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雑誌目次

雑誌文献

精神医学21巻7号

1979年07月発行

雑誌目次

特集 精神分裂病の遺伝因と環境因 巻頭言

特集にあたって

著者: 笠原嘉

ページ範囲:P.672 - P.672

 この特集の意義や目的については多言を要しないと思う。遺伝と環境。生物的要因と心理・社会的要因。この両面への配慮を必要とする程度が分裂病とよばれる病態において,とりわけ高い。そう考えることに対し,今日おそらくかなりの数の精神科医の賛同を得られるのではないだろうか。臨床経験の質や研究上の立場の違いから,以上の二つのどちらかにより多く重心を移すということはあるにしても,である。ところが,筆者の識るかぎりでは,この両面を均等に扱った著書や論文は意外に少ない。このような特集に意味があると考えた所以である。
 企画に際しては,井上英二,飯田真,牧原浩,三先生の御参加をたまわった。深謝申し上げる。とくに井上教授には全篇を御通読いただき「結語に代えて」を御執筆いただいた。遺伝学者の立場から今後になされるべき遺伝と環境の統合の仕方について有益な示唆をいただいたことは感謝にたえない。

双生児研究

著者: 飯田真

ページ範囲:P.673 - P.687

I.はじめに
 双生児法は家系研究とともに臨床遺伝学の古典的,代表的な研究方法であり,分裂病の病因論の解明に大きな寄与を果した。分裂病双生児の系統的研究はLuxenburger(1928)の研究に始まり,Rosanoff,Essen-Möller,Kallmann,Slaterらの研究,日本における井上,満田らの研究によって,分裂病の病因が遺伝であるという仮説を支持する結論が得られている。
 しかし1960年,アメリカのD. Jacksonによって,力動精神医学の立場から,ふたご,殊に一卵性のふたご(MZ)はその特殊な心理的関係のため分裂病に対する特別な危険性があるとして,分裂病の遺伝因,ひいては双生児法についての方法論上の疑念が出された。Rosenthalはこれまでの双生児研究の問題点,MZの一致率が高すぎること,性による一致率の違いのあることなどが,資料の集め方の偏り,分裂病の診断基準のあいまいさ,卵性診断の不正確さに基づくものであるなどの建設的な批判を行ない,研究方法としての双生児法の有効性を指摘した。
 1960年代から70年代にかけて発表された北欧の諸研究はいずれも双生児登録によるものであり,これらの研究の結果はMZの一致率が30%前後でこれまでの研究に比べて低率であったが,MZの一致率は二卵性のふたご(DZ)の数倍あり,遺伝説を否定するものではない。
 またSlater,井上らによって,別居のMZの研究が行なわれ,別居したことのないMZの一致率との間に有意の違いのないことが明らかにされ,分裂病の遺伝説に確実な根拠を与えた。
 1960年代には従来の家庭研究における遺伝因と環境因を分離するために養子法が工夫され,その研究の成果は分裂病の病因の遺伝説を裏付けることになり,双生児研究の有用性を再確認する結果となった。
 分裂病が1つの疾患単位ではなく,症候群であれば,双生児研究は,病因としての遺伝と環境の働き方に従って,分裂病の異種性を解明し,疾病論に寄与することができる。井上は双生児研究から病因論的に分裂病を分類し,3型に分けている。
 一方双生児法は,遺伝子型とともに働く環境要因の客観的分析に役立つ不一致例や,症状や経過に違いのある不完全一致例の比較分析から,遺伝子型から分裂病に至る発病過程やその後の経過を実証的に知りうる可能性がある。日本における井上,満田らの研究や,1960年代からアメリカのNIMHで行なわれている不一致のMZの研究はその意味で興味深い。
 分裂病双生児に関しては,すでに井上21,24,26,27,30)(1957〜1973),満田48,49)(1957,1963),Rosenthal・Kety65)(1968),Rosenthal66)(1970),Slater・Cowie75)(1971),Zerbin-Rudin83)(1971),堺68,69)(1971,1976),Diebold6)(1973),阿部1,2)(1975),Gottesrnan・Shields14)(1976)などの多数の総説の中で述べられているので,本稿ではこれらを参照しながら,これまでの主要な双生児研究の成果,双生児研究に対する批判と反論,分裂病の異種性,分裂病の病因論(発病過程)などについて展望してみたい。

養子法による分裂病の研究(展望)

著者: 南光進一郎

ページ範囲:P.689 - P.695

I.はじめに
 精神分裂病の病因としての遺伝と環境の役割を明らかにする実証的な研究は,今のところ臨床遺伝学をおいてほかにない。とりわけ双生児研究は一卵性のふたごと二卵性のふたごの一致率を比較することによって,遺伝と環境の役割を分離する有力な武器である。
 1930年代から60年代にかけて相次いだ双生児研究は,いずれも一卵性のふたごに60%から80%という高い一致率を報告した。これが長い間分裂病に遺伝が関与する証拠とされてきたのである。ところが60年代に始まった北欧の国民登録による双生児研究は,従来の研究に比べてきわめて低い一致率を報告し,遺伝の役割に疑問がはさまれることになった。このことがきっかけとなって新しい方法論,すなわち養子法を用いて遺伝と環境の役割を分離しようとする試みが脚光をあびるようになる。
 養子法による分裂病研究はその方法がまだ新しいにしても大変興味ある主題である。にもかかわらずわが国ではまだ詳しく紹介されたことがない。本稿ではまず養子法の原理および研究方法について述べ,次にこれを用いた分裂病の研究を主として病因論の面から概観してゆきたい。

High-Risk Study

著者: 大平健

ページ範囲:P.697 - P.704

I.はじめに
 精神分裂病の発病に係わる遺伝と環境の二作用の解析において,比較的新しい研究手法にhigh-risk法がある。分裂病に罹りやすいと判断されうる個人とその家族を追跡して調べ,発病に先立つ生物学的な因子および心理的な因子を明らかにしようというものである。より一般的には,疫学においてcohort studyと呼ばれる方法に他ならないが,これには従来のcross-sectional studyやcase-control studyといったretrospectiveな方法に比べて二つの大きな利点がある。生活歴における出来事とその影響とを直接観察しうること,障害発現前後の各種要因を比較しうることがそれだが,精神科領域では,服薬していない状態の観察が可能であるという利点を更に挙げることができる。
 歴史的にはD. Sobelが1931年に着手したものが最も古いと思われるが,彼の研究は継続されず,B. Fish(1959)の研究,Mednickら(1962)の研究が実際上古い。現在では,著者の調べた限りでは,18の研究グループが6カ国でhigh-risk法による調査を行なっている。各グループの研究は,riskの概念・基準,調査対象群の規模,年齢構成,追跡期間の長さおよび追跡期間中の調査の内容,対照群の性質などの各項目について各々独自なので,全体を俯瞰するためにはやや多様にすぎる。本稿では,概要がある程度明らかになっている二,三のグループの研究を紹介するが,その前にまずriskの概念を整理しよう。

精神分裂病と染色体異常

著者: 浅香昭雄

ページ範囲:P.705 - P.712

I.はじめに
 精神分裂病が病因的に異種の疾患の集合であることは,異論のないところである。精神分裂病の診断屑籠に投げこまれていた精神病症状群から,その群に特徴的な症状を示す染色体異常群―その他の精神分裂病群とは似て非なる一群―を拾い上げ,染色体異常の病因的意義を明らかにすることが,近年発展した細胞遺伝学の仕事のひとつであった。染色体異常のうち,性染色体異常が精神障害と密接な関連をもっているが,その数的異常であるKlinefelter症候群,XYY男子,Triplo-X女子,Turner症候群について,以下にいままでの諸報告を概観し,若干の新知見を加えて考察してみたい。
 Klinefelter症候群は1942年に報告され,女性型乳房,無精子症,睾丸の小さいこと,尿中FSHが高いこと,睾丸組織の精細管の硝子様変性とLeydig細胞の膠様増殖などを特徴とする男子の性腺発育障害である。Turner症候群は1938年に報告され,身長が低いこと,無月経で2次性徴の発現がみられないこと,卵巣は発育不全で索状になっていること,その他翼状頸,外反肘などを示す女子の性腺発育障害である。Klinefelter症候群の染色体構成の基本型は47, XXY, Turner症候群のそれは45, Xであり,いずれも1959年に染色体異常が確定されている。XYY男子,Triplo-X女子は偶然の機会から発見されたものであり,特異的な身体所見をもたない。XYY男子の染色体構成の基本型は47, XYY, Triplo-X女子のそれは47, XXXであり,前者は1961年,後者は1959年に染色体異常が確定されている。

遺伝モデルに関する仮説(展望)

著者: 阿部和彦 ,   小田昇

ページ範囲:P.713 - P.719

I.はじめに
 双生児での分裂病に関する一致率の調査,および分裂病の親から生まれて養子に行った人々の追跡調査の結果の発表などにより,分裂病への易罹病性(なりやすさ)には個人差があり,遺伝的な因子が何らかの影響を与えているという説が多くの研究者に支持されるようになってきた。
 分裂病の一卵性双生児での一致率は最近の報告では30%前後のものが多い。一致率は双生児の一人が発病した後,追跡調査された年数が長ければ上昇する傾向があるので1),最近報告された一致率も追跡期間を延長すれば少しは増加することが予想されるが,いずれにしろ100%からはほど遠い値であろう。したがって分裂病になりやすい「素質」を持った人々の一部が発病すると考えるのが適当であろうが,この素質については脳内,または他の器官をも含む代謝上の特徴を想定している人々,ある種の性格特徴が遺伝する結果分裂病になりやすくなると主張する人々などがあり,種々の仮説がある。
 後者の例として,Bleuler2)は,衝動や興味を調和させて,意志や態度を形成する能力の低下という形で,またMednick23)によれば,まわりの人人の不親切さに対する敏感さが遺伝し,このような特徴をもっている結果として分裂病になりやすくなるという考えである。
 このような素質が如何にして親から子へとうけつがれるかが次に問題となる。素質が如何なるものかという問題と同様,素質の遺伝形式についても現在のところ結論は出ていない。この文では,現在までに出された仮説の主なものをあげ,それぞれ実際に観察された所見とどのような点で合致または矛盾するかについて簡単に述べてみようと思う。

精神分裂病と家族の精神生理学的研究の展望

著者: 守屋裕文 ,   安藤克巳

ページ範囲:P.721 - P.734

I.はじめに
 精神分裂病の精神生理学的研究はこれまで非常に多くの報告があり,分裂病者では正常者からかなり偏りのある知見が得られてきている。一方,これまでの患者家族の研究は,家族成員のパーソナリティや家族全体の様態,さらには家族内コミュニケーションの様式などに関するものが多い。例えば,Lidzら23)は,分裂病の家族には夫婦間の役割と分裂とがあり,それが分裂病の病因になっていると報告し,わが国でも高臣ら56)(1966)が分裂病家族を父母との関係で,そのありかたを4群に分けたり,藤縄ら5)(1966)が画一型,分割型,散乱型の3群に分けて考察している。また井村・川久保ら18)(1966)による離散型,同化型,牧原ら31)のかかわりのサイン欠乏型,存在型など分裂病患者家族の様態を明らかにした研究は多い。家族病理をコミュニケーションの様式からとらえたものとして有名なBatesonら2)(1956)の二重拘束説,Wynneら59)(1958)の偽相互性などがみられる。
 しかしながら,このような研究の多くがなお心理的観察の範囲内にとどまっており,分裂病患者家族の上記のような特殊な家族の様態や,コミュニケーションのありかたの背景にある生物学的基盤についての研究はまだその緒についたばかりであるといえよう。Reiss(1976)41)が指摘するように家族生活におけるコミュニケーション過程は子供の注意と知覚能力の発達に影響を与え,それがまた遺伝的に規定されている点を考えれば,分裂病患者家族(両親,子供,兄弟)の精神生理学的研究は分裂病解明に重要な手がかりとなるであろう。
 枚数の都合もあり,「分裂病」の項における脳波,誘発電位,CNV,皮膚電気反応,瞳孔反応,睡眠などについての研究の紹介は島薗51),島薗・安藤ら50)の綜説に詳しいので,それを参照していただき,ここでは眼球運動,局所性脳血流量,注意・認知障害にしぼり,これまでの報告を紹介し,「家族」の項では,いわゆるhigh risk群に関する研究を中心として,注意・認知障害,自律神経機能など比較的新しい知見について述べてみたい。

分裂病の家族研究の展望

著者: 牧原浩

ページ範囲:P.735 - P.746

I.はじめに
 分裂病の家族研究ほど複雑多岐にわたり,しかも各研究者の間で厳密な一致の得られない分野も少ない。したがって,そのすべてを網羅しつつ展望を試みることは到底不可能であり,浅学な筆者のような者にとっては荷の重い仕事である。
 そこで,筆者は主なテーマを3つにしぼり,その問題点を考えてみた。第一は分裂病の原囚を家庭環境に帰そうとする成因論的な家族研究である。第二は家族全体における各成員の布置や成員間の相互作用,それらが作りだす家族機能と家族構造などを問題とする力動論的家族研究である。この2つは重なり合う部分が多いが,厳密には区別して考えたほうがよいであろう。第三は分裂病の家族療法である。この最後のテーマは,今回の特集のテーマである遺伝と環境という問題とややかけ離れているかもしれないが,本来家族研究--ことに力動論的家族研究--と家族療法は表裏一体のもののはずであるから,敢えて触れることにした。
 この第一から第三への順番は,ちょうど私の興味の焦点の移動と同じで都合がよい。しかしそれだけに無理な独断と偏見が生ずることを恐れるものである。
 なお,分裂病の家族研究は元来遺伝論へのアンチテーゼとして出発したのであるが,今日では両者は必ずしも対立的なものとはみなされなくなってきているし,筆者もある程度はそう考えている。しかし,この拙論においては,従来の遺伝対環境という枠組に従って,専ら環境論の立場を厳守しつつ述べてゆくことにしたい。

分裂病家族のTransmission論

著者: 川久保芳彦

ページ範囲:P.747 - P.754

I.はじめに
 分裂病のtransmissionについて述べる場合,分裂病の成因論との関係は重要である。
 元来,transmissionといえば遺伝学的研究と同義的に考えられ,古典的遺伝学的研究は精神医学的診断を基礎とし,染色体的レベルの意味でのtransmissionを診断の一致という面から把握されてきた。
 しかし,分裂病の診断そのものが多様化するにつれ,遺伝学的研究も精神医学的診断を基礎とするよりも,精神病理学的・症候論的様相を呈する状態のスペクトルとして取り上げ,その面での共通性としてtransmissionをとらえてゆく傾向を示して来ている。つまり,遺伝的立場をとる研究者も分裂病のtransmissionというよりも,子供のもつvulnerabilityの素因を親に求めるという視点の転換が行なわれてきているように思える。
 かような視点の転換は古典的遺伝学的研究にみられる比較的単一的transmissionの考え方からより複雑な考え方へと導くだろう。
 特に分裂病の家族研究が進むにつれ,環境的要因としての親子関係―特に対人関係面―が重要視されるに従って,transmissionの考え方はより複雑さを呈してこよう。例えばtransmissionは親のもつ形がそのまま子供に伝わると考えるのが基本的であろうが,対人関係を重要視した場合,相称的相互関係ばかりでなく補完的相互関係も無祝できず,transmissionの一つの型として広く考えねばならないし,また,Wynne, L. C. 1)のいう家族における意味の注入と隠匿the injection and the concealment of meaningや,親から子供に対する意味の排除forclusionの概念などもtransmissionの中に含まれるだろう。また,transmissionを個から個へという考え方ばかりでなく,集団から個へというtransmissionも考えられるだろう。
 かようにながめてみると,分裂病の成因に関する遺伝学説と環境説とが接近し,両学説を含めた考え方―例えば後成説Epigenesisの如く―が進むにつれ,分裂病の成因とtransmissionとの関係は複雑となり多様化してこよう。
 TransmissionについてFleck, S. 2)は家族におけるtransmissionとして4つのレベルをあげ説明している。
 そこで,参考の意味もあり,Fleckの4つのレベルを簡単に列記してみよう。
 A)細胞および細胞に準ずるレベル
  1)遺伝
  2)生前の環境
 B)生物学的・心理学的レベル
  1)母親の行動を通してのtransmission
  2)ボディ・イメージと自己境界に関する概念化
  3)言語と思考
 C)関係のもち方の指導
  1)モデル
  2)文化的
  3)同輩のいる環境への準備と指導
 D)社会化
  1)コミュニケーション
  2)成人-同一性のトレアランス
  3)他人への世話
  4)家族からの解放
 以上である。
 このFleckの4つのレベルをみても,transmissionの考え方が単一的レベルからより複雑なレベル,そして,個人の発育過程に沿ったより深いレベルからより浅いレベルまでに及んでいることが理解されよう。
 ところで,筆者は本小論において家族のtransmission論について述べなければならないが,上記の如くtransmissionは複雑であると同時に,transmissionの機制や様相については明確とはいえない。
 したがって,transmissionそのものを述べることは甚だ困難である。
 そこで,今回はいままで行なってきた家族研究の資料からtransmissionとして考えられる資料を取り出し,transrnissionを考える場合の問題点を提起するにとどめ,transmission論を述べるという重責を果たしたいと思う。
 なお,分裂病のtransmissionについて述べる場合,分裂病の病型が常に問題になってくる。
 筆者がこれから述べる資料はすべて比較的急性に発病してさまざまな症状が発現する時期があり,それに続いて,あらわな症状の消退する時期が比較的長く続き,やがて,再発するような経過をとる病型の分裂病患者とその家族の資料である。したがって,これから述べるtransmissionに関する記述はすべての分裂病について述べているわけではないことをはじめにお断わりしなければならない。

精神分裂病のNatural History

著者: 中野幹三

ページ範囲:P.755 - P.761

I.はじめに
 1964年,生物学者のJ. Huxleyら1)は次のような説を発表した。「精神分裂病は浸透の低い優勢遺伝子が病因と考えられる。あらゆる国を通じて,およそ1%の分裂病の人々がいるが,これは突然変異のみで維持されるにはあまりに高すぎる。この病気のようにはっきりした不利益な遺伝的形質は,補償的になんらかの利益によって均衡が保たれるのでない限り,一集団にこの頻度で存続することはあり得ない」と。彼らの主張の眼目は,分裂病者が適応上の利益を有すると明確に述べたことにあり,分裂病の遺伝子がnegativeなものだけでなくpositiveな作用を生体に及ぼすと考えたことであった。
 分裂病のnatural history論とは,Huxleyらの問題提起をうけて次のような課題を担うものである。分裂病者の生活様式を個体としてではなく,個体群のレベルで,病気という判断にこだわらずむしろ適応上の利益,不利益のバランスという側面からみてゆこうとするものである。このような研究領域はまだ十分な市民権を得ているとはいえず,実証的なデータもそろってはいないが,分裂病の病因論や,治療論に寄与するところは大きいと思われる。以下,いくつかの研究を選んで紹介したい。

分裂病の発症条件について

著者: 小出浩之

ページ範囲:P.763 - P.768

I.はじめに
 ここで私が提起するのは,分裂病の発症条件についての3層の見方である。それは,一口に分裂病といわれる病態のどの層をわれわれは問題にし,治療の中でどの層にかかわっているかを明らかにするためである。
 まず第1層は(すでに発病している)病者を病的世界へ陥らせる契機である。すでに発病している病者とて,四六時中病的世界に陥っているわけではない。彼らを病的世界へ陥らせる契機は治療者のほんのちょっとした態度によることも多い。まず次節で病者を病的世界へ陥らせる直接の契機について論及する。
 ついで第2層はいわゆる発病状況である。ここでは病者が出会っているおおまかな困難性が問題となる。その困難性に基づいて,病者はほんのちょっとした契機で病的世界へと陥る。この第2層は,第1層が微視的,直因的であるのに対し,中視的,近因的である。
 最後に第3層は発病状況を発病状況たらしめている巨視的,遠因的条件である。すなわちここではいわゆる病前性格が問題となる。もちろんこの3層はそれぞれ無関係なものでなく,緊密に関連しあっている。その意味ではこの小論は,この3層の有機的関連を統一的に把握する試みともいえる。そこにまたこの小論が単に「生活史」のみでなく,病態をも包み込まなくてはならぬ由縁がある。以下症例に添って各層を順を追って考察していくことにする。

精神分裂病—Transculturalな立場からの一考察

著者: 竹友安彦

ページ範囲:P.769 - P.783

 Ⅰ.
 学派を超え,国境を超えて精神分裂病(以後分裂病と略す)についての会話の範囲が拡がるほど,分裂病の定義が実は決して明瞭でないことが表面に現われる。与えられた問題を考える時,まず直面するのはcross-trans-culturalに妥当な定義の必要なことであり,それはとりもなおさず,そのような定義に到る方法論の問題である。これらが一応解決されれば,それ自体われわれの問題に寄与する多くのものを含むことが予見される。
 International Pilot Study of Schizophrenia1)(IPSS)は幸いにこのような解決に近づこうとする先蹤のない試みである。まずIPSSをわれわれの考察の立場から要約してみたい。

比較文化論の立場から

著者: 林憲

ページ範囲:P.785 - P.789

I.はじめに
 分裂病の環境因に関して比較文化論からも多くのことが言われてきたが,まだまだなすべき研究が多く,定説を立てるに至っていない。目下比較文化的および時代比較的に観察された分裂病事象の中で,次の4つのことがらが重要と思われる。まず第1に分裂病罹患頻度と病像の地域文化的差異,その差異をその地域文化の特性に関連づけて病因をさぐろうとする方法にまつわる問題,第2に世界各地で発生した人口移動と文化の流動およびこれらを通して惹起された価値観の混合ないしは磨擦が,如何に分裂病の発生と病像の変化に影響したかを取り上げる見かた,第3は分裂病の経過が慢性化を辿り精神荒廃を起こす特性に関して,各文化間にその予後の良否の差異が発見されているが,その差異を比較文化論で更に追究しなければならないこと,そして第4は分裂病の臨床診断規準が果たして国際間に設置できるものであるのかないのか,もし設置可能なところへゆきつけないのであれば,比較文化論の立場では如何にこの問題に対処すべきなのかという課題である。

症状変遷について—巣鴨・松沢病院の資料からみた精神分裂病妄想内容の推移

著者: 藤森英之

ページ範囲:P.791 - P.798

I.はじめに
 精神分裂病(以下,分裂病と略記)の臨床像は昔に比べて変わったであろうか。たとえば都市における緊張病の減少あるいは一般に分裂病の軽症化が語られるが1,2,15,16,25),はたして分裂病の病像や経過が変化しているのであろうか。こうした分裂病の臨床症状の変遷を,妄想内容の時代変遷に焦点を合わせて論じてみたい。
 筆者はこれまでにも巣鴨・松沢病院における妄想の主題変遷について発表している6,7)。たまたま現在,同じテーマについて別の雑誌に投稿しているので8),ここではそれらの資料から主要な点と思われる事柄のみを記すことにしよう。

精神分裂病の予後

著者: 村田豊久

ページ範囲:P.799 - P.807

Ⅰ.まえがき
 精神分裂病の疾病概念を整理し,疾病理解を深めていく上で,予後研究は欠くことのできない手段である。本特集号のテーマである「精神分裂病の遺伝因と環境因」の追求においても,本来はかなりの役割を果たさなくてはならない使命をもっているのであろう。しかし,現在のレベルでの予後研究は,未だ精神分裂病の成因として,どの程度遺伝因が関与し,どの程度環境因が関与しているかについて,直接に明確化する研究手段としてまでは発展していない。予後研究は精神分裂病の経過と転帰を把握し,そこに生じる差異が何に帰結されるかを検討することを当座の目的としているからである。そこでは経過と転帰がどの程度それぞれの分裂病者のもっていた生物学的資質に基づくのか,あるいは患者のおかれている環境的諸条件の影響を受けるのかを考えようとする。ただその作業も間接的には,精神分裂病の成因としての遺伝因と環境因を推察する一方法となりうるかもしれない。すなわち,精神分裂病の経過を規定する因子のなかで,もともと患者にそなわった内的病的過程というものを,ここでいう遺伝因におきかえることが,また経過に影響を及ぼす患者の生活史上の問題,家族関係,患者のおかれている社会的立場,治療的働きかけのあり方などの諸要因を,ここでいう環境因におきかえることも可能ではないかと考えるし,また他にそのことに迫る確実な方法をもちあわせていない精神医学の現状からは,それが必要のようにも思われるからである。
 たしかに理論的には,予後研究は精神分裂病の本態の解明にせまりうる数少ない臨床的研究方法の手段となりうる性質のものであっても,実際にはその目的に近づきえた研究が少ないことが痛感される。それは,厳密な対象選択と調査方法に基づいても追跡調査をすすめることが予想されるよりもはるかに困難なためである。長年,地道な予後研究をすすめてきたHuber12)は,本来の目的での予後研究を行なう条件として次のようなことを強調している。1)精神分裂病の疾病概念が明確化されていること,2)生活史,現病経過,治療の反応がしっかり記載された症例のみを対象とすること,3)全疾病経過が連続的なものとして把握されていること,4)対象とした症例数が内容分析をするにたるほど充分であること,5)研究はチーム・ワークとして長期間続けられること,そして同一地区あるいは同一病院の患者のみを対象とするのでなく,異なる地区でも研究を行ない比較してみること,6)患者との面接は,訪問して患者の居住している場所で行なわれること,である。これらのすべての条件をすべて満たした研究はきわめて少ないように思われるし,少なくともわが国では今後とも困難ではないかと考える。

結語に代えて

著者: 井上英二

ページ範囲:P.808 - P.809

 現在はすでに,分裂病を直接の対象とした研究から離れている筆者にとって,この特集に寄せられた14篇の総説のとりまとめを試みるということは,かなり気の重い課題である。14篇の論文は何れも,細部に亘っての記述はさておき,それぞれの角度から分裂病の“病因”に近づこうとする目的に沿って,指導的な立場にある人々や新進気鋭の研究者達が,自らの経験を要約ないし,枠組みとして,観察された事実あるいは学説を再構成して提示した何れ劣らぬ労作であるからである。
 さて“分裂病の病因”を問題にする時,いつでも最初に提出される疑問は,“分裂病とは何か”という疑問である。その提出のされ方には人により場合により,微妙な色調の違いはあっても,共通する立場は,まだ対象が定義されなければ,その対象の成立過程における因果性は追求できないという認識である。竹友氏が紹介されたWHOのIPSSは,分裂病の定義の問題を正面切って取り上げた最大規模の研究プロジェクトであり,またこのプロジェクトは,異なった“文化圏”の間の対話を促進し,精神障害の問題を共通の地盤で扱う時の条件を整備するというすぐれた副産物を生むことであろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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