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古典紹介
Robert Gaupp—精神医学的認識の境界域について
著者: 曽根啓一1 飯田真2
所属機関: 1岐阜大学医学部神経精神医学教室 2東京大学医学部附属分院精神科
ページ範囲:P.523 - P.534
文献購入ページに移動皆さん! 上に述べたことはまさに,我々の医学界においても科学的に正しいと認められる見解であり,その認識論的な特性をDubois-Reymondがすでに30年前に明らかにしております。先に述べました様に,精神医学は医学の一部門であり,医学自身は自然科学の一分野だと定義したとしますと,そこから意識という事象を無視し続ける精神医学に従事する時にだけ我々が自然科学者として厳密に科学的に対処しているのではないかという理論がどうしても出てきます。しかしながらこれは当然無意味な要請です。肝臓や腎臓の病理は,自然現象の認識が進めば分子機構の法則から恐らく余すところなく脚注2)把握されるでしょう,そして我々は我々が欲しまた必要とするものをなし終えるでしょう。しかしこの様な認識では我々の学問の課題は解決され得ません。我々が我我の患者で理解したいのは,なんと言いましても正常なものと病的なものとが一緒になっている感覚,感情,表象,意志表示といったものであり,単に彼らの脳皮質の分子変化だけではありません。このことから次の事が結論されます。即ち,我々の学問は,自然科学的な医学の一部門であるばかりではなく,大部分は自然科学者が取り扱わない別の研究領域であり,その研究が我々精神科医に課せられた義務であるような諸現象が含まれる分野でもあります。ここに我々の学問の特殊性があるのは周知のことです。しかしながら同時にまたここに,精神医学の認識の及ぶ境界が他の医学部門に比べてはるかに狭いという理由があります。何故かと申しますと精神医学以外の医学における認識の絶対的境界は,自然現象の認識の境界と直接的に関連しているからです。その時々の事実上の境界は,生理学が身体的な生命現象を自然科学的に解明し,機構化することに成功するにつれて拡がってゆきます。一切のものは物質の運動であり,かかるものとして原則的に認識可能です。しかしながら精神医学では,物質的な脳事象についての認識だけではなく,精神的な諸関連の探究ともかかわり合うという特有な問題と直面します。哲学界にあっては一元論的な世界観が,物質的な過程と精神的な体験との経験的な比較不能性から生じてくる一切の困難を解明し得るかもしれません。しかし我々精神科医は,この困難を回避するわけにはいきません。この困難をはっきり認識することは,我々の避けられない前提となるのです。この前提がなければ我々は絶望のあまりユートピア的希望や無責任な仮説に溺れてしまうのです脚注3)。
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