文献詳細
文献概要
展望
極地での精神医学的研究
著者: 川久保芳彦1
所属機関: 1日本大学医学部精神神経科
ページ範囲:P.356 - P.369
文献購入ページに移動I.はじめに
展望として「極地の精神医学」についての依頼を受けたが,著者は困惑してしまった。たしかに北極点遠征に参加し,北極には行って来たが,展望という程極地の精神医学についての知識もなく,また,実際に極地で精神医学的研究を行なったという報告もあまり聞いてはいないからである。
日本における極地での医学的研究は南極観測隊の昭和基地での研究が主であり,精神医学的研究はほとんどされていないのが現状である。したがって,極地の精神医学の展望といわれても,展望として書けないわけである。
では,なぜ引き受けたのだとお叱りを受けるかもしれないが,今回は著者が北極遠征時に施行してきた乱数生成法の結果を中心に述べることで,どうか御容赦願いたい。
著者は以前より分裂病の家族研究と同時に高所(低酸素状態)に関する精神医学的研究をも行なってきていた。その高所における研究が北極点遠征時の乱数生成法を通しての精神医学的研究につながって来たわけである。そこで,まず,著者の行なってきた高所(低酸素状態)における研究から北極点遠征時の乱数生成法使用までの足どりから述べてみたい。
高所における医学的研究は主として低酸素の生体に及ぼす影響に関する研究であり,従来から高所影響に精神面の重要さが主張されているにもかかわらず,精神医学的研究は行なわれていなかった。
近年になって,日本マナスル遠征隊1),カラコルム・キンヤンキッシュ遠征隊2),マカルー遠征隊3)等の報告書の中に精神医学的研究—主として遠征隊員の性格特徴,遠征前の低酸素実験室での精神医学的研究—がみられるようになってきた。
しかし,実際の登山活動での精神医学的研究はほとんどなされていないのが現状である。したがって,遠征前の実験結果から活動中における低酸素の影響に基づく精神的変化を推測することはできてもほとんど実験結果が実際には役に立たないことが多くの報告書に記載されている。
登山活動中での研究の困難さは目的が研究ではなく登山であること,精神的変化を的確に把握する方法がないことなどである。
著者4)は1972年日本大学医学部山岳部ボリビア・コルデイエラ・レアル遠征隊の隊長としてアンデスに遠征する機会を得た。
その際,高所医学研究を行なってきたが,研究を目的としての登山と,日本初登頂を目的とした登山に分けて遠征を行なってきた。
遠征時,生理学的研究と同時にクレッペリン精神作業検査法をアレンジした検査法を施行し興味ある所見を得てきた。著者も隊員の1人として,5,000m以上の高地で検査を施行したが,施行の際その検査が隊員に精神的にも大きな負担をかけること,そして,あらかじめ研究できるように計画したにもかかわらず,全員に検査を施行することの困難さを痛感した。
それ以来,実際の活動中精神的変化を把握するためには,隊員がどんな場所に居てもテストが施行できること,ドクターがベース・キャンプに居ても他の場所に居る隊員のテストが可能であること,そして,そのテスト結果がベース・キャンプにいるドクターにもその場で判読できること,しかも隊員に大きな負担をかけないようなテスト等の条件を満たすテスト方法を模索してきた。
そこで著者は村上5),木戸・黒木6)らが行なっていた乱数生成法に目を向け,そのテストがはたして高所において有効なテストであるかどうかを試みてみた。乱数生成法は簡単であり,かつドクターがベース・キャンプに居てもトランシーバーにより隊員がどこにいようとも全隊員の施行が可能になると考えたからである。
ちょうどその当時あるカラコルム遠征隊からドクター派遣の依頼があり,高所医学の研究グループの一員である日大医学部山岳部OB山岳会の医師を派遣することになった。
そこで,著者ら研究グループはカラコルム遠征隊員を被験者として遠征出発前に低圧低酸素実験室および8.5%酸素負荷実験時他の検査とともに乱数生成法を施行した。さらに,実際の活動中にベース・キャンプよりのトランシーバーによる乱数生成法を施行してきた。その結果,乱数生成法がある程度精神的変化を把握するのに有効であることが理解された。
今回,著者が日本大学北極点遠征隊の学術隊員として参加の機会を得たので,北極点遠征隊員にカラコルム遠征隊員同様8.5%酸素負荷実験を行ない,かつ,極地で行動中の隊員の乱数生成法を施行してきた。
そこで,北極点遠征時の乱数生成法の結果を中心にカラコルム遠征隊の結果をまじえながら,乱数生成法の結果と施行時点での状況とを照合し,若干の考察を加えてみたい。
展望として「極地の精神医学」についての依頼を受けたが,著者は困惑してしまった。たしかに北極点遠征に参加し,北極には行って来たが,展望という程極地の精神医学についての知識もなく,また,実際に極地で精神医学的研究を行なったという報告もあまり聞いてはいないからである。
日本における極地での医学的研究は南極観測隊の昭和基地での研究が主であり,精神医学的研究はほとんどされていないのが現状である。したがって,極地の精神医学の展望といわれても,展望として書けないわけである。
では,なぜ引き受けたのだとお叱りを受けるかもしれないが,今回は著者が北極遠征時に施行してきた乱数生成法の結果を中心に述べることで,どうか御容赦願いたい。
著者は以前より分裂病の家族研究と同時に高所(低酸素状態)に関する精神医学的研究をも行なってきていた。その高所における研究が北極点遠征時の乱数生成法を通しての精神医学的研究につながって来たわけである。そこで,まず,著者の行なってきた高所(低酸素状態)における研究から北極点遠征時の乱数生成法使用までの足どりから述べてみたい。
高所における医学的研究は主として低酸素の生体に及ぼす影響に関する研究であり,従来から高所影響に精神面の重要さが主張されているにもかかわらず,精神医学的研究は行なわれていなかった。
近年になって,日本マナスル遠征隊1),カラコルム・キンヤンキッシュ遠征隊2),マカルー遠征隊3)等の報告書の中に精神医学的研究—主として遠征隊員の性格特徴,遠征前の低酸素実験室での精神医学的研究—がみられるようになってきた。
しかし,実際の登山活動での精神医学的研究はほとんどなされていないのが現状である。したがって,遠征前の実験結果から活動中における低酸素の影響に基づく精神的変化を推測することはできてもほとんど実験結果が実際には役に立たないことが多くの報告書に記載されている。
登山活動中での研究の困難さは目的が研究ではなく登山であること,精神的変化を的確に把握する方法がないことなどである。
著者4)は1972年日本大学医学部山岳部ボリビア・コルデイエラ・レアル遠征隊の隊長としてアンデスに遠征する機会を得た。
その際,高所医学研究を行なってきたが,研究を目的としての登山と,日本初登頂を目的とした登山に分けて遠征を行なってきた。
遠征時,生理学的研究と同時にクレッペリン精神作業検査法をアレンジした検査法を施行し興味ある所見を得てきた。著者も隊員の1人として,5,000m以上の高地で検査を施行したが,施行の際その検査が隊員に精神的にも大きな負担をかけること,そして,あらかじめ研究できるように計画したにもかかわらず,全員に検査を施行することの困難さを痛感した。
それ以来,実際の活動中精神的変化を把握するためには,隊員がどんな場所に居てもテストが施行できること,ドクターがベース・キャンプに居ても他の場所に居る隊員のテストが可能であること,そして,そのテスト結果がベース・キャンプにいるドクターにもその場で判読できること,しかも隊員に大きな負担をかけないようなテスト等の条件を満たすテスト方法を模索してきた。
そこで著者は村上5),木戸・黒木6)らが行なっていた乱数生成法に目を向け,そのテストがはたして高所において有効なテストであるかどうかを試みてみた。乱数生成法は簡単であり,かつドクターがベース・キャンプに居てもトランシーバーにより隊員がどこにいようとも全隊員の施行が可能になると考えたからである。
ちょうどその当時あるカラコルム遠征隊からドクター派遣の依頼があり,高所医学の研究グループの一員である日大医学部山岳部OB山岳会の医師を派遣することになった。
そこで,著者ら研究グループはカラコルム遠征隊員を被験者として遠征出発前に低圧低酸素実験室および8.5%酸素負荷実験時他の検査とともに乱数生成法を施行した。さらに,実際の活動中にベース・キャンプよりのトランシーバーによる乱数生成法を施行してきた。その結果,乱数生成法がある程度精神的変化を把握するのに有効であることが理解された。
今回,著者が日本大学北極点遠征隊の学術隊員として参加の機会を得たので,北極点遠征隊員にカラコルム遠征隊員同様8.5%酸素負荷実験を行ない,かつ,極地で行動中の隊員の乱数生成法を施行してきた。
そこで,北極点遠征時の乱数生成法の結果を中心にカラコルム遠征隊の結果をまじえながら,乱数生成法の結果と施行時点での状況とを照合し,若干の考察を加えてみたい。
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