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雑誌目次

論文

精神医学25巻4号

1983年04月発行

雑誌目次

巻頭言

脳は脳を知ることができるか

著者: 中沢恒幸

ページ範囲:P.326 - P.327

 これはグラスドールの有名な問いである。できるだけ<脳を知って>診療に当ることは我々に課せられた当然の使命である。しかしそう思うものの最近の研究開発は診断や治療への<さぐり>を入れるのに余りにも早く広くて戸惑いすら感じさせる。
 いくつかの例が挙げられる。従来興奮系にノルアドレナリン(NA)系とコリン系の2系統の回路(このほか地味ながら確実な歩みをつづけているヒスタミン系もある)があるが,これに最近神経ペプチドが加わった。神経ペプチドはまだ神経伝達物質の条件を充分充していないがmodulatorであることは間違いなく,独立した系となる日も近い。

特集 聴覚失認

「聴覚失認」序論

著者: 田中美郷

ページ範囲:P.328 - P.329

 聴覚失認(auditory agnosia,akustische Agnosie)とは,それぞれの音響現象を本来のひびきないし音色(Klange)として認知できない状態1),または聴覚路を通じての対象の認知障害2,3)と定義される。大脳病巣症状であり,感覚障害としての難聴や,精神障害,意識障害,注意障害などとは区別される。ただし,聴力検査法の確立される以前の症例においては(特に幼小児においては),聴覚失認とその他の原因による聴覚障害とを鑑別することは容易でなかったと推測される。ちなみに,WernickeとFriedlaenderは1883年に両側側頭葉損傷によって生じた聴覚障害の1例を報告しているが,当時は定量的な聴力検査法がなく,彼らの症例における聴覚障害が末梢聴器の欠陥によるものではないことを証明するために,患者の死後,末梢聴器の組織学的検索を行っている。しかし組織学的に異常はなくても,それをもって直ちに機能的に異常なしとすることはできない。近年に到り,電気音響学的に聴力を測定する装置(オージオメータ)が開発されてようやく聴力が正確に測定できるようになったが,しかし著者が1964年に聴覚失認の1例4)を報告した当時は,当時許されるあらゆる聴力検査法を駆使しても,なおかつ末梢性感音難聴を明確にausschriessenできなかったことを今更のように思い出す。その後平野5)が「所謂」皮質聾の1例において,この症例の聾が末梢聴器の障害によるものではないことを蝸電図によって証明しているが,最近聴性脳幹反応が発見され以来,これを用いた聴力検査法が聴覚失認ないし大脳半球損傷に基づく聴覚障害の診断に大きく貢献できるようになった。事実これに呼応するかのように,最近は聴覚失認の報告例が増加しつつある。
 ところで,聴覚失認は失認の内容に応じて,言葉の弁別・認知が選択的に障害された純粋語聾,音楽の認知障害である感覚性失音楽症,および言葉,音楽も含めてあらゆる音響現像が識別・認知できない精神聾とに区別される2)。しかしながら,近年Spreenら6)が非言語性有意音の認知が独立して障害されている1例を報告して以来,聴覚失認を狭義に解してこの用語をSpreenのいうauditory sound agnosiaに限定しようとする主張もある。しかし本特集では,病巣症状としての聴覚機能の障害を包括的にとらえるために,聴覚失認を狭義のそれに限定せず,周辺領域のcorticaldeafnessや聴空間認知の障害も含めて古典的概念に従ってとらえることにした。

音声弁別の神経機構

著者: 丸山直滋

ページ範囲:P.330 - P.336

I.はじめに
 聴覚生理学の研究は,近年聴ニューロンの音刺激に対する反応を分析することによって進められてきた。10年ほど前まで,使用される刺激音は,ほとんど純音に限られていた。研究が次第に中枢のほうに進むにつれて,純音刺激だけではその機能を解明できないことがわかってきた。動物の鳴声などの自然音を刺激に用いる研究者も現われたが,単に自然音だけでは,種々のパラメータを自由に変えることが出来ないため,それ以上の分析を進めることができない。また性質の明らかな合成音を用いる研究者も現われたが,音声とのつながりを見通すことのできる合成音の系列を持っていないと,結局大きな発展を望むことができない。筆者らは,ネコを用い,ネコの鳴声の分析結果を参考にして,音声と関連付けることのできる合成音を用いて実験を進めた。その結果,大脳聴覚野における音声弁別の機構の一端を解明できた。この研究は,聴覚生理学と音声学の接点においてなされたものであり,両方についてある程度の知識がないと理解し難い。以下簡単に先人の業績を紹介してから筆者らの研究について述べる.

「Cortical Deafness」とは何か—文献的考察

著者: 平野正治

ページ範囲:P.337 - P.343

I.はじめに
 「Cortical Deafhessとは何か」というテーマで文献的考察をする時の困難さは,1)deafhessという用語の多義性と病態把握の曖昧さ,2)corticalという用語にどの程度解剖学的意味をもたせるか,について諸家の意見が必ずしも統一されていないことにある。
 deafhessは「聾」あるいは「つんぼ」と邦訳され,広辞苑(岩波)では「耳の聞こえないこと,またその人」と簡単に記載され,日本国語大辞典(小学館)では「両方の耳が80dB以上の難聴のこと」,「耳が聞こえないことで日常生活に重大な支障があるもの」と記載されている。医学大辞典(南山堂)でも「ささやき声の聴取距離が0.5米以下および聞こえぬもの」と解説されている。これら日本語辞典から得られる聾の概念は,音の知覚障害としての聴覚系の障害であり,音は聞こえるがその意味把握の障害されている聴覚失認のような音の認知障害は別に取り扱われるものと考えられる。しかし,皮質聾として報告されている邦文論文での症例には聾でないものが含まれている15,28)。欧文論文になるとますますその傾向が強く,殊にPialoux(1971)26)のように皮質聾の典型的臨床像は聴覚失認であるとさえ述べるものがある。英和辞典や独和辞典でもdeafncss(Taubheit)の項では「耳の聞こえないこと」の他に「聞こうとしないこと」,「耳を傾けないこと」と音に対する被検者の随意的な態度が記載され,Der Groβe Duden(7版)でもgehorlos,unempfindlich,ungereimt,stumpf,dummなどと記載されている。しかし,Dorlandのmedical dictionaryやGuttmannのMedizinische Terminologieでは表1の如くdeafness(Taubhcit)は音の知覚障害としての色彩が強く記載されている。

皮質損傷で「聾」になり得るか

著者: 船坂宗太郎

ページ範囲:P.345 - P.349

 最近の聴覚検査法ならびに検査機器の進歩によって,聴覚中枢の障害部位の推定が可能となってきている。そこで最近の文献を主とし,皮質障害と聴力との関係について検討を加えた。
 すなわち,皮質聴覚領の構成と種による差,皮質聴覚領の細胞活動の特異性,音聴取における皮質聴覚領の役割,そして臨床報告例における皮質障害における純音聴力損失との関係について述べた。その結果,動物実験とは異なって,ヒトでは皮質障害で確かに高度の純音聴力低下例や聾があること,そしてそれらについては2度以上にわたる脳血管障害で両側横側頭回の病変であることが特徴であると結論された。

純粋語聾研究の発展

著者: 池村義明

ページ範囲:P.351 - P.361

I.定義
 純粋語聾研究の歴史は1877年Kussmaulがはじめてこの病態を記述し,他の失語から区別するためにWorttaubheitなる用語を使用した時に始まる。彼はその記述の中で,"患者は口頭表出言語も,書字言語も失ってはおらず,しかも耳は十分聞こえ,談話や書字によって自らの思想を表現出来る。それにもかかわらず患者は聴取した言葉をもはや理解出来ない。この病的障害を簡単にWorttaubheitと呼びたい"と述べている。ここで一般にいわれているreine Worttaubheitのreinという形容詞は内言語の障害が無いという意味で用いられている。のちにLichtheimは1885年彼の有名な言語障害図式から演繹して純粋語聾の病像をさらに明確に限定した。つまり,"純粋語聾において失われるのは,1)言語の了解,2)復唱能力,3)書取りによる書字能力であり,これに対して障害されないのは,1)自発言語,2)自発書字,3)書字言語の了解,4)音読,5)写字であり,この場合錯語や錯書はみられない。内言語装置には異常が無く,聴力は十分であるのに語音の了解がおかされている。さらにこの病像には,患者が音に対して著しく無関心であることと語聾はあとまで長く残存するのが特徴的である"と述べている。純粋語聾の発見者の栄誉をになったKussmaulにしろLichtheimにしろ,語聾の定義においては本質的に異なるところはないが,ただ問題なのはその名称である(表1参照)。Lichtheimはisolierte Sprachtaubheitという呼び名を提案したが,以来最近まで用語の混乱がみられ,いろいろな学者がほぼ同じ病態をいろいろな名称で呼んできた。ドイツのWernicke(1885/86)はsubkortikale sensorische Aphasieと名付けた。フランス語圏では最初DéjerineとSéricux(1897)がsurdité verbale pureと呼び,英語圏ではBarret(1910)がpure word deafnessと呼んだのが彼らの純粋語聾研究の始まりと思われる。イタリア語圏ではMingazziniとBianchi(1910)がAfasia sensoria sottocorticaleという言葉を用いた。上に述べた表現は全て失語症研究あるいはLichtheim-Wernickeの古典的失語症理論に由来し,そこから派生してきたものである。しかし一体に純粋語聾は失語症とくにウェルニッケタイプの失語の初期や回復期に現われたりすることがあり,全く独立した形のものは多くなく,又たいていはその他の失語性症状を伴っていることがあるので,失語との関係の問題は重要である。将来の課題であろう。

語音弁別能の障害

著者: 佐藤恒正

ページ範囲:P.363 - P.371

I.はじめに
 オージオロジーの進歩に伴い,病巣診断を目的とした精密聴力検査がいろいろと工夫され,発達してきたが,方法論的に聴力検査は聴覚心理学謎手法を用いた自覚的検査と,ME的手法を用いた他覚的検査に大別される。一方,難聴を鑑別診断の見地よりみるとき,感音難聴,特に後迷路障害の部位診断はきわめて重要なテーマであるが,現行の他覚的聴力検査は,ABRの波形分析,あぶみ骨筋反射の測定などを除き,刺激音が単純であるために,鑑別診断を目的とするときそれらの有用性は高くない。すなわち,域値上の複雑な音刺激を正しく弁別する能力は,ヒトのみに許された高度な機能であるために,これを利用した自覚的聴力検査の方が現在なお重要な方法とおもわれる。特に,ことばを検査音とする語音聴力検査は,本来,難聴者の社会適応性をみる目的で発達してきたが,上記の理由により,不可欠の方法である。
 今回のテーマである聴覚失認,および純粋語聾の聴能に関しては,まず語音聴力障害の程度,性質を知ることが,最も重要な課題である。そこで,本稿では著者が日常,難聴の鑑別に利用している語音聴力検査法について紹介し,典型的な聴覚失認症例について述べ,さらに周辺疾患としての失語症を呈した側頭葉障害群の語音聴力検査成績を検討し,検査の意義,聴覚失認様症状の発現機序などを推定したい。

Auditory Sound Agnosiaはあり得るか

著者: 倉知正佳 ,   鈴木重忠 ,   能登谷晶子 ,   山口成良

ページ範囲:P.373 - P.380

I.はじめに
 Auditory sound agnosiaとは,聴力がほぼ保たれているにもかかわらず,環境音(社会音),即ち非言語性有意味音の聴覚的認知が障害されている状態である。これに対して,言語音の認知の選択的障害は,auditory verbal agnosiaと呼ばれる。前者は狭義の聴覚失認に,後者は純粋語聾に相当し(Rubens,1979)22),広義の聴覚失認には,環境音,言語音のほか,音楽の認知や聴空間定位の障害も含まれる(田中,1982)26)。この広義の聴覚失認は,かつての精神聾に相当し,これはMunk(1890)により精神盲に対応して提唱された概念であるが,環境音の認知が独立して侵され得るかどうかについては従来疑問視されていた(大橋,1965)17)
 筆者に与えられたのは,auditory sound agnosiaはあり得るかというテーマなので,まず,視覚失認との比較,ついで,環境音の認知が言語音とは独立して侵され得るかどうか,またそれは一側半球の病変でも生じ得るかどうか等について,代表的文献報告を中心に,われわれの最近の検討結果を加えて述べることにしたい。なお,この領域については,筆者自身ごく限られた経験しかないことをお断りしておきたい。

感覚性失音楽の文献的考察

著者: 渡辺俊三 ,   北條敬 ,   田崎博一 ,   佐藤時治郎

ページ範囲:P.381 - P.386

 I.はじめに
 失認Agnosieとは認知(認識)の障害という意味で,失語,失行と同様に大脳病巣症状であり,ある感覚路(視覚,聴覚,触覚,身体覚)を通じての対象の認知障害であると定義される。要素的感覚障害とか一般的精神障害(痴呆,意識障害など)によるものは除外される21)
 聴覚に関連する失認としては,大橋21)によると,あらゆる音響(雑音,音楽,音声)の認知障害すなわち精神聾,音楽に対する失認すなわち失音楽(感覚性失音楽),音声言語のみの失認すなわち語聾の3型に分類される。

感覚性失音楽症とは何か

著者: 村井靖児

ページ範囲:P.389 - P.393

I.はじめに
 失音楽症は従来,感覚性失音楽症と運動性失音楽症に大別されてきた22)。分類の基準は,その障害が,失認失行のいずれによるのかという点にあり,失認であれば感覚性失音楽症,失行であれば運動性失音楽症ととらえられる。
 失音楽症の研究の歴史を調べると,研究者の関心は,失音楽症によって一体どのような症状が出現するか,その症状が一体脳のどの部分の損傷によって起こっているのかという2点に集中していたことが判る。しかもその中で,失行と失認を区別し,且つまた,失認の中から知覚障害を分離する努力がはらわれてきた。

Akustische Allästhesieと聴空間認知障害

著者: 田辺敬貴

ページ範囲:P.395 - P.405

I.はじめに
 「Akustische Allästhesieと聴空間認知障害」に含まれる現象について,神経科領域では恐らくhemineglect syndromeにおけるneglectからallesthesiaを経てextinctionという経過,およびCritchley12)やHeilman32)らのように,これら3症状がhemineglect syndromeの異なった現われであるとの指摘より,半側空間無視との関係から考え,一方耳鼻科領域ではauditory allesthesiaの現象が一種の音源定位障害であるとの考えより,この論題を方向感障害として考えるかもしれない。ただしallesthcsiaの現象を単に方向感障害として片付けてしまうことには問題があり,その近縁症状であるneglectやextinctionの現象は単なる方向感障害とは異なる。以上の観点から,この論題に含まれる現象を列挙したのがTab. 1である。そしてこれらの現象の責任病巣としては,主として頭頂葉および側頭葉が重視され,一部視床等の関与も指摘されている。
 ところで,外空間の認知障害についての検討は,そのほとんどが視空間を対象としており,これらの聴空間における認知障害に関する検討は甚だ少ない。事実,Frederiks21)はTab. 2に示す中枢性聴覚認知障害の分類の中で,d)unilateral auditory disorder of attentionおよび f)auditory disorders of localizationいずれの項目でもこれらの現象を挙げており,その位置付けさえもが問題となっている。さらに,これらの現象の中には,その名前すら神経心理学の教科書に記載されていないものもあるので,まず各現象を紹介し,その後でallesthesiaとextinctionの現象を中心に自験例を含め文献的考察を加える。

小児の聴覚失認の問題点

著者: 加我君孝 ,   田中美郷

ページ範囲:P.407 - P.411

I.はじめに
 小児の聴覚失認は,患者が発育途上にあるために成人の場合とは異なり,詳細な神経心理テストの協力が得られないことが多く,診断の難しいことが大きな特徴である。診断が確定すると,次には,どんなコミュニケーション手段を習得させるか,教育の方法の難しさに遭遇する。聴覚的・視覚的あるいは触覚的なコミュニケーションの手段のいずれを選択するにしろ,内言語を習得するための,critical age以前に,先天性あるいは後天性難聴児と同様に,早期発見,早期言語教育が必要となる。
 幼小児では,先天性あるいは発達性と後天性の2つのタイプに,従来の報告を分けることができる。前者は1930年のWorster-Drought and Allen25)による"congenital auditory imperception"以後,報告が多く2,3,8〜11,13,24,26),本邦でも1960年代より報告があるが15,17〜22,27),田中らの指摘するように,末梢性感音難聴を誤って聴覚失認語聾としている場合が少なくない7,14)。これは外国の報告でも同様である。一方,後天的聴覚失認や感覚性失語症の研究は1957年のLandauの報告8)以来,少なくないが,従来,小児失語症として報告された症例の中には失語というよりも聴覚失認と見なすほうが適当と思われるものも少なくない。

小児の聴覚失認

著者: 八島祐子 ,   石下恭子

ページ範囲:P.413 - P.418

 1.はじめに 小児における広義の聴覚失認に関する古典的文献でよく引用されているのは,Worster-DroughtとAllen1〜3)の“Congenital auditory imperception”と題する論文である。“Congenital auditoryimperception”を失認の水準の障害と理解すれば,“Developmental auditory agnosia”に相当するものである。さらに小児期の言語障害に“Cerebral immaturity”あるいは,“developmentallag”という発達障害に関する概念を最初に導入したのはEwing4)であろう。言語障害を発達的観点からみる時,発達段階に生じた脳器質障害による言語障害は失認の水準にあるか,また,狭義の受容性失語であるか判然と分けられないことが多く,聴覚失認が加味された語聾の例もある。Morley5),Karlin6),およびBentonら7)の小児言語発達障害の分類から発達性語聾(先天性語聾)あるいは聴覚失認とその周辺症状について,自験例も加えて考察する。

短報

Carbamazepineによって著しい記銘障害を生じたてんかんの1例

著者: 福島裕 ,   兼子直 ,   斉藤文男 ,   久保田修治

ページ範囲:P.419 - P.421

I.はじめに
 Schorsch8)は,Anstalt Bethelにおける患者の観察から,抗てんかん薬は発作の抑制には役立っているものの,患者の知的活動性を失わせていることを警告的に述べている。これまで,phenytoinによって知的精神機能がきわだって障害された例は,phenytoin encephalopathyあるいはpseudodegenerative diseaseとして報告されている7)
 ところで,carbamazcpineについては,精神症状に対する治療的効果を強調する報告が数多くなされてきた。もっとも,Diehl1)はcarbamazepineも,それが一定の血中濃度を超えた場合には,かえって精神症状の悪化を招くことを指摘している。

Priapismusを合併した悪性症状群の1例

著者: 浅見隆康 ,   宮永和夫 ,   町山幸輝 ,   根岸達夫

ページ範囲:P.423 - P.425

I.はじめに
 われわれは,向精神薬の投与中に悪性症状群が出現し,同時にpriapismusを合併した症例を経験した。われわれの調べた限り,本邦には向精神薬によって生じたpriapismusの報告はない。また悪性症状群とpriapismusの合併は外国においても報告されていない,若干の考察を加え報告する。

長期間にわたり再燃を繰り返した慢性覚醒剤中毒の1症例

著者: 小島秀樹 ,   長沼六一 ,   蓮沢浩明 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.426 - P.429

I.はじめに
 慢性覚醒剤中毒患者の示す幻覚妄想状態は精神分裂病のそれと酷似している。それ故,慢性覚醒剤中毒の臨床的研究の蓄積は内因精神病の解明に役立つものと考えられており,現在までに数多くの臨床的報告がみられる1,3〜5,12,15)。そして最近の覚醒剤中毒に関する研究の動向としては覚醒剤の投与によって脳に永続的な反応性の亢進が持続する機序の解明に多大の努力がなされているのが現状であろう2,6〜11,13,14,16)。臨床的には覚醒剤によって生ずる種々の精神症状の発現及び再発について情報を集めることが重要である。
 われわれは慢性覚醒剤中毒患者の1症例において,幻覚の発現の仕方に注目すべき事実を見い出した。即ち,妄想のみを訴えていた患者が約6ヵ月間の覚醒剤休止後,再注射したところ,そこではじめて鮮明な幻視が発症した症例である。本症例は覚醒剤によって生じる幻視の発現機序に価値ある示唆を与えると考えられるので,その臨床および治療経過を報告し,幻覚・妄想の発現および再燃について論じてみたい。

動き

第10回国際表現精神病理学会に出席して

著者: 宮本忠雄

ページ範囲:P.430 - P.432

 昨年(1982年)10月22日から24日まで西ドイツのミュンヘンで開催された表記の学会(X. Congres International de la Socisété Internationale de Psychopathologie de l'Expression)に参加したので,その概要を報告しておきたい。ご存じの方も多いと思うが,国際表現精神病理学会は,1959年,イタリアのヴェローナでC. Lombrosoの没後50年祭が催された折に設立され,翌60年に同国のカターニア(シチーリア島)で第2回総会が開かれてからは,3年ごとに欧米各地で規則正しく開催されており,このほかにも,毎回の世界精神医学会(W. P. A.)で独自のシンポジウムを組んだり,地域単位で国際コロキウムを催したりしている。こうした実績が評価されたためか,1980年の香港でのシンポジウムの折に,表現精神病理学がW. P. A. の正規のセクションの1つとして承認されるという出来事があり,したがって今回の第10回総会は初めて「W. P. A. の協賛のもとに」開催されるというかつてない意義をもつことが,会長Volmat教授の開会の挨拶でも強調された。
 参加者は,開催地がミュンヘンということもあって,当然ながら西ドイツをはじめ,オーストリー,スイスなど,ドイツ語圏の人が大多数のように感じられたが,そのほか,フランス,イタリア,スペイン,東ドイツ,ハンガリー,チェコ,さらに,アメリカ,メキシコなどの出席者も少なくなく,それに徳田良仁博士を団長とする日本からの十数名も加わって,会場に当てられたミュンヘン大学の講堂(第1日目)と隣りの造形美術アカデミーの部屋部屋(第2日目と第3日目)をにぎやかに埋めつくした。別に数えたわけではないが,参加者数は全部で300名前後に達したのではないかと想像される。

特別講演

地域社会精神医学の経験と展望

著者: 林宗義

ページ範囲:P.433 - P.444

 I.地域社会の調査活動から(台湾にて)
 司会の方からこの領域のことばに混乱があるので概念規定をやってくれ,と言われたが私はそういうむつかしいことにあまり時間をとらないで,私が理解した地域社会精神医学,あるいは地域社会精神衛生というものを私なりに解釈し,それに基づいて私がやってきたことを述べ,それをとおして世界の動きを簡単に申し上げたい。
 日本人はどうも概念規定が好きだが,私のような哲学の素養のない人間には一寸理解ができない。一所懸命に論じてどうも結論が出ないことになっては困る。これは率直に言ってのことである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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