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雑誌目次

論文

精神医学24巻1号

1982年01月発行

雑誌目次

巻頭言

症状の自然史

著者: 阿部和彦

ページ範囲:P.4 - P.5

 精神科で診療に従事する医師にとって,さまざまな症状の自然経過や頻度の推移は大変参考になる基礎知識である。またこれらの症状を持っている人,又はその家族にとっても有益な知識であろう。
 ところがこのような疫学的な調査は,必ずしも充分行われていない。よく出現する症状がどのような年齢で最も頻度が高く,男女ではどのような差があるかについて,私共は3歳児の追跡調査1)と青少年の横断的調査2)から,次のような結果を得た。小児の夜驚は6〜7歳頃が最も多く,この年齢を過ぎるとこの症状は減少の一途をたどる。したがって側頭葉てんかんの可能性さえ否定出来れば,別に治療をしなくても上述の年齢を過ぎれば徐々に消失する場合が大部分といえる。次に8歳頃に最高に達するのが夢中遊行と歯ぎしりで,更に10歳頃ではチックの有病率が最高に達する。また多動と夜尿は3歳以後年齢と共に減少する。以上のべた症状はいずれも男子に多い。これに反して「ねつきにくい」小児は3歳以後,8〜12歳頃まで増加の一途をたどるが,これは女児に多い症状である(男子の約2倍)。同様に成長と共に徐徐に増加する症状としては,同じような物を多く集める収集癖があり,これは男子に圧倒的に多い(女子の約3倍)。次に15歳前後に最も多く出現するものとしては視線恐怖と赤面恐怖があるが,両方とも女子に多く,15〜18歳頃では30%以上に達するのでこの年代にはよくある症状といえる。しかしこの年齢を過ぎると急速に減少するので,長期的に見れば一過性の場合が多いことになる。思春期の少年少女で視線恐怖,赤面恐怖に悩んでいる人の中には上記のような所見,すなわちこれらの症状の頻度と,年齢と共に消失する傾向を知っただけで気持が楽になった,症状が軽くなった,と感じる人も多い。したがってこのような調査結果は治療に役立つ場合もあり,多くの中学生,高校生にとって有益な知識であると思う。

展望

現象学的精神病理学とトランス文化精神医学—回顧と展望

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.6 - P.17

I.はじめに
 本論の表題である「現象学的精神病理学とトランス文化精神医学」について,また副題である「回顧と展望」について,はじめに一言しておきたい。次第に明らかになっていくはずであるが,私自身の研究歴から言えば,精神病理学研究の方向が,次第に現象学的精神病理学に結実していき,昭和39年の偶然とも言える新しい経験を契機にして,文化精神医学に目が開かれ,それがトランス文化精神医学へと深化していったと言える。しかしこのことは,「私の研究が,現象学的精神医学からトランス文化精神医学へと移行していった」ということにはならない。私にとっては,このほとんど異質ともいえる2つの精神医学は,「どれから,どれへ」と規定できるものではない。しかしそうかと言って,この2つの精神医学研究領域は,「これとこれ」と併記して事足りるわけでもない。私にとっては,トランス文化精神医学研究は,私の現象学的精神病理学の具体的発展であると同時に,私のトランス文化精神医学は,たえず現象学的精神病理学の原点に立ち返ることをとおして,深化していかなければならないのである。私は,研究成果はともかくとして,このようにたえず自分に言いきかせてきた。簡単に言えば,現象学的精神病理学とトランス文化精神医学は,私の内部ではたがいに相補的である。なおトランス文化精神医学は,いうまでもなく,Wittkowerによって1959年にはじめて提唱されたtranscultural psychiatry31)を言うのであるが,ここでtransという接頭語を邦訳し切れなかったことについては,のちに述べる。
 つぎに「回顧と展望」について一言すると,この副題もまた,当然ながらいま述べた表題の意味合いと深くかかわってくる。すなわち私は本論において,まず私自身の研究歴ないし我が国や諸外国の精神医学史を顧み,そこからこれからの研究領域ないし研究方向を展望しよう,と言うのではない。むしろ今日まで自分が学び,考えてきたことを回顧することによって,新しい研究方向が展望されるとしたら,その限りにおいて,そのつど展望しよう,そしてこの新しい展望が,先人たちの過去の業績を顧みることを促がしてくれるときには,またそのつど回顧しよう,というわけである。以下に節別に述べる事柄は,このような意味での回顧と展望のくり返しの報告である。

研究と報告

精神分裂病者の放浪について

著者: 永田俊彦

ページ範囲:P.19 - P.25

 抄録 放浪する分裂病者11例について報告した。彼らはいずれも寡症状で単純型分裂病者に類似する病像を示していた。放浪は他者との「関係性」を回避することに特徴づけられ,これによって急性期の人格解体が免れたり,頓挫されたりしたものと考えられる。このようにみると,単純型分裂病者は「ある状況」に関わらないという人間学的意味方向をたどり,放浪(ある場合には転職を含めて)を余儀なくされる分裂病者とも解される。このような観点から,分裂病の寡症状化に対する笠原の仮説に若干の検討を加えた。

セネストパチーと躁うつ病—自験例と展望

著者: 遠藤俊吉 ,   山本裕水 ,   福田博文 ,   守谷直樹 ,   広瀬貞雄

ページ範囲:P.27 - P.34

 抄録 躁うつ病とセネストパチーの関連については,Schwartzをはじめかなりの報告がみられる。しかしながら,そこで記載されているセネストパチーならびにそれが出現する病相は各報告によりさまざまで決して一様ではない。そこでわれわれはこの領域の報告を展望し,3例の自験例を加えて考察を行った。症例1は若年期に発病した両相型であるが,うつ病相で顔面などの崩壊感,神経切断感などを示し,症例2は初老期発病の循環型で,その異常体感は主として軽躁病期にみられ,口内・喉の縮小感,歯の溶解・消失感,頭内空虚感などむしろCotard症候群に近いものであり,Schwartzのいう限局性心気症あるいは皮膚寄生虫妄想類似のものではなかった。症例3は老人性うつ病例であり,うつ病相に皮膚寄生虫妄想類似の症候を示す症例に属するものであった。

脳障害回復期にみられたヒステリーの2症例—Kraepelin,Kretschmer,Klagesの理論による解析

著者: 横井晋 ,   八木俊輔 ,   佐々木賢二 ,   岩成秀夫 ,   岩淵潔

ページ範囲:P.35 - P.45

 抄録 症例1は23歳の主婦で向精神薬による治療中悪性症候群を発し,各種治療によって軽快したが,その回復期に児戯的精神症状を主とする解離型のヒステリー発作を起した。
 症例2は39歳の主婦でウイルス脳炎に罹患し,治療による回復過程に転換型のヒステリー発作を起した。
 両例の発症に関しその背景となる親族間の軋礫,夫との問題について追求した。
 ヒステリーの生物学的,心理的機制はKraepelinの系統発生的に古い自己保存機構,Kretschmerの下層知性,下層意志機制の発現によっても説明可能と思われるが,Klagesの生の貧困すなわち造成過程の貧困による被影響性の亢進が最も適切な理論と思われる。
 われわれの2症例では脳障害による身体障害が生の貧困に拍車をかけていた。

精神分裂病患者小集団の意志決定過程と治療的関与

著者: 亀山知道 ,   太田敏男 ,   宮内勝 ,   安西信雄 ,   平松謙一 ,   池淵恵美 ,   増井寛治

ページ範囲:P.47 - P.55

 抄録 本研究の目的は,精神分裂病患者があらわす認知・思考の障害を,〈集団活動の動的な過程において〉把握することである。対象としてDay Hospitalの患者代表3名からなる委員会を選んだ。委員会での各発言を意志決定過程の段階分けという観点から,1.主題設定,2.関連する情報収集,3.情報の整理・起案,4.検討・吟味,5.判断・決定の5つのカテゴリーに分類し,正常(職員)集団のものと比較した。その結果,患者は関連する情報収集,検討・吟味の発言が少なく,判断・決定の発言が多かった。また,患者は話し合いの流れからはずれた発言が多かった。以上の結果より,患者の話し合いは正常集団に比べて,主題がしぼれず,話の流れが混乱しやすく,情報収集や検討・吟味を不十分にしたまま結論を急ぐことが明らかになった。以上の結果を分裂病の認知・思考の障害との関連で考察した。さらに,分裂病患者小集団に対する職員の治療的関与の技法を検討した。

純粋失読の1例—その回復過程を中心に

著者: 工藤順子 ,   工藤達也 ,   浅野裕

ページ範囲:P.57 - P.64

 抄録 57歳両手利きの男性で,3度の脳血管障害の後でいずれも純粋失読症状を呈した症例を報告した。右同名半盲,色名呼称障害,右半側空間無視,写字障害,漢字の想起困難を合併していた。CTスキャンでは左後頭葉内側面に低吸収領域があり,左後大脳動脈領域の梗塞が示唆された。著者らは各々の発作後の失読症状の推移を経時的に観察したところ次のような特徴が見出された。1)失読症状は全般に回復傾向にあった。2)音読不可能な時期においても文字形態の視覚的把握は可能であった,3)音読がS. L. T. A. で回復するまでの音読不可能な場合にも,しばしば文字のおおよその意味を把握することが可能なことがあった。
 著者らは特に 3)の点に注目したが,Vorgestalt的把握,“cue”の効果などが関与していることを推定した。

器質性脳疾患におけるCapgras症候群—回復期に本症候群を呈した脳炎の1例

著者: 富岡秀文 ,   鳥居方策 ,   柳下道子 ,   松原三郎

ページ範囲:P.65 - P.75

 抄録 CapgrasとReboul-Lachaux(1923)の原著以来,Capgras症候群の報告は精神分裂病やうつ病など内因性精神病の症例について行われてきたが,近年では英語圏を中心に脳器質性疾患における本症候群の記載が散見される。本邦における報告は,いずれもほぼ精神分裂病圏内の症例を対象としたものである。
 われわれは最近,単純ヘルペス・ウイルスによると思われる脳炎の急性期からの回復途上において,意識障害の徴候が消失した後,ほぼ通過症候群と思われる時期に,母親を対象としてCapgras症候群を呈した19歳の女性の症例を経験した。
 本症例の臨床経過の報告とともに,器質的背景を有する症例を中心にCapgras症候群の文献的考察を行い,ついで器質性脳症候群における本症候群の発現機序を,文献例ならびに本症例について考察した。

脳内石灰化を伴ない,多彩な精神・神経症状を呈した偽性偽性副甲状腺機能低下症の1例

著者: 楠瀬幸雄 ,   重本拓 ,   柏村皓一 ,   山田通夫 ,   小林勝昌 ,   瀧原博史 ,   藤井光正

ページ範囲:P.77 - P.81

 抄録 左手中手骨短縮などの身体的徴候と大脳基底核および小脳歯状核への石灰沈着を認めた,偽性偽性副甲状腺機能低下症の44歳の女性例を経験した。錐体外路症状と小脳症状などの神経症状,記銘力低下および計算力低下などの知的退行に加えて,幻覚・妄想などの精神症状を呈していた。血清電解質に異常はなかった.偽性偽性副甲状腺機能低下症に脳内石灰化を認めることは稀であり,さらに,幻覚や妄想などの精神症状を呈する例の報告はない。同様な脳内石灰化を有して精神症状を呈するFahr病との異同を含め,興味のある症例と考え報告した。

短報

幻聴,てんかん発作,脳波異常,大脳基底核石灰化を呈した偽性副甲状腺機能低下症(Pseudohypoparathyroidism)の1例

著者: 種市愈 ,   渡辺茂

ページ範囲:P.83 - P.85

I.はじめに
 偽性副甲状腺機能低下症(Pseudohypoparathyroidism,以下P. H. P. と略す)は,副甲状腺において副甲状腺ホルモン(P. T. H.)の合成・分泌はあるが標的器管である腎の反応性の低下のため,低カルシウム血症,高リン血症を示し精神・神経症状などを呈する疾患である。1942年のAlbright1)の報告を初めとしてその後多くの報告がなされており,本邦においては70例弱の報告がなされている。本症例は幻聴,脱力発作,全身痙攣など多彩な症状を呈し,CT・脳波に異常を認め,治療により症状,脳波に改善を認めたので報告する。

動き

フランス神経心理学瞥見記

著者: 渡辺俊三

ページ範囲:P.87 - P.91

 著者は1980年10月より1981年3月までの6ヵ月間,日本学術振興会とINSERM(Institut National de la Santé et Recherche Médicaleフランス国立保健医学研究所)の日仏科学協力事業の交流研究者として滞仏し,その際フランス神経心理学を一瞥する機会があったので報告する。
 フランス神経心理学の理論的流れについては,すでに大東が詳論1,2)しているのでここではごく簡単な瞥見記を述べるにとどめる。

古典紹介

H. Lissauer—精神盲の1症例とその理論的考察—第1回

著者: 波多野和夫 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.93 - P.106

 Munkが実験的手段を以って精神盲Seelenblindheitの概念を創設して後,この生理学上の新しい創造は急速に臨床研究に取り入れられた。かくしてすでに3年前,Wilbrandは有名なモノグラフ原注2)に於いて,それまでの症例をまとめ,自から行った重要な観察を加え,後に議論の対象となるはずである現象に対する極めて詳細な理論をも提出することによって,精神盲の臨床の章を総括的に記述し,ある一定の合意を取り付けるという課題に取り組むことが出来たのであった。
 Wilbrandの著書以来,精神盲の特殊な問題に対する詳細な臨床的研究は私の知る限りでは公表されていない。しかし近縁領域たる読字障害や書字障害,あるいは半盲や失語の関連については多くの著者によって専門的研究が行われている。私はここでBrandenburg原注3),Batterham原注4),Bruns und Stoelting原注5),Freund原注6)の研究を挙げておく。さらに「失行と失語」という表題の下に精神盲の症状をも考察したAllen Starrの研究も知られているが細部に渡る詳細な観察が行われたわけではない。

追悼 井村恒郎先生を偲ぶ

略歴と主な研究業績

著者: 野上芳美

ページ範囲:P.110 - P.111

略歴
明治39年9月17日 銚子市に生れる
昭和4年3月 京都帝国大学文学部哲学科卒業
  9年3月 東京帝国大学医学部医学科卒業
  9年4月 東京帝国大学医学部付属病院精神科副手
  10年3月 東京帝国大学医学部助手
  15年7月 東京帝国大学医学部付属病院外来診療所医長
  16年2月 医学博士学位授与
  16年9月 軍事保護院傷痍軍人下総療養所医官
  19年7月 日本精神神経学会より第1回学会賞(森村賞)受賞
  22年2月 国立国府台病院副院長兼神経科医長
  22年9月 国立国府台病院院長心得
  24年7月 国立東京第一病院精神科医長
  27年1月 国立精神衛生研究所心理部長
  30年10月 日本大学医学部精神神経科教授
  47年9月 日本大学医学部精神神経科教授定年退職
  48年5月 日本大学名誉教授

井村恒郎教授と「精神医学」発刊のころ

著者: 懸田克躬

ページ範囲:P.111 - P.112

 この「精神医学」誌が誕生する上でひとえにその努力に負うところが多く,且つ初期の編集委員のひとりでもあった井村教授が亡くなられた。8月22日のことであった。葬儀は日本大学精神医学教室葬として,野上教授が葬儀委員長となり,9月12日青山葬儀所において営まれた。葬儀は神式で,いかにも井村教授にふさわしい清楚な御葬儀であった。しかし,私自身では,永いご病気の間ご無沙汰をしていたせいであろうか,まだ,いまになっても井村教授が亡くなられたという実感が湧いてこないでいる。井村教授の心中をお察したつもりで意図的にお目にかからないでいたのだが,もう会う機会は永遠にないのだぞという思いを新たにしてみるといまさらに臍を噛む思いである。しかし,それも今となっては及ばない繰り言に過ぎまい。
 井村教授は昭和9年に東京大学を卒業されて精神科教室に入局されたのだが,医学部入学の前に京都大学文学部の哲学科を昭和4年に卒業しておられる。哲学科を卒業してから更に医学部に入りなおされるに到った経緯や精神医学を専攻することに定められるまでにはいろいろと悩まれたことだと思うが,教授の口から直接にうかがうことはなかった。

井村恒郎教授のご逝去を悼んで

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.113 - P.113

 この度,「精神医学」発刊の中心となられた日本大学名誉教授,井村恒郎博士のご逝去に当って,追悼の辞を述べることを依頼されました。
 昭和12年入局当時,東大神経科の医局長として人望を集めておられた井村先生が,最も力を入れて研究しておられたGehirnpathologieの研究は,私にとっても大変魅力あるものでした。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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