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雑誌目次

論文

精神医学24巻2号

1982年02月発行

雑誌目次

特集 リチウムの臨床と基礎—最近の話題 巻頭言

リチウム特集号発刊にあたって

著者: 高橋良

ページ範囲:P.120 - P.121

 本号はリチウム療法の臨床と基礎についての特集号であるが,昭和56年4月12日に開催された日本リチウム研究会第1回集会の招待講演者の発表と参加者の討論をまとめたものである。真の意味のリチウム療法の開拓者といえるデンマーク,オーフス大学精神科,生物学的精神医学教授であるM. Schou教授が来日し,公開講演をされた翌日,教授をまじえて,リチウム研究者約50名が1日間,一堂に会し,最近の問題点に焦点をあてながら充分発表,討論しえたことは,リチウム療法が躁うつ病の治療と予防に不可欠なものとなっている今日,極めて有意義であった。更にリチウムの内科疾患の若干のものへ治療的応用の可能性が生じてきたことも発表され,その作用機序の解明は副作用の防止とともに躁うつ病の本態解明への足がかりを与えてくれるように思われた。
 本特集号では以下の表題にみられるように,リチウム療法の躁うつ病における現在の位置づけと広く精神神経疾患におけるその役割から始まり,臨床上重要な問題である副作用,中毒の諸問題をへて基礎的研究に至るリチウムのほぼすべての領域を網羅しているといえよう。リチウムは優れた不可欠の躁うつ病治療薬であるが,本剤の最大の特徴は精神医学における本格的な最初の予防薬として実証されたことであろう。疾病の原因を根治しうる一次的予防薬とはいえないにしても,服用持続によっていかに多くの躁うつ病者が社会的にほぼ完全に機能できる利益を享受しているかは日常診療で経験していることでもあり,以下の論文でその科学的所見が充分論じられている。

躁うつ病におけるリチウム療法の位置

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.122 - P.136

I.はじめに―リチウム療法の意義と位置づけ
 炭酸リチウムを中心とするリチウム塩は,Cade, F. J. 10)(1949)によって躁状態の治療に導入され,Schou, M. ら65)(1954)によってその抗躁効果,躁うつ病予防効果などが確認されて以来,現在では躁うつ病の治療に欠くことのできない薬物になっている。
 精神科領域におけるリチウム療法は,つぎのようないくつかの意義を持っていると考えられる。(1)従来難治であった躁状態に対して顕著な治療効果をもつこと,(2)従来の電撃療法や抗精神病薬療法では不可能だった躁うつ病における病相反復出現の予防にも有効で,躁うつ病の本格的治療への途をひらいたこと,(3)反応者responder,非反応者non-responderの問題を介して,躁うつ病の亜型分類や病態生理,成因の研究などに多くの示唆を与えていること。
 しかし,リチウム療法は精神科薬物療法としてはまだ歴史が浅く,その臨床効果,副作用,作用機序などについて未解決の問題が少なくない。たとえば,躁うつ病とくにうつ病に対する有効性の問題,responder・non-responderの問題効果の予測predictionが可能かどうかの問題,リチウム療法の継続・中止・怠薬,他剤との併用と相互作用,血中濃度,長期使用時の副作用,他の治療法との比較などについては,なお今後の検討が必要であると思われる。本稿ではこれらの問題点のいくつかをとりあげ,その現状と今後の研究のあり方を考えてみたい。

躁うつ病に対するリチウム療法の現況

著者: 渡辺昌祐

ページ範囲:P.137 - P.154

I.はじめに
 リチウム療法が精神疾患に対して導入されて以来,既に30年が経過した。その間,20種類以上に及ぶ精神神経疾患(表1)に対してリチウム治療が試みられている。躁病の治療や,躁うつ病の予防に対するリチウム治療の効果は確立したが,その他の疾患に対するリチウム療法の効果は十分実証された段階ではないが,効果が認められたとする症例報告や,より詳細な研究報告が後を断たない。このことはリチウム治療の有用性が十分ではないが認められるからであろうし,今後の研究を必要とする部分でもある。本邦においても昭和50年2月以来,炭酸リチウムが医薬品として販売されるに至り,今日多数の精神科医がリチウムを使用するに至っている。
 著者は1974年に本誌に「感情障害とリチウムイオン」1)を発表したが,その後の躁うつ病に対するリチウム療法の現況を展望する。

リチウムの副作用・中毒—中枢神経系

著者: 栗原雅直

ページ範囲:P.155 - P.166

I.はじめに
 リチウム塩は,他の抗精神病薬と比較して,ねむ気・倦怠感などの副作用が少ないために,躁うつ病の予防・治療には一見用いやすいという印象がある。他の薬と比較して,のませやすく,患者の側の抵抗が割合少ないという長所があるために,つい無警戒に投薬を続けやすいのであるが,実は過量投与によって重大な副作用が起こりうるのである。
 わが国でも,初期における石田1)の死亡例報告をはじめとして,リチウムによる重篤な副作用は,しばしば報告されている。海外の副作用情報をファイルしてみても,リチウムの副作用報告は,ほとんど抗精神病薬とか抗うつ薬とかいう一つの大分類項目に匹敵するほどの頻度で集積されつつある。
 またはじめには予想されなかった,記憶障害の副作用2,3)や,芸術創造力の低下も起こるなどということも報告されるようになり,「他の抗精神病薬のような,知的低下の副作用がない」と説得して患者にリチウムをのませ続けることが,つねに妥当とは限らなくなってきた。
 にもかかわらずリチウムはessential drugの一つであり,躁うつ病の予防・治療に欠かすわけにはいかないので,われわれは他の薬以上にリチウムの副作用にくわしく,またその使用にあたって細心かつ習熟すべきであると言える。
 今回私に割当てられた課題は,リチウムの中枢神経系への副作用ということであり,その範囲は広大でまた重要な項目なので,責任を感ずるものである。われわれはたまたま重篤な1中毒例をすでに報告しているが,必ずしも一般の精神科医の目にふれやすい形とも言い切れないので,今回あらためて症例の経過をまとめ直し,文献的考察を付して参考に供したい。

リチウムの副作用・中毒—腎機能

著者: 江原嵩 ,   渡辺昌祐 ,   大月三郎

ページ範囲:P.167 - P.176

I.はじめに
 リチウム塩は,躁うつ病急性期の治療の第1選択薬としての地位を揺るぎなきものとしているが,近年,情動疾患の予防療法薬としての脚光も浴びている27,72)。予防療法は年余にわたるものである故に,特に副作用についてはきめ細かな臨床的観察と基礎的研究が要求されることは言うまでもない。リチウム塩の副作用は,中枢神経系,消化器系,循環器系,内分泌器系,造血機能系はもちろんのこと,腎系を含めた全身の諸器官に及ぶことが知られている1,72)
 腎臓に及ぼすリチウムの作用としては,リチウム過投与,過蓄積による中毒状態での急性腎不全症状は,最重症の腎系副作用として熟知されると同時に,最も恐れられているものの1つである。治療的リチウム濃度内においても,投与初期に見られる多尿症や,維持的リチウム濃度内での多尿症も軽症の腎系副作用としてよく知られている。予防療法のごとき極めて長期間のリチウム服用により,もし潜在的な腎機能低下が進行的に発生しているならば,リチウム予防療法は極めて危険なものとなり予防療法の継続中止を余儀なくさせるものであり,さもなくば,予防療法におけるリチウムの投与量や投与方法などの技術的方法論を再考させるものとなる。
 それ故,本展望においては,中毒状態における腎系の臨床症状,腎機能,腎組織病理所見は言うに及ばず,とりわけ,予防療法非中毒状態での腎系の臨床症状,腎機能,腎組織病理所見について文献的に考察し,予防療法におけるリチウム投与量や臨床検査的観察について検討した。

リチウムの副作用・中毒—心臓機能

著者: 中根允文

ページ範囲:P.177 - P.185

I.はじめに
 リチウム剤が躁うつ病の治療薬として,その地位を確立してすでに約20年経過し,本邦でも多年にわたる治験の結果1980年より一般に市販されるようになり,繁用されつつあることは周知のことである。リチウム剤の使用が増加するに伴い,各種の副作用や中毒作用が知られ,稀には重篤な非可逆性の副作用症例報告もみられるようになった。しかし,その多くは神経系,腎機能などに関するものであり,心血管系に関する報告はまだ少ない。そこで,著者の経験した心血管系ことに心電図学的にみた副作用について,文献的考察を行いつつ,報告したい。

内科領域におけるリチウム療法—甲状腺疾患

著者: 和泉元衛 ,   長瀧重信

ページ範囲:P.187 - P.192

I.はじめに
 1968年Schou1)らはリチウム治療中の躁病患者に甲状腺腫の発生頻度が高いと報告した。これがリチウムの甲状腺に及ぼす影響の最初の報告である。その後,リチウムの甲状腺に対する作用について多くの研究がなされてきた。すなわち,甲状腺のヨード取り込み,甲状腺ホルモンの合成,分泌,代謝のどの過程にリチウムが作用するか検討された。これらの研究報告間で,お互いに相反する結果も散見されるが,大部分の報告ではリチウムは,甲状腺の放射性ヨードの取り込みを抑制せず甲状腺ホルモンの分泌を抑制している1〜2)。このことはリチウムが甲状腺内のヨードの蓄積を促進させることを意味する。このリチウムのヨード蓄積作用を利用して,バセドウ病および甲状腺癌の131I療法の効果を増強させることが可能である。著者らはバセドウ患者および甲状腺癌患者の131I療法にリチウムを併用し,その治療効果を増強させうるかどうか現在検討中である。初期検討の結果ではリチウムの併用は非常に有用であることが示唆された。そこでこの初期検討の結果をここに述べる。
 リチウムは甲状腺ホルモン分泌を抑制するが甲状腺の131I取り込みは抑制しない。一方ヨードはリチウムと同様に甲状腺ホルモンの分泌を抑制するが,同時に甲状腺の131I取り込みをも抑制する。そこで本稿でこの両者の相異についても少し述べてみたい。

内科領域におけるリチウム療法—血液疾患

著者: 高久史麿

ページ範囲:P.193 - P.197

I.はじめに
 リチウムがヒトおよび実験動物で顆粒球数の増加をもたらすことは,すでに1950年代においていくつかの論文で報告されているが,躁うつ病の治療にリチウムがひろく用いられるようになった1960年代の後半からリチウムによるヒトの顆粒球増加症が次第に注目されるようになった。特にO'Connell1),Murphyら2),Shopsinら3)が1970〜1971年にかけてあいついでリチウム治療中の患者にみられる顆粒球増加症を報告をして以来,リチウム塩による顆粒球の増加がひろくみとめられるようになり,臨床的にいろいろな原因によっておこってきた顆粒球減少症に対してリチウムを投与することが試みられてきた。
 本稿においてはリチウムによる顆粒球の増加とその機序,顆粒球の機能に及ぼす影響,顆粒球以外の血球への影響およびリチウム投与の血液異常に対する臨床的効果について概説する。

リチウムの体液中濃度—血漿中および唾液中リチウム濃度の薬物速度論的検討

著者: 本多裕 ,   西原カズヨ

ページ範囲:P.199 - P.209

I.はじめに
 今日リチウムは躁うつ病をはじめとする感情障害に広く用いられ21),さらに白血球減少症や甲状腺疾患の一部に対してもリチウムの治療効果が認められている12)。その臨床効果は血中濃度に関係が深く,一定の濃度に達しないと治療効果が期待し難いことと,過量投与時には重大な副作用の発現するおそれがあり,安全で有効な治療濃度範囲がかなり狭いところから,頻回の血中濃度モニタリングが必要とされている2,22)。このためリチウムはわが国で健康保険における薬物血中濃度測定のはじめての適用対象とされるに至っている。
 血中リチウム濃度の測定にあたっては,いくつかの基木的な薬物速度論的知識が必要である。リチウムの吸収,分布,排泄などの体内動態には個人差があり1),日中と夜間とでは腎血流量の変化に伴いリチウムの半減期も変化すること2)なども知られている。
 わが国ではリチウムは炭酸塩製剤のみが市販されており,経口投与時の吸収は良好で,下痢などの特別の条件のない場合には,bioavailabilityはほぼ100%に近いと考えられている5,19,34)。リチウムはイオンとして体内に存在し,代謝されることがないため,その体内動態に影響を与える要因は主として腎からの排泄および体内分布である1,3)。このため腎障害のある患者,とくに高齢者に用いる場合には慎重な配慮が必要であり33,36),また体重の変化,大量の発汗を伴う熱性疾患や重労働などに際しても体内分布容積の変化やNaの喪失を伴うので投与には十分の注意が必要である23)
 リチウムのヒトにおける薬物速度論的知見は従来主として1回経口投与後のデータに基づいて得られている7,15,18)。長期にわたる臨床的使用にあたってのデータは少なく,ことに日本人についての検討は十分行なわれているとは言い難い。長期連用時においても血中リチウム濃度は,服薬後の変動がかなり大きいため24),血中濃度の測定にあたっては,規則正しく服薬していて定常状態(steady state)に達していることの確認(compliance)がまず必要であり,さらに最終服薬後の経過時間を考慮に入れることが重要である。Amdisenは,最終服薬後12時間を標準血清リチウム濃度(12hrst SLi)として用いている1)
 リチウムは血中のみならず色々な体液中に分布している。血漿中リチウム濃度を基準とすると,全血中0.825),赤血球中0.456,13,14),乳汁中0.3531),脳脊髄液中0.504,17,37),唾液中2〜311,16,20,26)などという値が報告されている。
 この中唾液中濃度のみが血漿産濃度より高値であることが特徴的で,これは唾液腺におけるLiのactive transportのためと考えられる。唾液中リチウム濃度と血漿中リチウム濃度の比(S/P ratio)は従来外国の文献では必ずしも一定せず,安定した値を得るためにいくつかの修正方法が工夫されている28)が必ずしも良い結果は得られていない。
 もし唾液を用いて血漿中リチウム濃度が正確に推測出来るのであれば,注射器を用いる必要もなく,家庭でも採取出来,試料の量も血液の半分以下ですむなど臨床上の有用性は大きいので,この点をさらに検討する必要があろう。
 我々は過去10年間にわたり感精障害を有する多数の患者に炭酸リチウムを投与し,治療効果および病相の発現予防効果を検討し,良好な結果を得ている。従来わが国における長期リチウム投与時の薬物速度論的側面,とくに唾液中リチウム濃度の動態についての研究報告は少ないので8,9,32),臨床場面において基本となるいくつかの問題をとりあげ検討してみたい。

リチウムの中枢作用機序―アミン代謝

著者: 古川達雄

ページ範囲:P.211 - P.221

 リチウムの作用機序を,脳における重要な化学伝達物質である脳内アミンの代謝変化を中心とし,やや広く述べる。

リチウムの中枢作用機序―レセプター

著者: 瀬川富朗

ページ範囲:P.223 - P.228

Ⅰ.緒言
 リチウム塩は躁病に有効な治療薬として繁用されてきたが,躁うつ病のうつ期にも有効であることが指摘され,この方面でも重要な薬物として用いられている。しかしながら,その作用機序については種々の薬理学的研究報告があるにもかかわらず,決定的と考えられる報告はまだこれをみない。とくに,躁病に対する有効性に関する研究は極めて多いが,うつ病に対する有効性についての基礎的な研究はほとんどないといっても過言ではない。
 躁うつ病患者の脳脊髄液や脳内でカテコールアミンやセロトニンの代謝異常がみられ,リチウムの投与によってこれらアミン類の代謝が影響をうけるところから,リチウムの作用機序を中枢神経系アミン代謝に対する効果に求める報告が多い。しかし,この場合ももっぱら躁病に対する治療効果と結びつけたものである。
 筆者は,リチウムのうつ病に対する有効性を薬理学的に解釈しようと試みているが,その一方法として,臨床上用いられている三環性抗うつ薬の作用機序との共通点を探ろうと試みた。とくに,最近提唱されているうつ状態の発生原因としての中枢セロトニンレセプターの感受性亢進説について説明し,これを動物実験レベルで支持するわれわれの研究結果を報告し,この結果によく一致するリチウムの薬理学的効果を紹介し,その作用機序としての可能性について考察しようと試みた。

ディスカッション

ページ範囲:P.229 - P.237

Ⅰ.精神科領域におけるリチウム療法
 高橋良(座長:長崎大) 大へん詳細に,各国の新しいデータを紹介していただき,学ぶ点も多かったと思う。では質疑応答に入ります。
 稲永(久留米大) リチウムresponderとcarbamazepineのresponderはどの程度の割合で合致するか。また,リチウムとcarbamazepineの二重盲検試験の必要もあろうと思うが。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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