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雑誌目次

論文

精神医学22巻8号

1980年08月発行

雑誌目次

巻頭言

管見

著者: 岡田敬蔵

ページ範囲:P.794 - P.795

 数年来,精神医学領域の諸学会が,再び各地において,盛んに開かれるようになった。自分は,そのうちの二,三の学会に参加するだけであるけれども,地みちな実験的研究や医療の実践を通しての研究発表を落付いて聴けるようになったことはうれしいことである。また,特に,若い人たちが熱心に討議などに参加していることは,心強く,すでに数年前に還暦をすぎてしまった私も,新鮮な刺激を強く受けることが,しばしばである。
 また,専門機関紙や専門雑誌の発行されることも多くなり,内容も充実してきて,自分の不勉強のほどを痛感させられ通しである。なかでも,急激に進歩してきた生理学,生化学,分子生物学など関連する科学分野の,新しい技術を用いての研究などは,正直のところ,私には全く歯がたたないと,ただ,いたずらに慨嘆するばかりである。しかし,このような方向を攻めていけば,なにか,はっきりしてくるのではないか,望みがあるのではないかと,漠然ながら,私のようなものにも,わかるような気がすることもある。

特集 思春期の精神医学的諸問題—東京都精神医学総合研究所 第7回シンポジウムから

まえがき

著者: 笠原嘉

ページ範囲:P.796 - P.796

 この特集におさめられた4篇は,昭和54年12月1日野口記念会館(東京)でおこなわれた第7回東京都精神医学総合研究所シンポジウム「思春期の精神医学的諸問題」での講演に加筆されたものである。当日の講演は,研究所の石井毅,宇野昌人両氏によってえらばれた村瀬,清水,岡部,小倉の4氏がそれぞれに全く異ったアプローチの臨床家であったこともあって,講演内容も多岐にわたり,「思春期」に関する講演会としては聞きごたえのあるものであった。事実,当日は主催者側の予想をはるかに上回る熱心な聴衆をえた。当日光栄にも司会役を仰せつかった者として,講演についての簡単な紹介をおこない,この特集の序言にかえさせていただく。
 「正常な」青年はどのようにその青年期を通過していくのか。これを実証的にしらべるには「正常な」青年を継年的に追いかけるしかない。村瀬孝雄氏は今日のところ日本でのおそらく唯一の研究者であろう。これまでの氏の一連の研究のあとを承けて,ここでは3ケースを通じて青年「前期」の変化過程に焦点があわされた。樹木画,人物画の提示は氏の説くところを具体化し,聴衆に感銘を与えた。いうまでもなく「正常」青年についてのこの種の観察は,病理ケースから入るのをつねとする精神病理学的研究にとって,相補的な意味ですこぶる大切である。

縦断研究からみた青年期前期過程の諸様相

著者: 村瀬孝雄

ページ範囲:P.797 - P.806


 思春期もしくは青年期の危機については,さまざまのことがいわれてきているが,なお曖昧なこと,不明なところ,矛盾対立する見解が少なからず認められる。たとえば自殺は明治以来,わが国では青年期心理の重要な様相の一つを示すものとして,研究者や識者の関心を集めてきた。しかし最近の統計が示すところによると,人口10万人あたりの自殺者の数の比率は,青年層よりも中年層の方が有意に多いのである。もちろんこの一事をもって,青年期が危機的であるとする見解への反証が得られたと速断する者はおるまい。しかし,中年の自殺が研究者や一般人から殆ど関心をもたれていないのと比べると,青年期の自殺の方が,常に問題視されてきたことをどう考えるべきであろうか。また臨床家の目にとまることのない多数の「正常な」青年は主観的にも客観的にも格別の心理学的危機に会うことなく成人になっていくことは多分事実である。彼らが全青年のうちに占める比率は,危機という言葉の定義の仕方に応じて変動するにしても,無視できないほどのかなりの人数であることは確かである。一口に青年期といっても,その時期の通過の仕方は決して一様ではなく,むしろ,青年に与えられた生物-心理-社会的な諸条件によって,非常な差異があることに,われわれはもっと注目すべきではなかろうか。この点について,実は青年心理学に大きな貢献を行なったSpranger, E. も夙に気付いていたのであり,近年においては例の,Erikson E. H. も健康な青年の持つ,たくましい成長力に言及している。また,筆者がかつて紹介した6)Daniel Offer11)らのグループによる高校生の縦断研究においても,「連続的成長群」という名の下に,青年期を順調円滑に経過する一群の青年が他の型の成長群と対比されながら論じられている。しかし,どのような諸条件が,青年期のあり方と経過とを,どのような形で規定するかについての解明は,まだ全くその緒についたばかりといってよい。とくに,高校時代頃については前述のOffer, D. をはじめとして何人かの研究者が研究成果を発表しているが,中学生時代やそれ以下の時期についての,綿密な考察は欧米でも殆ど行なわれていないようである。そこで本小論では,筆者が長期にわたって組織的縦断的に調査と観察とを続けてきた一群の対象者の中から,男子のみについて,それぞれに際立って異なる発達経過をたどった3例をえらんで,青年期危機の問題を考察する。その際,青年期を3分して考えた場合の,前期の変化過程にとくに焦点を合わせることになろう。

青年期神経症の分類について

著者: 清水将之

ページ範囲:P.807 - P.815

I.はじめに
 精神科の青年期患者は,全般に病像を明確に把握して描写することが難しく,したがって,青年期精神医学における診断図式を組み立てることが極めて困難であると言われている5,8,15)。例えば,「DSMの分類は青年期患者には役立たない。仕方なく一応これに従うけれども」というMastersonの嘆きの声17)は,この間の事情をよく物語っている。この問題を巡って,ここ15年来,主にアメリカを中心として多くの論議が交されている1,13,16,17,27,28,34)。その中には,年齢によって診断図式を変更するのは好ましくないという考え12)あり,因子分析により青年期特有の診断図式を求める者28)あり,その他,さまざまな見解7,15,32)が提出されて,なかなか喧しい。このような体系化を図る者もあれば,個別の症状群を抽出しようとする企てもいくつかある11,14,35)。この論議は,そう簡単には解決しそうにないようだ。筆者も,青年期を対象とする精神科臨床を14年間行なってきた中で,青年期の精神科診断図式には恒常的に疑念を抱き続けてきた。その一部についてはすでに語ったことがある24)。今回は,青年期の患者が示す神経症的病態について,若干の考察を加えてみたい。

思春期に発病した精神分裂病の経過と予後

著者: 岡部祥平

ページ範囲:P.817 - P.826

I.はじめに
 精神分裂病の予後研究は,これまで数多くみられるが1,2),15歳以前の思春期に発病した分裂病についての報告は,本邦ではほとんどその例がない3)。若年に発病する分裂病は,一般に予後が悪いといわれるが,事実はどうなのであろうか。いうまでもなく発達途上にある思春期は,心身ともに揺れ動く特異な時期であり,この時に分裂病が発病すれば,その個人の心理社会的に及ぼす影響は,はかりしれないものがある。精神病に陥入り混乱を招くこと自体が,心理的プロセス(Häfner)4)として尾を引くであろうし,入院生活や,発病に伴う家庭,学校等彼らを取り巻く世界の変化は,人格形成や成熟の上に障害となる。著者は彼らがこうした中で,思春期をどのように乗り越えたか,あるいは挫折をしていったかなど,個々人の生活史,発病状況,治療,経過,転帰について観察してきた。これにより,思春期*に発病した分裂病の実態とその病理を知り,今後の見立てや治療の上に,何らかの寄与し得ることを目指した。

思春期患者の入院治療—やせ症を中心に

著者: 小倉清

ページ範囲:P.827 - P.833

Ⅰ.入院治療の対象・適応
 思春期患者が入院となるのは,長期にわたる不登校,それに伴う家庭内暴力,自閉的傾向,被害的傾向,激しい強迫傾向,種々の非行,自殺企図,それに思春期やせ症などであろう。これらいずれのケースをとってみても,入院は実際問題としてはむつかしい。本人は入院は勿論,治療はすべて拒否するということが多いし,第一,親はそんなことを本人に向ってきり出せるような余裕も勇気もない。全く動きがとれない状態になっているのである。親は時として子どもが展開するひどい状態に耐え忍び,想像をこえる生活様式を自らに強いることがある。どうしてそんな状態に耐えられるのかと不思議な位である。親の側にはそれなりの心理的な理由があるのであろうし,一方子どもの方はそれを承知で100%利用しているといった場合がある。
 患者本人が治療を拒否している以上,それは治療の適応ではないとする向きもあろうが,しかし,言葉や行動では拒否していても,本当のところはそうでないこともあるのである。それは治療そのものを拒否しているのではなく,治療をすすめる人が本当に真剣に覚悟の程をきめた上でそうしているのかどうかを試したいためであることがあるのである。

研究と報告

パーキンソン病の精神医学的研究(Ⅱ)—ロールシャッハ・テストによる考察

著者: 小川俊樹 ,   山田幸彦 ,   飯塚礼二

ページ範囲:P.835 - P.841

 抄録 男子7名,女子11名の計18名のパーキンソン病患者にロールシャッハ・テストを実施し,パーキンソン病の精神症状の理解を試みた。その結果,ロールシャッハ・テストからは,従来パーキンソン病の精神症状とされてきた抑うつ気分,悲哀感などの抑うつ症状は顕著でなく,むしろ情緒の不安定さやその抑制が認められた。また,自立的で,自己の内的基準に忠実で,現実的実際的性格をもつ自己完結的なパーソナリティ像が把握された。

精神分裂病におけるZotepineの臨床効果について

著者: 児玉隆治 ,   徳田康年 ,   佐藤親次 ,   土屋健二

ページ範囲:P.843 - P.856

 抄録 われわれは,26例の精神分裂病を対象として,新しい抗精神病薬Zotepineの臨床効果ならびに安全性について検討し,以下のような結果を得た。全般改善度は68%で,しかも大半の例で2週以内に効果発現が認められた。1日至適用量は150〜300mgの範囲で,鎮静作用と抗幻覚妄想作用において改善度が高く,比較的広いスペクトルを示した。12例(46.2%)において副作用を認めたが,投薬中止となった3例(流涎2例,不整脈1例)を除いては,いずれも軽微なものであった。脳波およびプロラクチン分泌反応に及ぼす影響の検討からは,本剤のもつ抗精神病作用の薬理学的裏づけが得られ,とくに後者からはChlorpromazineとほぼ同等のclinical potencyをもつことが示唆された。

胃・小腸手術後に発来したペラグラ精神病の4症例

著者: 塚田浩治 ,   薄田祥子 ,   馬場肝作 ,   金山隆夫 ,   長谷川まこと

ページ範囲:P.857 - P.864

 抄録 過去に胃または小腸手術の既往を持ち,術後5〜24年過ぎて意識混濁を主とする精神症状を発来した4例についてその経過と臨床像並びに治療内容を述べた。またこれらの3例は臨床像と治療面から,他の1例は剖検と臨床像よりペラグラ精神病と診断し,いわば"二次性ペラグラ精神病"ともいうべきこれらの症例について,診断上,身体症状の有無に依存しがちであることや,胃・小腸手術がニコチン酸欠乏を来し得ること,発症に至るまでに肝障害や食欲不振が誘因として存在すること,症状上の特徴に抑うつ状態や意識鮮明に見える時期があることなどについて考察し,意識混濁を主とする精神症状の発来者の既往に,胃または小腸手術がある場合は,ペラグラ精神病をも念頭において,診察治療がなされるべきことを述べた。

Cotard症候群の1例

著者: 中山宏 ,   伊勢田堯

ページ範囲:P.865 - P.869

 抄録 ほぼ典型的なCotard症候群の1例を報告した。症例は初老期の主婦で,子供の死亡を契機として心気症,離人症,体感異常から不死妄想,否定妄想などへと多彩な精神症状を示し,数回の自殺を図ったものである。本症例はうつ病圏内のものが最も疑われるが,あらゆる治療に対して抵抗性を示し,発病以来約20年間慢性遷延性の経過をたどっている。注目すべき症状として「自分が見たものはそのままでいつまでも変らない」という不変妄想とでもいえるものがみられたことである。又,CTスキャンで大脳基底核に石灰化が認められた。本症についての診断的位置づけ,地域差,時代的変遷,治療に対する抵抗性などについても論及した。

短報

間歇型一酸化炭素中毒の脳波検査による予知

著者: 小西博行 ,   松岡征夫 ,   古川唯幸 ,   東均 ,   志水彰 ,   西村健

ページ範囲:P.871 - P.874

 抄録 間歇型CO中毒は,間歇期に何らの症状も示さないため,その続発を予知することは,極めて困難とされている。今回,間歇型CO中毒2症例において間歇期に縦断的脳波検査を施行した結果,臨床症状に先立って,明らかな脳波異常が示された。第1例はCO中毒後5日目には正常脳波を示したが,22日目の臨床的に症状の乏しい間歇期に前頭部〜頭頂部にθ波が多くみられ,その後20日たって間歇型CO中毒が発症し,脳波は更に悪化した。第2例は中毒後7日目には正常脳波であり,15日目に全般性にθ波やδ波が多く混入した脳波を示し,16日目から発症した。脳波は更に悪化した。こうした経験から急性中毒後,間歇型CO中毒続発の予知のため,定期的な脳波検査が有用と考える。

急性期に尿中Bence Jones蛋白陽性所見を示した非定型精神病の数例について(予報)

著者: 定塚甫

ページ範囲:P.875 - P.879

I.はじめに
 1947年,Henry Bence Jonesにより,「骨髄腫症例の尿中にみられる特異な蛋白であり,50℃〜60℃に熱すると混濁凝固し,温度を沸騰点まであげると再度溶解する」と,記されたBence Jones蛋白については以来幾多の研究がなされた。しかし,その本態は最近まで未解決のままであった。BJ蛋白は,多発性骨髄腫以外の患者(マクログロブリネミア,癌の骨髄転移,ホジキン病)にもまれにみられることは報告されていたが1),1959年,Stevenson, G. T. により正常人の尿中にも微量に排出されることが見出された2)(これをγμという)。γμはBJ蛋白の母蛋白としての不均一性,熱および超遠心に対するこの蛋白の特徴と,免疫グロブリンのⅠ型,Ⅱ型の両方の抗原性を備えている。これによりBJ蛋白体が骨髄腫の特異的な蛋白であるという考えは否定された3)。さらに,1962年,EdelmanによってBJ蛋白体は,免疫グロブリンのL鎖(light chain peptide)の二量体(dimer)が遊離して,単クローン性に排出しているものにほかならないことが明らかにされた4)。そしてその後,WHOの定義により免疫グロブリンに属することとなった。
 今日,急性精神病と免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)との関連については,多くの関心が集められている5〜7)。しかし精神病者におけるBJ蛋白の出現についての報告は,著者の知る限りではまだみられないようである。
 著者は,今回,尿中BJ蛋白定性検査を,国立豊橋病院精神科を受診した患者に行なって興味ある結果を得たのでここに報告する。

古典紹介

Friedrich Mauz—Die Veranlagung zu Krampfanfällen〔Georg Thieme Verlag, Leipzig, 1937〕—第2回

著者: 野津真 ,   松浪克文 ,   飯田真 ,   五味淵隆志

ページ範囲:P.881 - P.890

 粘着体質圏中には教科書でもよく知られた狭義のてんかんの本質特徴が直接に出現しうるのであるが,混合性欠陥体質については,所与の病像にこの関連点を探そうとしても徒労に終わるであろう。ただし,われわれのいう混合性欠陥体質をただ性格学的観点からだけ考察するなら,以前から周知の一連の異常特性との直接的な関連を見出すであろう。その一連の特性のてんかん形態圏への帰属性がしばらくの間強調されてきた。その後再びその真偽の程が強く疑われている。次にこの一連の特性を示そう;ぶすっとしている,不機嫌,刺激されやすい,陰険,うそつき,暴力的,残忍,疑い深い,感じやすい,むら気,独善的,信心に凝りかたまっている,意地が悪い,わがまま,反抗的,気むずかしい。さて,これらは精神身体的体質ではなく,ある特定の体質の性格学的特徴ですらない。即ち,これらは多彩に混合した精神病質的特徴であり,全く様々な体質に出現し得るのである。それゆえ,誰かが興奮して易刺激的に,あるいは「ヒステリック」になったことを認めたからといって,そのことが痙攣親和性の素因を示しているわけではない,ということはいくら強調してもし過ぎることはない。
 しかし,精神病質性や反社会性に固執せず,身体的現象についてわれわれに賛成する人でさえも,恐らく始めのうちは混合性欠陥体質の中にせいぜい遺伝的,後天的器質性脳障害や可能な限りの精神病質型の混合したものを見出す位のことであろう。たしかに,粘着性体質と比較してこの第1群の素質型は,既にその名が語るようにとりわけ非単一的なものである。しかし,それでもこの両者はやはり遺伝的素質欠陥に基づくものである。健康な素質や発育の豊富さ,多様性を知っているなら,異常の領域に全く様々な力動的法則や成長のプランが見出されるとしてもあまり驚くことはなかろう。粘着性体質の場合には,ある遺伝性の成長原理が粘着現象において混合したある独特の身体精神統一体となっている。これに対して,痙攣親和性欠陥体質は身体の個々のシステムや装置の遺伝的低格性の混合によって生ずる。その素質の組み合せには,単一的に調整された成長原理は存在しないが,発育への刺激と抑制が強まってバラバラに併存しているのである。この種々の要因をもう一度数えあげてみると,
 a)閉鎖不全状態と遺伝病質の微小徴候型
 b)発育不全と内分泌的低格性によるその他の徴候
 c)がっしりした闘士型
 d)頭部血管運動系機能不全と脈管――および循環系の低格性によるその他の徴候
 e)反射装置の機能不全
 これらの要因がそれだけで痙攣親和性体質を形造るわけではない。特定の体質全体の中にいくつかのこれらの要因が集まっており,相当広範な家族像において対応する変異や相関関係の存在することが証明されることによってその遺伝的な素質規定性が確認されて初めて,痙攣親和性構造が存在することになる。こういうわけで,このような諸要因からなる遺伝系列がしばしば,あらゆる型の精神薄弱や不明確な精神病や非定型の器質性神経病,さらには「後天性」脳障害へと導かれていくことは本来不思議ではないのである。したがってわれわれが直面しているのは不明瞭な遺伝的混合ではなく,むしろその起源が独特な,しかし周知の生物学的親和性に由来するある体質圏なのである。これまでわれわれは,相当数のこの現象型をあまりに精神病理学的にだけながめ,体質的一生物学的公式についてはあまりに簡略に触れすぎた嫌いがある。他の生物学的に類縁の型はその器質的神経学的刻印のために,体質学的考察からは遠ざけられていた;Kehrer, Bremer, v. Verschuer,Curtis, Weitzらの仕事が,はじめて中枢神経系を遺伝及び素質研究に包含することによって,われわれの研究に救済をもたらしたのである。
 さらにここでは,更に広い観点が強調されるべきである。われわれは粘着性体質圏においては人間の身体と精神の総体のうちで高次の人格を形造るものが欠落していることをみてきた。同様のことが混合性欠陥体質の圏内についてもいえる。混合性欠陥体質においても,痙攣親和性体質型としての下から上へと上昇する系列は,植物神経系の脆弱性や欠陥が高次の人格総体の中に組み込まれるところで消失するのである。完成した体質としての高められた痙攣準備性も人間の素質型の諸段階のうちで,「人格」が要素的な精神身体的基底に他ならないような段階に限定される。粘着性体質がこのような身休精神統一体を独特に形造っているのと同様に,闘士型における血管運動神経系の制御不全,細長型における反射装置の機能不全という秩序づけもまた,それ以上の分解できない精神身体的所与を明示している。というわけで,爆発性の爆発は前者に属し,芝居がかったことやみせかけのさぎは後者に不可分に結びついているのである。大脳皮質が更に繊細に発達し分化すると,この要素的精神身体的基底の存続が不可能となるのは明らかで,比較的高度に発達した段階においては,せいぜい痙攣親和的傾向が認められるくらいで,完成した痙攣親和性体質を見出すことはもはやない。このことについては,後にもっと詳しく述べる予定である。
 われわれは今や,冒頭での問題提起;痙攣発作を有する患者の身休的,精神的特性はどのようなものか,その家族像はどのように見えるか,を付属疾患型を含めることによって拡大することが許されるところまできた。そうすることによってはじめて,われわれのいう痙攣親和性体質はその完全性を獲得し,生き生きとした一つの像が形成されるのである。

資料

アジア・太平洋地域におけるトランス文化精神医学的諸問題(その3)—台湾における調査から

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.891 - P.897

Ⅰ.台湾の宗教事情
 昭和53年11月初旬に台湾を訪問したときの精神医学的予備調査の概略については,さきに発表した4)とおりであるが,このときわたしは,シャーマニズムがなお彼地の民衆のなかに根づよく生きていること,そしてわたしの漠然とした印象として,このシャーマニズムは,道教および仏教との混交のなかで存続してきていることを感じた。そこでわたしは,今回の10日間の滞在中,とくにはじめての訪問先の高雄において,憑依状態や憑依妄想の精神医学的調査のほかに,台湾における宗教事情についても見聞を深めることに努めた。もちろんわたしが得た知識は浅いものであるが,それでも台湾における文化精神医学事象を理解する上に,重要と思われる事情を若干知りえたと思うので,この点に重点を置いて以下にみじかく報告する。
 台湾にはカトリック系およびプロテスタント系のキリスト教,加えて回教もみられるが,それらの信者は少数であり,この点,韓国におけるキリスト教の隆盛とまったく事情を異にする。むしろ仏教や儒教も根づよく民衆のなかにはいっているようである。しかし台湾の宗教事情の特色は,これらの儒教や仏教が道教と結びついている点に存する。もっと具体的には道教は,中国人のあいだから起ったただひとつの宗教であり,中国の民族宗教と言ってよく2),このことは台湾においてもそのまま言えるのであろう。さて道教では,高位の神々の下に,山や川や雨の神を含めて多くの神々がいるとされ,また伝説上の天子や実在の皇帝,さらには孔子や顔回,また有名な武将たちまでも神とされ,信仰内容は呪術宗教的な色彩がつよいとのことである2)。この呪術的多神教の傾向が,民衆のあいだでシャーマニズムと結びつくことは,容易に想像される。たとえば台北では誰でも詣でる龍山寺は,250年の歴史を持ち絢爛豪華に飾りたてられた特徴的な中国寺廟であるが,その大宣宝殿には観音菩薩を本尊とし,釈迦に文殊,普賢の両菩薩や十八羅漢の仏教の像が祀られており,後殿には媽祖をはじめに千里眼,順風耳,関帝,太陽公など数多くの道教の神々が祀られている。したがって人びとは竜山寺に参詣すれば,どのような願いであっても,それをかなえてくれる神がそこにいて,それぞれの願いを受け入れてもらえるのである。わたしたちが竜山寺を訪れたときにも,現世利益を求め願う人たちが,ひっきりなしにここをおとずれて神に問いかける三日月型の2枚の「神片」(しんぺい)を幾度も投げては一心にお祈りをする姿が観察された(図1)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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