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雑誌目次

論文

精神医学22巻12号

1980年12月発行

雑誌目次

巻頭言

内村祐之先生の言葉に寄せて

著者: 土居健郎

ページ範囲:P.1260 - P.1261

 以下に記すのは,去る七月十八日午後,私が下落合の御自宅をお訪ねした時,内村先生がお話し下さった言葉の数々である。私はこの春東大をやめてから先生のところに御挨拶にうかがいたいと思っていたが,その頃御気分がすぐれないとお聞きしていたし,私もいろいろ用事が重なって,とうとうこの日になってしまったのである。
 先生はこの日椅子に坐り上体を前にのりだすようにして前方を見つめながらお話しになった。お顔がいくらか腫れぼったい感じがしたし,話のテンポも以前に比べておそかったが,一語一語は極めて明瞭で,話されることがどれもぴたっときまっていた。私ははじめ奥様から,話をすると先生がお疲れになるので,面会は10分ほどにしてほしいと注意されていた。しかし先生が話し続けられたので私は10分では立ち上れなかった。きっとその倍の20分はお邪魔したのではないかと思う。

特集 躁うつ病の生物学

序言

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.1262 - P.1262

 近年,内因精神病の生物学的研究は発展の一途を辿りつつあるが,これには精神薬理,神経化学,神経生理,神経組織化学等の研究の発展に負う所が大である。しかし,内因精神病のうちでも精神分裂病の生物学的成因論は,未だ仮説の範囲を出ないが,躁うつ病,就中うつ病の生物学的成因論の優位性は疑う余地がない。その理由の一つは躁うつ病は情動変化という比較的とらえ易い精神生理学的変化と関連するからであろう。事実,情動変化の生理的機構は精神生理・生化学研究のうちでも最も解明が進んでいる。
 情動の発呈は間脳,辺縁系,脳幹部の機能と深い係わりをもつことは確かであるが,心的機能は大脳皮質をも含む包括的な統合機構に基づくものであるので,単に部分的機能異常のみを取り上げることは妥当ではない。しかし,脳が全体として反応するとはいえ,それを駆動する所が部分であるとする考えも成立する。その意味で,躁うつ病の病因を部分の異常に的を当てる方法論も妥当性を欠くとはいえない。いずれにせよ,このシンポジウムでは,躁うつ病の成因を生物学的次元で考察しようとするものであるが,全体と部分との相互関連において脳の機能異常と病像又は病相との関係を見ることに焦点をあてたい。

うつ病の国際的協同研究—特に診断分類について

著者: 高橋良

ページ範囲:P.1263 - P.1274

I.はじめに
 機能性精神病の性質や原因についての科学的研究は生物的立場のみからでなく,社会精神医学的領域でも活発に行なわれ,その成果が過去20年間に大きく進歩を示すようになったが,それと共に,機能性精神病の分類が従来の各種の学派毎に異なるものでは研究成果を相互に比較することは極めて困難であることが認識されてきた。特に,うつ病については生化学,遺伝学,臨床精神薬理学の研究結果から,うつ病の同一下位分類の中にも明らかに他と異なる同質の一群が存在するらしいことが主張されるようになり,また発病前の生活上の出来事の社会学的研究の結果,環境因性のうつ病と内因性うつ病との二分法も問題視されるようになって,うつ病の分類には再検討が要請されるようになった。
 このような背景のもとに,1970年代に入ってから,米国ではうつ病は一学説や一理論のみによるのでなく,精神生物学的見地から包括的に研究されるべきであるとの認識がつよまり,その研究の推進のためNIMH臨床研究部門の協同研究計画が発足した。すなわちpsychobiology of depressionの研究であり,その中の生物学的研究面では少数のすぐれた研究の成果を他の施設で再検討することが計画された。それにはうつ病の診断分類が研究者によって異ならないことが必要となる。従来の教科書や米国精神医学会(APA)のDSM-Ⅱ(Diagnostic and Statistic Manual of Mental Disorders Ⅱ),WHOのICD-Ⅷ,ICD-Ⅷ-CM(APA版,International Classification of Disease,Clinical Modification)による分類では分類基準が散文的で重複があり,false positiveな症例が多くなり,科学的研究には不適であるため,RDC(Research Diagnostic Criteria)が作成された。これによると同質の群が分類される率が高くRDC評価の信頼性は極めて高いことが実証されている。
 またAPAのDSMにもこのRDCをくみ入れて,新しいDSM-Ⅲが作成されて現在使用され始めた。他方WHOの新しい国際疾病分類ICD-Ⅸ(1979より発効)もICD-Ⅷを改善し,新しい進歩に適合させたものである。WHOはまた1972年より,同一用語集を用いるうつ病症状評価のための目録を作成し,これが各国の研究センターの協力によって異なる文化圏に適用しうる充分信頼性のある評価目録であることを確認している。これはSADD(Standard Assessment of Patients with Depressive Disorders)尺度とよばれるが,今日国際的な生物学的研究や精神薬理学的研究に用いられている。上述の米国NIMHの研究プロジェクトでも,うつ病と精神分裂病のたあの目録SADS(Schedule for Affective Disorders and Schizophrenias)を作成し,RDCと共に症状と診断の評価に用いている。
 以上の他にもヨーロッパではスイスのBasel分類やProf. Pichotの分類が知られているが,これらもAPAのDSM-Ⅲ,WHOのICD-Ⅸとの比較研究によってその有用性がたしかめられる必要があろう。DSM-ⅢとICD-Ⅸの比較,SADDとSADSの比較も既にその研究が行われている。この研究結果をもとにICD-ⅩとDSM-Ⅳを更に近づけたものにするため1985年を目標に現在その準備が進められている。
 WHOのICD-ⅨとSADDを用いた研究は国際的なうつ病の比較,一般診療科におけるうつ病の頻度の研究,抗うつ剤の用量反応の国際比較の研究等に用いられ,その成果は既に得られつつあるが,米国NIMHのpsychobiology of depressionの協同研究は現在進行中であり,その最初の成果としてRDCが生まれ,DSM-Ⅲにくみ入れられた。本報告では以上の状況を主としてうつ病の診断分類に焦点をあてて述べるが,WHOの研究では主としてSADDの開発と応用,NIMHの研究ではRDC,DSM-Ⅲの作成経過と意義にふれることにする。

躁うつ病の神経生理—最近の睡眠研究を中心に

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.1275 - P.1286

I.はじめに
 躁うつ病についての生物学的研究は,生体アミン,各種ホルモンの研究などを中心に,神経化学,神経薬理学,神経内分泌学などの各方面で,近年著しく発展してきている。また他方では,躁うつ病の異種性をめぐる遺伝生物学的研究,性格や発病状況をめぐる精神病理学的研究などの発展もあり,躁うつ病の成因についての総合的な知識が積み重ねられている。しかし躁うつ病の病態生理に関する神経生理学的研究は,他の研究領域に比べるとやや立ち遅れている感がある。
 躁うつ病に関する神経生理学的研究において,観察の対象となる主な生理的指標は,脳波,誘発電位など「中枢神経系の電気活動」,筋電図,眼球運動,睡眠時の急速眼球運動,光眼輪筋反射などの「運動系機能」,心拍,呼吸,血圧,胃腸運動,皮膚電気反射,体表面微細振動など主として「自律神経機能を反映するもの」,「睡眠・覚醒リズム」などである。躁うつ病者におけるこれら諸指標の所見については,紙数の関係で筆者の他の総説(大熊,1972;1979)に譲るが,ごく概略を述べると(表1),たとえばうつ状態について従来報告されている変化は,昼間の脳波では睡眠波形が出現しにくく,閉眼時の速い眼球運動の出現数が多く,筋電図活動レベルが高く,体表面微細振動に速い成分が増加し,閃光刺激を反復したときの慣れが起こりにくいなどである。すなわち,精神面では抑うつ気分や制止(抑制)が存在するのに,神経生理学的機能の面では,少なくとも見かけ上は機能水準の亢進を示唆する所見が少なくない。このような所見の意味づけは,うつ病者の状態像(制止型,焦躁型,軽症,重症),類型(単極型,両極型),病期・間歇期などの関連のもとに慎重に行なわれる必要がある。
 しかし,最近の躁うつ病に関する神経生理学的研究をみると,睡眠研究以外はあまり著しい進歩はみられていない。したがって,ここでは比較的新しい話題が多い睡眠研究に的をしぼって,躁うつ病の神経生理の問題点をさぐってみることにしたい。

躁うつ病とAmine代謝

著者: 仮屋哲彦

ページ範囲:P.1287 - P.1294

I.はじめに
 躁うつ病の生化学的研究は,amine代謝,アミノ酸代謝,電解質代謝,その他の物質代謝や内分泌機能などの面からいろいろと研究がなされているが,現在,最もよく研究され,かつ注目されているamine代謝について述べる。
 躁うつ病のcatecholamine(CA)仮説やserotonin(5HT)仮説は,主として薬理学的事実より出発しており,現在も有望な仮説ではある。しかし,仮説が提唱され始めた初期の段階に比べると,研究の進展とともに,単にCAや5HTの増減だけで説明できるような単純なものではなく,いろいろな問題点も指摘され,今後の新しい発展が望まれるようになってきている17,19)
 ここでは,躁うつ病とamine代謝に関してわれわれがおこなってきた研究結果を中心に述べるとともに,躁うつ病のamine仮説の現況について述べ,その問題点と今後の動向を考察する。
 これらの研究の中には,躁うつ病患者の組織および体液を直接とり扱った臨床生化学的研究の他に動物実験も含まれている。動物実験は間接的な基礎資料であるけれども,脳を直接とり扱えるという利点があり,monoamine(MA)関連薬物や躁うつ病治療薬を用いた研究も進められている。

神経内分泌と躁うつ病—成長ホルモン分泌反応

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.1295 - P.1305

 躁うつ病における神経内分泌学的異常について,最も知見の蓄積されている成長ホルモン(GH)について,今日までに得られたデータを総説し今後の研究の方向を展望した。
 躁うつ病患者について,
 ①インスリン低血糖に対する成長ホルモン分泌反応の低下,
 ②生体アミン代謝異常と成長ホルモン分泌の関係,
 ③TRH投与時の成長ホルモンの動態,
 ④情動や心理的ストレスに対する成長ホルモン分泌反応,
 などに関する多くの知見が得られており,躁うつ病では,かなりの広がりをもつ神経内分泌学的異常が存在しているといえる。
 一方,今後の問題としては,
 1)生体アミン代謝においてその生物学的基礎に差があるといわれる躁うつ病,うつ病型(単極性)と躁うつ病,循環型(双極性)とで,成長ホルモン分泌反応に差があるか否かは,未だに明解ではなく,
 2)1970年代後半より多くの研究者の興味はプロラクチン(PRL)と生体アミンとの関係に移っているが,PRLへの興味は,GH,TSHなど他の下垂体ホルモンの動態と対比させてみてはじめて,その性格が明らかになるといえよう。
 1980年代には,「感情障害と神経内分泌」の問題は,視床下部ペプチドホルモンの知見が中心となってゆくであろうが,同時に,同一患者に種々の刺激を与えて多種の下垂体ホルモンを同時測定し,その神経内分泌学的異常の広がりと各ホルモン分泌異常の相互関係を知ることも今なお必要である。

抗うつ剤の血中濃度と治療効果

著者: 渡辺昌祐

ページ範囲:P.1307 - P.1319

I.はじめに
 ここ20年来,抗うつ剤によるうつ病治療は進歩したが,今後解決すべき問題点も次第に浮きぼりにされて来たようにみえる。
 残されている問題点のひとつは,三環抗うつ剤の治療有効率が70〜80%にとどまり,電気ショック療法のそれに及ばないことが明らかにされてきた1)ので,抗うつ剤により,より良い治療効果を得るため,いかにして適応患者を選択し,それに反応するであろう抗うつ剤をいかに選び,いかにして治療効果をある程度の確率で予測するかの問題である。
 第2は,個々の患者に投与した抗うつ剤の至適量をどのように決めるかの問題であろう。
 筆者は,第2の問題である抗うつ剤の至適量を決める問題として,抗うつ剤の血中濃度情報を利用する研究について,血中濃度と治療効果,副作用の相関について概観する。そして,今日の時点で,三環抗うつ剤の血中濃度情報がどの程度,治療に利用できるかをまとめてみたい。
 抗うつ剤,ことに三環抗うつ剤の血中濃度と治療効果の相関を研究した報告は,1962年Hyaduら2)のimipramine研究に始まり,次第に増加して来た。本邦でも谷向3),浅野ら4,5),風祭ら6,7),渡辺ら8,9)の研究報告があり,浅野ら10〜12),高橋ら13)の総説がある。

うつ病の動物モデル

著者: 鳩谷龍

ページ範囲:P.1321 - P.1331

 成熟雌ラットを長期反覆ストレスに曝すとその中にストレスによる直接の疲労から脱しているにもかかわらず,なお長期間持続的に発情周期の喪失を伴う寡動状態を示すものが見られた。このラットは抗うつ剤あるいはESTによりその自発性と発情周期を回復するのでこの状態をうつ病モデルとし,その脳内アミンについて螢光組織化学的検討を行った。その結果,①青斑核をはじめとする上行性NA作動系の細胞体のNA螢光は著明な増加を示し,かつその視床下部神経終末のNA代謝回転は低下していた。②一方視床下部—隆起漏斗DA作動系は細胞体および神経終末ともにDA螢光は減弱していた。③同様の所見はストレス直後のラットにも認められたが,回復ラットでは対照ラットとの間に差を認められなかった。

まとめ

著者: 更井啓介

ページ範囲:P.1332 - P.1332

 現時点での躁うつ病に関する生物学的研究の概要をそれぞれ世界的にもひけを取らぬ専門家から伺ったが,内容が余りにも豊富であったために,ここで簡単にまとめることは困難である。したがって印象を述べることにする。
 生物学的研究においては,まず対象が均質でないと一定の所見は得にくい。今日躁うつ病とされるものは概念が広いので単一疾患とは思われない。この点で高橋良氏はWHOの日本の躁うつ病研究センターの責任者として国際的研究に参加しておられるが,その研究の一部に分類の問題があり,現在の分類において両極型躁うつ病は生物学的にまず一疾患単位として扱い得るが,単極型は異種性であろうとされた。とすれば,研究対象としては両極型がモデルとして適切であり,従来もそのように扱われた。ただし,両極型は患者数が少なく,一研究機関で十分量の資料を得ることが困難であり,限られた期間内に研究しようとすると心ならずも異種と思われる単極型をも含めて対象とした研究が多く,そのため矛盾する結果が報告されたと思われる。今後はWHOのSADDのような同一の診断基準に基づいて選ばれた患者について,同一の方法で多施設で共同の研究をすることが望ましい。

研究と報告

精神分裂病者の知覚—均しい強度と間隔の反復音刺激に対する主観的体験の評価

著者: 有泉豊明

ページ範囲:P.1333 - P.1342

 抄録 分裂病者の知覚過程に正常者からの偏倚が認められることは古くから知られており,今日まで多くの研究が行なわれてきた。
 著者はこの分裂病者における知覚過程の特性をさらに明らかにするため,次のような実験をこころみた。すなわち,分裂病者36名,正常者21名を対象とし1.5秒間隔,1.0秒間隔,0.8秒間隔の全く均しい強度と間隔の反復音刺激を,それぞれ2分間ずつ与えつづけた。そして,その反復音刺激に2拍子とか3拍子とかの,あるまとまりのあるリズムや拍子を感ずるか否かに関し評価させた。
 その結果,分裂病者は正常者と比べ,その反復音刺激にまとまりのあるリズムや拍子を感ずると評価する者が有意に少なかった。
 著者は分裂病者では外界刺激を過度に忠実に知覚してしまう傾向が存在するため,こうした結果が得られたのであろうと解釈した。

「占い遊び」を契機として発症した心因性精神病について

著者: 渡辺雅子 ,   榎本貞保 ,   松本啓

ページ範囲:P.1343 - P.1348

 抄録 幻覚妄想状態や憑依状態は,精神分裂病以外の病態においてもあらわれることが知られている。その代表的なものとしては,森田の「祈祷性精神病」があげられ,これまでに精神病理学的にあるいは文化精神医学的に考察が重ねられている。
 われわれは最近,「こっくりさん」,「キューピット」などの占い遊びを契機として幻覚妄想状態,人格変換,夢幻状態,憑依状態などを呈した思春期女子8例を経験し,「祈祷性精神病」と同一線上にある心因性精神病としてとらえることができた。その個人的社会的背景としては,患者の知的レベルの低さ,および,患者をとりまく学校や家庭の状況,特に養育者の迷信的態度がその発症要因として重要であると考えられた。

古典紹介

Jakob Wyrsch—「混合精神病について」—第1回

著者: 木村敏 ,   小俣和一郎

ページ範囲:P.1349 - P.1353

 Ⅰ.
 躁うつ病と早発痴呆との鑑別をめぐる論争は,Kraepelinがこの2つの疾病概念を創設した当時からすでに始まっていた。この問題は,Homburgerの論文やStranskyの著書の中のすぐれた展望にみられるように,長く,そして成果のない争いであった。成果があがらなかったのは当時の症候論があまりにも大雑把なものであったからなのではなく,それにもかかわらず個々の研究者のまちまちな評価によって勝手に境界が設定されてきたせいである。たとえば,「うつ病性の狂気」(depressiver Wahnsinn-Kraepelin)とか,「躁病性の狂気」(manischer Wahnsinn-Thalbitzer)などという名称はいうにおよばず,Bleulerですら当時は,「躁うつ病に属する一部の発作(Anfälle)は幻覚性・妄想性の狂気(halluzinatorischer u. paranoider Wahnsinn)を呈する」というような言い方をしていた。Dreyfusはさらに,ほとんどの遅発性緊張病(Spätkatatonien)を主観的・部分的な抑止(subjektive partielle Hemmung)というあいまいな概念を用いて,メランコリーの領域に組み入れてしまった。Wilmansは1907年,「明白な躁うつ病性または循環病性の発作に引きつづいて出現する緊張病性症状複合は,躁うつ病固有の症状(eigentumliche Äuβerungen)とみなすべきであり,治癒しうる」と書いている。Ursteinはこれに対して2年後に次のような反論を唱えた。「緊張病状態の前駆症状や残遺状態として出現する躁うつ発作ないしは,緊張病症状を伴って出現する循環病性症状複合は,緊張病独自の症状である。」つまりこの文章はWilmansの文章のほとんど文字どおりの裏返しである。諸々の見解がこのように不統一のまま,正確にいえば,証明不能のまま次々に出現した後に,1902年Kraepelinが次のようなあきらめの調子をおびた文章でこの古い論争に終止符を打ったのも,驚くにはあたらない。「この2つの疾患の満足な鑑別が不可能だということがますます明白なことになってきているという事実は,我々の問題提起の仕方が誤っていたのではないか,という疑いをいだかせる。」
 しかし,ちょうどそのころ新しい問題提起がなされようとしていた。すでにBleulerは,彼の分裂病書の中で,この2つの疾患が合併する可能性を疑問視しながらも,「混合精神病」(Mischpsychosen)という言葉もあちこちで使用している。だが,Bleulerはそれを実際の診断に生かそうとしなかった。一方これとは別に,Kretschmerの精神身体的体質類型は実際の診断的帰結を含むものであった。Kretschmer自身が名づけた「中間精神病」(intermediäre Psychosen)が,新たに別の観点から関心の的になった。事実,当時次のようなことが期待されていた。つまり,体質研究と遺伝学が力を合わせれば,躁うつ病性症状と分裂病性症状とが一見不規則に混合しているこの謎にみちた疾患を,「2つの体質圏の配合」(Legierung zweier Konstitutionskreise)として,「表現型の交換」(Erscheinungswechsel)として,さらには「交差精神病」(überkreuzte Psychosen)としてうまく説明できるのではないか,と期待されたのである(Gaupp,Hoffmann,Mauz,Eyrish,Minkowskaら)。つまり,論争中の境界を確定するのではなく,とりのぞくという方向で問題が解かれた。KretschmerはSmithの研究をもとに次のような大胆な結論に達した。すなわち,それぞれ異った遺伝素因をもつ両親の子供にみられる精神病の約半数は,純粋な躁うつ病か分裂病かであり,残りの半数は混合精神病であって,これには,次の3つの病型が存在する。第1は,はじめのうち一見躁うつ病と思われていたものが分裂病性の終末状態に移行するもの,第2は,持続性の分裂病が,ある時期に躁うつ状態を呈するもの,第3は,分裂病期と躁うつ病期とが交替性に出現し,寛解を反復する経過(remittierender Verlauf)をとる精神病である。

動き

第2回太平洋精神医学会議に出席して

著者: 森温理

ページ範囲:P.1355 - P.1357

 第2回太平洋精神医学会議(Second Pacific Congress of Psychiatry)は,去る5月12日より16日までの5日間,フィリピンのマニラ市で開催された。第1回は1975年,オーストラリアのメルボルンで開かれたが,本会議はアメリカ精神医学会(APA)の年次総会が太平洋岸で開かれる折にひきつづき開催されることになっており,今回もフィリピン精神医学会(PAA)が主催の形になっているが,実際の事務局はAPAのProf. N. Rosenzweigのところにあった。共催はAPAのほか,オーストラリア・ニュージーランド精神医学会(RANZCP)で,会長はPAAのDr. B V. Reyes,副会長はAPAのProf. RosenzweigとRANZCPのProf. J. E Cawteとであった。会場はマニラ市の中心部からやや離れてはいるが,マニラ湾を望む同市最大のホテルPhilippine Plaza Hotelであった。
 第1日目の午前中は登録にあてられていたが,配布されたリストによると,国別の参加人数はアメリカ256,フィリピン142,オーストラリア62,日本44,インドネシア,西ドイツ,カナダが10数名,インド,韓国,ニュージーランド,台湾,タイ,ホンコン,マレーシア,イギリス,シンガポール,ブラジル,ナイジェリア,フランスが数名で,合計595名となっていた。しかし当日の登録者をあわせると多少この数字を上回っていたようで,日本からの参加者も約50名とのことであった。

国際精神医学会WPA香港Regional Symposiumに出席して

著者: 長谷川和夫

ページ範囲:P.1357 - P.1358

 1980年,5月18日から21日まで,香港市のCity HallでWPA Regional Symposiumが開かれた。WPAは,パリのPichot教授を会長とし,'70の各国精神医学会,7万人の会員から構成されている。年に2回,世界各地でRegional Symposiumがもたれており,今回もその1つである。ホストは,香港精神医学会(会長:C. M. Chung)であった。ちなみに香港の精神科医は,およそ65名といわれている。
 今回の参加者は,30カ国,およそ300名であった。米国からの参加者が数のうえでは,地元の香港を除くと最多数であったろう。APAの会員で,サンフランシスコでAPA,さらにフィリピンのマニラ市での第2回太平洋精神医学会を終っての参加というスケジュールに加わった人が多かったためもあろう。

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精神医学 第22巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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