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雑誌目次

雑誌文献

精神医学23巻4号

1981年04月発行

雑誌目次

巻頭言

プライマリ・ケアと精神医学

著者: 渡辺昌祐

ページ範囲:P.314 - P.315

 1昨年10月,私の所属する大学の欧米医学事情視察団の一員として,主として米国の医科大学におけるプライマリ・ケア医師養成教育について見聞する機会を得た。
 米国で訪問した大学のなかには,ミネソタ大学,ワシントン大学,ミシガン州立大学など歴史も古く規模の大きい一流校から,片田舎の北カロライナ医科大学までさまざまな大学が含まれていた。

展望

モノマニー学説とフランス慢性妄想病の誕生(Ⅰ)

著者: 影山任佐

ページ範囲:P.316 - P.330

Ⅰ.序論
 「疾病論的仮説以上に変転するものはない」(Kisker29))。特にクレペリンの早発性痴呆と躁うつ病の内因性精神病の境界設定の妥当性,精神分裂病の単位性等に対する批判,疑問が少なからぬ数の精神科医から提出されて久しく時間が流れ,最近ではJanzarik25)もこの問題を論じている。このような疾病論の動揺に対して,我々精神科医が,どのように対処し,解決の方法を探し求めればいいのかは数多くの態度があり得ると思うが,疾病論を歴史的に検討することはその一つで,しかもこの問題に対する重要な接近法であると考えられる。何故なら,歴史的分析によって,現状の問題の深みが判ると同時にその発展の力動も分析可能となるからである。バリュク(Baruk)3)をはじめ,数多くの著者たちが指摘するように,フランス精神医学がヨーロッパ精神医学,特にドイツ精神医学に対して与えた影響は大きく,特に前世紀においては,むしろドイツ精神医学をリードし,一つの繁栄の時代を迎えている。この中にあってエスキロール(Esquirol)のモノマニー学説は当時の司法精神医学上大きな論争を惹き起こしただけでなく,その後のフランス精神医学の疾病論の展開に重要な影響を及ぼしている。著者ら30)は1978年に本誌古典紹介でラゼーグ(Lasègue)の「慢性妄想病」を訳し,フランス妄想病の誕生に対するエスキロールのこのモノマニー学説の影響を知り,またこれが精神病質概念の源泉の一つであることも判り,著者自身深く興味を抱いたことがあった。その後幸いにも仏国留学の機会を得,この分野の文献を探り,帰国後モノマニー成立過程について拙論26,27)を書き上げた。今回の展望では,これを基に,モノマニー学説の成立とその後の展開を概括し,またフランス慢性妄想病の誕生,特にマニャン(Magnan)の妄想病について若干の歴史的知見に触れることにする。

研究と報告

うつ病の比較文化精神医学的研究—日本とスイス

著者: 北西憲二

ページ範囲:P.331 - P.339

 抄録 日本,スイスのうつ病者83名を対象に,これらをA群(日本の単相型群),B群(スイスの単相型群),C群(日本の両相型群)の3群に分け,Hamilton Rating Scale(HRS),罪責体験・恥体験に関する質問紙を用いて,比較文化的症候論を試みた。
 HRS各項目の分析からは,文化規定的症状として精神運動抑制のみがあげられるが,うつ病という現象に対する体験の仕方は両国では異なり,日本のうつ病者は他者との関連で把握する傾向があるのに対し,スイスの病者は症状そのものを鋭く把握する。
 罪責体験・恥体験では,両国の病者とも,恥体験に対する罪責体験の優位と両者の3親和性を認めたが,その体験内容は対照的な方向を示した。
 対象群の共通症状として推定できるのは,身体症状を前景とした単純なうつ病像で,これらの臨床的現われがうつ病中核群であると考えられる。

精神分裂病者の時間評価

著者: 有泉豊明

ページ範囲:P.341 - P.350

 抄録 精神分裂病者の時間評価に関して,時に正常者からの偏倚が認められることは臨床的観察からも古くから知られていた。著者はこの問題にさらに検討を加えるため次のような実験を行い,若干の興味ある知見を得た。
 分裂病者40名,正常者20名を対象とし,条件Ⅰ,条件Ⅱ,条件Ⅲの順序でそれぞれ2分間の時程を提示し,おのおのの時程に対する時間評価を行わせた。
 条件Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ相互間における時間評価の長短に注目すると,正常者では条件Ⅰの時程を条件Ⅱ,Ⅲの時程より有意に長いと評価した。しかし,分裂病者ではこのような傾向は認められなかった。また,条件Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ相互間における時間評価の正確さに注目すると,正常者では条件Ⅰ,条件Ⅱ,条件Ⅲと回をかさねるごとに正確な時間評価を行う者が増大した。しかし,分裂病者ではこのような傾向は認められなかった。
 以上の結果に関し,主に分裂病者の刺激に対する反応性の観点から若干の考察を行った。

有機溶剤乱用者にみられた心電図変化について

著者: 櫻井征彦 ,   白川雄伸 ,   冨永秀敏

ページ範囲:P.351 - P.359

 抄録 有機溶剤乱用により,中枢・末梢神経系の障害や,肝,腎を含む臓器障害を惹起しうることが警告されて久しい。にもかかわらず,これら乱用は,昨今,広く青少年層に定着し,種々の社会的問題を提起しつつある。本論文は,現在まで注目されなかった有機溶剤の心臓に及ぼす影響について述べる。対象は,有機溶剤依存または中毒により入院した45例のうち,入院早期に心電図測定が行われた34例である。うち,何らかの心電図異常が見られたのは,15例(44%)で,内訳は,洞性頻脈,洞性徐波各2例,不完全右脚ブロック4例,1度房室ブロック2例,洞結節内移動ペースメーカー,上室性期外収縮,房室解離と不完全右脚ブロック,左室肥大,U波の出現の各1例であった。以上は,有機溶剤が,特に心臓の調律や刺激伝導系に影響を及ぼすことを示しており,更に重篤な障害を惹起しうることを示唆している。有機溶剤吸引の新たな危険性を指摘した。

新benzodiazepine製剤(triazolam)による短期記憶の障害

著者: 挾間秀文 ,   川原隆造

ページ範囲:P.361 - P.365

 抄録 Benzodiazepine系薬剤服用の結果生じたと思われる,記憶とくに短期記憶の障害例について述べた。症例は51歳健康男子で,triazolam(1mg)を服用して8〜9時間の睡眠をとり,一旦自然覚醒して日常行動を開始したが,その後4〜5時間,意識障害があったと考えられる状態はなく,目的行動を支障なく遂行できていたにもかかわらず,その間の行動をほとんど完全に想起できなかった。当時の言動から逆行性健忘はなく,また即時記憶,見当識,注意力は保たれていたと思われるが,主として短期記憶のみが覚醒後数時間持続して障害された結果,一過性全健忘に似た状態を呈したものと思われる。その後,同一症例に対しtriazolamの再投与を行って状態を観察した結果,triazolamの常用量上限,あるいはそれをわずかに越す用量の服用によって一定時間の睡眠をとって覚醒した後,prolonged effectとして短期記憶の障害を来しうることを確認した。

精神分裂病患者の血漿ならびに髄液中のImmunoreactive β-EndorphinとACTHの動態

著者: 東村輝彦 ,   三好新之祐 ,   林修 ,   名倉益男 ,   中尾一和 ,   中井義勝 ,   井村裕夫

ページ範囲:P.367 - P.370

 抄録 Radioimmunoassayにより精神分裂病患者19名の血漿中ならびに髄液中の免疫学的β-endorphinとACTHを測定したが,対照群との間に有意の差はみられなかった。これは精神分裂病のendorphin過剰説を否定するものであり,β-endorphinを減少させることによって,血液透析が精神分裂病患者に有効とするPalmourらの説は疑問視せざるをえない。
 血漿中の免疫学的β-endorphinと髄液中のそれとは相関関係がみられず,髄液中の免疫学的β-endorphinとACTHとの間に高い正の相関関係がみられた。これは,β-endorphinが,血中と髄液中では異なった分泌調節を受けており,血中から髄液中へのβ-endorphinの移行は,たとえあってもごくわずかであり,β-endorphinとACTHは,共通の前駆体pro-opiocortinから生成されるのみでなく,分泌作用においても密接な関係にあることを示しており興味ある所見といえる。

抗てんかん薬服用者の血清酵素活性—γ-GTP,LAP,ALP,GPTおよびLDHについて

著者: 竹下久由 ,   浜崎豊 ,   川原隆造 ,   譜久原朝和 ,   挾間秀文

ページ範囲:P.371 - P.378

 抄録 72例の通院てんかん患者について抗てんかん薬服用患者にみられるγ-GTPやLAP,ALP,GPT,LDHなどの血清酵素活性上昇の意義や臨床的背景について検討した。その結果,γ-GTP 55.6%のほかLAP 43.1%,LDH 22.0%,ALP 18.0%,GPT 13.9%などの上昇が認められ,LAPの活性はγ-GTPと同様男が女よりも高く,1日の服薬剤数やDPH,PBなどの投与量に比例して上昇していた。また本酵素活性値は他の酵素とそれぞれ正の相関を示したが,血清Caや無機Pとの間には相関を示さなかった。一方γ-GTPの活性もLAPと同様ほとんどの酵素と正の相関を示していたが,無機Pとの間には負の相関が認められた。またALPは血清無機Pとは負の相関を示した。これらの結果から,ALPの活性上昇には骨障害が関与しているとしても,血清酵素活性の上昇は肝における抗てんかん薬による非特異的な酵素誘導によりもたらされている可能性が強いことを示唆した。

二重盲検法によるCarbamazepineの躁うつ病予防効果の研究

著者: 大熊輝雄 ,   稲永和豊 ,   大月三郎 ,   更井啓介 ,   高橋良 ,   挾間秀文 ,   森温理 ,   渡辺昌祐

ページ範囲:P.379 - P.389

 抄録 躁うつ病に対するcarbamazepineの予防効果について,22例の患者を対象に多施設共同研究でプラセボを対照薬とした二重盲検試験を行なった。
 対象には躁うつ病両極型あるいは躁うつ病躁型の症例で,本試験開始前2年間に少なくとも毎年1回の病相を持ち,そのうち1回は躁病相であったものを選定した。carbamazepineの1日用量は通例200〜600mgを使用し,時には1200mgまで増量した。投与期間は1年間であった。その結果,carbamazepine群の12例では,著効5例,有効1例,やや有効1例,無効3例,悪化0例および判定不能2例で,有効率(著効および有効例)60%を示していた。一方,プラセボ群の10例では,著効1例,有効1例,やや有効2例,無効4例,悪化1例および判定不能1例で,有効率22.2%であった。本試験の成績はcarbamazepineがプラセボに比べすぐれた傾向にある(U test,P<0.10)ことを示すもので,躁うつ病の予防薬として有用であることを示唆するものであった。

けいれん発作,ミオクローヌス,精神発達遅滞を持つ先天性脳梁欠損症の1例とミオクローヌス,精神発達遅滞を持つその同胞について

著者: 勝井丈美 ,   内藤明彦 ,   三浦まゆみ ,   新井弘之

ページ範囲:P.391 - P.396

 抄録 症例は15歳の男子。けいれん発作,ミオクローヌス,重度精神発達遅滞を持ち,その同胞にも同様の精神発達遅滞と全身のミオクローヌスがあったため,症候学的に家族性ミオクローヌスてんかんが疑われたが,頭部CTスキャンにより,先天性脳梁欠損症であることが判明した症例を報告した。
 先天性脳梁欠損症の臨床像として,従来の報告の中にはほとんど見られない,ミオクローヌスを合併していた点が特異であった。
 脳梁欠損がいかなる大脳機能の異常,あるいは臨床症状を生じうるかについて,半球間連合障害症候群を中心に,文献的考察を行ない,本症例の臨床症状は,脳梁欠損そのものに由来するものではなく,脳梁欠損以外の脳損傷によるものであろうと推論した。また,本症例とその同胞の臨床像を検討し,両者に共通な病因の可能性について論じた。

発症後14年を経過したSheehan症候群の1症例

著者: 木村健一 ,   阿部完市 ,   松橋道方 ,   山内常博 ,   田島宏子 ,   大内田昭二

ページ範囲:P.397 - P.404

 抄録 われわれは,意識喪失発作・昏睡状態で救急病院に入院し,その後外科に転医した48歳の女性が,発症以来14年を経過したSheehan症候群と診断され,治療中精神症状を発現して精神科に入院することとなった症例を経験した。好褥,失禁,極度に緩慢な精神活動など,軽い意識障害を中心とする治療前の症状から,甲状腺と副腎皮質ホルモンの補助療法による回復期,そして無気力,怠惰,不関を特徴とする人格変化を残した症状固定期の一連の症状変化の過程を観察した。脳波心理検査などで変化のあとをたどった。
 本症例の経過を記載しSheehan症候群の精神症状に関する文献を引用し,機能的,症状性の精神症状と器質性精神症状の異同,変化について考察した。

男子二卵性双生児の一方(弟)にみられた思春期やせ症の1例

著者: 酒井明夫 ,   岡本芳文 ,   斎藤徹 ,   斉藤潔 ,   阿部広子 ,   宮崎貴代花 ,   三田俊夫 ,   切替辰哉

ページ範囲:P.405 - P.412

 抄録 思春期やせ症の男子例についての報告はわが国ではまだ少ない。特に男子の双生児における本疾患の問題を扱った報告はまだわれわれの知るかぎりではみあたらない。
 今回われわれは,男子二卵性双生児の弟にのみ発症した思春期やせ症の一例を報告した。患者は高校2年時に発病し,やせの希求とそれに伴う体重減少,強迫的な行動や生活様式などを示した。本症例における成熟嫌悪は,父親に象徴される男性性の否定として出現していると考えられるが,性格や体格の面で著しく異なり,患者に比してより健康な成熟をとげつつある兄に代表される男性性の拒否と,兄とは異なる位置に自身を置こうとした患者の心理規制が,本疾患の発現に重要な役割を有すると考えられた。

古典紹介

Adhémar Gelb und Kurt Goldstein—色名健忘について—並びに,健忘失語一般の本性と,言語と外界への行動との間の関係についての研究—第2回

著者: 波多野和夫 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.413 - P.420

4.「色名健忘」と分類原理(Zuordnungsprinzip)の欠如
 分類検査でみられた患者達の行動の偏倚は分類過程Sortierungsvorgangの障害であることが明らかにされた。すでに述べたように健常者は手本の基本色調に何らかの点で所属する全ての色見本を選択するものであるが,ここで問題にしている障害を有する患者は手本の具体的個別的な印象に頼ろうとする遙かに著しい傾向がある。患者は手本と全く同一の色見本か,色調又は明度といった何らかの観点で極めてよく似た色見本だけを選択するのである。この行動の原因をより正確に理解するために,我々の患者Th. について確かめられた事実を拠所にしよう。それはこの種の患者達の色彩分類検査に於ける行動が皆同じであったという点について我々がこれまで詳述して来たことからいって全ての患者にもあてはまることなのである。
 色名呼称に於いても名をあげた物品の色の指示に際してもTh. のとった行動が既に我々に,より原始的なprimitiver行動と特徴づける契機を与えた。色彩分類に於ける彼のやり方も又より原始的な,即ちより現実に近い行動と見做してさしつかえないものであろう。彼が手本と色見本群とをはじめからある一つの観点から見ることはしなかった,例えば前に置かれた色見本が青らしさとか赤らしさとかを目立たせる程度には無関係にはじめから青らしさとか赤らしさとかいう観点から見ることはしなかったという限りに於いて,彼の行動はより非理性的unrationellerでありより生活に近いlebensnäherように思える。一つ一つの色見本の毛糸は患者に対して,その客観的な性質に応じてある時は彩かさによって,またある時は明るさ又は淡さ等によって規定された,一つの特徴的な色彩体験を喚起したのである。従って2つの色,例えば手本と色毛糸の一つが客観的に同一の色調に属しているが明度が異っている場合,例えば手本では彩かさが,もう一つの色見本の方では明るさとか暖かさとかが優勢である故に,両者は彼にとっては必ずしも互いに帰属するところが同じであるように見えるとは限らなかった。例えばある種の赤が極めて強烈に優勢であるような色見本を手本として与えると,彼は自分にこれとよく似た体験を喚起することの出来る色見本を捜し出す。この際に彼が例えば明らかにより明るいかあるいはより暗い赤の色見本を取ってそれと手本とを並べた時でも,健常者が見れば「これも赤」だから十分に該当すると思われるにもかかわらず,患者は取り去って捨ててしまうということになり得るのであった。この色見本の場合彼にとってはまず明るさか暗さの体験の方が強く喚起されてしまい,同属性体験Kohärenzerlebnisではなくて,相互にぴったりこないという印象を持ってしまうので,この色見本が手本に帰属しないのは明らかだと感じられたのである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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