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雑誌目次

雑誌文献

精神医学22巻4号

1980年04月発行

雑誌目次

巻頭言

予防的精神医学の普及を

著者: 松本胖

ページ範囲:P.354 - P.355

 最近の新聞はほとんど毎日のように青少年の反社会的な行動に関する記事を掲載しており,これを見るたびに,将来の社会が案じられて非常に恐ろしい気持ちにおそわれると同時に,1日も早くその原因を追究して,これらの根絶に適切な対策を構じなければならないと強く感じている。
 長期にわたる大学の生活を離れてから,第一線の精神病院で外来診療を手伝っているが,そこで中学生や高校生の異常な行動についての相談を受けることが著しく多くなったばかりでなく,若い人たちの間に神経症様症状や軽度の抑うつ症状を示すものが急激に増加しつつあることに気がついた。これは精神病院に対する理解が一般に広く深まり,気軽に相談に来たり,受診するようになったためであろうと思っていた。

展望

極地での精神医学的研究

著者: 川久保芳彦

ページ範囲:P.356 - P.369

I.はじめに
 展望として「極地の精神医学」についての依頼を受けたが,著者は困惑してしまった。たしかに北極点遠征に参加し,北極には行って来たが,展望という程極地の精神医学についての知識もなく,また,実際に極地で精神医学的研究を行なったという報告もあまり聞いてはいないからである。
 日本における極地での医学的研究は南極観測隊の昭和基地での研究が主であり,精神医学的研究はほとんどされていないのが現状である。したがって,極地の精神医学の展望といわれても,展望として書けないわけである。
 では,なぜ引き受けたのだとお叱りを受けるかもしれないが,今回は著者が北極遠征時に施行してきた乱数生成法の結果を中心に述べることで,どうか御容赦願いたい。
 著者は以前より分裂病の家族研究と同時に高所(低酸素状態)に関する精神医学的研究をも行なってきていた。その高所における研究が北極点遠征時の乱数生成法を通しての精神医学的研究につながって来たわけである。そこで,まず,著者の行なってきた高所(低酸素状態)における研究から北極点遠征時の乱数生成法使用までの足どりから述べてみたい。
 高所における医学的研究は主として低酸素の生体に及ぼす影響に関する研究であり,従来から高所影響に精神面の重要さが主張されているにもかかわらず,精神医学的研究は行なわれていなかった。
 近年になって,日本マナスル遠征隊1),カラコルム・キンヤンキッシュ遠征隊2),マカルー遠征隊3)等の報告書の中に精神医学的研究—主として遠征隊員の性格特徴,遠征前の低酸素実験室での精神医学的研究—がみられるようになってきた。
 しかし,実際の登山活動での精神医学的研究はほとんどなされていないのが現状である。したがって,遠征前の実験結果から活動中における低酸素の影響に基づく精神的変化を推測することはできてもほとんど実験結果が実際には役に立たないことが多くの報告書に記載されている。
 登山活動中での研究の困難さは目的が研究ではなく登山であること,精神的変化を的確に把握する方法がないことなどである。
 著者4)は1972年日本大学医学部山岳部ボリビア・コルデイエラ・レアル遠征隊の隊長としてアンデスに遠征する機会を得た。
 その際,高所医学研究を行なってきたが,研究を目的としての登山と,日本初登頂を目的とした登山に分けて遠征を行なってきた。
 遠征時,生理学的研究と同時にクレッペリン精神作業検査法をアレンジした検査法を施行し興味ある所見を得てきた。著者も隊員の1人として,5,000m以上の高地で検査を施行したが,施行の際その検査が隊員に精神的にも大きな負担をかけること,そして,あらかじめ研究できるように計画したにもかかわらず,全員に検査を施行することの困難さを痛感した。
 それ以来,実際の活動中精神的変化を把握するためには,隊員がどんな場所に居てもテストが施行できること,ドクターがベース・キャンプに居ても他の場所に居る隊員のテストが可能であること,そして,そのテスト結果がベース・キャンプにいるドクターにもその場で判読できること,しかも隊員に大きな負担をかけないようなテスト等の条件を満たすテスト方法を模索してきた。
 そこで著者は村上5),木戸・黒木6)らが行なっていた乱数生成法に目を向け,そのテストがはたして高所において有効なテストであるかどうかを試みてみた。乱数生成法は簡単であり,かつドクターがベース・キャンプに居てもトランシーバーにより隊員がどこにいようとも全隊員の施行が可能になると考えたからである。
 ちょうどその当時あるカラコルム遠征隊からドクター派遣の依頼があり,高所医学の研究グループの一員である日大医学部山岳部OB山岳会の医師を派遣することになった。
 そこで,著者ら研究グループはカラコルム遠征隊員を被験者として遠征出発前に低圧低酸素実験室および8.5%酸素負荷実験時他の検査とともに乱数生成法を施行した。さらに,実際の活動中にベース・キャンプよりのトランシーバーによる乱数生成法を施行してきた。その結果,乱数生成法がある程度精神的変化を把握するのに有効であることが理解された。
 今回,著者が日本大学北極点遠征隊の学術隊員として参加の機会を得たので,北極点遠征隊員にカラコルム遠征隊員同様8.5%酸素負荷実験を行ない,かつ,極地で行動中の隊員の乱数生成法を施行してきた。
 そこで,北極点遠征時の乱数生成法の結果を中心にカラコルム遠征隊の結果をまじえながら,乱数生成法の結果と施行時点での状況とを照合し,若干の考察を加えてみたい。

研究と報告

精神分裂病における殺人行為特性に関する一考察—父(母)親殺人2例

著者: 渡辺哲夫

ページ範囲:P.371 - P.378

 抄録 父(母)親を殺害した破瓜型分裂病の2例に目的的行為論の立場から考察を加えた。両例に共通して被毒念慮が認められたが,これだけから行為特性全体を理解することはできない。表面的に見れば,被害者が病者にとって最も身近かな人物であること,殺人行為様式の常軌逸脱,犯行後の後悔の念の欠如などが目立つ。しかし,その背後には,行為の目的性の欠如,行為の意味の重層性の不在,遊戯(自律即他律)的随意性によって規定される単純動作の際限のない連続,変質した随意的単純動作系列と断片的知覚像が回想において突出する事態などの特性が認められた。そして,以上のような行為と回想の特性から,病的な確認癖という現象,個々の単純動作には遊戯的自己所属性こそ伴うが罪責感は伴い得ないこと,殺人行為全体には罪責感はもちろんのこと自己所属性すら伴い得ないこと,さらに,帰責的行為命題が成立しないことなどを論じた。

壮年期および初老期に初発する精神分裂病様状態の臨床統計的研究

著者: 臼井宏 ,   池田八郎 ,   山口現朗 ,   長瀬輝誼 ,   田辺辰二 ,   後藤多樹子 ,   佐藤達彦 ,   有高謙一 ,   高橋明 ,   菅野龍彦 ,   溝口勝美 ,   渡辺登 ,   木戸幸聖

ページ範囲:P.379 - P.389

 抄録 35〜54歳に初発し,入院した精神分裂病様状態48例について調査したところ,男性よりも女性が若干多く,病前適応の良い例が多かった。半数以上に誘因が認められたが,その内容に一般的特徴はなかった。約90%に妄想がみられ,その内容は初期には現実的,日常的,具体的な傾向があった。
 約80%が寛解または軽快退院したが,約30%は短期間内に再入院した。31例についての2〜4年後の寛解率は約45%,欠陥状態は約35%で,経過から少なくとも約55%は確実な精神分裂病と考えられた。
 病前性格,誘因,経過の関連は必ずしも明確ではないが,能動的行動が不可避な状況で発症する分裂気質群,近所に倫理的うしろめたさを体験して妄想ないし幻覚妄想状態に陥る非社交的で敏感な反面勝気な主婦の群,職場の状況の変化に適応できず,仕事を休んでいるうちに追跡妄想の出現するまじめで小心で融通性のない男性群の3群が注目された。

特異な語唖を示した初老期痴呆の1例—純粋語唖との関連において

著者: 小林宏 ,   山田堅一 ,   安立真一 ,   浅岡まさみ

ページ範囲:P.391 - P.399

 抄録 症例は41歳の男性,電気技師。主症状は,語唖,表情表出障害,口唇および頬部の顔面失行,流動物の嚥下障害,流誕,欲動的脱制止。
 39歳,抜歯後義歯装着不良とともに発症。51年11月初診。その後も神経症状は乏しく,精神症状が前景で経過,言語は一音も発しなくなり,書字に誤字脱字が多くなり,形体も拙劣となり文章内容も貧困化していった。後には言語了解もやや障害されていったが,その他の精神症状や痴呆化傾向に比しよく保たれていた。中心症状である発言障害についてその発症および経過が心的契機と関連していたこと,いわゆる純粋語唖と考えられること,パーキンソン症状のほかに意欲発動の低下,欠如と関連すると思われる特異な表情障害,身振り障害があること,更に顔面失行と純粋語唖との関連などを述べた。
 純粋語唖の症例報告はわが国では3例に過ぎず,その中でも本症例は特異なものであり,従来の純粋語唖と失誘との関連の考察にも寄与するものがあると考えられる症例である。

登校拒否症の長期予後

著者: 福間悦夫 ,   井上寛 ,   沢真教 ,   波根督明 ,   栂矗

ページ範囲:P.401 - P.408

 抄録 登校拒否症と診断された小,中,高校生108名を対象に,社会的予後を追跡調査した。調査は,保護者へのアンケート郵送や電話などにより行ない,92名についての情報を得た。把握率は85%,経過観察期間は7年8月から18年8月(平均11年6月)であった。1)結局登校しないままに終っていたのは92名中6名(7%)に過ぎず,大半のものが何とか学校を終えていた。2)高校進学率は53%で地区の平均より低く,進学後中退したものも多かったが,高校卒業者の大学・短大等への進学率は49%で,地区の平均を上まわっていた。3)学校を終えたのちほとんどのものが就業していたが,全体に工員や調理師,運転手など現業労働者の占める率が高かった。4)現在の社会適応は,59名(64%)が良好な状態にあり,18名(20%)がいくらかの問題,10名(11%)が著明な問題をもち,5名(5%)が精神分裂病に罹患していた。5)予後に関係する因子についても触れた。

精神症状を発現した透明中隔腔およびベルガ腔症例について

著者: 木村健一 ,   山里景祥 ,   茅野淑朗 ,   松橋道方 ,   阿部完市 ,   今井良輔 ,   尾原義悦 ,   溝口藤雄

ページ範囲:P.409 - P.420

 抄録 透明中隔腔およびベルガ腔は,前者が15世紀,Sylvius以前に認められ,後者は1851年Andrea Vergaが最初の剖検例を報告している。前者は単なる間隙として認められることは少なくないが,時として嚢胞様の拡大を示し,後者とともに第5,第6脳室と呼称されることもある。嚢胞の症状はあまり特徴がなく,文献によく記載されているものは,頭痛,意識障害,けいれん発作,嘔吐,眩暈,言語障害,歩行障害,精神症状などである。以前は臨床的にP. E. G,V. E. Gによって見出される比較的まれな症例であったが,CT検査の普及によってより容易になってきた。
 われわれの実施した頭部CT検査1,414名中,上記両者の児出された21名のうち,精神症状の発現した6名についてその臨床症状を検討し,脳器質性精神病の一つとしての透明中隔腔嚢胞(およびベルガ腔)の臨床的意義および内因性精神病との異同を論じた。

ハワイ州立精神病院における精神分裂病の経過に関する研究—慢性化の比較文化精神医学

著者: 江畑敬介

ページ範囲:P.421 - P.428

 抄録 ハワイ州立精神病院に入院している日系人と白人の長期在院分裂病者について,比較文化精神医学の観点から検討を加えた。地域精神医療網の発達しているハワイ州では,長期入院治療は例外的なのであるが,以下のような結果を得た。
 (1)1976年9月1日付で,同病院の一般病棟に入院していた全分裂病者83名のうち,日系男子は19名,日系女子は7名,白人男子は13名,白人女子は8名であった。
 (2)以上の分裂病者のうち,1年以上在院している長期在院患者は,日系男子は7名,日系女子は0名,白人男子が2名,白人女子が1名であった。
 (3)日系人と白人の長期在院患者の全員について,著者自身が個人面接を行なったところ,日系男子のほうが白人に比べ,人格荒廃がより顕著であった。
 以上の結果から,日系男子は,慢性に経過し人格荒廃に陥る傾向がより強いと考えられる。

古典紹介

H. Liepmann—Das Krankheitsbild der Apraxie (“motorische Asymbolie”) auf Grund eines Falles von einseitiger Apraxie[Monatsschrift f. Psychiatrie u. Neurologie, 8 : 15-44, 102-132, 182-197, 1900]—第3回

著者: 遠藤正臣 ,   中村一郎

ページ範囲:P.429 - P.442

その後の経過
 その後の経過は次のようである。塗擦療法とヨードカリ療法によって明らかな改善が現われ,その改善は患者の左上下肢を利用するように意図された訓練によって促進された。それによって意志や意見の表出の道が開かれ,患者と彼の周囲とのラポールがつくようになった。患者の情緒は今度は釣合がとれている。右手を頻回に無目的に動かす共同運動が止み,同様に頭や眼や口の活発な動作ももはやみられない。今や正常な方法で彼は肯定や否定を表現できるので,表情錯誤はなくなっている。失行症はほんの僅か軽くなったが,本質的にはそのままである。もちろん以前のようなグロテスクな失敗が稀にみられる。一連の日常の動作,例えば帽子や鼻眼鏡をかけたりはずしたりすることを彼は習得した。
 選択反応での失敗ははるかに減じた。失敗させるには,課題をやや複雑にせねばならない。

動き

てんかんの精神医学的予後

著者: H. ヘルムヘェン ,   高橋良 ,   中根充文 ,   大田卓生

ページ範囲:P.443 - P.454

I.はじめに
 予後は疾病の経過と転帰を予知するものとして定義される。長期にわたる病気の場合の個人の障害を考えてみると,慢性のてんかんにとって予後とは,てんかん発作の持続や停止といったてんかんそのものの経過を単に考慮できるだけでなく,その患者個人の生活のあり方や人生の幸,不幸に及ぼすてんかんの影響も予知できなければならないことはすぐに明らかになるであろう。そうした予後のための必要条件は次のようなものである。
 1.病気の「自然」経過とその経過を決定する因子,特に予防的,治療的な影響の程度についての知識。
 2.疾病の経過を予知するための信頼できる有用な「予知因子」。
 3.これらの予知因子は生活や人生の運,不運の状態についての客観的な「指標」により究極的に確認されることである。
 こうした指標は,例えば学校教育の水準,職業(おそらくその職種,就業期間,雇用の安定性などから明確にされる),収入,住宅事情(例えば単身,同居,施設内生活など),個人の状況や結婚状況,および運転免許や非行歴の有無を含む疫学的・社会的データであり,また自尊心とか独立して生きていこうとする動機のような(若干客観化し難い)心理学的データなどであろう。
 このような指標は,個人の心理学的健全さにより実質的に左右されたり,あるいはむしろ精神疾患によって好ましくない影響をうけることは明らかであろう。それ故,この話題に関して,次の2つの問いが精神科医に対して提出される。すなわち,
 1.てんかんは,その患者の心理学的・精神的発達や精神的健康にどの程度影響するのか。
 2.他方,精神障害はてんかんの経過にどの程度影響するのか。

資料

英国のアルコール症医療

著者: 洲脇寛

ページ範囲:P.455 - P.459

I.はじめに
 筆者は,1978年10月1日から6カ月間,日本学術振興会特定国派遣研究者として,ロンドンの嗜癖研究所(Addiction Research Unit, Institute of Psychiatry, Director:Prof. Griffith Edwards)に留学し,英国のアルコール症医療を見聞する機会に恵まれた。もとより,それらは,ロンドン近郊とマンチェスター,リバプール,リードなど英国内でも最も進んだ地域に限られたものであるが,(英国の精神医療は,まだ大きな地域差がある),現在英国の第一線で活躍している人々が何を志向しているかを目のあたりにすることができ,それらは,わが国と比べ,社会習慣,医療制度など数々の相異があるとはいえ,特に基本的な構想において学ぶところが大であった。わが国における現在のアルコール症医療は,断酒会の活動,最近ようやく各地に設立されてきたアルコール症専門病院,専門病棟,また,国立療養所久里浜病院におけるアルコール症臨床医等の研修会,大阪での酒害相談員講習会,研究分野での日本アルコール医学会の活動などが行なわれているものの,まだまだ社会的,国家的に総合された形の活動,対策は微々たるものといわざるをえない。そこで,本稿において筆者は英国のアルコール症医療の現況を報告し,それらが少しでもわが国のアルコール症対策を進める上で参考になればと念願する次第である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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