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雑誌目次

論文

精神医学22巻3号

1980年03月発行

雑誌目次

巻頭言

教訓

著者: 西丸四方

ページ範囲:P.242 - P.243

 この4年あまり老年性眼疾で退職隠栖,読書も思うに任せなかったが,昨春からやっと小康を得たので,感覚遮断とそれに伴う行動制止によってどのくらい心の廃用性萎縮が起こったかを検してみる目的もあって「狂気の価値」という通俗書を1冊,2,3カ月も費して作ってみた。出版社の意向は症例による精神医学の解説書であるが,内容が陳腐になったのは頭の衰えによる。これを1部臺君に贈呈したところ呉秀三先生が林道倫先生に与えた書のコピーが送られて来た。東大の教授室に掛けてあって長らく封鎖されていたものがこのたび一部解除されて戻されたとのことである。
 私は漢文に弱いが何とか読んでみると,ベイフツ石ヲ拝シ,ゲンフ履ヲ撫デ,クットウ菱ノ実ヲ好ミ,リュウヨウ瘡痂ヲ嗜ム,皆古ノ偏癖者ナリ,我ノ精神病学ヲ修ムル,人多ク之ヲ石,履,菱,痂ニ比ス,是我ガ真意ヲ知ラザルナリ,又狂疾ノ真ニ憐ムベキヲ知ラザルナリ,大正15年4月(1926,呉先生定年退職の翌年)というのであろう。初め又狂疾ヲ知ラズ,真ニ憐ムベキナリと読んでしまったが,これより前者のほうが先生の真意に合っていよう。この文章にある人物は磯辺偶渉や医聖堂叢書の癖顛小史にあるが,石を拝むとか履を撫でるとか菱の実を好むとかカサブタを嗜むというのは何であるか分らないので,私の先生の漢学者に質問した。漢学者といっても名大の中国哲学の小守郁子という美しいお嬢さんである。こういう人物の事蹟は晉書,宋書,国語という本にあるのだと,そのコピーを戴いた。何れも毛並みのよい身分の高い人である。ベイフツは小さな辞典にも出ている文,書,画の大家であるが,石が好きで,石を拝んだり,抱いて寝たりしたのだという。庭に石を集めて喜んでいる成金のような人か,石フェチシズムなのであろうか。ゲンフは靴が好きで人が来ると出して磨いてみせた。クットウは美味の中華料理が並んでいてもそれを食べず菱の実を食べていた。リュウヨウはカサブタはアワビの味がしておいしいといって,自分のカサブタをよく食べたので,家臣がへつらって自分の体を鞭打ち傷をつけ,そこにカサブタを作って献上し,この話が広まって人民は賄賂にピーナツでなく自分の体に作ったカサブタを持って行った。1個百万円のピーナツよりも安上りだし,こんな賄賂なら法にも触れまい。

展望

幼児自閉症の予後

著者: 若林慎一郎

ページ範囲:P.244 - P.260

I.はじめに
 1799年,パリ郊外の森で,後世,アヴェロンの野生児44)といわれた12歳くらいの野生の少年が発見された。聾唖院の医師Itardは,この少年が聾でないとすれば,なぜ喋れないのであろうか,喋ることができるようになるであろうかと考え,この少年の教育を試みた。5年間の苦心惨胆の挙句,若干の言葉の意味の理解と少数の音の発音ができるようになったに過ぎず,当初,白痴であろうといったPinelの意見が正しかったようで,Itardが予期したように喋ることができるようにはならなかったという(Itardの感覚訓練の意図と方法は,後に,Seguinの感覚および運動機能の訓練を中核とした精神薄弱児の生理学的教育へと継承発展された)。Wing107)やHermelin and O'Connor42)は,この少年は,自閉症が示すほとんどの診断的特徴をもっていたとして,自閉症だったのではないかと考えているようであるが,もしそうであったとしたら,このアヴェロンの野生児のエピソードは,今日の自閉症の予後を,2世紀近い以前に示唆した資料として興味深いものがある。

研究と報告

狂気恐怖について

著者: 井野恵三

ページ範囲:P.261 - P.267

 抄録 病的不安の臨床的研究の一環として「自分が狂うのではないか」という不安体験を取り上げた。対象としたのは男女16例で,診断的には不安神経症からうつ病,境界例,慢性軽症分裂病にわたった。16例から得た比較的確実な知見は,(1)恐れられる「狂気」の意味内容は述べる人によって色々であるが,「自己統制喪失の不安」と要約できること,(2)症状レベルでは離人症状が併存することが多いこと,(3)比較的容易に消失する持続性の短い恐怖であり,それゆえに見逃されやすいこと,(4)これを訴える病人は精神科医療を受けることにことのほかambivalentになる傾向があること,(5)病前性格は平均以上に自己統制の強い几帳面,完全主義的人格であること,以上である。なお,より推論的な問題点として,病的不安には,(1)よくある心気症的な死—恐怖,(2)精神的—死を恐れる狂気恐怖,(3)さらには社会的追放を恐れる社会的恐怖の3つが理想型として考えられることを述べた。

精神分裂病患者の再入院について—予後調査より

著者: 大塚健正 ,   大野悦人 ,   小林正利 ,   伊予田成

ページ範囲:P.269 - P.277

 抄録 精神分裂病者の再入院に至る経過を追跡調査することによって,退院の意味,作業療法の内容,および抗精神病薬を含めた服薬状況と再入院の関係について主に考察した。対象患者は1970〜74年に福島県立矢吹病院を退院した分裂病者であり,追跡調査時(1977年12月)には3〜7年経過した者であった。調査しえた者は114名(把握率83%)であり,再入院しないで社会生活を営んでいた者は40名(35%)であった。再入院群には経済的理由や,家族の疾患に対する理解不足による早期希望退院が原因で服薬中断→再入院に至る者が多数を示していたこと,また服薬中断者の90%が再入院していたことより,治療者側の家族指導の重要性を指摘するとともに継続的長期服薬の必要性と抗精神病薬の種類について検討した。作業療法については,その有無および内容により再入院に差があることから,治療的意味について検討した。

抗てんかん薬治療中止の問題—長期発作抑制後の発作再発例による考察

著者: 福島裕 ,   小林弘明 ,   本間博彰

ページ範囲:P.279 - P.285

 抄録 抗てんかん薬治療中止の問題は,てんかんの治療と予後に関する研究のうちでも最もたち遅れた分野と考えられる。その治療中止の基準については,いくつかの成書がそれについて触れているが,それらが満足すべきものでないことは,Juul-Jensen,Holowachら,Oller-Daurellaら,その他の研究結果によっても明らかである。著者らは,治療により10年間以上発作の抑制をみている症例24例と10年間以上の発作抑制後に(なお治療中であるにもかかわらず)発作の再発をみた3例の計27例を,研究対象(10年間以上の経過観察例175名)のなかに見出し,発作再発例の症例報告とともに,その臨床的特徴を長期発作抑制例24例のそれと比較した。さらに,文献的考察を加え,長期発作抑制後の発作再発例(いい換えれば,治療中止に慎重でなければならない症例)の特徴の一つとして,けいれん性疾患の家族歴・既往歴を有する大発作型てんかんがあげられると結論した。

運動対象物に対する大脳誘発電位と眼球運動の研究—正常人と慢性分裂病患者の比較—第2報 大脳誘発電位および大脳誘発電位と眼球運動との関係

著者: 武内広盛

ページ範囲:P.287 - P.297

 抄録 陰極線管のスポットを正弦,三角,矩形波でスクリーンの中央部から—波長分だけ水平方向に往復運動させ,その動きを刺激入力に頭皮上8カ所から記録した大脳誘発電位を正常人と慢性分裂病で比較し,更に第1報に述べた眼電位図との関係についても検討した。スポットの追尾のいかんによらず,潜時約100〜300msecに最大振幅を有する電位が,正常人では明瞭に認められ,患者では,不明瞭である。また,スポットの動きの変化が,誘発電位の振幅・潜時および波形のいずれかの違いとして反映される者が正常人では多く,患者では少ない。誘発電位の領野別出現率では,正常人は中心部で最高で,後頭部,側頭部,前頭部へも拡がりを示すが,患者では,中心部に限局する傾向を示した。眼電位図と誘発電位の関係は,前者の円滑な者に後者の明瞭な者が多い。これらの結果を知覚—運帰還機構から検討すると,患者は一義的には,知覚・認知面に障害のあることが推測される。

健忘症状群と複雑部分発作を呈した両側視床腫瘍の1例

著者: 大山繁 ,   丸野陽一 ,   南竜一 ,   益満務

ページ範囲:P.299 - P.307

 抄録 症例は17歳の女子。意識減損発作,感情発作,自動症などの多彩な複雑部分発作(広義の精神運動発作)と健忘症状群を主徴とし,神経症状が極く軽微であった両側視床腫瘍の1臨床例を報告した。
 腫瘍による両側視床障害と健忘症状群および複雑部分発作との関連について,文献的に検討を行ない,本例にみられた上記症状はともに視床,とくに背内側核障害の役割が重要と考えた。

二重盲検法によるMianserinとImipramineの抗うつ作用の比較

著者: 中野哲男 ,   岡元健一郎 ,   稲永和豊 ,   洲脇寛 ,   佐々木健 ,   大月三郎 ,   横山茂生 ,   久山千衣 ,   渡辺昌祐 ,   林泰明 ,   品川昌二 ,   黒田邦彦 ,   平田潤一郎 ,   修多羅正道 ,   枝松一安 ,   岸本朗 ,   市川雅巳 ,   挾間秀文 ,   福田武雄 ,   井上寛 ,   角南譲 ,   柏木徹 ,   石津宏 ,   井手下久登 ,   更井啓介 ,   引地明義 ,   森田博方 ,   石橋明 ,   中村政雄 ,   小川暢也

ページ範囲:P.309 - P.323

 抄録 多施設共同研究によって,うつ病患者127例(mianserin 66例,imipramine 61例)を対象として,二重盲検試験によるmianserinの臨床効果,安全度,有用度などについてimipramineを対照薬として検討を行なった。臨床効果および有用度では,全般的にみてmianserinはimipramineとほぼ等しい抗うつ効果があるといえるが,一部の項目でimipramineがmianserinに比べてすぐれている項目がみられ,imipramineがその臨床効果の面で若干すぐれているという印象を受けた。しかし,安全度,副作用の面でも全般的にみて有意差は認められなかったが,逆に一部の項目でmianserinがimipramineに比べてすぐれている項目がみられた。
 Mianserinは臨床効果の面からはimipramineに比べて若干mildであるといえるが,副作用,安全度の点から,外来患者や比較的高年齢のうつ病患者にとってすぐれているといえよう。

短報

Phenothiazineにより惹起されたと思われる再生不良性貧血の1例

著者: 西井保行 ,   洲脇寛 ,   堀井茂男

ページ範囲:P.325 - P.326

I.はじめに
 Phenothiazine誘導体投与による顆粒球減少症は,時々経験されるが3,8,9),再生不良性貧血の報告は稀であり2,7,10),われわれの調査し得た範囲では,わが国での報告は見当らない。最近,われわれは,phenothiazine誘導体の長期少量持続投与で惹起されたと思われる再生不良性貧血を経験したので報告し,注意を喚起したい。

古典紹介

H. Liepmann—Das Krankheitsbild der Apraxie (“motorische Asymbolie”) auf Grund eines Falles von einseitiger Apraxie[Monatsschrift f. Psychiatrie u. Neurologie, 8 : 15-44, 102-132, 182-197, 1900]—第2回

著者: 遠藤正臣 ,   中村一郎

ページ範囲:P.327 - P.342

 Ⅱ.
 患者の振舞いをどのように説明することができるか,ということがさて問題となる。彼が示す右側の失行症からどの程度より詳細な概念を導きだすべきなのだろうか?

動き

WHO第5回生物学的精神医学研究者交換訪問について

著者: 山下格

ページ範囲:P.343 - P.346

I.はじめに
 昭和54年9月17日(月)から19日(水)までの3日間,札幌市の札幌パークホテルおよび北海道大学医学部精神医学教室において,世界保健機構(WHO)主催の第5回生物学的精神医学研究および研修WHO協力センター主任研究者交換訪問(The 5th Exchange of Visits of Head Investigators of the WHO Collaborating Centers for Research and Training in Biological Psychiatry)が開かれた。
 参加者はDr. William E. Bunney(NIMH,米国),Dr. Alec J. Coppen(MRC Neuropsychiatry Laboratory,英国),Prof. Hans Hippius(ミユンヘン大学,西ドイツ),Prof. Paul Kielholz(バーゼル大学,スイス),Dr. Louis A. Ordonez(ベネゼラ中央大学,ベネゼラ),Prof. Marat Vartanian(ソ連科学アカデミー,ソ連)の各WHO協力センター長およびDr. Felix E. Vartanian(精神衛生部門,WHO)で,Prof. Herman M. van Praag(ユトレヒト大学,オランダ)とProf. Ole J. Rafaelsen(コペンハーゲン大学,デンマーク)は講演旅行などのため欠席した。
 日本側からは厚生省および国立精神衛生研究所を代表して同研究所中川泰彬部長,日本生物学的精神医学会を代表して同学会事務局長の福田哲雄同志社大教授が出席した。また名占屋保健衛生大学から渡辺雅幸,沢裕両氏がオブザーバーとして参加した。
 またホスト側として筆者とともに山内俊雄助教授および斎藤嘉郎講師が中心となって会議の準備および設営にあたり,全教室員が積極的に協力した。さらに秘書役として札幌藤学園大学のAngela Frieseke教授および及川正子嬢が会議記録の整理やタイプに当った。また北海道臨床精神薬理研究会(会長:諏訪望北大名誉教授)が後述の歓迎会を主催した。
 このような会合が札幌で開かれたのは,昭和43年以来北大精神医学教室がアジア地区のWHO Regional Reference Center for Research and Training in Psychopharmacologyであること,PsychopharmacologyのセンターがBiological Psychiatryのセンターを兼ねる場合が多いこと,WHOの依頼で北大が民族間の抗うつ剤用量比二重盲検試験を施行中であることなどから,旧知のDr. F. E. Vartanianの強い要請をうけたためである。

日仏学術シンポジウム—精神薬理学

著者: 武正建一

ページ範囲:P.347 - P.349

 日仏学術交流の一環として日本学術振興会およびC. N. R. S.(国立科学研究院)の主催する日仏学術シンポジウムが東京で開かれたのは1976年であるが(参加部門:数学,核物理,地理,経済,言語学),今回はそれをうけて1979年10月3日〜16日の期間フランスにおいて開催するという企画のもとに行なわれたものである。かねてよりこの学術シンポジウムに参加する部門に関して,日仏会館学術委員会より日仏医科会会長小林龍男名誉教授(千葉大)あてに医学部門からの参加を求められていたが,以前より日仏交流の持たれてきた分野の一つである精神医学領域ではという考えから,その中でも今日的な課題を有しまたフランスにとっても歴史的意義のある精神薬理学を中心にという提案がなされたものである。そして1977年折しも来日中であったPichot教授がフランス側のorganisateurになられることを快諾されたことによって急速に実現の運びとなり,上に述べた学術振興会,C. N. R. S. のほか東京日仏会館,フランス外務省,D. G. R. C. S. T.(文化技術交流総局),I. N. S. E. R. M.(国立保健医学研究所)の後援のもとに行なわれた。ちなみにこの第2回日仏学術シンポジウムへの他の参加部門は,日本研究,法律,核物理,数学,光化学,固体物理であり,全体で7つの分野にわたる日仏交流がなされた。
 精神薬理学シンポジウムには,フランス側からは組織委員長であるPichot教授をはじめとしてSutterおよびScotto教授(Marseille),Silnon教授(Pitié-Salpetrière),Deniker教授(Sainte-Anne),Guyotat教授(Lyon),Lambert博士(Chambéry),KammererおよびSinger教授(Strasbourg)ほか薬理学,精神医学の両分野から多くの参加と協力が得られた。これに対して日本側の参加者は,小林龍男(千葉大名誉教授・薬理学),瀬川富朗(広島大教授・薬理学),植木昭和(九大教授・薬理学),高橋良(長崎大教授),伊藤斉(慶大助教授),栗原雅直(虎の門病院),武正建一(杏林大教授)の各講演者のほか吉本,松本,高城(長崎大),吉田,浜田(慶大),小泉(弘前大)などの方々がこれに加わることができた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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