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雑誌目次

論文

精神医学23巻3号

1981年03月発行

雑誌目次

巻頭言

覚醒剤中毒についての随想

著者: 大月三郎

ページ範囲:P.212 - P.213

 近年,覚醒剤中毒による幻覚妄想状態のもとで,傷害,殺人など凶悪な犯罪が頻発しており,憂慮すべき社会間題となっている。
 メトアンフェタミンなどの覚醒剤では,乱用を続けているうちに,意識清明な状態で幻覚妄想状態を呈するようになり,これが精神分裂病の妄想型に酷似すること,また,一旦幻覚妄想状態を呈した人では,長期間薬物摂取を中断していても,1〜2回の覚醒剤の再摂取で,容易に幻覚妄想状態を再現する傾向があることが知られている。また,飲酒とか精神的ストレス負荷によって,幻覚妄想状態を再燃することもある。即ち,薬物に対する過敏性や精神病準備状態が持続しているわけであり,これがいつまで続くものか確証はないが,10年も20年も消えないのではないかと思われる。この点でも精神分裂病の経過に類似している。覚醒剤による刹那的な爽快感を求めることと引き換えに,永続的な精神病準備状態を刻み付けられるというわけで,この恐るべき事実を,一般に周知徹底させる必要性を痛感する。

展望

最近の神経病理学と精神医学(Ⅱ)

著者: 飯塚礼二

ページ範囲:P.214 - P.228

5.痴呆とその脳局在性―神経病理学の立場から
 器質性精神障害,ことに慢性経過例では病変が脳にある程度以上びまん性に存在することは既に基本的な認識である。最初は治癒可能なものまでを含んでいた痴呆概念が次第に治癒不能な固定化した状態のみを対象とする疾病群ないし状態像としての概念へと変化し,今世紀に入ってからは,"後天性,治癒不能ないし持続的であることを特徴とする"状態を指すものとして一般的に用いられるようになった経過については,最近浜中101)が詳しく述べている。しかしながら臨床の実際で痴呆という言葉を用いる際には必ずしもそれ程単純に割り切れるものではなく,したがって痴呆の定義にはくい違いがあって一様ではない。理論的な問題を一応さておいて,私どもが現実に最も困惑するのは,一つは痴呆の非可逆性の問題であり,他は意識障害との区別である。これらの問題は例えば原田102,103)によって度々論ぜられ,浜中104,105),長谷川ら106)も最近この点について述べている。実際,現在神経学の領域では,treatabledementia107)という言葉はしばしば用いられるし,pseudodementia108〜111)という表現は,例えばうつ病の精神運動抑制や,意識障害に対しても使われている。この場合,原田102)のいう"軽い意識障害"の際の注意力の減弱など一般に従来の精神医学でその鑑別を重要視していた軽度の意識障害は比較的簡単に痴呆と表現されてしまうことの方がむしろ多いように思われる。ここにも新しい自分流の考え方を率直に用いる神経学と,古い歴史をふまえて言葉を厳密に用いて行こうとする精神医学との間の相違を感じさせられる。精神医学が用いてきた昏迷という概念が,神経学や脳外科学の論文ではむしろ一種の意識障害として規定され,そのように講義されている現実を考えると,痴呆及び意識障害という概念に関しても多くの問題が存在している。
 この小論は,この問題を解決するのが目的ではないので深くは立ち入らないが,一応出発点として,①痴呆概念の中には可逆的な病像も含める,殊に慢性可逆性病変,持続的ではあるが可逆可能性を持つ病変はこれを痴呆概念に含める―したがってtreatable dementiaという概念を承認する―,②脳病巣のびまん性という点には必ずしもこだわらず,局在性であっても病像が人格全体の重い障害と認められ,また発動性の障害が明瞭なものは痴呆概念に含める,という大まかな前提にたって論旨をすすめる。その理由は一般に広く痴呆という表現を用いても,脳障害の局在によってその症状が異なり,したがって臨床像から脳病変の局在性をある程度まで診断しうるか否かを,神経病理学的に病巣の確認された症例に基づいて検討する試みが多くなってきたからである。

研究と報告

慢性分裂病者に対する心理劇の技法

著者: 台利夫

ページ範囲:P.229 - P.237

 抄録 心理劇は,慢性分裂病者に対する1つの有効な活動集団療法と見なされる。だが自己や周囲への重い関係障害をもつ患者の場合は,ウォーミングアップからドラマへ進む,型通りの手順をとるのは困難である。筆者はこれを媒介するものとして,プレドラマとも呼ぶべき段階を工夫し,設定した。プレドラマは日常的生活場面のイメージに基いて展開する。その特徴は,ドラマほどの課題性を帯びず,患者に病的反応を惹き起す危険を避けつつ,しかも自発性を強化する機会が期待できる点にある。
 しかしプレドラマの設定で直ちにドラマの成立が可能になりはしない。ウォーミングアップから絶えず患者の自発性を促すように場面を積み重ね,プレドラマ段階自体も明らかには識別しにくいような,関係発展の〈流れ〉を保持しえた場合にのみドラマへ移行できる。

発作性の自己像幻視

著者: 扇谷明 ,   河合逸雄 ,   大橋博司 ,   藤繩昭

ページ範囲:P.239 - P.243

 抄録 発作性の自己像幻視はてんかん発作に伴って現われるものであり,その症状から3型に分類された。①鏡に写すようにもう1人の自分を眼前に見るもの(鏡像型),②過去の回想の場面の中にもう1人の自分を見るもの(場面型),③自分のその願望を転移した形でもう1人の自分を見るもの(転移型)。この発作性の自己像幻視の3型はそのてんかん発作との関連で,鏡像型は部分てんかんの前兆としてみられ,場面型は部分てんかんの1型である精神運動発作の前兆としての夢幻状態dreamy stateでのみみられ,転移型は発作後のもうろう状態でみられた。その局在部位との関連では鏡像型は特定の部位は決められず不定であり,場面型はすべて側頭葉が関与し,転移型は非特異であった。半球優位については鏡像型,場面型とも右側が多かった。

抗精神病薬による精神分裂病治療の臨床脳波学的研究—特に脳波変化と病像経過との縦断面的検討

著者: 富田邦義

ページ範囲:P.245 - P.258

 抄録 発病後未治療,再発後未治療の精神分裂病25例について入院服薬開始前より退院後3年以上にわたって脳波検査をくり返し行い,基礎波と光刺激反応の変化を臨床症状との関連において検討した。①服薬開始前記録では境界14例,軽度異常2例計16例(64.0%)で基礎律動異常が認められた。光刺激では3〜30f/s帯域で不定の駆動反応を示した。②服薬開始後は基礎波に変化の乏しいA群と明らかに変化を示すB群に分かれた。光刺激反応は反応帯域により3〜30f/s帯域で幅広い不定の反応を示すⅠ型,10〜18f/s帯域で反応のピークを示すⅡ型,3〜7f/s帯域で反応のピークを示すⅢ型の3つのタイプに分かれた。臨床経過との相関性を見るとA群,B群ともⅠ型は不変例,Ⅱ型,Ⅲ型は改善例であった。③退院後の予後との関連では,A群Ⅰ型は再発しやすく,B群Ⅱ,Ⅲ型は予後良好なものが多かった。また予後良好なものの退院後脳波所見は健常対照群に近い正常所見を示し,光刺激反応はⅡ型を示した。予後不良なものは正常所見を示すものはなく,光刺激反応はⅠ型を示した。以上の知見は分裂病者に対する薬物療法下の経過予測について,脳波検査特に光刺激反応の検討が重要な示唆を与えることを示している。

イミプラミン急性投与時における内因性うつ病患者の覚醒閉眼時眼球運動について

著者: 譜久原朝和 ,   川原隆造 ,   竹下久由 ,   挾間秀文

ページ範囲:P.259 - P.266

 抄録 内因性うつ病者9名と正常対照者8名にイミプラミン(IMP)0.4mg/kgを筋注,別の正常対照者5名に生食水1.2〜1.4mlを筋注して,その前後のポリグラフィ記録を行った。脳波と眼球運動(R,rおよびs)を指標にしてIMPに対する反応を観察した。
 筋注前も筋注後も覚醒期出現率とr値はうつ病群が正常IMP群より高かった。筋注前と筋注後のs値は,うつ病群では正常IMP群,正常生食群より低かった。
 筋注前の値では,正常IMP群,正常生食群では時間経過とともにr値は減少しs値は増加して慣れを示した。しかしうつ病群では慣れを示さなかった。

大脳皮質にもLewy小体の出現を見た非定型な初老期痴呆の1剖検例

著者: 門間好道 ,   高松幸作 ,   伊藤智子 ,   小笠原暹 ,   高階憲司 ,   早川純子

ページ範囲:P.267 - P.275

 抄録 臨床的に進行性の痴呆,筋強剛,振戦等が認められ,神経病理学的にアルツハイマー病とピック病の特徴を同時に有するとともに,特発性パーキンソニズムに一致する所見もあり,さらに,Lewy小体が脳幹部のみならず大脳皮質にも広範に出現した非定型な初老期痴呆の1剖検例を,大脳皮質のLewy小体の電顕像を含めて報告した。文献上,本例と同様の所見を有する症例は1976年に小阪らが報告した1例だけであるが,類似の特徴を有している症例についても比較考察した。また,大脳皮質に出現したLewy小体の電顕像についても,文献的に考察した。
 これまでに本例のような非定型な初老期痴呆を明確に位置づけうるような知見は十分には得られておらず,その本態については,今後さらに症例の蓄積を待って検討すべきものと考えた。

感覚性失語をきたし,神経原線維変化を伴ったPick病の1例

著者: 石野博志 ,   須藤浩一郎 ,   今岡信夫 ,   菅野紘 ,   光信克甫

ページ範囲:P.277 - P.283

 抄録 組織病理学的にAlzheimer病の特徴の一部(神経原線維変化)を伴ったPick病の1例を報告した。
 症例は死亡時49歳の男子。42歳頃より痴呆が始まり,錯語を主とする感覚性失語や滞続言語が認められた。剖検で前頭,側頭葉に葉性萎縮があり,左Tlも萎縮していた。顕微鏡的にはPick病の所見に加え,神経原線維変化が全大脳皮質に存在し,偽石灰の沈着も大脳皮質,基底核,小脳に認めた。老人斑は認めなかった。
 類似の文献例と比較し,本例の感覚性失語と脳病理所見について若干の考察を加えた。

一卵性双生児における内因性うつ病の不一致例

著者: 佐藤讓二 ,   新福尚武 ,   飯田真

ページ範囲:P.285 - P.289

 抄録 一卵性双生児の片方のみに内因性うつ病を呈した症例について報告した。症例は女性で現在47歳である。うつ病を発症したのは妹であるが,姉も過去に一過性の神経症様症状を呈したことがあり,また本症例にも以前に神経症レベルのものと考えられる症状の出現がみられた。すなわち,この双生児は神経症については一致するが,内因性うつ病については不一致であった。この不一致の理由として,性格の違いおよび生活環境の違いをあげ,特に幼児期に形成された性格構造の相違を母との関係において検討した。また,姉は循環気質で社会的適応性に富み常識的な価値判断を有しているが,妹はメランコリー型で依存的,神経質な傾向がみられ,このメランコリー型が先鋭化することによって,うつ病が発症したと推察した。

東京都における精神科救急医療の1年間—松沢病院の事例を中心として

著者: 雪竹朗 ,   市橋秀夫 ,   原研治 ,   新川善博 ,   石井一平

ページ範囲:P.291 - P.299

 抄録 東京都では公立病院を中心とした精神科救急医療を実施して1年を経過した。救急医療開始以前にその役割を代行していた緊急鑑定制度に基づく入院の時期にくらべると,発足後1年間で約4倍の救急受診者があり,初めての試みであったが一定の成果をおさめたと認められる。松沢病院はその中心施設の一つとして機能したが,この1年間に救急入院した患者307名について,その医学的事項や家族的・社会的背景の実態を検討した。その中でもっとも特徴的なことは単身生活者が40%以上を占めていることで,これは精神障害者,とくに分裂病者の生活様式を反映していると思われる。その他,就労率や有配率の低いことも明らかになった。

古典紹介

Adhémar Gelb und Kurt Goldstein—色名健忘について—並びに,健忘失語一般の本性と,言語と外界への行動との間の関係についての研究—第1回

著者: 波多野和夫 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.301 - P.309

 健忘失語amnestische Aphasieに向けられた研究や議論は極あて多いにもかかわらず,この障害の本性や発現については未だ十分に満足すべき理解には到達していない(原注1)。健忘失語における障害は純粋に言語的なものでも純粋に概念的なものでもなく,常に問題とされる言語と思考の両者の関連にまたがった障害であるという点では,大方の見解の一致が得られていると言ってもよいだろう。まさしくこの故にこそ,健忘失語の解明は極めて困難な問題ではあるけれども,また一方で健忘失語の理解を深めようとする全ての分析は,それによって言語と思考という問題の解決に一歩でも近づくという更に一般的な意味を有するわけである。
 我々はこの研究を物品に対する喉語障害からではなくて,色彩に対する喚語障害―すなわち色名健忘Farbennamenamnesie―から始める。それというのも後述するように,この障害の本性は色彩において特別に明瞭に露呈するという事情があるからである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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