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雑誌目次

雑誌文献

精神医学24巻3号

1982年03月発行

雑誌目次

巻頭言

DSM-Ⅲと精神障害の病名

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.244 - P.245

 一昨年春,米国精神医学会(APA)の発表したDSM-Ⅲは我国の精神科医の間にも大きな反響を呼んでいる。そして,今春,その和訳を出版することとなった注)。この作業で最も大きな問題は何といっても病名の和訳である。
 かつて,明治時代に呉秀三はクラフト・エビングの書によって論述した「精神病学集要」を,ついで明治30年(1897)「精神病学要略」を著し,明治30〜34年,オーストリア,ドイツに留学後クレペリンの教科書第6版(1899)を持ち帰り,これをもとに教科書を改めたが,病名について多くの苦心が払われたことは誰も知る通りである。そして呉秀三時代末期(大正末期)には躁うつ狂は躁うつ病,緊張狂は緊張病となり,病名はほぼ今回の形となった。

展望

不安と恐怖からみた神経症の考え方

著者: 田代信維

ページ範囲:P.246 - P.262

I.はじめに
 神経症は不安の問題をぬきにして語れない。不安と関連して恐怖があるが,これらの用語は定義が不明確で,しばしば区別されずに使用されている。そのことがこの分野での研究の発展をさまたげている面もみられる。
 また最近,不安や恐怖状態での自律神経系や内分泌系機能について脳生理学的研究が多く集積されている。その他の脳神経機能に関する研究も長足の進歩をとげている。近い将来心理学と脳生理学の分野は一層接近し,神経症の研究が心身両面から同じ土俵で討論されるようになり,治療面に大いに貢献することが期待される。
 そこで不安と恐怖を主題とした研究,またそれらを基盤にした文献に絞って展望し,その定義と発生機序についてまとめてみた。さらに神経症的不安(病的不安)と症状の関係について,主として実験および認知心理学からの研究に基づき,理論づけの可能性を探った。いま1つの目的は心理学的研究成果を生物学的,脳生理学的レベルにどれだけ導入しうるのか,どこにその接点を求めうるのかを探ってみた。

研究と報告

Alzheimer病の1家系(5例発症)

著者: 渡辺俊三 ,   吉村伊保子 ,   佐藤時治郎 ,   吉村教皞 ,   佐藤五十男 ,   大沼悌一

ページ範囲:P.263 - P.269

 抄録 家族性Alzheimer病の報告は欧米でかなりあるが本邦では5家系のみである。われわれは遺伝負因を有する2代5例(男性2例,女性3例)の臨床的Alzheimer病を経験し,その1例(15年間観察)について剖検所見を得,Alzheimer病と診断されたので報告する。
 臨床的には発病年齢は38歳から52歳で,初発より死亡まで7〜15年で男女差はない。初発症状はすべて記銘力障害で始まり,地誌的障害が加わり,ついで諸神経心理学的症状が出現し,末期に錐体路・錐体外路症状などの神経症状が顕著となった。
 脳病理所見では肉眼的には脳重1080gで大脳半球はび漫性に萎縮し,とくに前頭葉,側頭葉で目立った。脳回の皮質,髄質とも萎縮し,とくにAmmon角,扁桃核,海馬旁回で顕著であった。組織学的にはAlzheimer原線維変性,老人斑,顆粒空胞変性が著明にみられた。
 臨床症状,神経症状,家族性発症と非家族性発症の比較,遺伝様式について考察した。

言語性および非言語性認知の相補性と分裂病—精神患者のダイコティック・リスニング

著者: 清田一民

ページ範囲:P.271 - P.280

 抄録 1)digit-DLT(dichotic listening test)および「数字」のかわりに身近な「物音」の,音質の弁別とその言語化から成るsound-DLTを用いて臨床検査を行った。digit-DLTで右耳有利の左右差を示すものが,sound-DLTでは左右差を示さない。2)分裂病群は,この2種のDLTの成績が,いずれも量的に有意な低下を示し,かつdigit-DLTによる左右差の増大が有意であった。ただし,この中には正常範囲のものが約20%含まれている。これらは臨床症状改善の程度も良好であった。3)分裂病者におけるDLTの成績不良の基本的因子として,大脳の左右の「半球間」のみならず,一側とくに左側の「半球内」における非言語性認知と言語性認知の「相補性の欠陥」が想定されること,この欠陥のために,DLTに用いられる言語的素材の違いによって,「左右差の逆転」も起こりうること,および,この欠陥は,かならずしも固定的ではなく,可変的段階もありうることを指摘した。

アルコール依存スクリーニングテスト(Alcohol Dependence Screening Test)開発の試み

著者: 三田村幌 ,   山家研司 ,   岡本宜明 ,   小片基

ページ範囲:P.281 - P.297

 抄録 Alcohol Dependence Screening Test(ADST)はalcohol dependenceを抽出することを主な目的として,alcohol related disabilitiesを問うものであり,被験者に122項目からなる質問用紙に自分で記載させ,それを検者はscoring sheetを用いて採点し,アルコール依存の存否と,いかなるアルコール関連障害があるのかを知ろうとするものである。NAC診断基準とWHO研究者会議の見解を基本的立場とする本法は,多面的観点からの評価をめざし可能な限りの症状を簡単な質問の中に網羅した。加重点の決定についても臨床的かつ客観的な方法を独自に試みてみた。その結果331名のアルコール依存者のうち93.7%をわれわれの評価基準で抽出することができた。正常なパターンを示したものは2.4%にすぎなかった。一方210名の対照群の中に5.7%のアルコール依存の疑われたものが存在した。アルコール関連障害の測定や,否認の抽出にはまだ不充分さを残すが,全体のプロフィールからさらに多くの知見を得ることが期待できる。

森田療法における入院期間,入院時年齢,罹患年数およびその他の要因の治癒に及ぼす影響

著者: 鈴木知準 ,   片岡晴雄 ,   唐沢治

ページ範囲:P.299 - P.307

 抄録 われわれは,神経症の治癒過程における個体差について,統計学的に一応独立要因とみなし得る3要因,すなわち,入院時年齢,罹患年数,入院期間別に資料を層別化して調べた。その結果つぎのことが判明した。一般に入院時年齢の低いもの,罹患年数の短いもの,入院期間が十分であるものの方が治癒成績が良い。また,ヒポコンドリーでは,長期罹患,高年齢のものに,うつ性の因子をもつものが混入する傾向がみられた。
 さらに,上記3要因以外の治癒に及ぼす要因をさぐるために,マッチドペアによる事例研究を行った。その結果,他の要因として,入院時における症状の軽重(これは患者の性格傾向が関与する場合が多いと考えられる),入院中における森田療法的環境作業に入り切る態度(これは主として治療者対患者の人間関係から展開してくる)が関係していることがわかった。すなわち,上記3要因はほぼ等しくとも,症状の重い場合は,予後が悪く,さらに森田療法的環境作業に入り切らないものは全治に至るまでに長期間を要する傾向があることがわかった。

ミオクローヌスてんかんの疑われた1症例—Forced Normalization現象と強迫笑に焦点を当てて

著者: 小林隆児

ページ範囲:P.309 - P.317

 抄録 筆者は,最近,発作的な笑いを初発症状として,他に精神病様異常体験などの精神症状を伴ったミオクローヌスてんかんと思われる1例を経験した。治療経過の過程で,発作的な笑いや他の精神症状は抗けいれん剤の投与により悪化したが,脳波上は発作波が消失するという臨床像と脳波所見との間に強制正常化(forced normalization)と思われる現象が認められた。しかし,脳波の上で発作性律動異常が消失した際,背景活動は逆に徐波化傾向を示した。このような背景活動の異常と非発作性精神症状との関連から,このような現象を強制正常化と呼ぶことについて批判的に考察を加えた。同時に本例の発作的な笑いが,てんかん性の笑い発作ではなく,強迫笑であると推論される根拠のひとつとして,この強制正常化の現象を考えた。

古典紹介

H. Lissauer—精神盲の1症例とその理論的考察—第2回

著者: 波多野和夫 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.319 - P.325

第2部
 筆者は精神盲の本質的な臨床的表現であるこの症状群を次のように説明しようと思う。即ち,視覚刺激を区別するために十分な視力によって視覚印象を得ていることが証明された患者に於いて,自分の前に置かれた対象を視覚知覚のみを以ってはその正しい名前を言うことも,その対象の性質を表現することも出来ないという現象である。精神盲のこの定義には2つの前提がある。第一に,進行麻痺の最終段階のような一般的精神的鈍麻が存在しないことである。我々の症例はそのことについて問題になることはない。視覚のみを以っては不可能であったある対象の認知が,聴覚や触覚による知覚を通じてならば可能であったという事実は明白な証明となり得る。触覚によって立体的な実物の対象を再認することは,視覚によって行うよりもはるかに注意力や,一般的に言えば知性が必要であることは特に明白である。
 この定義の第二の前提は失語性障害の除外である。我々の患者の話し方は場合によってはある種の超皮質性の言語障害の疑いを喚起するかもしれない。しかし事実としてこの種の障害の痕跡すら見出し得なかった。患者は失語患者の錯語のように語をとり違えることは一度もなかった。例えば彼が眼鏡と言った時には,自分が読み書きするために何百回もかけてきたあのガラスの道具だけを考えているのである。彼がフォークを眼鏡だと言明した時は,正しい概念に対して誤った語を用いたのではなく,概念そのものが誤っていたのである。これは彼と何らかの関りを持った人なら全て疑いなく認めるところである。

動き

うつ病とMHPG

著者: 丸田俊彦 ,  

ページ範囲:P.327 - P.334

Ⅰ.序
 うつ病(Depression)と総称される病気が,臨床的・生物学的に異種混合(heterogenous)であって,共通した(精神,形態,生化学的)病理変化を基盤とした疾患単位でないことは,精神病理学者,精神分析学者,精神薬理学者を問わず合意しうる点であろう1)。ここ20数年,特に,抗うつ剤の発見によりうつ病の薬物治療が可能になって以来,内因性(endogenous)-外因性(exogenousまたは反応性:reactive)という二分論を越えたうつ病のより正確な診断,詳細な分類を求める動向が高まってきた。
 DSM-Ⅲ2)はその動向を示す一例である。“Feighner Criteria”21),R. D. C. Criteria59)を通して生まれたDSM-Ⅲは,臨床像,症状,病歴を診断基準として,うつ病を再分類している。しかし,その最終稿が刷り上がる前から,その問題点と限界が明らかになってきている。それは(医学のどの分野においても言えることであるが),臨床症状(例えば貧血や発熱)の組み合わせだけをもってその症候群の病態生理を知ることは困難であり,逆にまた全く異った臨床症候群(clinica syndrome)が同一の病態生理によって引き起こされることもあって,臨床症状だけを頼りにした分類には自ら限界があるという点である。

病院精神医学会山梨大会に思う

著者: 功刀弘

ページ範囲:P.336 - P.337

 第24回病院精神医学会総会は10月3日,4日と山梨市民館において山梨日下部病院長松井紀和会長のもとに開催された。本学会は精神医療に従事する全ての者が医師,看護,SW,心理,OT等の職種を越えて討議に参加する唯一の学会であり,その前身の病院懇話会の時代から幾多の曲折を経て,今回の山梨大会を迎えた。参加者は会場の400席に溢れる盛会であったがここに2日間にわたる熱心な討論の一部を紹介して私見を述べたい。
 学会の基本テーマ,「医療と福祉の原点を問う」のもとに第一日はシンポⅠ「治療チームをめぐる諸問題」とシンポⅡ「患者の社会生活を支えるためのかかわり」がもたれた。前年の神戸学会と同様,事例を中心に問題を堀り下げていく形式がとられシンポⅠでは日下部病院の医師,看護,心理,OT,SWが1事例とのかかわりを通して各職種の役割の明確化,チームリーダーのあり方,治療方針をめぐり職種間の葛藤,特に主治医が交代したときに露呈した混乱とその意味,家族の期待と治療者のくい違い,更に精神療法としての一対一の関係とチームの接点など事例のかかえている問題より,むしろそれにかかわる治療者側の精神力動をクローズアップして問題を提示した。これらの克服のためにチームリーダーの存在,治療者間の話し合い,治療目標の明確化,治療構造の再点検など活発な討論がなされた。1患者に4年間にわたる各治療者のかかわりが,過去に何度も失敗を繰り返したような安直な社会復帰の方向をとらず,患者さんが社会人として自立できるだけの自我の成長,確立を院内治療の目的におくこと即ち人格の再構成を目指していることが最後に述べられた。この点精神医療における治療とは,その意味と限界については討論を深めるまでに至らなかった。翌日の特別講演で川上武氏が医療人は健康者の論理に立っていないか。病者の立場を一層尊重することを強調したが,このシンポにおいても職種による専門性が患者個人の上にどれだけ有効に作用しているか,治療者のエネルギーが治療者間の葛藤に消耗されずに,患者とそれをとりまく社会へと有効に発揮されるためにはどうしたらよいか,各治療者がその能力を自分の役割を越えてより有効に患者のために生かされる方途を模索したようにも思えた。

第2回パリ・ネッケール病院精神医学懇話会印象記

著者: 小泉明

ページ範囲:P.338 - P.341

 パリ15区にあるネッケール病院精神科教授Prof. Yves Pelicierの主催で精神医学懇話会Journées Psychiatriques de l'Hôpital Neckerが最初に開催されたのは,1979年の11月の下旬のことである。この時は,ちょうど,ハイデルベルクのProf. H. Tellenbachの著書"Melancholie"のフランス語版が,Prof. Y. Pélicierの監修によって出版されたお祝いの日に当り,「H. テレンバッハ・シンポジウム」Colloque H. Tellenbachという標題の下に,スペイン,ポルトガル,イタリア,フランスといった地中海諸国の精神科医たちが顔を揃え,ドイツの生んだ国際的精神病理学者を,フランスを中心とする地中海諸国の精神科医たちが,なごやかに取り囲み,あたかもゲルマン的ガイストと地中海的エスプリとの類い稀にして幸福な混交とでも言えるような光景が展開されたのである。
 そして,その1年後の1980年11月21日と22日の両日にまたがり,今度は,Prof. Y. Pélicierのアルジェリア時代の恩師,マルセーユ大学精神科の前主任教授Prof. Jean Sutterを囲んだシンポジウムが「持続妄想の精神病理学」Psychopathologie des Délires Durablesというタイトルの下で開催されるに至ったのである。

特別講演

台湾における精神医学の発達

著者: 林宗義

ページ範囲:P.343 - P.352

I.はじめに
 この会は私が歩んだ道の経験を皆さんにご報告し,それをめぐって皆さんのご意見を伺い,またそれに関連した精神医学の問題,あるいは日本における問題についての意見を伺う趣旨で,笠松先生を中心に皆さんに計画して頂いたのであるが,私としては,33年の過去に東京で日本流の精神医学を学んで以来,自分の生涯を初めてゆっくりと顧みる機会を与えられたことに感謝するものである。
 この33年間は日本を離れて過した33年間であるが,私にとっては非常に波乱に満ちた歳月であり,人間としても一精神医学者としても全く予期せぬことに次々とぶつかり,数多くの試練を経た半生であり,顧みて数奇な生涯であったと思う。
 次々にくり出される数々の挑戦に応答の暇なく,常に現実と闘いつつ,次のステップは何かと,あるいは,2年,3年後,あるいは10年後の将来は何かと,未来を見つめながら,峠を1つ越しても息つく暇もなくまた次の峠に向う生活の連続であった。
 時にはささやかな闘いに勝った喜びを味わいもし,新しい希望に然える瞬間もあったが,心身共に疲労困憊その極に達し,動けなくなり,絶望しかけながら自分に鞭打って進んだことも多かった。
 ただ1人で台湾島民600万人の精神医療の重責を持たされたのであるから,非常に面白い経験もし,辛い経験もしたのであるが,辛い経験の時にいつも思い出しては元気づけられたのは3人の人のことであった。
 1人は父である。父が私が日本へ来る時に与えた一つの詩がある。それを思い出しては自分を力づけたことが多かった。
 その詩は「桃源いずこにある,西の峯の最も深き所,漁人に問うを用いず,川に沿いて花を踏みていけ」である。父の意とするところは,「お前は若い志を抱いて日本へ行く。これからだんだん勉強をすると,桃源,すなわち1つのパラダイスを求めていくことであろう。しかし,桃源は非常に奥深い所にあるものだ。誰もわからないものであるが,ただ,陶淵明の桃源境記によれば,川で魚捕りをやっている人は知っているという。わずかな人だけは知っているのだ。しかし,そういう人に道を問うな。むしろ,自分で川のへりに沿って,花を踏んで行け。つまり自分で道をたずねてゆくことに少しは楽しみも味うだろう。」ということである。陶淵明その人の詩だと思うが,父がこれを書いて与えてくれたのを今も覚えている。これを時々思い出しては自分を元気づけていた。「山の彼方の空遠く,幸い住むと人のいう」というが,そういったことを思いつつ私は情熱をもって理想を求めて来た。
 しかし1人歩きはなかなか辛いことである。もう1つ,私が困った時に思い出した他の2人は恩師内村祐之教授と植村環牧師であった。その他に幾多の恩師,先輩,同僚であった。例えばここにおられる先生方,あるいは私がハーバードでお世話になったソロモン教授(Prof. Harry C. Solomon)やグリーンブラット教授(Prof. Milton Greenblatt),ロンドンでお世話になったルイス教授(Sir Prof. Aubery Lewis),あるいは私が行った53ヵ国に散在して仕事をしておられる精神医学の同僚にいつも力づけられてきた。
 従って,私はここまで来るのに苦労もしたが非常に幸福だったとも思う。今晩もこうして過去を顧みる時間を与えられた。これからの1年間はちょっとひと息つこうというつもりで日本へ来たのである。今日のような時間を与えられて,ひと息つきながら少し過去を顧みることが出来ることは無上の幸福と私は思う。
 というのは後を顧りみずに,これから先を歩くのは難しいからである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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