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雑誌目次

論文

精神医学25巻11号

1983年11月発行

雑誌目次

巻頭言

小児の行動と遺伝

著者: 阿部和彦

ページ範囲:P.1136 - P.1137

 6月28日(1983)から,国際双生児学会(IV International Congress on Twin Studies)と行動遺伝学会(Behaviour Genetics Association Meeting)に出席するためにロンドンを15年ぶりに訪れた。まず,にぎやかなオックスフォード・ストリートを歩くと主だった建物は昔のままのものが多かった。市内を走る2階立てのバスの番号も経路もかわっていないものが多い。ピカデリーから,ロンドン大学の附属の精神病院であるモズレー病院へ行くバスは相変らず68番だった。日曜市では以前と同じ場所で同じようなものを売っていて,食料品は相変らず安い。オレンジが8個で50ペンスすなわち約170円,日本では考えられない位安いこのオレンジを学会に出席した友人と食べたがなかなかおいしかった。
 さて,上記の2つの学会に出席しての印象であるが,最近,幼児期をはじめ一般に小児期の行動の遺伝学的な研究がさかんになっている。小児期の行動への遺伝の影響などほとんど問題にしていない本が多かった十数年前に比べると大きな変化である。双生児の調査結果の解釈についても以前は疑問が多かった。たとえば,一卵性双生児は容姿がよく似ているから,両親から同じように扱われやすいのに比べて,二卵性双生児に対しては両親が二人に対して異なった接し方をしやすいのではないか,そのために二卵性の二人では行動に差が出る傾向がよく見られるのではないか,などの疑問が出された。もし,一卵性と二卵性の一致率の差が親の接し方の違いに起因するものであれば,実際は一卵性であっても容姿が少々異なるなどのために両親が二卵性と信じこんで育てた場合は行動の面で他の一卵性の双生児ほど似ていなくてもよいことになる。実際には,これらの双生児について活動量,注意の持続,社交性などに関する二人の差を調査した結果では,一卵性と思って育てられた一卵性双生児の間の二人の差と同じであった。また,二人の容姿が似ている場合も似ていない場合も一卵性である場合は(双生児の二人の間で)行動特徴に関しては同じ程度の差しか認められていない。このようなデータから,行動特徴に及ぼす遺伝因子の影響に関しても双生児を調査し,一卵性と二卵性双生児での一致率(または類似度の平均)を比較することによって,正しい結論が導き出せると考えられるようになった。その後,別々の家庭で育てられた一卵性双生児での一致率の調査や,養子の調査が行われ,いずれも通常の双生児研究による結論を確認するような所見が得られた。このことが更に,双生児の研究者に一層自信をもたせることになった。

特別講演

—William E. Bunney, Jr.—躁うつ病とリチウムの作用様式—最近の研究

著者: 高橋良

ページ範囲:P.1138 - P.1148

I.はじめに
 米国NIMHにおいてリチウムの分野で行ってきた我々の研究を概説してみたい。先ずリチウムの実際の作用様式を理解する上で重要と思われる基礎的な問題を説明し,次いで躁うつ病の臨床的問題を若干述べる。それはリチウムは躁うつ病に顕著な効果があり,この病気の謎を解く有力な鍵を与えてくれるからである。そして最後に躁うつ病におけるドパミンの役割の仮説即ちドパミン受容体の過感受性があり,リチウムはこのドパミン受容体の感受性亢進を阻害するらしいことを述べることにする。

研究と報告

分裂病の前頭葉機能障害の神経心理学的研究

著者: 斎藤治 ,   丹羽真一 ,   平松謙一 ,   亀山知道

ページ範囲:P.1149 - P.1161

 抄録 本研究は神経心理学的テスト・バッテリを用いて分裂病患者の前頭葉機能障害および大脳半球機能障害の左右差と症状との関連を検討すること,ならびに各検査の有用性と組み合わせの妥当性を検討することを目的とした。対象は分裂病患者40名(男24名,女16名)で,性比,年齢,教育年数をほぼ一致させた正常者33名を対照とした。検査は4種類の神経心理学的検査(Maze Test,Word Fluency Test,言語性・非言語性のRecency Test,Recognition Test)と2種類の一般心理検査(内田-クレペリン検査,WAIS単語問題)を組み合わせて行なった。その結果,神経心理学的検査のうちMaze Test,Recency Test,Recognition Testが有用であり,さらにこれらの検査成績から分裂病の陰性症状は右半球機能障害,特に右前頭葉機能障害と,陽性症状は左半球機能障害,特に左前頭葉機能障害との関連が示唆された。

アルコール性Wernicke病の経過中に出現した無動性無言性状態について—状態像・脳波・終夜睡眠脳波による発生機序の検討

著者: 弟子丸元紀 ,   鈴木高秋 ,   原田正純

ページ範囲:P.1163 - P.1170

 抄録 症例は29歳の男性。多量の飲酒歴がある。食欲不振・嘔吐などの消化器症状と栄養障害の後に発病した。妄想・幻覚症状を主徴とするせん妄状態,次いで無動性無言性状態,コルサコフ症状群,記銘力障害などの経過を示した。神経症状として,眼症状と歩行障害を示した。以上の症状からアルコール性Wernicke病と診断した。本例の示した無動性無言性状態の発生機序について,状態像・脳波・終夜睡眠脳波によって検討した。
 本例の障害の主座は,脳幹部・視床下部と考えるが,同時に原始反射の出現やその後の経過でみられた,抑制欠如・多幸状などの性格変化,保続および反響症状,また脳波上で前頭部に限局するθ波などの所見から,大脳皮質,主に前頭葉の障害も加わっていると考えられる。無動性無言性状態は,脳幹部・視床下部の意識障害要素と大脳機能障害,特に前頭葉障害の両者のある一定の相関によって出現したと考える。

抗てんかん薬服用者のカルシウム代謝異常—第1報 カルシウム代謝異常と酵素誘導

著者: 五十嵐良雄 ,   原律子 ,   近藤啓子 ,   野口拓郎

ページ範囲:P.1171 - P.1179

 抄録 抗てんかん薬のカルシウム代謝に及ぼす影響を検討する目的で,抗てんかん薬服薬中の患者354例について,360例の抗精神病薬服用患者を対照群として,血清酵素,血清Ca,Pを測定した。抗てんかん薬投与群においてγ-GTP,GOT,Al-Pは有意な上昇を,Ca,Pは有意な低下を示した。また,γ-GTPとCa,Pの間に有意な相関を認め,抗てんかん薬において酵素誘導が一役をになっていることが推測された。一方,Ca,Pと血中phenobarbital,phenytoin濃度,薬物投与期間とが有意な相関をもち,これは比較的大量,長期にわたる抗てんかん薬のカルシウム代謝に及ぼす影響の反映と考えられた。13例のCa,P異常例でビタミンDの活性代謝産物である1α,25-(OH)2-D3と副甲状腺ホルモンを測定し,各3例に異常を認め,抗てんかん薬によるカルシウム代謝異常の1つの原因ではないかと考え,また,文献的に考察を行った。

精神病院を受診した脳腫瘍患者の4例について

著者: 木村健一 ,   阿部完市 ,   松橋道方 ,   小原基郎 ,   村上博

ページ範囲:P.1181 - P.1188

 抄録 他科診療における精神医学の果たす役割や,患者と治療チームの間を連結し,他の専門医を結びつける役割は近年Liaison psychiatry1,2)として注目されている。その中で脳神経外科的疾患に対して,精神神経科と脳神経外科医との交流が必要となる場合は,(イ)精神症状が初発症状である時,(ロ)経過の途中で精神症状を呈した時,(ハ)術後の精神症状などがある。われわれは,精神病院で経験した「精神症状を主訴とした脳腫瘍の4症例」から精神科初診までの経過,その精神症状,診断確定までの過程,脳神経外科への転医までの経過を報告した。その中で精神医学上の留意点を考察してLiaison psychiatryに貢献したい。

神経遮断剤により急性腎不全を来した2例

著者: 大山繁 ,   舛井幸輔 ,   古賀裕 ,   宮川太平 ,   鈴木高秋 ,   吉永卓見 ,   山鹿真紀夫

ページ範囲:P.1189 - P.1195

 抄録 神経遮断剤により惹起されたと思われる急性腎不全の2例を報告した。症例1は35歳の男性,症例2は29歳の男性で,ともに精神運動興奮,昏迷,拒絶症などの緊張病症候群がみられ,比較的大量の神経遮断剤が経口,非経口的に投与され,1例はECTも施行された。2例とも尿閉,著明な低血圧,循環虚脱状態に続いて急性腎不全が発現した。症例1は譫妄状態,両下肢の知覚運動障害がみられたが,腹膜灌流,血液透析により回復した。症例2は急性腎不全と同時に悪性症候群を併発したが,強心剤や利尿剤投与,輸液などにより回復した。上述した2例の急性腎不全は,神経遮断剤の腎に対する直接毒性というより,神経遮断剤による血圧低下,循環虚脱状態が主因と考えた。その他の要因として,心血管系あるいは自律神経系などの脆弱性,緊張病症候群に伴う身体疲弊状態,悪性症候群による頻脈や脱水(症例2)などが関与していると思われた。

癌患者におけるTerminal Careについて—家族調査を中心として

著者: 上野郁子 ,   村田桂子 ,   大原健士郎 ,   大町彰二郎

ページ範囲:P.1197 - P.1206

 抄録 末期癌患者の抱える諸問題については,テレビ,新聞などの報道機関を通して,またホスピス設置など実際の活動を通して,広く一般人にも関心が持たれている。内外でも,この問題については,近年になり多くの研究・報告がなされている。われわれは今回,癌患者を看護するチーム医療の一員として,残される側にある家族の心理状態に焦点をあて,208家族へのアンケート施行および実際にわれわれが経験した12症例について,調査・追跡を行った。癌告知の問題にしても,家族の状態を充分把握することの重要性を痛感したので,若干の文献的考察を加え,ここに報告する。

3種類の評価尺度からみた慢性精神分裂病の症状について—英国における研究

著者: 北村俊則 ,   ,  

ページ範囲:P.1207 - P.1212

 抄録 慢性精神分裂病の多種な症状を定量化するために3種類の評価尺度,Brief Psychiatric Rating Scale(BPRS),Symptom Rating Scale(SRS),Ward Bchaviour Rating Scale(WBRS)を20名の入院患者に適用し,各尺度の相関に加え,BPRSとWBRSの主成分分析を行なった。WBRSによって測定される病棟内での適応能力はBPRSやSRSからはほぼ独立した現象であった。BPRSの主成分分析からは4つの主成分,すなわち,①分裂病の陽性症状と非特異的症状,②抑うつ症状,③陰性症状,④緊張病性の症状が出現した。第1成分のうちでは非特異的症状が陽性症状とは異なりWBRSと負の相関を示した。このことから慢性精神分裂病の症状を,陽性症状,陰性症状,緊張病症状,抑うつ症状,非特異的神経症様症状,適応力の障害に分類する可能性を指摘した。

精神科領域における新しい睡眠剤temazepamの臨床治験

著者: 西嶋康一 ,   高野謙二 ,   諏訪克行

ページ範囲:P.1213 - P.1222

 抄録 精神科領域において不眠を訴える27例の症例に,temazepam15mgあるいは30mgの投与を行い,その安全性,有用性について検討した。その結果,①全般改善度は中等度改善以上が77.8%,軽度改善以上が88.9%であった。また,15mg投与群よりも30mg投与群で改善度は高かった。②睡眠障害のタイプでは,特に就眠,熟眠障害に効果があるものと考えられた。③副作用は27例中3例(11.1%)にみられたが,全例が30mg投与群に限られ,しかも治療を継続できる程度の軽いものであった。臨床検査では,temazepamが原因と思われる異常所見は認められなかった。④今回の治験から,temazepam15〜30mgは,精神科領域の特に軽度から中等度の睡眠障害に対して,十分に対応でき,従来のbenzodiazepine系唾眠剤と比べても安全で有用性が高いと考えられた。

短報

異常な食行動,拒食後に発症した小脳失調症の1症例

著者: 須貝佑一 ,   中島武志 ,   沼倉泰二 ,   大沼悌一 ,   向山昌邦

ページ範囲:P.1223 - P.1225

I.はじめに
 精神分裂病の異常食行動と拒食に引き続いて小脳失調症状を呈した男性例を経験した。小脳失調症状は亜昏迷状態回復後,低栄養状態の持続していた間に進行し,栄養状態の回復,精神症状の寛解とともに進行が停止するという経過をとった。
 栄養障害と関連する小脳失調症としてはウェルニッケ脳症に伴うもの,慢性アルコール症患者に出現するものなどがよく知られている。しかし,非アルコール性栄養障害による小脳失調症の臨床例の報告は稀である。著者らの症例に若干の考察を加えて報告する。

Fragile Xを伴う精神薄弱の1例

著者: 南光進一郎

ページ範囲:P.1226 - P.1227

I.はじめに
 Fragile X症候群はこの3,4年の間に確立した新しい症候群で,伴性劣性(X-linked recessive―すなわち一般には兄弟発症)の遺伝形式をとる病理型精神薄弱の一型である。その臨床的特徴は中等度から重度の知能障害,大きな性器(macroorchidism)と大きな耳介,さまざまの小奇形で,従来Martin-Bell-Renpenning症候群1,2)と呼ばれていたものに該当する。ここでFragile Xとは正確にはFragile site Xq28と表され染色体分析でX染色体の分染バンド上q28(長腕末端部)に相当する部分に切断(break)ないしギャップ(gap)―すなわちfragility―を示すものである(図参照)。
 この症候群が臨床上重要である最大の理由はその頻度の高さであろう。HerbstとMiller3)の推定によれば,男子新生児1,000人あたり0.92人出生するとされるが,これは原因の明らかな精神薄弱のうち最も頻度の高いダウン症候群に次ぐ高い頻度ということになる。またTurnerら,Herbstらは伴性劣性の遺伝型式をとる精神薄弱の30〜50%が本症候群であると推定している4)。まさに最近の精神薄弱の病因研究史上画期的な発見ということができよう。しかし本邦では本症候群の報告はまだみられないようである。我々は英国においてその1例を経験したのでこれを報告したい。

古典紹介

—Freund, C. S.—視覚失語と精神盲について—第1回

著者: 相馬芳明 ,   杉下守弘

ページ範囲:P.1229 - P.1237

 言語障害の研究は,過去15年間に目ざましい成果をあげたが,その成功は主として以下のような理由による。すなわち,すべての失語学の文献が厳重に吟味され,また可能な限り明確かつ純粋な臨床—病理対応を有する症例のみが,詳細な臨床観察や局在論的な目的のために供せられたのであった。複雑な混合症例や,部分的症状を呈する症例ば意識的に避けられたが,それはもともと錯綜した問題をさらに難しくすることを防ぐためであった。このようにして,臨床的あるいは解剖学的に,高度の独立性を有し,また症候論的に高度の理論的仮説を有するような病態像を創出することができた。こうして失語学は確実な基礎の上にうち立てられ,その後の症例報告は,それをさらに堅固なものにするために役立つのみであった。
 この論文において,著者はある部分的な言語障害の研究に歩み寄る試みをあえて行ってみたい。著者の課題は,失語と精神盲の境界例を報告し,それに関連して脳損傷による言語機能障害の問題を考察することにある原注1)

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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