研究と報告
貧困妄想を呈したうつ病者の生活史について
著者:
松江克彦1
三浦玄三2
所属機関:
1東北大学医学部精神医学教室
2二本松会山形病院
ページ範囲:P.473 - P.479
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抄録 顕著な貧困妄想を呈したうつ病者自験例9例の生活史を検討した。発病時に貧困観念の発生を了解せしめる経済的事情は認められなかったが,生活史上過去に,長期間にわたる経済的困難の体験が4例においてみいだされた。これらの困難が後年のうつ病による貧困観念の主題化にとって重要なのはもちろんのことであるが,筆者らが特に注目したのは,生活史上みいだされた患者の家庭内状況である。すなわち,患者が複雑な家族構成を持ち,家庭内の権威者の支配下で長い間冷遇されやすい弱い立場にあったという,症例間で類似した家庭内状況が5例において認められた。これらの事情を手がかりとして,自験例の顕著な特徴である労働への執着が生じる過程について,患者が従事していた農業や自家営業の職業特性と家庭内状況を中心にして力動的に考察を加え,労働の結果的産物である財産など経済上の喪失の恐れとして表現される貧困主題が患者にとって持つ意味について論じた。