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雑誌目次

雑誌文献

精神医学22巻6号

1980年06月発行

雑誌目次

巻頭言

思いつくことなど—再び「まちなかの臨床医」として

著者: 久山照息

ページ範囲:P.592 - P.593

 この巻頭言に「まちなかの一精神科医として」と拙文を書いて9年になる。いわゆる70年代のはじまりであった。いまここで時代的考証をしようとは思わないし,まだまだそのころのことが80年代に入って,きっぱり分け,峻別することはできないまま続いているので,回想することもできないが,「まちなかの医者」として「日常性」を大切にしようと考えていたことを書いたと思う。もちろん,人に聞いてもらうような提言ではないと断っていた。いま再びまちなかの臨床医としての思いつきを述べるのも,前と同じである。
 敢えていうならば,わたしの仕事は「ふれあい」を,なにか診察とか,相談とか,私の臨床医としての役割,それも「まちなか」の一精神病院の勤務医としての仕事の中での出会いを大切にしてゆくことである。診断ということはけっしてそうではないのに,レッテル貼りに終っている事実を現在もなお知らされている。それはたしかに精神科医の診療が忙しくて,あるいはたくさんの患者をこなさざるを得ない情況に追い込められてそうなるのか,あるいはレッテルを貼りつけて,あとは薬を飲ましておけばよいと確信しているのか,よくは分らない。

展望

神経心理学と精神病理学

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.594 - P.606

I.はじめに
 「高次精神活動を脳の構造との関連において研究する学科」(Hecaen,1972)と定義される神経心理学Neuropsychologyは,1960年代から国際用語として定着して次第に学際的関心を集め,1970年代に至って急速な発展をみせる。「神経心理学」の名を冠する研究書,入門書も数多くみられるが,そのような著書の1つ(Heilman & Valenstein,1979)の序文をGeschwindは次のように書きはじめている。
 「神経心理学という術語は……二つの密接に関係する意味をもっている。第1は行動の変化と,神経系における損傷の部位およびタイプとの経験的相関である。第2は行動の碁礎となる神経的機序の解明である……。」
 要するに神経心理学とは,かつて主にドイツ語圏で脳病理学Gehirnpathologieと呼ばれていたものにほぼ相当し,この脳病理学は脳の局所的損傷による巣症状としての高次精神機能および行動の障害を扱ってきた。神経心理学はこのような人間神経心理学human neuropsychologyのほかに,実験的に動物の脳損傷と行動変化を扱う動物神経心理学animal neuropsychologyをも含んでいる。人間を対象とする場合にはやはり中心となるのは失語・失行・失認の症状,分類などからこれに関連して大脳半球優位の問題その他が主題となっている。さらに巣症状としての精神症状,すなわち器質性の幻覚,記憶障害,知能障害,情動障害などを対象として脳と精神機能の相関を探求する。Hecaenもいうように神経心理学は一方ではいわゆる神経科学neuroscience―神経学,神経解剖学,神経化学など―と関わり,他方では行動科学や人文科学―実験心理学,発達心理学,心理言語学,言語学など―と関わる。このように考えると神経心理学はまた当然のことながら精神病理学Psychopathologyとも関係が深いはずである。しかしこの両者の関係といっても,それをどのように考えるべきであろうか。単なる並列関係なのか,従属関係なのか。この問題はすでにEy, Ajuriaguerra et Hécaen(1947)によって,神経学と精神医学との関係として詳細に論じられる機会があったが,それについてはまた後に述べることにしよう。ここではまず第一に神経心理学においてここ十数年来,split brain(Sperry)とかdisconnexion syndrome(Geschwind)の知見を機として関心を集めている大脳半球優位ないしcerebral lateralityの問題をごく簡単に紹介し,次いでこの神経心理学的知見が「内因性」精神病研究に及ぼしたインパクトについて触れてみたい。その一部はすでに分裂病研究の神経生理学的研究の文脈で語られている(安藤,1979)ので多少の重複は避けられないけれども。

研究と報告

肝脳疾患特殊型の巣症状

著者: 大山繁 ,   武原重春 ,   樺島啓吉 ,   松永哲夫 ,   清田一民

ページ範囲:P.607 - P.615

 抄録 臨床的に肝脳疾患特殊型(猪瀬型)と診断された2例にみられた巣症状を報告した。症例1は57歳の男性で,軽い意識混濁発作時に着衣失行,ゲルストマン症候群,構成失行などがみられ,かつ発作毎に巣症状の消褪に一定のパターンが認められた。症例2は48歳の女性で,意識清明時にも軽度の構成失行が持続していた。特殊型における巣症状の文献的検討を行ない,いずれも頭頂後頭葉領域の巣症状であり,かつ一過性の場合が多いことを指摘した。そして特殊型にみられる巣症状は,いわば脳局所性の機能低下症状(Landoltの障害症状群)ととらえられることを述べ,意識障害と巣症状の問題や,巣症状出現因子としての血中アンモニアや肝不全因子に基づく二次的な血行力学的循環障害の関与などについて,若干の考察を行なった。また,巣症状が前景に立つ特殊型例は脳腫瘍や脳血管障害と誤診される危険性を述べた。

γ-OryzanolのDopamine Agonist様作用について

著者: 金子善彦 ,   木下潤 ,   長崎達朗

ページ範囲:P.617 - P.624

 抄録 γ-oryzanolは,1954年わが国において米糠油より抽出分離されて以来,自律神経調整剤として使用されてきており,著者はこれまでに本剤に抗うつ作用・抗パーキンソン作用のあることを報告してきたが,今回本剤によって,未だ報告されたことのないoral dyskinesia,akathisiaが出現した症例に遭遇したので,本剤投与により無動が改善され精神賦活作用が著明に認められたパーキンソニスムの1例(L-DOPA服用時の幻覚・失見当識・夜間せん妄は消失)をも合わせて症例報告するとともに,L-DOPA投与時との臨床上の類似性について触れた。
 本剤によるoral dyskinesia,akathisiaの出現は,本剤が結果的には脳内で,dopamine receptor agonistとして働き,dopamine作動ニューロンの活性を高めることになる可能性を支持するもう一つの臨床的根拠とみなせるであろうと推論した。

宮城県沖地震に伴う障害児の反応

著者: 白橋宏一郎 ,   横山奎吾 ,   谷津久子 ,   畠山博 ,   木村成道 ,   目黒保伯 ,   小野寺たみ

ページ範囲:P.625 - P.638

 抄録 宮城県沖地震後,自閉症児51名,精薄児29名,ダウン症児25名,一般学童222名,総計327名を対象に,地震時ならびにそれに伴う状況変化に対する反応の実態をアンケートにより調査した。
 その結果,不安,恐怖反応が各群の児童に共通してみられたが,一般学童では低学年児に,また精薄児,ダウン症児にも顕著な反応がみられたが,とくにダウン症児に顕著であった。しかし,この3群間には程度において違いがあるとしても,反応の内容や拡がりに質的差異を見出すことはできなかった。一方,自閉症児の反応には,他群の児童と等質とみなされるもののほかに,異なった表出を示すもの,自閉症の心理機制を前提におかなければ理解し難いもの,さらに自閉症の主要症状そのものがみられたり共存し特異な反応を示した。
 おわりに,災害時における障害児への対処のあり方について私見を述べた。

慢性アルコール中毒患者62剖検例の臨床・病理学的検討

著者: 石井惟友 ,   西原康雄 ,   堀江昭夫

ページ範囲:P.639 - P.646

 抄録 1病院で11年6カ月間に686名(実数391名)の慢性アルコール中毒患者の入院があり,69名が死亡した。そのうち62例は剖検されており,これらを臨床症状・経過より,Ⅰ.アルコール依存群,Ⅱ.精神障害群,Ⅲ.身体障害群の3群に分け,臨床・病理学的検討を行なった。Ⅱ群では高率にペラグラ所見が認められ,アルコール性小脳変性症(2例),central pontine myelinolysis(1例),末梢神経炎(5例)の合併もみられたが肝病変は軽度のものが多かった。脳室拡大,脳回萎縮の所見もⅡ群により著明であった。62例中肝疾患(肝硬変,脂肪肝など)が35例,慢性萎縮性胃炎が10例,慢性膵炎が2例,硬膜下血腫が5例に認められた。剖検上の直接死因は呼吸器疾患24例,肝疾患10例,脳出血6例,硬膜下血腫5例,腹膜炎4例,自殺3例,心不全3例,食道癌2例,事故2例,その他3例であった。死亡時平均年齢は53.3歳で,一般人口に比べ短命であった。

精神薄弱施設におけるダウン症候群患者の動態とその早期老化傾向について

著者: 加藤進昌 ,   櫻井芳郎

ページ範囲:P.647 - P.653

 抄録 ダウン症候群は精神遅滞のなかでも出現頻度が高く,しかも早期老化現象が顕著に認められる。したがってダウン症患者の実態を把握し,近年の医療技術の進歩や生活水準の向上に則した保健福祉対策を推進することが必要である。
 われわれはダウン症候群における早期老化現象の存在と特徴を生物学的諸機能の面からある程度明らかにしてきたが,それらをふまえて精薄施設在園のダウン症患者の実態把握を目的とする全国調査を行なった。
 ダウン症患者は施設在園者の10%を占あているが,30歳以上の年齢構成比はきわめて少ない。また外見や動作,生活態度の面で若年から始まる老化の徴候と40歳を越えて顕著になる早期老化傾向が特徴的に認められる。死亡例の死因は先天性心疾患が最も多く,白血病による死亡も高率であり,先天的原因の影響が考えられる。これらの諸点を考慮した健康管理が行なわれなければならない。

古典紹介

Paul Broca—Perte de la Parole—ramollissement chronique et destruction partielle du lobe antérieur gauche du cerveau〔Bulletins de la Société d'anthropologie, 1re série, 2 : 235-238, 1861.〕

著者: 杉下守弘

ページ範囲:P.655 - P.663

 Broca氏は,この報告の折に,Bicêtre病院の彼の部門で死亡し,話し言葉の使用を21年前から喪失していた51歳の男の脳を提示する。その脳はDupuytren博物館に預けられる前であり,またその観察が解剖学会会報に公表される前であるが,われわれはここで,短い要約の提出だけは行なう。なぜなら,その事実はAuburtin氏が前回の会合で語った事柄の中のあるものに大変類似しているからである。
 その患者が20年前にBicêtre病院に入院した時,彼は話し言葉の使用を喪失していた。彼が話し言葉の使用を喪失したのは入院の少し前からであった。彼はもはやただ一つの音節しか発音することができず,それを通常2回続けて反復した。彼に対してなされた質問が何であろうと,非常に様々な身振りを加えながら,常にtan,tanと答えた。これが,病院中で彼がTanという名でしか知られていなかった理由である。

資料

アジア・太平洋地域におけるトランス文化精神医学的諸問題(その1)—パプア・ニューギニアにおける調査から

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.665 - P.671

I.はじめに
 昭和53年11月13日から12月12日にかけて,筆者は,台北,バンコク,ジャカルタ(以上,7日ずつ),クアラルンプール,シンガポール(4日ずつ)を歴訪し,それぞれの地の大学,病院,研究所を訪ね,とくに病者との面接に参加することに努めた。その結果は,本誌に発表したとおりである1)
 さて今回は,昭和54年11月1日に東京を立ち,11月2日から11日にかけてパプア・ニューギニア(ポート・モレスビーおよびゴロカ),11日から22日にかけてタイ国(バンコク),22日から12月1日にかけて台湾(高雄および台北)を訪ねた。このように3カ国に調査の対象をしぼったのは,パプア・ニューギニアに関しては,わたくしが昭和39年8月から11月にかけて約100日間彼地のフィールド・ワークを行ない,わたくし自身のトランス文化精神医学の目をはじめて開いたこと(その内容については,すでに報告ずみである2,3)),および「Stone Age Crisis」(1975)4)の著者であり,彼地の唯一人の精神医学者であるB. G. Burton-Bradley博士との交際が続いていること(同博士は3年前に来日し,わたくしの所属する研究所でも講演された)により,わたくし自身の眼で以て,15年間の彼地の文化精神医学状況ないし文化摩擦状況一般をつぶさに比較したかったからである(なおさきの「Stone Age Crisis」は,今回の訪問の出発直前に拙訳・出版されることになり5),バートン・ブラドレー博士へのおみやげになった)。またタイ国と台湾についていうと,それぞれの地に親友といえる精神科医がいて,トランス文化精神医学の立場からの優れた研究を続行していること,彼らが多くの興味ある資料をもち,またわたくしが比較的容易に彼らの症例面接に参加しうることによる。
 さてわたくしは前回の予備調査をふまえて,今回はつぎの主題をひきつづき追求することにした。
 (1)精神分裂病(以下,分裂病),急性錯乱(フランス学派のいうbouffee delirante),いわゆる非定型精神病などの病者の事例研究,とりわけ発病状況についてのトランス文化精神医学の立場からの分析。
 (2)「伝統的民間療法と近代医学的療法との調和ないし葛藤」という問題を,ひろく「伝統文化と現代テクノロジー文明との摩擦」という見地からみてゆく。ここでシャーマン性精神病(たとえば憑依性精神病)の発生状況の分析は,文化精神医学ないし民族精神医学の見地からも,きわめて興味深いはずである。
 (3)以上の2つの主題を事例研究によって明らかにするさい,「状況における具体的人間」を非言語的に「了解」していく手段としてきわめて有効と考えられるHouse-Tree-Person Technique6)(Buck, J. N.),(以下,H-T-P法)を用いる。
 さいわい1カ月という短期間での3カ国の調査としては,予想外の収穫があったように思う。以下,3回に分けて,それぞれの国での経験を,できるだけ事例に即して報告する。

動き

第7回国際神経化学会議印象記

著者: 山上栄

ページ範囲:P.673 - P.676

 1979年9月3日から6日までの間,第7回国際神経化学会が,イスラエルの首都エルサレムにおいて,ヘブライ大学Gatt教授を会長として開催された。この学会に筆者は参加する機会を得たので,その印象を記してみたい。9月3日午前9時より型通りの開会式が挙行され,引続いて,この学会に先立って各地で開催されたSatellite Symposiumの概要が,各シンポジウムの組織委員長から紹介された。それらの主題は,脳の老化と痴呆,組織培養における神経組織の生化学的発展,精神障害における酵素と神経伝達物質,網膜の神経化学,エンドルフィンとニューロペプチドの調節,神経疾患と神経系への遺伝的接近などであった。
 学会は3日午後から6日まで,各日ともびっしりつまったプログラムによって進行され,6日午後8時30分からの盛大な閉会式で終了した。表1に学会規模のあらましをかかげる。各国の出題を比べると,米国からの演題が最も多く,特にシンポジウム講演の半数近くが米国の研究者によるものであった。現在の神経化学における米国の研究者層の厚さや研究の質の高さを痛感させられた次第である。やや意外に思われたのは,フランスが主催国のイスラエルを追い抜いて,米国に次いで多数の演題を提出していることである。しかし,シンポジウムになると,イギリス,西独がフランスを上廻っているところから,かならずしもフランス神経化学が米国に次いで高い水準とはいえないようである。一方,わが国は,西独,イタリー,カナダなどに次いで第8位に止まった。今回は政情不穏な中東地区での学会ということもあり,わが国の相当数の研究者が敬遠されたと推察されるが,次回にはより多数の演題が提出されることを期待したい。同時に,また,国際会議で正当な評価を得られるよう,われわれが常日頃から研鑚に努めねばならないと考えさせられた。表2に本学会の発表演題を筆者なりにまとめたが,研究者の興味がどの主題に集まっているかが明らかになって面白い。活性アミンが一番人気があり,次いで蛋白質,脂質,アミノ酸の順に注目を集めていることがわかる。精神・神経疾患に関する演題も多くはないが,一定数の研究者に興味が持たれている。これを1979年度の第22回日本神経化学会の演題提出と比較してみると(表2),活性アミン,蛋白質,脂質,アミノ酸が上位を占めていることは,国際的な趨勢と大差がみられない。しかし,精神・神経疾患の演題に限った場合には,やや少な目であるような印象を受ける。

追悼

満田久敏先生のこと

著者: 福田哲雄

ページ範囲:P.678 - P.679

略 歴
明治43年6月  大阪で出生
昭和9年3月 京都大学医学部卒業  12年7月〜約1年半  ドイツ留学
  14年2月  京都大学医学部講師
  18年3月〜20年8月  ジヤワ・マラン州邦人病院長
  21年7月  復員
  22年6月  京都大学付属医学専門部教授
  25年11月  京都医療少年院院長
  28年9月  大阪医科大学教授
  51年3月  同上,定年退職。名誉教授となる
  51年4月  医療法人大阪精神医学研究所・新阿武山病院理事長
  54年7月14日  逝去(満69才)

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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