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雑誌目次

論文

精神医学25巻3号

1983年03月発行

雑誌目次

特集 精神医学における病態モデル 巻頭言

「精神医学における病態モデル」特集号発刊にあたって

著者: 高橋良

ページ範囲:P.222 - P.223

 精神疾患の成因解明や治療法開発に病態モデルを用いてきた歴史は決して新しいものではなく,古くはメスカリン中毒の研究や,ブルボカプニン・カタレプシーの研究にその草創期をみることができる。第二次大戦後,精神薬理学の発達につれ,動物行動を指標にした数多くの向精神薬のスクリーニング法が考案されているが,それらも症状レベルの動物モデルとみなすことができる。このような流れのなかで,明確な目的意識をもって,精神科疾患の動物モデルを作成し,各種の力法で研究する機運が熟し,今日,数多くのモデルが提案されている。
 我が国でも本特集の筆者達によって,夫々の病態モデルが作成され,研究されているが,その成果がこのような形でまとめられたのは,我が国の精神医学界では初めてのことであろう。欧米では既にいくつかのシンポジウムがひらかれ,単行本として出版され,精神神経科における各種のモデルが論じられている。本特集では病態モデルの意義と種々相が総論として述べられたあと,躁病をのぞく精神科の主要病態モデルがくわしく述べられ,この分野の我が国の研究レベルの高いことがよく示されている。精神医学におけるモデルの意義については以下の各論文で種々論じられているが,なかでも本体不明の機能性精神病の動物モデルの妥当性は状態像の相似性から出発し,そのモデルの科学的研究によって得られた仮説を本来の機能性精神病をもつ病者について検証できれば十分である。それによって推論ではなく,裏づけのある精神病の本体の仮説が提出されることになろう。

病態モデルの種々相

著者: 臺弘

ページ範囲:P.224 - P.228

I.モデルの意味
 本誌で病態モデルが特集として取り上げられるのは,今回が初めてである。このテーマが選ばれた理由は,何といっても向精神薬の開発や病態の解析にあたって,モデル研究の価値が理解されてきたためであろう。実際,モデルへの関心は内外を問わずに高い。それは最近でもファルマシアレビューの特集やいくつものシンポジウム4,9,19)に現われている。
 このような状況は,筆者にとっては感慨深いことである。というのは,1959年に,臺が分裂病の動物モデルについて発表12)した時には,ほとんど反響がなかったし,その後,精神医学における実験の意義について語った時にも13),その積極的側面が評価されることは少なかった,当時はちょうど,精神薬理学の勃興期にあたっており,もしわが国でこの方面の理解が早く得られて,研究開発が進められたならば,国産の向精神薬がいくつも生れていたかも知れない。そう思うと,いつものことながら残念である。

行動薬理学からみた病態モデル

著者: 田所作太郎

ページ範囲:P.229 - P.234

I.病態モデルに関する私見
 私は十数年来,行動薬理学の実験にたずさわってきたが,正直のところ未だ疾患や病態のモデルを意識して作ろうと思ったことはない。この点では本特集の執筆者として適当かどうかは疑問である。しかし私が行動に関する研究を専門とするようになった動機の1つは,ヒトと動物の行動記録に類似性を直感し,これに強く魅せられたことにある。また行動のなかには,精神の表現が秘められているとも思った。その後ある種の動物行動を病態モデルとみなしたい気持が潜在していたかもしれないが,表面上では無理やりこの発想を押え続けてきたというのが本音であろう。
 行動の研究を実施するにあたっては,つとめて擬人的解釈を避け,行動の変化やその推移を客観的かつ定量的に記述するよう先輩達から繰返し強調されてきた。私もこの態度は正しいと信じていた。また向精神薬のスクリーニング,活性検定,臨床効果予測等の行動薬理試験にとって重要なことは,ヒトの行動変化との類似性ではなく,動物レベルで把握された効果の方向とその強度に関するヒトと動物との比例的相関であると思ってきた。しかし研究が進めば,そこから病態や疾患モデルとしての意義を見いだしうる可能性は大きい。ヒトと動物の解剖学的あるいは機能的差異をあまりにも強調し,動物実験を真向から否定するのは極論である。

攻撃性モデル:エソロジカル・アプローチ

著者: 小川暢也 ,   吉村裕之

ページ範囲:P.235 - P.241

I.はじめに
 精神病理学(psychopathology)の領域における病態モデル(animal model)に,最近,関心をもたれるようになってきた。その病態像も精神分裂病モデル(model psychosis),デプレッション・モデル,実験神経症(experimental neurosis),実験心身症(experimental psychosomatic disorders)など多彩である17)。また,誘発法や,その適応についても研究者の立場によってさまざまであり,統一的・系統的な見解が得られていないのが現状である。
 本論文の主題である攻撃性(aggression)モデルにしても,第1に向精神薬の作用機序の研究,第2には,向精神薬のスクリーニング法,第3には,異常行動の生物学的基礎の解明といった目的により,それぞれ特性を有している。

マウスの強制水泳テスト—抗うつ薬スクリーニング試験法およびうつ病モデルとしての検討

著者: 野村総一郎

ページ範囲:P.243 - P.248

I.動物モデルと薬物スクリーニンゲテスト
 精神疾患の動物モデルを作成しようとする試みは,パブロフの実験神経症14)以来古くから行なわれ,最近では「実験精神病理学」6,7)という一つの学問領域としてまとめられる場合もある。初期の研究には,動物を種々の葛藤状況におくことによって「神経症状態」を作成しようとする,いわば神経症の動物モデルが多かった。これは神経症の発症には状況要因が大きく関与しているので,状況を操作することによって動物にも神経症を作ることができると考えられたためであろう。これに対して精神病の成因には内因(生物学的要素)が大きく,しかもそれは人間特有のもの故に精神病の動物モデルの作成は難しいと考えられがちであった。しかし最近の歩みには内因性精神病のモデルへの挑戦も種々試みられるに至っている。あるものは精神病の成因に対する心理学的仮説に立脚し,またあるものは生物学的仮説を証明する目的をもっている。いずれにしろ近年,いろいろの面で精神病の動物モデルが必要とされてきたことは間違いなく,本特集もそのような状況の反映といえ,よう注1)
 うつ病については,これまでHarlowの「分離飼育ザル」3),Seligmanらの「学習性無力モデル18)」や本特集号の鳩谷5),永山8)のモデルなどが試みられ,それぞれ評価を受けているが,これらのモデルで強調されているのはいずれもうつ病との症状の類似であった。すなわち,「いかにヒトのうつ病に似たものを作るか」に力点が置かれているように思われる。もちろん病態モデルである以上,これは当然の態度であり,「モデル」という言葉そのものにも「似ている」という意味が含まれていることは言うまでもない。しかし症状の類似性ということだけを論点にした場合,「結局は人間と動物は違うから,動物モデルなどは意味がない」との反論を受けることになり,えてして動物モデル論は不毛の議論に陥りがちになる。しかし実はモデル研究の本質は「類似性」にではなく,むしろ何のためにモデルを作るのか,という「目的性」にあるのであり,すでに鳩谷4)が指摘したように方法論的な自覚のなかにモデルが存在すると考えられる。

動物モデルによるうつ病の病態発生に関する研究

著者: 鳩谷龍 ,   野村純一 ,   北山功 ,   小石澤学

ページ範囲:P.249 - P.258

 ストレスによるうつ病の動物モデルを作成し,脳内アミンの動態を検討し,うつ病の病態発生の解明を試みた。成熟雌ラットをストレスに長期間曝すと,その中のあるものは,ストレスによる直接の疲労から十分脱しているにもかかわらず,なお長期間に亘り発情周期の消失を伴う寡動状態を示した。この動物は抗うつ剤の投与により,その自発活動と発情周期を回復するので,これをうつ病モデルとして,その脳内アミンの動態を螢光組織化学的に検討した。その結果は次のように要約される。
 (1)青斑核をはじめとする上行性NA/乍動系の細胞体のNA螢光は著明な増加を示したがその視床下部の神経終末でのNA代謝回転は低下していた。また,青斑核のTH特異螢光は減弱していた。
 (2)一方,視床下部隆起-漏斗DA作動系は細胞体,神経終末ともにDA螢光は減弱していた。
 (3)上記と同様の所見はストレス直後の動物にもみられたが,回復ラットの脳内アミンには対照ラットの間に差がみられなかった。
 以上の所見は,うつ病の病態発生に関して多くの示唆を含んでおり,本モデルがうつ病研究の有力な手段となる可能性を示している。

動物モデルによるうつ病への接近

著者: 永山治男

ページ範囲:P.259 - P.264

I.はじめに
 うつ病の動物モデルについてはもはやその可能性の論議の段階は過ぎ,実用の段階に入りつつある。これまでに多数のモデルが報告されているがあるものはうつ病の精神病理学的側面を明らかにすることを目的とし,あるものは抗うつ剤の作用機序またはうつ病の脳内機序の解明,あるいは単に抗うつ剤のスクリーニングを目的としている。しかし多くは複数の目的を有しているようである。これらのモデルを用いてすでに多くの興味ある事実が報告されている15)
 Mckinney,Harlow,Suomiらのウィスコンシングループのサルの分離モデルは最も系統的に研究されたモデルの一つであろう。作成方法としては母子分離3,4,25)・仲間分離6,7,22)などが報告されているが最も有効なのは全社会分離である。たて長・樋状で内部は最大部でも1辺1フィートの狭い特製の垂直室に1〜1.5ヵ月間幽閉されたサルは部屋から出された後も7〜8週間にわたって移動運動・探索行動が有意に減少し,体をまるめてじっとうづくまっている。プレールームに出されても社会的接触や遊びをほとんど示さない2,8,23)。このモデルを用いて各種の実験が行なわれている。

動物のモデル不眠症

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.265 - P.274

I.はじめに―「モデル不眠症」の必要性
 睡眠薬は入眠促進効果,睡眠持続(維持)効果,睡眠深化効果などをもっており,新しい睡眠薬を開発するときには,これらの効果の有無や程度を評価することが必要である。しかし,ヒトの場合についていえば,健常者の多くは睡眠が良好であり,入眠潜時は短く,睡眠時間は長く,中途覚醒も少ないなど,睡眠は質量ともに必要が満足された状態,いわば飽和状態にあるので,このような健常者を対象にして睡眠薬の睡眠促進効果を検討しようとすることは,きわめて非能率的であるといわざるをえない。事実,健常者に通常使用量程度の睡眠薬を投与した結果では,入睡潜時,各睡眠段階の出現率などには有意の変化はみられない(大熊,1980;Okuma and Honda,1978;Okumaet al,1981)(図1)。
 このような事情は,実験動物についても同様である。すなわち,実験動物の多くは,比較的に好適な生活環境のなかで飼育されており,食物を求めて活動する必要もなく,外敵の脅威にもさらされないので,その動物としては最大限の睡眠をとることを許されている。したがって,このような実験動物をそのまま使用して,睡眠薬の睡眠促進効果を評価しようとすることは,睡眠の良好な健常人を対象にする場合と同様に,きわめて困難であろう。

てんかんの病態モデル—キンドリング

著者: 佐藤光源 ,   森本清

ページ範囲:P.275 - P.282

I.はじめに
 CT,さらにはPET(positron emission tomography)が臨床に応用されるようになって,てんかんの臨床的研究はめざましい進歩をとげつつある。てんかん患者の集中監視や深部脳波で得られた情報を,CT,PET所見と照合することによって,脳の機能,形態,代謝的側面を浮き彫りにすることが可能になった。その結果,新しい知見が次々と報告されている。たとえば,てんかん焦点部位のエネルギー代謝は,発作間歇時には大きなばらつきがあり,低代謝であったりあるいは代謝亢進がみられたりすることや,発作の発現に際して著明な代謝亢進が起こることも見出されている8)。これはてんかんの病態を研究するうえで発作間歇時と発作時を分けてとらえることの重要性を示すだけでなく,発作間歇時の生化学的変化は一様でないことを示唆している。このように臨床的なてんかんの研究の進歩には瞠目すべきものがあるが,てんかんの病態をさらに深く解析するためには動物を用いた基礎的な実験が必要である。てんかんの動物実験モデルが要請されるのはこのためである。一般に,ある疾病の実験動物モデルというためには,その動物がその疾病と共通した病因または状態指標をもたねばならない。少なくともその動物を用いると,その疾病のどのような状態を研究できるのかが明確に規定されていなくてはならない。てんかんの場合,てんかんの臨床的な概念規定,「発作が中枢神経系の異常な興奮に由来し,長期にわたり反復する病態」を満たすことが必要である。この規定によれば,単にてんかん様発作が起こるだけでは十分でなく,長期にわたって持続するけいれん準備状態が存在し,自発発作が反復出現することが重要視されている。キンドリングモデルは,この規定を満たす数少ない実験てんかんモデルの一つである。キンドリングについての総説は別に詳しく述べた23,34)のでここでは簡単にその概略を整理するにとどめ,最近の研究の動向,とくに,精神分裂病の研究モデルとして佐藤が提唱したメタンフェタミン(MAP)逆耐性とキンドリングとの関連をめぐる最近の知見についてとりあげてみた。

実験動物を用いた精神分裂病病態の研究

著者: 融道男 ,   西川徹 ,   俣賀宣子 ,   高嶋瑞夫

ページ範囲:P.283 - P.293

I.はじめに
 精神分裂病の病態を生物学的に研究するための手段として実験動物を用いることは,その意義と限界を知っていれば充分意味あるものと思われる。
 現在分裂病の生物学的研究を主導しているdopamine過剰仮説は,周知のように抗精神病薬の作用機序の研究に端を発し,提出されたものである。抗精神病薬の発展により,臨床的な作用に特徴のある薬物が登場してきているが,いくつかの抗精神病薬を取り上げ,実験動物の脳内神経伝達機構に対する作用のちがいを研究することは,個個の分裂病症状の生物学的背景について理解を深めることになろう。

研究と報告

Thiepin系抗精神病剤Zotepineの作用の新しい側面—鎮静・抗躁効果と血清尿酸値低下作用について

著者: 西園昌久 ,   福井敏

ページ範囲:P.295 - P.309

 抄録 Thiepin系Zotepineは,すでにこれまで一定の抗精神薬作用があることが認められすでに市販されている。
 筆者らの研究によれば,Zotepineの標的症状として,まず,興奮があげられる。その興奮が,緊張病性,反応性,躁性の区別なく,それらに対する鎮静作用の強いことが明らかにされた。次いで,抗異常体験作用,若干の情意鈍麻改善作用も認められた。副作用として,眠気,全身倦怠感,運動遅鈍が強く,錐体外路症状は少なくて弱い。口渇,便秘など抗コリン性副作用も少ない。

短報

炭酸リチウムにより乳汁分泌がみられた躁状態の1例

著者: 大石和弘 ,   東村輝彦

ページ範囲:P.311 - P.313

I.はじめに
 従来,炭酸リチウムの投与によって血清prolactinの分泌上昇はみられないとされていた。しかしながら,最近Tanimotoら1)は,炭酸リチウム投与中の躁状態患者では,TRH静脈内負荷後の血清prolactinの分泌増加が増強すると報告している。われわれは,炭酸リチウムの単独投与中に乳汁分泌がみられるようになった女性の躁状態患者の1例を経験したので報告する。

動き

第2回大脳半球分化と精神病理に関する国際会議

著者: 丹羽真一 ,   平松謙一

ページ範囲:P.315 - P.317

 1982年4月18日より23日までの6日間,カナダのアルバータ州バンフにあるバンフ・スプリングス・ホテルにて,「第2回大脳半球分化と精神病理に関する国際会議」(The Second International Conference on Lateralityand Psychopathology)が開催された。主催者は,P. Flor-Henry(エドモントン)とJ. Gruzelier(ロンドン)の両氏であった。筆者は本会議に参加する機会を得たので,会議の様子と発表された講演の内容などにつき紹介したい。
 歴史の浅い会議でもあり読者の多くには馴染みが薄い会議かとも思われるので,はじめに本会議の趣旨と経緯といったことを説明する必要があると思われる。

第16回日本てんかん学会印象記

著者: 清野昌一

ページ範囲:P.318 - P.319

 第16回日本てんかん学会は,1982年9月17日と18日に,山下格会長(北海道大学精神医学教室)の下に札幌市教育文化会館で開催された。かつての日本てんかん研究会が日本てんかん学会に脱皮してから3年目をむかえて,本学会への参加者は年々増えて,今回の札幌学会への参加者は750名余をかぞえた。精神神経科,小児科,脳外科,神経内科,基礎医学の各領域から成るこの学会の会員数は現在800名余りであるから,数の上からは殆んどの会員が出席したことになる。また,この札幌学会は,新しい会則のもとに理事会(島薗安雄理事長)が発足したはじめての年次学術集会であったが,臨床・基礎てんかん学の各分野からの演題は計160題にのぼり,真摯な雰囲気と相まって,学際的な協調を目的とするこの学会の成長が確かなことと実感された。
 学術プログラムは,特別講演,シンポジウム,スペシャル・セッションおよび一般演題から成り,特別講演とシンポジウムではともにてんかんの精神医学的側面がとりあげられた。特別講演にはOregon Health Sciences UniversityのJanice Stevens教授が招かれ,「てんかん—性格,行動および精神病理」と題した講演を行った(司会:山下格会長)。その要旨はつぎのようであった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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