展望
抗分裂病薬と脳の形態学
著者:
貝谷壽宣
,
岩田毅
,
難波益之
ページ範囲:P.340 - P.351
I.はじめに
精神科医は,分裂病の神経病理を追求することに対して今日諦観の傾向にある。過去の分裂病についての脳組織病理学は,数多くの魅惑的な所見を提出してきてはいるが―たとえば大脳皮質とりわけⅢ,Ⅳ層の神経細胞が脱落するLuckenfelder=Miskolczy(1933)82),視床内側核等におけるSchwundzelle=C. und O. Vogt(1948)113),大脳皮質神経細胞尖頂樹状突起の肥大と好銀性の増加=立津(1960)108)―,しかし広く一般的に認められるまでに至っていない90)。分裂病脳の組織病理学は,臨床的診断基準の不確実性,分裂病以外の付加的疾病による脳変化などのために大きな壁につき当ってしまった。このような状況で分裂病脳の病理形態学を求めようとすれば,従来の方法論を離れて新しい見地に立つ必要が生じてきた。すなわちこの問題は最近分裂病の諸症状に著効を示す薬物の研究から1つの解決の方向が求められようとしている。本邦においても抗精神病薬の作用部位や作用機構の検討が注目されてきている67,111)。実際に近年の抗精神病薬の進歩はめざましく,薬物なしの精神病治療は考えられない。抗精神病薬は分裂病の諸症状に特異的効果を持つとまで述べる学者もある25)。さらに抗精神病薬の再発予防効果も優れており,退院1年後の非服薬者の再発率は服薬者の3倍以上である49)。このようなことから最近の論文にはしばしばantischizophrenic drugsという言葉が使用されている。本稿においても,抗うつ剤や抗不安薬と区別する意味も含めて抗分裂病薬とした。現在までに抗分裂病薬による脳の形態学的変化に関する総説はすでに数編みられるが4,33,55,59,91),これらは主に中毒性変化や抗分裂病薬の錐体外路性副症状に関するものが主であり,抗分裂病薬の作用機構を取り上げたものは少ない。本稿では従来の組織病理学とともに,抗分裂病薬の作用機構についての神経化学や精神薬理学の所見を考慮しながら,抗分裂病薬の中枢神経系における形態学的な影響について新しい方法―ラジオオートグラフィー,電子顕微鏡(電顕),組織培養,組織化学および計量形態学―による研究の文献展望をする。また一部は著者自身の研究結果も報告する。これにより分裂病に形態学的側面からアプローチできる可能性を探索したものである。