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雑誌目次

論文

精神医学22巻9号

1980年09月発行

雑誌目次

巻頭言

私のアトリエ—患者から学ぶ

著者: 千谷七郎

ページ範囲:P.900 - P.901

 「億劫」(おっくう)という語を,それと言わないで,謂わば精神医学用語として導入したのは内村教授還暦記念論文集に献げた「躁鬱病の病態学」(精神経誌,60;11,1958)が最初であったように思うので,かれこれ半世紀近くになる。その頃私どもは躁鬱病,特に鬱病と取り組んでいて,いろんなことが少しづつ分明になりかかっていた頃であり,その前年には「躁鬱病の病態生理学」(臨床病態生理学体系8巻)の発表とL. Klagesの『性格学の基礎』の翻訳出版を見たばかりであったし,他方で円熟期ゲーテの研究にも夢中になっていて,70歳以後のゲーテの作品はもとより,日記,書簡,談話のことごとくにといっていいほどに目を通していた時期でもあった。そこで偶々ゲーテ74歳の1823年11月6日の晩から初まって約1カ月続いた鬱病に遭遇したので,これら三者合流を見たのが前記論文であった。
 さて,同月23日付Kanzler v Müllerのゲーテ訪問記にゲーテの談話が以下のようにあった。「今度の病気は少しもよくなっていない。病気以来相当に永くなるが,まだベットで眠れない。この病気は何とも言いようのない禍だ(ein absolutes Übel),何という様だ!何という苦患だ!(welch ein Qual!),朝も晩もない(ohne Morgen und Abend),億劫で(ohne Tätigkeit),いい考えが浮ばない(ohne klare ldeen!)…」と。この文中のohne Tätigkeitを「億劫」としたわけであったが,それはEckermannの手記(同月16日)に「ゲーテは『今から冬を過すんだ,この分だと何もできないし(Ich kann nichts tun),何もまとまらないし(Ich kann nichts zusammenbringen),全く気力がない(Der Geist hat keine Kraft)』と言った」とあるのと照合してのことであった。

展望

自閉症の生化学的研究の現況について

著者: 星野仁彦

ページ範囲:P.902 - P.925

I.はじめに
 1943年,Kanner77)が早期幼児自閉症の症例を最初に報告して以来,自閉症については多数の精神分析学的,心理学的,生物学的研究がなされてきた。そしてこれらの研究がすすむにつれて自閉症概念はKannerの初めの概念から大きく変化し,Rutter121〜123),Rimlandら111)によって精神分裂病からは明確に区別され,現在では自閉症を生来性の知覚—認知系および言語の障害を伴った発達障害としてとらえる立場が主流となっている。またKanner77)は当初,器質的障害をうかがわせる所見を持つ症例を自閉症の診断から除外しようとしたが,最近は神経生理学的研究や長期の予後追跡研究などにより,脳障害の存在が否定できない自閉症児が少なからずいることが認められている。
 さて,近年神経化学および精神薬理学の急速な発展に伴って,精神症状や行動と脳内の神経化学物質,とりわけ生体アミンとの関連性が指摘され,躁うつ病や精神分裂病を初めとする種々の精神疾患において,生化学的立場から病因論的研究がなされている。自閉症に於ても,serotonin代謝やcatecholamine代謝を初めとして種々の方面から生化学的研究が報告されている。そこで,自閉症の生化学的研究に関する内外の文献を展望し,更に著者の研究をおりまぜながら,生化学的立場からその病因仮説を考察してみたい。

研究と報告

パーキンソン病の精神医学的研究(Ⅲ)—現象学的人間学の試み

著者: 山田幸彦 ,   小川俊樹 ,   飯塚礼二

ページ範囲:P.927 - P.935

 抄録 種々の精神症状を前景とするパーキソン病患者の病態構造を,各例の空間性という視点から解明すべく努めた。
 1)神経症では,水平空間の閉塞と天地空間での能動可能性が見られ,2)抑うつ状態では,更に,天地空間の閉塞を加える,3)欲動減弱に至り空間は不分明化してゆき,4)嗜癖では,身体が自己にとっての障壁としてあらわれ,空間はそこに限定される。
 そして,これらの状態の基礎に共通して流れるものとして,"まどろみ"(hypoarousal)の存在が考えられ,その構成要件として感覚遮断的状況が推量された。

岐阜県東南部の分裂病患者に生じた妄想内容について

著者: 高橋隆夫

ページ範囲:P.937 - P.945

 抄録 昭和45年以前に発病した,岐阜県東南部の分裂病患者たちに生じた妄想内容の整理を行なった結果,以下のような特徴が得られた。
 1)“地域共同体”と密接に関連している内容が,最も顕著に認められた。
 2)“時代”と関連づけて考えられるのは,“電波体験”や“機械による操作”が多かった点である。また,誇大妄想や想依妄想の内容的な稀薄化も,“時代の推移”と関連して考えられた。
 3)“世代”とのかかわりでは,“ケネディ大統領”,“テレビ”などが,戦後育ちの患者たちのみに認められた。また,“被毒体験”は年配者の方に多く見られた。
 4)男性に比して,女性の方が“より身近かな存在”を妄想内容にとり入れるという傾向が目立った,また,“血のつながり”という主題も女性に優位であった。
 5)心気妄想では,“具体的な疾病”が述べられているものは見い出せなかった。

二重盲検法によるZotepineとTiotixeneの精神分裂病に対する薬効比較

著者: 岡田正範 ,   更井啓介 ,   児玉宣久 ,   石津宏 ,   曽根喬 ,   中原俊夫 ,   中川一広 ,   井手下久登 ,   山崎正数 ,   瀬良裕邦 ,   河村隆弘 ,   浜野浩枝 ,   石井知行 ,   増田勝幸 ,   石川博也 ,   淺田成也

ページ範囲:P.947 - P.965

 抄録 Zotepine(ZT)の精神分裂病に対する治療効果および安全性を,tiotixene(TT)を対照薬とした二重盲検法により検討した結果,ZTの最終全般改善度は53%,TTのそれは52%で,両群間に有意差はみられなかった。
 OverallらのBPRSによる精神症状の改善率は,運動制止,猜疑心,衒奇症と奇妙な動作ではZT群の方が高く,幻覚体験,身体的懸念,不安,罪責感,緊張,抑うつ気分,非協力性ではTT群の方が高かったが有意差はなかった。この結果から,ZTは賦活,抗異常体験の両面の作用を有することが確認された。
 副作用では,不眠がZT群に,口渇がTT群にそれぞれ有意に少なかった。賦活剤にありがちな副作用としての不眠がZTに少ないことは大きな特徴といえよう。臨床検査成績では問題にすべき変動や異常値はみられなかった。

古典紹介

Albert Pitres—Etude sur l'Aphasie chez les Polyglottes (Revue de medicine. 15:873-899, 1895)—第1回

著者: 渡辺俊三 ,   佐藤時治郎 ,   一之瀬正興

ページ範囲:P.967 - P.975

はじめに
 多国語を知っている者が失語症になった場合,かつては使い慣れたすべての言葉を同程度に失ない,回復に向うに従いすべての言葉を使用する能力が同時に回復するように思われていた。多くの症例は確かに以上のような経過をたどるが,常にそうであるとはいえない。時として,博言家訳注1)は病前に所有していたことばの一部のみの失語症となることがある。あるいは失語症発症時にすべてのことばを失った後に,まず初めに,あることばを除いた他のことばの使用能力が少しずつ回復し,次いで,残りのすべてのことばあるいはその一部のみの回復がみられることもある。
 なぜこのような違いが生ずるのであろうか?それはいかなる法則によるものであろうか? その違いを生じさせるメカニズムはいかなるものか? この論文の中で以上のことを追究してみたい。

紹介

躁うつ病者の対人行動と精神病:実存分析的・役割分析的研究

著者: 岡本進 ,   木村敏

ページ範囲:P.977 - P.981

 Ⅰ.この書物の著者Alfred Krausは1934年生まれ,今年46歳のドイツの精神病理学者である。ミュンヒェン,インスブルック,ハイデルベルクで医学を学んだのち,Hubertus Tellenbachに師事して人間学的精神病理学の道に進んだ。1975年,本書『躁うつ病者の対人行動と精神病』をHabitationsschriftとして教授資格を得,現在はハイデルベルク大学臨床精神病理学部門のleitenderOberarztを勤めている。筆者の1人(木村)がハイデルベルク大学に留学していたころ(1969〜70年)にはTellenbach氏をOberarztとする或る男子病棟の病棟医長(Stationsarzt)として活躍していて,この病棟には彼のほかLacan門下のLang, Janz門下でてんかんの人間学をやっていたWenzl,同じくJanz門下で"Aufwachepilepsie"という本を書いた心理学者のLeder,それに宮本忠雄氏や木村といったメンバーがいて,毎週1回Tellenbach氏を中心に開かれた新患紹介や廻診後のミーティングは非常に活気のある充実したものだった。当時からKraus氏は躁うつ病者の人間学的構造を「役割同一性」の観点から考えようとして,いろいろな書物を勉強しており,或る日「Echtheitという言葉を見つけた。これで躁うつ病者の人物像が表現できる」といってやや興奮気味に語っていたのが記憶に残っている。人間学的・現象学的精神病理をやる人にありがちなシャープでスマートな学者といった印象はあまりなく,どちらかというと地味で朴訥な臨床医といったタイプの人である。しかし,今では,Tellenbachが停年退官したあと,Marburg大学のBlankenburgに次ぐ人間学派・現象学派の代表者になってしまった。このごろはしきりに分裂病の方のことを考えているという。今後の活躍が大いに期待されるし,日本にもぜひ一度来てほしい人である。
 Ⅱ.1977年に出版された本書7)は,大部の書物ではないが,非常に包括的な躁うつ病研究書である。一方では,内容が現象学的・実存主義的な立場を根底に,役割理論による肉付けが施され,ドイツ古典精神病理学はもとより,社会学,精神分析,さらには実証的精神医学に発する彩しい知見が参照されている。しかし更に注目に値するのはKrausの立論の包括性である。従来別個に論じられることの多かったうつ病と躁病の人間学的な共通性がさぐられ,病前性格,発病状況,精神病像に一貫して認められる躁うつ病特有の存在体制とはいかなるものであるかが追求される。著者はそれを「同一性体制」(Identitätsverfassung)と呼んでいる。

資料

海外在留邦人の不適応現象—文化摩擦の精神医学的研究

著者: 稲村博

ページ範囲:P.983 - P.1010

I.はじめに
 わが国と世界との交流が深まるにつれて,多くの日本人が海外に住むようになった。それも,以前のように先進国など一部の国々だけでなく,世界全体に広がり,今やわが国のビジネスマンや技術協力者のいない地域はほとんどみられないほどである。
 異質文化の中で生活することは,とりもなおさず文化摩擦にさらされることである。ことにわが国のように,海に隔てられた島国で,単一民族が長い世紀にわたって独特の文化を育てている場合には,海外で生活する時の文化摩擦はただならぬものがある。不適応現象の頻発も,けだし当然といわねばならない。
 今後,国際交流がますます強まるなかで,とくにわが国のようにどの国とも緊密な交流を不可欠とする国にとって,いかにしてこの文化摩擦による不適応現象を克服してゆくかは,まさに国をあげての課題だといわねばならない。
 ところが従来,このことが充分には認識されず,最も必要なはずの精神衛生対策はなきに等しい実情である。このために,当事者たちが必要以上に苦しむばかりか,現地住民との間にあらぬ誤解や軋礫を生じて,しばしば国際紛争をさえ生じかねぬ有様である。
 著者は,この10数年さまざまな機会に海外に滞在したが,いずれの地域でも在留邦人の不適応現象に数多く直面させられた。しかもそれが,この数年より深刻化しており,看過し得ぬものを痛感させられる。こうして,あらゆる機会にこの問題と系統的に取り組むことを始めた。少しでも早く,実態の把握と対策を講ずるためである。
 以下に述べるものは,その概要である。これによって,諸家の注意を喚起するとともに,少しでも実際の役に立てればと願っている。なお,調査の詳しい資料は,続報において報告したいと思う。

精神病院に長期入院しているてんかん患者の実態調査

著者: 加藤秀明 ,   森俊憲 ,   曽根啓一 ,   足立総一郎 ,   森内巌 ,   吉村剛

ページ範囲:P.1011 - P.1015

 抄録 精神病院に長期入院中のてんかん患者の実態を明らかにするたあ,6つの私的精神病院において調査をした。1979年5月31日の時点で1年以上入院している患者は総入院患者1690名中57名(3.4%)いた。
 この57名について,入院の直接の理由,保険の種類発作回数,知能障害,脳波所見,抗てんかん薬血中濃度,学歴,職業歴,婚姻状況,両親の有無,外泊状況などについて調査した。その結果,1)臨床発作やてんかん病態と直接関連する精神症状は入院を長びかせる要因とはなっていない,2)学歴,職業歴,婚姻状況は外来患者のそれの報告と比較するとかなり劣る,3)長期入院の患者側の要因としては知的障害が最も重要である,4)患者の背景にある生活環境もきわめて悪いことなどが判明した。
 長期入院てんかん患者は狭義てんかんのもつ意味以外の理由で長期入院を余儀なくされている。精神病院はその守備範囲をこえた部分まで負担しており,広義てんかん医療の進歩が望まれる。

動き

「青年期精神医学研究会」の印象

著者: 馬場謙一

ページ範囲:P.1017 - P.1019

 去る4月12日,大阪市ロイヤルホテルにおいて,大阪大学精神科の思春期外来創設15周年を記念して,青年期精神医学研究会が開催された。創設は,昭和39年ということなので,実際には16周年に当たるわけであるが,この領域のパイオニアとしての,想像される多くの困難をのり越え,先にわが国最初の青年期精神医学のモノグラフを上梓し,さらに着実な臨床経験をつみ重ねて今日を迎えられたスタッフの方々に対して,心からお祝いの言葉を申し上げたい。
 本研究会の趣旨には,草創期の長い苦労の後で,ようやく一息つける地点に立って,これまでの足どりを回顧し,将来を展望しておきたいという意図がこめられていたのは当然であろうが,もう一つには,司会の一人清水将之氏が開会の辞で述べたように,これまで青年期精神医学が必ずしも正当な位置を与えられてこなかった「わが国の精神医学会に敢て一石を投じたい」という切実な願望もまたこめられていた,といえそうである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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