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文献詳細

雑誌文献

精神医学23巻9号

1981年09月発行

文献概要

展望

精神神経疾患の生物学的問題

著者: 森温理1

所属機関: 1東京慈恵会医科大学精神神経科学教室

ページ範囲:P.858 - P.873

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I.はじめに
 著者に与えられたテーマは「精神疾患の生物学的問題」であるが,最近におけるこの領域のおびただしい研究を展望することはとりわけひとりの力ではとうてい不可能である。従って,まず初めに本稿で取り上げたものは広汎な問題のごく一部であり,また著者自身の興味に偏ったおそれのあることをお断りしておきたい。それぞれのテーマについてはすぐれた総説や著書13,45,92,94,101,113,160,179)が数多く出版されているのでそれを参照していただく他はない。
 神経疾患についても,また精神疾患についてもそうであるが,近年臨床的研究の基礎となる神経諸科学(神経系の形態学,生理学,生化学,薬理学,さらに神経心理学など)の長足の進展に支えられてあらたな展望が開けつつあり,なかには疾患の本質にいま一歩と迫る所見と思われるものさえみられている。
 形態学的アプローチの面ではまず新しい検査法であるCTによって精神分裂病を初めとするいわゆる内因精神病の脳病変の有無が問い直されたことであろう。これは従来からの気脳所見やあるいは神経病理学的所見58)とあいまって古くからの議論を解明する絶好の機会が訪れたことにもなる。また,大脳半球機能の詳細な研究が進められるにつれ,分裂病の半球機能についても左右差や,間脳,辺縁系との関連について示唆にとむ所見が見出されていることは興味深いことである。一方,形態学の面で最近めざましい進歩の1つは,なんといっても老化過程の神経病理学,特に電顕による老人斑やAlzheimer原線維構造の研究が新しい知見57)を見出していることであろう。Jakob-Creutzfeldt病を中心とした"痴呆"の脳病理も痴呆をささえる脳構造について注目をひく所見を示した。さらに,シナプスの形態と機能的変化とは,超微細構造のレベルで神経系の働きを解明するものであるが,この領域はとくに向精神薬の使用と関連して急速な進歩をとげた98)。その良い例はbenzodiazepineを始めとする脳内の各種レセプターの発見であろう11)
 生理学的アプローチを眺めてみると,精神分裂病や躁うつ病の精神生理的研究として,まずポリグラフィーによるREM睡眠機構の変化が追求され,さらに生体リズムの一環として時間生物学的研究が脚光を浴びつつある153)。これらの研究は今日特に躁うつ病や睡眠関連疾患においてかなりの成果を収めたといえる。一方,精神分裂病と眼球運動の研究143)は,分裂病者の認知,思考など基本的症状のあり方について興味深い示唆を与えてきたが,これは最近の神経心理学の発達と結びついて分裂病の症候学に大きく寄与している。
 生化学的,薬理学的アプローチは特に豊かな成果をあげつつあるようにみえる62)。脳内モノアミンの研究が向精神薬の作用機序と関連して精神分裂病や躁うつ病のモノアミン仮説が登場したことは周知の通りである。特に分裂病とdopamine(DA)代謝,躁うつ病とnoradrenaline(NA)及びserotonin(5HT)代謝との関連は,最も確からしさを示すものであった。また当初副産物のような形で注目されたDA代謝と抗精神病薬の錐体外路作用の知見が,舞踏病やパーキンソン病と脳内モノアミン代謝の関係へと発展し,これらの疾患の病態生理を解明する鍵となったことは興味深いことで,まさに精神医学と神経学との新しい出会いの場所となったといえる。さらに現在,モノアミン説をこえて,GABAや各種神経ペプチド,特に内因性モルフィン様ペプチドであるendorphineなどの向精神作用が,特に分裂病との関連の下で注目されている114)。分裂病の血液透析療法も,その知見の上に行われたものであった。
 一方,amphetamine精神病にみられる逆耐性現象の発見は,シナプス・レベル(レセプター)における過感受性の存在を示唆するものであるが,この事実はいわゆるflashbackなど中毒精神病にみられる臨床症状の再燃を説明するとともに,さらに進んで分裂病の再発機序のなかにも,このようなシナプス・レベルにおける類似の生化学的変化が,その物質的基礎として存在するのではないかとの推論を可能にした116)。戦後,分裂病との症候学上の類似性の発見によって,実験精神医学の上に大きな影響を与えたamphetamine精神病の研究は,ここに至って分裂病の発生についても深い理解に導く第二の時代に到達したといえるかもしれない。またkindlingのような実験的手技の開発が,この課題を一層実り豊かにする可能性を持っていると考えられる。
 神経心理学的アプローチは,大脳生理学特に最近ようやくその詳細が明らかにされつつある大脳連合野の機能と,ユニークな検査方法の発展を背景に,離断脳(split brain)の研究をきっかけとして,WernickeやLiepmann以来の新しい時代に入った108,109)。従来から大脳病理学としてわれわれに親しい領域であった失語,失行,失認などのいわゆる巣症状が,あらたな光の下に解釈されなおされているが108),同時に上記離断脳患者の示す思考,認知,行動が精神分裂病者のそれと類似しているとされ,大きな関心が寄せられている。
 以上,この分野の簡単な展望を試みたが,この他にも精神神経疾患の遺伝学的研究,免疫化学的研究,神経内分泌学的研究154,180)など注目すべき問題は数多い。本稿ではこれらのなかから,特に精神分裂病や躁うつ病を中心として,関連する領域の生物学的問題の二,三を取りあげ,最近数年間の現状と今後の方向について述べてみたい脚注)

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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