視覚誘発電位によるうつ病の研究(その1)—精神作業負荷後の振幅の変化について
著者:
遠藤俊吉
,
恩田寛
,
佐伯彰
,
中田省三
,
桐林しずほ
ページ範囲:P.27 - P.36
I.はじめに
近年躁うつ病をはじめとする内因性精神疾患の生化学的追求が盛んで,活性アミンや電解質代謝を中心に多数の重要な知見が集積されつつあることは周知の事柄であるが,他方,大脳生理学的研究もさまざまな方法論により秀れた業績が発表されており,なかでも,比較的新しい方法論の一つとしての大脳誘発電位による研究がみられる。
しかしながら,分裂病に対するこの方面の研究は多く,現在もつぎつぎと研究18,22,29,36,42)が発表されているのに反し,感情精神病についての研究は少なく,Shagassによる精神疾患を包括的に扱った初期のものを除くと,われわれの知る限りにおいてはその研究1〜3,12,18,37〜39,45)は十指に満たない。
Shagassら37)は21例のpsychotic depressionに体性知覚誘発電位記録を行ない,二発刺激法における早期振幅回復機能低下を認めるとともに,これがECTや抗うつ剤によるうつ病の改善に伴って正常化されることを報告した。彼ら39)はその4年後,対象の性および年齢をマッチさせて統計処理を厳密に行なうなど方法論を改良した横断的研究を行ない,同様この回復機能低下を確証している。さらにその後も彼ら41)はこの点について報告している。
一方,視覚誘発電位によるものでは,Shagassら38)が各種精神疾患を包括する研究を行ない,6例のうつ病は他疾患の患者と同様振幅が大きい傾向を認めたものの,回復機能低下を証明することはできなかったとしたが,Speckら45)は7例のうつ病者で有意とはいえぬものの,振幅および潜時の増大とともに回復機能低下がみられたと報告した。他方,リチウム塩による躁うつ病治療の進展に伴い,Gartsideら12)は,リチウム投与正常人の体性知覚誘発電位はpsychotic depressionのそれに近似すると報告し,Buchsbaumら3),Borgeら1)は,感情精神病の視覚誘発電位により測定された刺激強度制御の様態において,双極性のものは刺激強度が増すに従い誘発電位振幅が増大するaugmenterであるのに反し,単極性うつ病ではこれが減少するreducerであると両者の差異を述べ,さらにリチウム治療によりaugmenterの振幅増大は減少したと報告するなど,他方面からのアプローチもみられ興味深い。また,Borge2)は視覚誘発電位における振幅のvariabilityを研究し,psychotic depressionでそのvariabilityは最も高く,つぎが分裂病者で,正常人で最も少ないことを報告している。
翻ってわが国では,これまで発表された精神疾患に対するこの方面の研究はすべて視覚誘発電位法が用いられ,また前述のようにShagassら38)が視覚誘発電位でのうつ病の回復機能低下を否定したことも相まって,大熊26)のうつ病研究の紹介にも拘らずすべて分裂病をその対象としていた。Ishikawa15)は二発刺激法による140msecの刺激間間隔におけるsupernormalityと幻覚の関連性を,白川43)は振幅の動揺性の程度と臨床像の関連を,Inouyeら16)は慢性分裂病の幻聴と振幅低下および反応時間の延長を発声筋筋電図との相関のなかで論じている。さらに門林ら19)は,精神作業負荷法というまったく新しい方法を考案し,分裂病者の負荷後振幅減少現象を臨床像との関連を含めて報告しているが,ごく最近18),双極性と単極性ほぼ半数ずつよりなる感情精神病全体としては,分裂病と異なりこの負荷後振幅減少は起こらぬと報告した。
さて,このような状況のなかで,われわれは,そのほとんどが単極性症例よりなるうつ病に対し,門林らの方法を応用して視覚誘発電位研究を行ない,負荷後振幅減少を中心として若干の知見を得ているのでここに報告する。