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雑誌目次

論文

精神医学21巻10号

1979年10月発行

雑誌目次

巻頭言

社会復帰のむずかしさ

著者: 桜井図南男

ページ範囲:P.1038 - P.1039

 精神分裂病の社会復帰ということがさかんに口にされている。しかし,分裂病の患者はすでに一応社会生活に失敗した人である。それをそのままもとの社会へ戻し,現実の社会生活に押しこんでみても,同じ轍をふむことはわかりきっているようにみえる。そこで,中間施設というものを考える。たとえば,デイ・ケアである。そのなかで,患者に社会復帰に対する態勢を整えさせ,それから社会へ復帰させる。このプロセスは模式的には一応理解できるようである。
 社会復帰をさせて,うまくやれるようになるためには,患者自身のほうに現実の社会生活に耐えうるだけの,病前とは違った何らかの変化が起こるか,あるいは患者を受けいれる社会のほうに,今までとは違った受けいれ態勢ができることが必要ではないかと思われる。そういう変化がなければ,結局,もとと同じことになってしまうであろう。そうして,多くのばあい社会の受けいれ態勢をかえるということはなかなかむずかしいから,患者のほうの心構えを変えてゆくということが主眼にならざるを得ない。そうして,このことも実際問題としてかなりむずかしい。

展望

精神分析学の最近の動向—イギリス篇

著者: 牛島定信

ページ範囲:P.1040 - P.1048

I.はじめに
 本展望の主眼は,「最近の動向」ということになっているが,この成句のうらには,読者には,「過去の動向」が理解されているという前提がある。ところが,ことイギリスの精神分析となるとわが国とは馴染みがうすく組織的に紹介されたことはないのである。最近になってM. Klein20),J. Bowlby5),D. W. Winnicott36,37),M. Balint2)といった人たちの著作が次々と訳出されているが,これらをそれぞれイギリスの精神分析的潮流の中でどのように位置づけたらよいのか戸惑っておられる向きも少なくないのではなかろうか。さらにまた,最近になって,精神分析的な論文や学会発表などで「対象関係論」の拾頭する兆しがあって,W. R. D. FairbairnやKleinがもてはやされそうな気配である。しかしながら,著者のみるところ,アメリカの自我心理学の行き詰りからイギリス学派の理論を導入しようとする動き(たとえばO. F. Kernberg16),J. F. Masterson26)など)に刺激されて生じた,つまりはアメリカ経由の対象関係論熱ではないかと勘ぐりたくなる趣きがある。しかしながら,アメリカの対象関係論は,イギリスのそれとは,若干異なるような気がしている。
 そうした状況を考えると,この小論の意義をイギリス精神分析の案内図的役割に求めたほうがよさそうにみえる。そのため,際立った分析医たちの理論の説明が大まかな記述になることをご承知おき願いたいと思う。

研究と報告

うつ病の日内変動とその問題点

著者: 北西憲二

ページ範囲:P.1049 - P.1058

I.はじめに
 日内変動,特に朝抑うつが最も強く,夕方に改善を示すという変動はうつ病者に多くみられ,内因性うつ病の重要な診断基準の一つにさえなっている。しかし,この現象の臨床的・生物学的意味はまだ十分に明らかにされているとはいえない。
 この研究は,日本,スイスのうつ病患者群それぞれ40名計80名を対象にして,臨床症状とともに自律神経機能の変動を検討し,日内変動の特徴を明らかにしようと試みた。その要旨についてはすでに別のところで述べた10)。ここではその結果を踏まえながら,新たに日内変動の意味,関連要因などを検討し,その問題点について論ずることにする。

在宅慢性分裂病者の精神病理学的特性—長期在院者との比較から

著者: 永田俊彦

ページ範囲:P.1059 - P.1068

I.はじめに
 慢性分裂病者の精神病理学的研究は多岐にわたるが,そのほとんどが精神病院に長期間在院する入院患者(以下長期在院者と略す)が対象とされ,未寛解のまま社会の中で生活している在宅慢性分裂病者(以下在宅者と略す)の精神病理学的研究は乏しい。筆者の知る限りでは,いわゆる「放置」されている患者の症例報告1)等を散見する以外はJ. Wirsch2)が在宅者を除外して慢性分裂病者の病像統計を作っても無意味であると述べ,在宅者は分裂性世界と現実生活を調和させて「長期在院者が直面する人格の混沌や硬化という危険から遠ざけられている」と論述しているにすぎない。他方,近年になって長期在院者の社会復帰活動が盛んになるにつれ,長期在院によるホスピタリズムが彼らの退院を阻害していることが明らかとなり,また彼らの病像そのものがホスピタリズムとの複雑な絡みあいであるという見方もされている3)
 では,入院医療という,いわゆる人工的加工(Anstaltartefakte)をあまり受けていない在宅者には,長期在院者とは異なった精神病理学的特性が見出せるのか,また,在宅者にはホスピタリズムと同質の現象が起こりえないのか。筆者はこのような素朴な疑問をもちながら,在宅者の医療に携わってきたが,そのなかで,在宅者に若干の精神病理学的な特性を見出すことができた。しかしながら,他方では,ホスピタリズムと同質の現象を見逃すわけにはいかなかった。本稿では在宅者と長期在院者の若干の精神病理学的異同について報告したい。

いわゆる皮膚—腸内寄生虫妄想を呈した4症例—精神病理学的および神経心理学的検討

著者: 曽根啓一

ページ範囲:P.1069 - P.1078

 「いわゆる皮膚—腸内寄生虫妄想」の4例を報告した。
 本症の成立機序は,視床,間脳下垂体,脳幹部の退行性機能低下が基礎にあって何らかの異常体感を惹起し,その上にこれに対する認知障害(失認)が生じ,そこから引き出された誤った判断が確信され,表象されることにあると考える。

某新宗教S教団における信仰と病理

著者: 大宮司信

ページ範囲:P.1079 - P.1084

I.はじめに
 種々の精神疾患の症状増悪時には,宗教的色彩をおびた症状がしばしば経験される。一方,各種の宗教ないし教団の信者が何らかの精神疾患に罹患した場合,精神症状中にその教団の信仰内容あるいは信仰との葛藤が出現し,その検索が精神症状のより深い理解の一助となることが少なくない。
 S教団(仮称)は昭和34年に立教され,20年を経た比較的若い新宗教脚注1)であるが,信者数約60万人を有し,現在なお教勢の拡大をみている。著者は臨床的にS教団と種々の面で関連を認める症例を経験し,さらに本教団の信仰内容に関して調査する機会が与えられたので,若干の考察を加えて報告する。

某高校女子生徒に発生した集団ヒステリーについて

著者: 清水信介 ,   小山司 ,   河野雅子

ページ範囲:P.1085 - P.1091

I.はじめに
 昭和52年夏,北海道内の某高校女子生徒のあいだで過呼吸症候群が集団的に発生するという事例がみられた。これはマラソン大会,体育授業などの機会に生じた一女子生徒の過呼吸発作を契機として,それと同様の発作が他の生徒にも発現し,次第に集団的,連鎖的に発症する傾向を示したものである。
 われわれは学校側からの要請に応じて治療的な接近を試みるとともに,面接調査,心理検査等を実施し,さらに1年近くにわたり経過を観察した。これまでに集団ヒステリーについては,村上8),宮内ら6),黒田ら4)をはじめとしていくつかの報告があるが,本事例は日常の学校生活を中心にして起こり,しかも散発的な発作を含めると約1年の長期にわたっている点で興味深いものである。
 本稿では,この過呼吸症候群を呈した集団ヒステリーの発生状況や調査結果等について報告する。

熱性けいれんから無熱性けいれんへの移行例—Ⅳ.判別式の有効性の検証とprospectiveな追跡的研究

著者: 坪井孝幸 ,   角南健

ページ範囲:P.1093 - P.1097

Ⅰ.まえがき
 これは熱性けいれんから無熱性けいれんへの移行例の臨床的,脳波学的,追跡的研究(第Ⅰ報)1),同因子分析法による研究(第Ⅱ報)2),同最尤推定法と判別関数法による研究(第Ⅲ報)3)の続報である。
 熱性けいれんは一般に予後良好とされているが,その一部にはてんかんを含む無熱性けいれんへと移行するものがあることが知られている。もしこの移行の阻止が可能ならば,一般人口中のてんかん罹病率を現在の約2/3に減少できると見込まれる1)。この目的のためには,まず熱性けいれんから無熱性けいれんへと移行する危険の大きいものと小さいものとを判別し,危険が大きいと予測されたものを対象として,その移行阻止の方法を開発しなければならない。

小児の難治性てんかんに対するl型GABOB(新光学活性体)療法

著者: 石川丹 ,   遠藤晴久 ,   福山幸夫

ページ範囲:P.1099 - P.1104

I.はじめに
 γ-amino-β-hydroxybutyric acid(以下l-GABOB)の中枢抑制作用は,Hayashi(1959)1)のイヌを用いた種々のけいれん抑制実験によって明らかにされ,従来Gamibetal Aminoxinの名称で抗けいれん剤として使用されてきた。しかし,これら薬剤はすべてGABOBのラセミ体であるdl体であり,その効果は必ずしも芳しくないとされてきた。発見当時からdl体と光学活性体であるl体との抑制作用が比較され,l体のほうがdl体より強力であるとされてきたのであるし,またl体のほうがより生理的であるのだから,このdl体の限界は拒めないものである。
 最近,片山2)14C標識化光学活性GABOBをマウスに投与し,その生体内代謝と中枢抑制作用について報告し,脳への取り込みはdl体よりl体のほうが優れていること,しかも,ネコ大脳皮質ペニシリン焦点の棘波放電抑制力はdl体よりl体のほうが強いと結論し,再びl-GABOBが注目されるようになった。
 われわれは,小児の難治性てんかん例にl-GABOBを投与し,その抗けいれん剤としての有用性について臨床的に検討したので,ここにその結果を報告する。

特異なPost-Traumatic Amnesiaについて—Concussion Amnesiaの3例

著者: 森俊憲 ,   加藤秀明 ,   加藤稔 ,   吉田弘道

ページ範囲:P.1105 - P.1110

I.はじめに
 頭部外傷後,逆向健忘とともに時に外傷後に起こった出来事についても健忘が生ずることが知られている。Russell19)はこのようなpost-traumatic amnesiaの持続期間は,脳損傷の重症度を考慮するうえでの重要な指標になると述べている。しかしながら,外傷の程度が軽微でまったく意識喪失に気づかれないにもかかわらず,その後一定期間内の健忘を生じ,かつその間の行動は正常と思える症例も稀にではあるが報告されている。今回われわれはこのような経過を示した特異なpost-traumatic amnesiaの3例を経験したので,文献的な考察を含めて報告したい。

異所性松果体腫瘍の精神症状

著者: 川原隆造 ,   挾間秀文 ,   譜久原朝和 ,   竹下久由 ,   市川雅己 ,   二宮哲博 ,   浅川知子

ページ範囲:P.1111 - P.1116

I.はじめに
 視交叉部異所性松果体腫瘍は尿崩症,視交叉部症候群および汎下垂体機能低下症のtriasを呈し,視床下部などの周辺組織に浸潤し,粗大な病変を形成するclinical entityとして報告されている。本疾患では内分泌障害が強いといわれており8),また,視床下部は情動表出と深い関係があることから,本疾患は精神医学的にも重要である。
 滝本ら(1976)23)はこの疾患について粗野,無作法,攻撃性などの精神症状について報告しているが,著者らも多彩な精神症状を呈した症例を経験したので本症例の精神症状ならびに神経内分泌学的所見について報告する。

短報

Nitrazepam 5mg連用により離脱時激しい筋攣縮ならびにミオクロニーを呈した高齢者の1例

著者: 遠藤俊吉 ,   久保田厳 ,   加藤泰基

ページ範囲:P.1117 - P.1119

I.はじめに
 近年各科にわたって,広く使用されている睡眠導入剤nitrazepamの離脱症状についての報告はきわめて少なく,離脱時せん妄状態を呈した桜井7)の1例の他1,23,4)にすぎない。われわれは今回,近医より少量の本剤投与を1年間受け,離脱時激しいミオクロニーけいれんならびに筋攣縮とともに発作性異常脳波を示し,夜間軽い意識変様状態を呈した高齢者の1例を経験したので,若干の考察とともに報告する。

古典紹介

Ph. Chaslin:Groupe Provisoir des Folies Discordantes〔Éléments de Sémiologie et Clinique Mentales, Asselin et Houzeau édit., Paris, p.772-p.838, 1912.〕—第1回

著者: 小泉明

ページ範囲:P.1121 - P.1141

 概要―幾つかの型がある。進行した時期においては鑑別は難しい。
 破瓜病Hébéphrénie―軽症の1例。より複雑な1例。これは全症状のうちで障害が非常に極立っている。他の1例。13歳で発病。無関心。患者自身が認めている抑うつdépression。じっと動かない,常同症つまり破瓜病の偽メランコリー型forme pseudo-mélancolique。―妄想とカタレプシー現象を持った他の1例。―偽躁病性破瓜病hébéphrénie pseudo-maniaqueの1例。無関心は疾患に特徴的ではない。病気の経過中の意識喪失。

資料

英国精神病院におけるdepot neurolepticsの実際—Birmingham地区を例として

著者: 北村俊則

ページ範囲:P.1143 - P.1146

 すでにdepot抗精神病薬が開発されてから,かなりの時間がたち多くの基礎および臨床実験がなされてはいるが,諸外国においてdepot剤がいかに実際の臨床で用いられているかについては,この種の報告を客観的に行なうことの困難なことも手伝って,あまり数多くはなされていない。しかし報告の対象とする地域が,たとえば英国全土のように広くなってくると統計値ばかりの羅列に終り,臨床的実像を把握するのが容易でなくなることも一面の事実である。そこでこの小論では,著者が約3年間勤務しているBirmingham地区の一単科精神病院を例にとって,印象記風にその側面を報告したいと思う。
 All Saints病院はBirmingham市の北西部を受け持ち地区catchment areaとし,その人口およそ60万人,病院のデータによると今年1月の入院者103名中分裂病18名(再発を含む),病床数は719(急性病床194,慢性病床525)であるからおよその規模は理解していただけると思う。この病院のday unitの一部としてModecate Clinic(以下M. C. と略。Modecateはfluphenazine decanoateの英国における商品名)が1968年に設立され,現在およそ800名の患者が登録投薬されている。登録患者数からはこのM. C. は世界的にも大規模なdepot専門外来ということができる。図式的な表現になるが,入院による経口薬投与により一応の寛解ないし軽快をみた分裂病患者は入院中から経口薬よりdepot剤への切り替えが行なわれたのち退院,あるいはday hospitalへ転棟され,その後はM. C. に登録され以後定期的にdepot剤の投与を受けることになる。通常外来部門での主治医による診察は患者の症状その他により期間が異なるが(長い場合は6カ月に1回程度),M. C. は規則的筋注の責任をもち,筋注および抗パ剤投与がM. C. で行なわれ,他の薬剤は病院外来または担当一般開業医(G. P.)により行なわれる。患者の入院,転棟,退院,depot剤の開始,減量,中止などの際には,病棟,外来,M. C.,G. P. 間で手紙(ないし電話)にて連絡がとられている。ごくまれではあるが,精神科にくわしいG. P. により定期的depot投与が行なわれる場合もある(現在14例)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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