研究と報告
禅における魔境の精神病理学的考察
著者:
扇谷明1
加藤清2
所属機関:
1京都大学医学部精神神経科
2国立京都病院精神科
ページ範囲:P.35 - P.41
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抄録 禅における魔境とは悟りに向って修業する者が陥る病的状態であり,自ら到達した心的状態を自ら「悟った」とみなすことによって自らの心的状態にとらわれ,そこから容易に脱け出せなくなる状態である。われわれは6例を観察し,また仏典である楞厳経にみられるさまざまの魔境を検討し,その症状変遷から2群に分け得た。第1群は主客分離消失感から気分高揚に向うもの,第2群は身体心像変容から不安感に向うものであった。その成立基盤には長時間の坐禅という身体不動の姿勢と内的に外界に対する知覚行為の中断ということとその上に脱睡眠が魔境の成立にかかわっている。また禅では独特の修業方法として禅問答があり,そこで心的状態の真偽が検証されるため,キリスト教での神秘体験でみるように精神医学上でその体験の真偽は論議されないが,一方それだけ修業者と師とのかかわりが重要なものとなり,禅問答の場は精神療法の場へとつながりをもっていく。