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文献詳細

雑誌文献

精神医学22巻8号

1980年08月発行

資料

アジア・太平洋地域におけるトランス文化精神医学的諸問題(その3)—台湾における調査から

著者: 荻野恒一1

所属機関: 1東京都精神医学総合研究所

ページ範囲:P.891 - P.897

文献概要

Ⅰ.台湾の宗教事情
 昭和53年11月初旬に台湾を訪問したときの精神医学的予備調査の概略については,さきに発表した4)とおりであるが,このときわたしは,シャーマニズムがなお彼地の民衆のなかに根づよく生きていること,そしてわたしの漠然とした印象として,このシャーマニズムは,道教および仏教との混交のなかで存続してきていることを感じた。そこでわたしは,今回の10日間の滞在中,とくにはじめての訪問先の高雄において,憑依状態や憑依妄想の精神医学的調査のほかに,台湾における宗教事情についても見聞を深めることに努めた。もちろんわたしが得た知識は浅いものであるが,それでも台湾における文化精神医学事象を理解する上に,重要と思われる事情を若干知りえたと思うので,この点に重点を置いて以下にみじかく報告する。
 台湾にはカトリック系およびプロテスタント系のキリスト教,加えて回教もみられるが,それらの信者は少数であり,この点,韓国におけるキリスト教の隆盛とまったく事情を異にする。むしろ仏教や儒教も根づよく民衆のなかにはいっているようである。しかし台湾の宗教事情の特色は,これらの儒教や仏教が道教と結びついている点に存する。もっと具体的には道教は,中国人のあいだから起ったただひとつの宗教であり,中国の民族宗教と言ってよく2),このことは台湾においてもそのまま言えるのであろう。さて道教では,高位の神々の下に,山や川や雨の神を含めて多くの神々がいるとされ,また伝説上の天子や実在の皇帝,さらには孔子や顔回,また有名な武将たちまでも神とされ,信仰内容は呪術宗教的な色彩がつよいとのことである2)。この呪術的多神教の傾向が,民衆のあいだでシャーマニズムと結びつくことは,容易に想像される。たとえば台北では誰でも詣でる龍山寺は,250年の歴史を持ち絢爛豪華に飾りたてられた特徴的な中国寺廟であるが,その大宣宝殿には観音菩薩を本尊とし,釈迦に文殊,普賢の両菩薩や十八羅漢の仏教の像が祀られており,後殿には媽祖をはじめに千里眼,順風耳,関帝,太陽公など数多くの道教の神々が祀られている。したがって人びとは竜山寺に参詣すれば,どのような願いであっても,それをかなえてくれる神がそこにいて,それぞれの願いを受け入れてもらえるのである。わたしたちが竜山寺を訪れたときにも,現世利益を求め願う人たちが,ひっきりなしにここをおとずれて神に問いかける三日月型の2枚の「神片」(しんぺい)を幾度も投げては一心にお祈りをする姿が観察された(図1)。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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