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雑誌目次

雑誌文献

精神医学24巻4号

1982年04月発行

雑誌目次

巻頭言

20年後の予測

著者: 野口拓郎

ページ範囲:P.358 - P.359

 「20年後の心理学は,神経生理学あるいは神経学的心理学の方向に発展するであろう。現在の心理学は次第に行動の化学的,物理的,電気的基礎の解明にその関心が集中し,いずれは心理現象としての行動と生理現象としての行動との間にもはや一線を画す必要がなくなり,単一の一元的研究が可能になるであろう。」これは1964年,イギリスのある雑誌社の依頼で,世界中の著名な科学者100名がそれぞれの専門の立場から20年後の世界の予測を執筆したところ,イギリスの高名な精神医学者と神経病学者とで予想が一致した点であるという。また1968年,アメリカのさる心理学者は「紀元2000年」と題する講演の中で,心理学の未来像の一つとして心理生理学ないし精神生理学の飛躍的な研究成果を予想しているが,この領域における今後の発展の鍵は,生理学的過程と心理学的過程の徹底した異種同型化にあるということも指摘されている(以上,田中靖政著,行動科学,筑摩書房,1969,より)。この異種同型という言葉は生物学辞典には見られない。現実の「実物」とその模写である「モデル」との間にアナロジー(相似)の関係が認められたとき,両者は相互に異種同型であるというように,モデルに関する話題に登場する言葉である。そして上記のような生理学的過程と心理学的過程との一元化の予測そのものに,このモデル理論を中心とした神経生理学,神経化学,情報理論,物理学などによる総合的,構成的な成果への期待がこめられているようである。
 2年後に1984年をひかえ,また20年後がほぼ2000年にあたる年を迎えて,以前読んだ予測の話を改めて読みかえしながら,とりとめのない考えをまとめてみることにした。

特集 視覚失認

シンポジウム「視覚失認」まえがき

著者: 遠藤正臣

ページ範囲:P.360 - P.360

神経心理学懇話会のお世話をすることになり,先ずシンポジウムのテーマえらびが焦眉の問題となりました。といいますのは例年9月の懇話会の開催を,世界神経学会のために2ヵ月繰り上げざるをえなかったためです。そこでこれまでのシンポジウムのテーマをあげますと,
 第2回(金沢医大 鳥居教授):Disconnexion Syndromes
 第3回(東大 豊倉教授):漢字・仮名問題を中心として
 第4回(京大 大橋教授):失行を中心として
 がとりあげられていました。そこで視覚失認をテーマにと考えましたところ,世話人の方々の大方の賛同も得ましたので視覚失認としました。しかし視覚失認のすべてを対象とすることは到底無理ですので,純粋失読と視空間失認をはずすことにしました。その間の経緯は,この特集の中の大橋先生の「視覚失認論の展望」に述べられている通りです。
 テーマの大まかな決定に続いてシンポジウムでとりあげる病態とシンポジスト・ディスカッサントを選ぶことに移りました。視覚失認の代表ともいうべき物体失認をとりあげることは当然として,形態認知の特殊型として劣位半球との関連が取沙汰されている相貌失認,更に色彩失認を論じていただくことにしました。これらに加えてより要素的なレベルの障害の1つである視覚保続を,また高次の知性障害との関係が問題となっている同時失認をもとりあげることとし,これらを各論とすると,それに対する総論として「視覚失認論の展望」を冒頭におくことにしました。また神経心理学が本来学際的色彩の濃い学問であることに鑑み,関連分野の1つである神経生理学の今日的知見から視知覚を解析していただくことも考慮し,これらサブテーマについて精力的に発表されている方々にシンポジスト・ディスカッサントをお願いすることにし,以下のような構成としました。なお一般演題のうちシンポジウムに関連する演題が11集まり,それぞれのセクションに加えました。

視覚失認理論の展望

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.361 - P.366

 神経心理学懇話会も回を重ね,種々のシンポジアをもってきた。今回は視覚失認の問題がとり挙げられたが,視覚失認は失認症状の中で最も大きい位置を占めるものであり,1回のシンポジウムで論じつくされるかどうかも問題であろう。このうち例えば純粋失読についてはすでに第3回シンポジウム(東京)で漢字—仮名問題が詳細に論じられたので今回の論題からはずされ,また視空間失認も特異な位置を占めるので,いずれ別の機会に論じられることになろう。
 さてこのたび私に与えられた課題は「視覚失認論の展望」という“didactic lecture”である。従って失認概念の歴史的発展と分化のあとをごくかいつまんで「展望」することにしたい(展望Übersicht→übersehenというドイツ語には展望するという意味の他に“見落す”とか“大眼にみる”という意味もあるので,私の「展望」に多くの見落しがあってもおゆるしいただきたい)。

視知覚の神経生理学

著者: 酒田英夫

ページ範囲:P.367 - P.380

I.はじめに
 網膜から取り込まれた視覚情報は脳の中でどのような処理を受けて意識にのぼる知覚を起こすのだろうか?今から20年ほど前に,HubelとWiesel7)はネコの視覚野でスリットやエッジに反応する細胞を見つけ,これらが知覚の建築用ブロック(building block of perception)であろうと述べた。しかし視覚中枢のニューロンと知覚現象の直接的な対応がつけられたのは,Bishop4)やBarlow2,3)による両眼視差識別細胞や運動方向選択細胞などの研究で立体視や仮視運動のメカニズムが明らかになったのがはじめである。
 1970年代になって,より高次の視覚前野や連合野で神経生理学的研究が行われるようになって,色彩の知覚,形の知覚,運動の知覚,視空間の知覚などのメカニズムが次第に明らかになりつつある。そこで今回は視知覚の中枢機序についての最近の話題を拾って紹介する。

視覚保続Palinopsia—自験4例および34文献例の検討

著者: 深田忠次 ,   高橋和郎

ページ範囲:P.383 - P.389

I.はじめに
 視覚保続visual perseverationは外界の視覚刺激が視覚刺激を行ったあと,除去されてもなお異常な時間にわたり視覚像を残存する現象をいう。本来の視覚像に引き続いて,間欠を置かないで生ずる像を,persevernation visuelleとし,ある間欠の後に出現する視覚像を,前者と区別してpalinopsieとする立場もあるが7),ここでは両者を一括してpalinopsiaとする。なおpalinはagainの意味の接頭語である。
 Critchley(1951)2)はpalinopsiaの7例を詳細に報告した。本邦では廣瀬1)は陽性残像が多視症,すなわち像列をなして出現するてんかんの1例を報告している。最近脳CT検査を行った症例報告13〜16)も出てきたが,一般には本現象の報告は少ない。今後精度の高い補助検査の進歩とともに,本現象の病態はさらに詳細に解明されるものと予想される。
 ここに自験例および1951年以後の内外の文献のpalinopsiaの分析結果を報告したい。

いわゆる“物体失認”

著者: 野上芳美

ページ範囲:P.391 - P.398

I.はじめに
 神経心理学の歴史上,物体失認は視覚失認のなかでも特に問題のある対象として論争がくりかえされてきた。そもそも〈失認〉と呼ぶに値する実体があるのか,そのような現象の成立機制は何かということは,この領域の権威とされる人びとが論争を重ねてきたにも拘わらず,万人が同意するような結論は得られなかった。このような状況の下で,ここに筆者が新たに付け加えられることがあるとは思われないが,筆者なりに一応総括して話題を提供したい。
 この種の発表では,自己の症例や経験に基づいて語るべきであるが,かつて筆者の経験した症例26)は,物体失認としては純粋例とは言い難く,本稿において考察の素材とはしがたいので,文献例に依存せざるを得ないことをお断りしておきたい。

相貌失認の神経心理学—その多様性と物体失認との対比

著者: 浜中淑彦

ページ範囲:P.399 - P.414

Ⅰ.相貌失認の研究史
 Bodamer(1947)によれば,相貌失認と同時に視覚失認症状への最古の言及は,発疹チフスによると思われる脳炎の急性期がすぎた後に家人を認知出来なかった患者を記述した古代ギリシャの史家Thukydides(前5C)に見出されるといわれるが,臨床的に詳しく観察した最初の記載例はWilbrand(1887)によって引用されたイタリアの眼科医Quaglino(1867)の報告であろう:「54歳の男子,心疾患につづく脳卒中発作に罹患。意識回復後,完全な盲と左側麻痺がみられた。片麻痺は緩徐に回復,視力も徐々に改善した。1年後,片麻痺は消失。当時の視力はすべての距離について問題なく,小さな文字もよく読むことが出来,患者の供述によれば木の梢の先端にとまっている雀もよく見えたという。しかし中心視野の左方外側方ははっきり見ることが出来ず(左方不完全半盲),患者にとって不審なことに,病床から起き上ると,すべての人の相貌が艶なく色褪せて見え,事実白黒以外の色の区別がつかなかった。今では又,すべての客体が何であるかを知っており,又認識することも出来たにも拘らず,相貌や家の正面など,一言でいえば客体の形態や外形を想起する能力が失われていた。」(Wilbrandのドイツ語訳)50)
 剖検例ではないので病変部位の詳細は知るべくもないが,少なくとも右後頭葉を含む脳梗塞が疑われ,臨床的には左同名半盲,右色彩半盲と共に相貌失認,地誌的障害,視覚的記憶障害の存在が推定されるが,物体失認に先立つ記載であることが注目される。

大脳性色覚障害について

著者: 藤井薫

ページ範囲:P.415 - P.420

I.はじめに
 後天性色覚障害は視路のどの部位の損傷によっても生じうる。しかし網膜や視神経レベルより高位の損傷に起因するものについては,「文献にみられる中枢性色覚障害の報告例に,全く同じものは1つとしてない」1)とさえいえるほどに,多様かつ複雑なものと考えられていた。
 1974年,Meadows8)はそのような文献の中から色覚障害が適切に記載されていると思われる13例を抽出し,自験1例を加えて考察し,大脳性色覚障害の責任病巣を両側の後頭葉前下面に定位した。
 今回は,大脳性色覚障害の自験3例について報告し,その臨床的特徴を中心に考察してみたい。

「同時失認」再考

著者: 大東祥孝

ページ範囲:P.421 - P.431

Ⅰ.同時失認とは何か
 同時失認Simultanagnosie(Wolpert,1924)40)は,視覚対象という見地からみた他の視覚失認群(物体失認,色彩失認,相貌失認,など)とは基本的にその立脚点を異にする臨床的概念であって,問題とされるのは認知障害の対象ではなく,認知障害の様式である。即ち部分と全体の把握という問題に関わる論点を内包している。ごく形式的に言えば,同時失認とは部分は把握されるのに全体の把握が困難であるような病態をさすが,認知様式の障害という視点からすれば,同時失認的な事態はある特定の場合に妥当するものではあっても,この他に,部分の認知も全体の認知も困難であるという状況や,同時失認とは全く逆の状況,即ち全体の認知は良好であるのに部分の認知が不良であるような事態も当然想定されねばならないはずである。
 事実Wolpert41)は1930年に字性失読literale Alexieの症例をもとに,分化減弱Differenzierungs-schwacheという概念を示唆し(全体的,ゲシュタルト的意味関連は把握されるのに個々の要素の認知が困難である),これが同時失認に相対立する病態であると推論しているが,Weigl(1964)39)も指摘しているように何故かSimultanagnosie(1924)ほどにはあまり言及されていない。

古典紹介

H. Lissauer—精神盲の症例とその理論的考察—第3回

著者: 波多野和夫 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.433 - P.444

 統覚に対するのと同じことが新しい視覚印象の固定,つまり視覚的記憶にあてはまる。考えられぬことであり,少なくとも証明し得ぬことであるが,視覚領と他の皮質との間に何の橋渡しもない場合には視覚的記憶はそれでもやはり視覚中枢の特異的な仕事である。つまり超皮質性病巣の場合よりも皮質性病巣の場合の方が相対的により重篤に障害されるのである。従って以下の命題が結論として得られた。
 (1)精神盲は皮質性並びに超皮質性の起源を有し得る。

資料

米国精神科専門医試験(そのⅠ)—第1次(筆記)試験

著者: 丸田俊彦

ページ範囲:P.445 - P.450

Ⅰ.序
 米国における卒後訓練(graduate training,residency)制度は,専門医試験受験資料の取得とその受験準備という,かなり具体的・実践的な側面を持っている13,26)。今のところABPN(The American Board of Psychiatry & Neurology)により認定されたレジデントを終了して専門医試験受験資格(“board eligible”)さえ持っていれば,専門医として認定(“board certified”)された者と仕事の上でも,経済的にも大差は無いようであるが,最近,それも長くは続かないような雲行きになってきている21)。国民の医療への関心が高まり,保険会社の医療費支払い査定が厳しくなって,連邦政府までが医療の日常に口ばしを入れんばかりになってきている現在,精神科医の社会的,政治的・経済的立場を固め,自分達が何ものであるかというidentityを確立するための最も卑近な方法は,専門医制の充実であろう。つい最近まで専門医として認定された者の比率が比較的低かった精神科(34%;外科89%;小児科87%;内科61%)においても,専門医としての認定を受ける意義が見なおされ,受験者数4)はもとより,認定医(board certified)数の資格保持者(boardeligible)数に対する比率が徐々に上昇し始めている。この傾向は受験場に行ってみると良く分る14)。40代,50代の精神科医が30代の試験官に試験されている図は,あらゆる意味においてアメリカ的である。
 私は,4年間(1972〜1976)のレジデント終了と,ミネソタ州医師免許証取得(FLEX,1974)によって精神科専門医試験の受験資格を得,その後数年の間に筆記試験(April '77),口頭試験(二次試験,April '78)に合格した。また最近は(June '80),口頭試験の試験官になる機会を得て,全く逆の立場から専門医試験を体験した。

動き

「第3回世界生物学的精神医学会」に出席して

著者: 高橋良 ,   加藤伸勝 ,   野村純一 ,   高城昭紀 ,   吉本静志

ページ範囲:P.451 - P.455

 生物学的精神医学の研究が,内外を問わず活発になってきていることは,現在の精神医学の一つの趨勢であると思われるが,第3回世界生物学的精神医学会が1981年6月28日から7月3日までストックホルム(スウェーデン)の国際博覧会(MÄSSAN)において開催された。本学会の会長は,C. Perris(スウェーデン),副会長は福田哲雄教授(日本),事務局長はG. Struwe(スウェーデン)であった。登録者だけでも1,300名を超えるので,家族や当日受付者を入れれば1,500〜1,800名位になると思われる本学会であった。会場に当てられた通称"MÄSSAN"と呼ばれる会場は,まさに博覧会のためにつくられた会場で,ポスターセッションの展示には向いていたが,大小それぞれの講演会場としては適,不適にはっきり分けられる感があった。会場は市街地から鉄道を利用すれば,15分足らずで行かれるが,付近は家らしい家もない所で,一度,"MÄSSAN"に入ると外に出ることもままならず,罐詰にされた圧迫感と,どこかの部屋に入って講演等を聞かざるを得ない強迫感に終始した一週間であった。
 第1日目は開会にあたり上記3名と,N. Sartorius(WHO,ジュネーブ)が演説を行い,その後,開会記念講演としてKendell, R. E. により「生物学的研究の診断基準の重要性」と題して最近の趨勢が述べられた。第2日目より学会に入り,5日間にシンポジウムは60テーマ,計約470題,一般演題は19テーマ,計約134題,小一般演題は5テーマ,計約49題,ポスターセッションと円卓討論は約50セッションの計約369題の発表がそれぞれ行われ,その間特別講演としてP. Deniker(フランス),F. Liavero(スペイン),K. Leonhardt(東ドイツ),C. Shagass(米国)が,それぞれ長年の研究結果に基づく見解を述べた。また全体セッションとして3テーマで計19人が発表を行った。

「第3回日本生物学的精神医学研究会」印象記

著者: 門林岩雄 ,   加藤伸勝

ページ範囲:P.456 - P.457

 第3回日本生物学的精神医学研究会は秋晴れの京都国際会館で,昭和56年10月23,24日の両日,福田哲雄会長で開かれた。今回の研究会の大きな特徴は,故満田久敏教授追悼を兼ねて,Clinical Biology of Atypical Psychosesのテーマでsymposiumを2日間にわたって行なったことである。symposistには諸外国から招待されたGjessing,Hamilton,King,Fischer,Perris,Singh,Huber,Guze,Tsuang,Retterstölに加え,日本からは鳩谷,門林,岡本,猪瀬,平田-日比が参加し,discussantには福田,高橋(良),野村,風祭,阿部,中沢(恒),稲永,遠藤(俊),大月,西村,中沢,難波,三好,大橋が立った。その発表および討論は,一部を除きほとんど英語でなされ,立派な会場の雰囲気と共に,参加者をあたかも国際学会であるかのような錯覚におちいらせた。英米人以外の英語は若干御国なまりがあり,必ずしも聞き取り易いものではなかったが,彼らの口からMitsudaの提唱したatypital psychosesが語られるのを聞くことは,われわれ日本人にとっては感慨深いものであった。このように日本の生物学的精神医学を国際的水準にまで引き上げて下さった,故満田教授をはじめとする諸先輩の御努力に敬意を表すると共に,このsymposium開催にあたっての,福田教授と関係者の方々の並々ならぬ御尽力に,心からの感謝の意を申し述べたい。
 Symposiumの内容について若干触れると,鳩谷はatypical psychosesのrecurrent typeについての神経内分泌学的研究を行ない,このような症例は圧倒的に女性に多く,再発は月経周期と同期する傾向があると述べた。さらに月経前期に再発が多い傾向があり,無排卵月経が多く,産褥精神病として初発することが多いことを報告した。Hamiltonも産褥精神病の2つのモデルを提唱したが,鳩谷は視床下部-脳下垂体系の機能異常を,atypical psychosesのrecurrent typeの病因に想定している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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