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雑誌目次

論文

精神医学25巻1号

1983年01月発行

雑誌目次

巻頭言

精神疾患分類の運命—そのひとつの例

著者: 辰沼利彦

ページ範囲:P.4 - P.5

 私自身は軍隊体験はないが,先輩から「帝国軍隊は戦争神経症などをおこす弱虫は居ないと言われていたのに,実際には随分居ましたよ」というような冗談話を昔,よくきかされた。戦争が終って37年,日本では戦争神経症という言葉さえ消滅しかかっている。最近,新しい精神科教科書がつぎつぎと出版されているが,戦争神経症という言葉は全く記載されていないか,あるいはせいぜいほんの一行程度紹介されているにすぎない。戦争がなくなったから戦争神経症もなくなり,したがってその言葉もいらなくなったと言えるであろう。日本ばかりではない。われわれにとってなじみの深いドイツ精神医学でも,戦後間もなく(1948)出たBumkeの教科書(第7版)などにはかなり詳しく戦争神経症のことが書いてあったが,最近のBleulerの改訂版や新しい教科書であるWieck(1967),Huber(1976)などにはこの言葉すらのっていない。世の中が平和に過ぎてきた証拠でもある。戦争神経症という言葉はやがては辞書にだけ残っている死語になるであろうと何となく私は思っていた。
 ところが,今,日本で流行しているDSM-IIIのなかにはPost-traumatic stress disorderという項目がある。この内容は何かというと,通常では経験することのないような異常な体験にさらされたあとのストレス反応であるという。通常では経験することのないような体験としては,強姦,暴行,戦斗,洪水,地震,交通事故,航空機墜落,空襲,拷問などがあげられている。強姦や交通事故などはともかく,戦斗,空襲,拷問などが原因としてあげられているのは,われわれからみるとひどく時代錯誤的な印象さえ受ける。症状としては,その体験のことが繰り返し襲いかかるように想起される。その体験のことを繰り返し夢に見る。夜驚,その体験を連想するようなことを考えたときや,何か環境刺激によってあたかもその心的外傷体験が再現したかのごとく突然感じたり,行動したりする。外界や自己の活動に対する関心の喪失,感情麻痺その他である。この一部はまぎれもなく戦争神経症である。これに近い項目はDSM-I(1952)では大ストレス反応としてあげられているが,DSM-II(1968)では除かれてしまったものである。

展望

最近の病院精神医療—リハビリテーションの可能性

著者: 竹村堅次

ページ範囲:P.6 - P.21

I.はじめに(視点)
 諸外国の精神医療の概況を知ろうとすると,いやでも飛び込んで来るのがコミュニティ・ケアの発展の種々相であり,病院精神医療のほうはむしろかすんでいるようにみえる。入院の必要な患者が必ずいるとしても,病床数は減少し,とくにアメリカの十数年来の脱入院化運動の現状を知るに及んでは,日本の現状とあまりにもかけ離れていると思わざるを得ない。今年(1982)京都で開催されたWPA京都シンポジウム・精神科医療のストラテジーの展開—多様な社会におけるその妥当性—の内容を概観しても,この感をいっそう深くする。加藤(正明)によれば,英,韓,加,米,日(3名)の7人の演者で,それぞれの国の精神科医療供給のパターンが紹介されたが,これらを総括して加藤とともに司会を務めたP. Pichot(仏)が次のように総括した47)
 「精神科医療の供給パターンが国によって著しく差があることに改めて気づかされた。どれが最上かということも一概にいえない(中略)。結局univcrsal solutionというものはないのだ。各国が他国を参考にして解決すべきで,他国の方式をそのままコピーしても駄目であるというのが私の結論である。」

研究と報告

一緊張病者の「回遊」現象に関する命題論的考察

著者: 仲谷誠 ,   小見山実 ,   藤谷興一 ,   渥美義賢 ,   亀井真理子

ページ範囲:P.23 - P.29

 抄録 分裂病者の陳述を命題論的に検討する場合,例えばvon Domarusのように,論理性や思考過程の面で考察することもできるが,命題の中には,このような概念思考的判断だけでなく,ある知覚現場における判断として,特定の体験内容を示すものもある。ここでは,緘黙と昏迷状態から回復するにつれて奇妙な言動を示した一緊張病者を報告し,この言動中にみられた奇妙な命題を取り上げ,命題論的検討を試みた。これらの命題は,ある知覚現場での判断として,その体験野の特性を示していると考えられ,考察の結果,当の体験野の形式を<ことの個物化>として規定することができた。さらに寛解過程を検討し,<ことの個物化>の観点から,昏迷状態から寛解し退院するまでの経過を考察した。

地域内文化摩擦によって生じた反応性精神病の2症例

著者: 山口弘一 ,   加藤政利 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.31 - P.36

 抄録 症例1は,静岡県西部地域の小都市の中心部から,近接している小都市の周辺部に移転したのが契機となって,文化摩擦的状況における,幻視,憑依妄想,体感異常,作為体験など,一連の非定型精神病の病像を呈した症例である。
 症例2は,静岡県西部地域の中心都市および東京での生活体験を持っていた者が,近隣の小都市の周辺部に移転し,そこの閉鎖的人間社会の中で,急性分裂病様状態を呈した症例である。
 一般に静岡県西部地域は,浜松市を中心とした都市化の進んだ地域と,保守的伝統的な田舎のおもかげを強く残した農村地帯とがかなり近接しており,種々の小文化が混在していて,地域内での文化差がかなり認められる。したがってこの地域内での移動によっても,一種の文化摩擦を体験することが往々にして見られる,と考えられる。

イムの文化的背景に関する考察

著者: 高畑直彦

ページ範囲:P.37 - P.43

 抄録 多数のイムの観察に基づく詳細な報告が,内村らによって1938年に行われているが,僅か半世紀を経た現在,イムは既に過去の特殊な病態とみられている。このイム発生の推移からも,背景に様々な要因のあることが考えられる。ここでは,アイヌ史と文化を再考察することにより,内村らの重視したアイヌ固有の推感性が,民族衰退の重荷の上に生じていたこと,イムを誘発させるトッコニ(蛇)がアイヌ女性の深層心理と強く結びついたものであったことを明らかにした。さらにアイヌ文化史との対比の上で,イムがシャーマンの一種であるトスから派生し,祭儀礼の中に組みこまれ,酒宴座興の場にひき出されて消滅していく過程をとらえ,それぞれの段階をトスイム,まつりイム,あそびイムと名づけた。さらに,記述されているイムの特有な症状が,衰退過程にあるアイヌの深層心理に根ざした,抵抗の象徴擬態であることを推論した。

異常脳波を呈した離人症例—その症状と脳波の変遷

著者: 河合逸雄

ページ範囲:P.45 - P.53

 抄録 異常脳波を呈した離人症4例について,その症状と脳波所見の縦断的検索を行った。初診時の脳波所見は2例において,棘波,鋭波が見出され,1例はδ波を含む徐波の混入,1例は徐波の群発が認められた。
 離人症以外に4例中3例は間脳症的症状を,別の3例は機会性けいれんを併発する。
 4例とも離人症は生活史的にある程度了解されるが,疾病論的には神経症,てんかんいずれも属し難いと思われる。離人症消退時4例とも脳波は正常化した。この際1例を除き,脳波正常化におよぼす薬物(特に抗けいれん剤)の影響は否定される。
 ここにあげられた離人症例は特殊な型であろうけれども,離人症の病態機序として間脳の機能異常,脳機能の未熟性などを推論した。また,脳波が,個体の転換期において,変化すること,いかなる精神症状も生体の機能変遷として捉えられることを論じた。

側頭葉てんかん患者の記憶機能障害—発作波焦点側と言語性,非言語性記憶機能についての神経心理学的研究

著者: 増井寛治 ,   丹羽真一 ,   安西信雄 ,   亀山知道 ,   斎藤治 ,   栗田広 ,   宮内勝 ,   浅井歳之 ,   池淵恵美 ,   神保眞也

ページ範囲:P.55 - P.63

 抄録 側頭葉てんかんの記憶機能障害を発作波焦点側の左右性との関連で検討した。脳波上,発作波焦点が一側の側頭部に限局しているか,または優位である側頭葉てんかん患者22名(左焦点群10名,右焦点群12名)と正常対照者17名にWAIS,東大脳研式記銘力検査,tachistoscopeを用いた記憶再認検査,Benton視覚記銘検査を課した。その結果は,①東大脳研式記銘力検査で左焦点群は正常群より低成績であった。②tachistoscopeを用いた記億再認検査では左焦点群は右視野呈示の言語性刺激の記憶が他の2群よりも劣った。③Benton視覚記銘検査では右焦点群は正答が正常群より少ない傾向があり,誤答が他の2群より多かった。すなわち,左焦点群は言語性記憶機能が障害され,右焦点群は非言語性記憶機能が障害されていることが認められた。この結果は側頭部発作波焦点の存在が当該部位の正常な脳機能を低下させたために,左右に分化した記憶機能を障害したことによると考察した。

子癇後,生活史健忘,記憶発作,および頭頂葉症状群を呈した症例

著者: 佐藤哲哉 ,   三浦まゆみ ,   内藤明彦

ページ範囲:P.65 - P.68

 抄録 子癇後,長期にわたる生活史健忘,記憶発作,および相貌失認などの頭頂葉症状群を呈した症例を報告した。生活史健忘の形成因子として,1)子癇時の脳損傷による逆向健忘,2)子癇後の記銘力障害,3)記憶発作,4)相貌失認,地誌的失見当識が関与しているものと推論した。

抗てんかん薬長期投与のヒト染色体に及ぼす影響—血清濃度,与薬量,服薬期間と染色体異常との関係を中心に

著者: 松島嘉彦 ,   山根巨州 ,   国元憲文 ,   長淵忠文

ページ範囲:P.69 - P.77

 抄録 抗てんかん薬長期服用者にみられる染色体異常について,16例の患者を対象に検討を行い以下の結果を得た。
 1)染色体異常を有する異常細胞の出現率(abnormal cell%)と与薬量との間には一定の関係はみられなかったが,血清薬物濃度との間には正の相関傾向が認められた。
 2)abnormal cell%と服薬期間との間には有意な相関が認められた。
 3)15%を超えるabnormal cell%を示す女子てんかん群(異常群)とそれ以下の群(正常群)の平均服薬期間はそれぞれ16.9年,8.1年であった。
 4)染色体形態の異常はギャップ,切断が多く,交換型異常の増加は認められなかった。
 このような染色体異常の出現機序としては薬物の直接作用よりも血清成分の変化が重要であると思われた。
 また,リンパ球の染色体異常の生体に及ぼす影響について考察し,長期抗てんかん薬服用者に対する染色体検査の必要性を喚起した。

短報

慢性精神分裂病の大脳CT densityについて

著者: 島悟 ,   神庭重信 ,   浅井昌弘

ページ範囲:P.78 - P.81

I.はじめに
 1976年のJohnstone1)の報告以来,CTを用いた精神分裂病研究は多数行われ,欧米における報告と同様,本邦においても川原2),難波3),頼藤4,5),岩井6),三上7),高橋8)らにより,脳室系の拡大,脳溝の開大が指摘されている。最近,Golden9)は,CT値(生体組織のX線減弱係数の値を水を0とした相対値で表わしたもの)を用いて,慢性精神分裂病患者の大脳densityを測定し,左大脳半球前半部で対照群に比し有意な低値を認めた。しかしGoldenの方法では,脳室を含めてdensityを計測しており,脳実質だけのdensityを表わしたものではない。そこでわれわれは,慢性精神分裂病患者の頭部CT所見で,前頭葉,頭頂葉,および後頭葉の平均CT値を測定し,各部位のdensityを対照群のそれと比較検討した。

透明中隔嚢胞・下垂体前葉機能不全を有し,抽象能力・符号認知障害ならびに身体発育不全を呈する症例

著者: 遠藤みどり

ページ範囲:P.83 - P.85

I.はじめに
 透明中隔の機能に関しては未だ不明の点が多いが,近年,下垂体機能調節系ならびに情動・記憶系との関連が注目を浴びている。著者は最近,透明中隔嚢胞およびベルガ腔と,精神身体発育不全ならびに下垂体前葉の機能不全を合併した例を経験したので,ここに報告し,文献的検討を合わせて,その神経内分泌学的位置づけに関する考察を試みた。

抑うつ状態における「発作性不安」とIgE(その1)—悪化時に異常高値を認めた症例

著者: 定塚甫

ページ範囲:P.87 - P.91

I.緒言
 IgEは,1966年石坂らによる皮膚感作抗体の研究1,2),および同じ頃のJohansonとBennichによるE骨髄腫の発見により既知の免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM,IgD)とは異なる新しい免疫グロブリンであることがわかり3),免疫グロブリンE(IgEまたはγE)と命名された4)。IgEの発見は単に新しいクラスの免疫グロブリンを発見したということにとどまらず,アレルギー学,ことにアトピー性アレルギー学を一挙に物理的なレベルで具体的に論議できる科学にまで発展せしめた5)。その後,IgEの構造と機能について精力的に検討された6〜10)。そして今日では,IgE RIST(Radioimmunosorbent Test),IgE RAST(Radioallergosorbent Test)として臨床的に利用されるようになっている。これら免疫学的診断法は多く,アレルギー性疾患においては極めて有効なものとなっている。特に気管支喘息,皮膚炎などが有名である11〜27)。しかし,これら検査法を精神科に適応した報告は著者の知る限りではない。そこで著老は,日常精神科外来で最も頻繁に遭遇する「うつ状態」を示す患者についてIgE RISTを調べその中で測定し得た患者についてIgE RASTの検査も試みた。その結果興味ある症例をいくつか得ることができたので,ここに第1報として代表例1例を報告する。

古典紹介

—Julius Raecke—既決囚におけるヒステリー性昏迷

著者: 柴田洋子

ページ範囲:P.93 - P.102

I.緒言
 前回のZeitschriftで,ヒステリーもうろう状態の5例が記述されたが,その中にGanserのでまかせ応答の症状がある。このうち検査拘禁が問題になった3例の場合,時々の昏迷を思わせるような経過がみられる。
 これに関連して今回既決囚の完全なヒステリー性昏迷の事例を報告するが,その病像の知見は臨床上意味があると思われる。一方では1日以内の軽い昏迷はGanserもうろう状態と全く同じように虚偽の疑いを起こさせ,他方では長期にわたる(昏迷の)重症型はややもすれば予後不良の精神病と混同される。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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