後遺症がまったくないことを認めざるをえなかった。これに対して私は年金を請求する権利がないことを説明したが,彼は「たしかにそうですが,私はこんなに重い事故を受けてまったく金にならないですますことはできません」と答えた。

動き

「精神病理懇話会・富山」

著者: 佐藤壱三

ページ範囲:P.105 - P.107

 しばらく途絶えていた全国規模の精神病理の懇話会が,北陸の地富山で,久しぶりに開かれた。実はちょうど1年ほど前,今回の懇話会の実行委員長でもある高柳功氏から,この企画を聞き,宮本忠雄教授への紹介をかね,東京の某所で卓をかこみ一時の話合いに加わった縁で,この方面にまったく門外漢のわたくしが,この会に参加させて戴きあまつさえこの印象記まで書かされることになったのである。
 会は,昭和53年7月28〜30日の3日にわたって富山市呉羽山上の呉羽ハイツで行なわれた。御記憶の方も多いと思われるが,7月28日は,新潟地方を中心の大豪雨のため,国鉄の列車運行が寸断された日である。したがって関東,東北,あるいは北海道などからの参加予定者が,かなり足どめをくう結果となったにも拘らず,実際の参加者は当初の予定をはるかに越え,準備されたおよそ60人用の会場には,補助椅子をかなりの数加えざるを得ないありさまで,2日目の午後のパネル・ディスカッションの際は,ロビーまで人があふれ,特設のビデオ装置をつけねばならない状況であった。聞くところによると,参加者は最終的には100人を越えたとのことであった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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