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雑誌目次

雑誌文献

精神医学25巻6号

1983年06月発行

雑誌目次

巻頭言

パターン化思考の脱却を

著者: 伊藤克彦

ページ範囲:P.568 - P.569

 周知のように,地域ケア的とりくみは,医療に加え患者の生活が成り立つための,様々な条件に見合った配慮が要請される。精神衛生センターでは,業務の一環に個別的あるいはグループとしての事例援助に関する精神衛生コンサルテーションを担当する機会が多い。コンサルティーの職種は多彩であるが,一緒に事例を検討している際に気がかりなのは,患者をめぐっての事態がまだ十分納得できてないのに,対応の仕方,処遇方針などのKnow-Howのみが端的に求められることである。多忙な業務のなかで,効率的に行うために手早く一件落着の必要はあろうが,事後の援助や地域での評価に照合して,果して適切かどうか疑問は残ろう。もちろん,緊急対応を迫られるものもしばしばであり,客観的緊急度と問題提起者の主観的緊急感とを判断し,即時の具体的手立ても問われることとなる。当然援助の手順も現場では独自に決めねばならぬことも日常的といえる実情にある。それだけに,日頃のとりくみもルチン・ワークで済ましてばかりはおれない。初期の働きかけの齟齬から,第一ボタンの掛けちがいといった事態をみるのも決してまれではあるまい。こうした検討の場は,時機を失せぬ積極性と細心な配慮に向け,事例ごとのきめこまかな対応を求めるためにある。しかし,コンピューター化時代とはいえ,援助活動は一義的に能率化,省力化,合理化になじむものではない。心理的エネルギーの経済にはなるかもしれないが,個々の援助的関わりが,パターン化思考でセットされることは避けたいものである。事態をとらわれのない目で確かめる基本的構えは失うべきでないといえよう。コンサルテーションか,コンサルタントとコンサルティーとの両者間に同時進行する相互作用であるとの認識に立つとき,技術援助を標傍する立場にとっても,上述したことは大きな課題となるものである。そうした意味で,ここでまずは当面することの多い事態について3点にわけ,見落されがちな問題にふれてみたい。
 第1には,地域的とりくみでは,現場の特異性による相違はあるが,援助対象の幅が広く,患者をめぐって関わり方に困惑している家族,近隣,職場などの関係者への支援が大きなウェイトを占めることが多い。したがって援助者側への役割期待が多様であり,その心算りがないと役割関係の相補性を無視することとなり,援助の進展が妨げられる結果ともなる。また,「精神衛生」という言葉が多様に解され,求められる問題も多岐にわたりやすく,その境界や優先性を見失うおそれも生ずる。拡散する場合には,市民としての,人間としての責任範囲まで引き受けかねないこととなろう。新しい社会のニードに応えるべき立場にある以上,その対応には限界や不備な点への吟味を経て,実践に移す周到さは必要であるといえよう。一時的な評価は得るとしても,本来の目的を見失うことであってはなるまい。

展望

抗精神病薬(neuroleptics)による錐体外路症状—その治療学的意義の変遷について—その2.臨床効果との関連をめぐる論争とその帰結

著者: 八木剛平 ,   伊藤斉

ページ範囲:P.570 - P.582

I.緒言
 錐体外路症状が,一方ではneurolepticsの中枢作用の治療的側面(分裂病に対する治療活性)に,他方では反治療的側面(神経毒性および行動毒性)に関連づけられ,近年その臨床的意義の重点が後者に移行してきたことを前回述べた。本論文では,その転換期となった50年代後半から60年代を中心に,neurolepticsの抗精神病効果と錐体外路症状との関連をめぐる論争を整理する。この論争の推移は,錐体外路症状に関する概念とneurolepticsによる分裂病治療論の変遷を反映しており,またその帰結は,分裂病とその治療薬に関する今日のドーパミン仮説の,臨床面における検証としての意味をもっているように思われる。
 なおこの問題に関する諸家の意見には,用語,研究方法,理論的背景などの不一致が少なくない(Chienら193),1967)。そこで第一に,ここでの論議の主題を,neurolepticsの臨床経験ないし治療研究の中で論じられた錐体外路症状の臨床上の意義に限定し,次回に述べる薬物の臨床特性としての薬理学上の意義に関する論議から区別する必要がある(Filottoら207),1969)。第二に,本論文ではどのような錐体外路症状が,どのような場合に,どのような意味で臨床効果に関連すると考えられたのかを,従来の資料に問わねばならない。各著者の見解を,臨床効果と錐体外路症状の関連の有無について無理に二分して,過度に単純化された結論を得ようとしなければ,一見混乱したようにみえる多様な意見の中に,一定の帰結が見出されるであろう。

研究と報告

対人恐怖の回復過程に関する一考察

著者: 笠原敏彦 ,   大宮司信

ページ範囲:P.583 - P.588

 抄録 対人恐怖の回復過程でみられた逆説的な現象に注目し,治療論的観点からその臨床的意味について考察した。その現象とは,対人恐怖症状の発現状況が,それまでとは逆転し,家庭内に限局するもので,回復期において一過性に認められた。そして,その現象の背後には,対人恐怖からの立ち直りに必要な対人関係における自立,とくに家族からの心理的自立が深く関連しており,それは面接時の話題においても,あるいは実際の行動からも裏づけられることを指摘した。さらに彼らの自立を示唆する臨床的現象として,面接の特徴的な終り方にふれ,それが治療者からの自立を意味するものであることを述べた。

「慢性的寡言寡動状態」における分裂病者の会話的受容と伝達の困難

著者: 清田一民

ページ範囲:P.589 - P.595

 抄録 分裂病の緊張型,破瓜型の寛解過程における中等度ないし軽度の「慢性的寡言寡動状態」の患者にみられる日常的会話の困難を,言語論的見地から検討した。
 1)会話的な受容困難については,「発話文意分類テスト(仮称)」によって,受容の仕方に特徴があることが見出された。すなわち,情報の「記述的様式」の発話文の文意の受容は正常者とかわりないが,主体的な感覚的表現を客体化されたものとして受容することが困難である。2)会話的な伝達困難については,主題の選択の困難,話題の「筋立て」および「転導」などに弱点があり,言語性表出が「記述的様式」に偏り,「感化的様式」を欠き,かつ,聞き手の発話を誘発するような非言語性表出に乏しい,などが関与している。3)日常的会話改善の評価の項目として,①量,②質.③関係,④言語性表出,⑤随伴的非言語性表出について言及した。

パリ地区における邦人の精神障害—“病的旅”および放浪について

著者: 植本雅治 ,   森山成彬 ,   大西守 ,   濱田秀伯 ,   小泉明 ,   藤谷興一 ,   渡辺俊三

ページ範囲:P.597 - P.605

 抄録 1978年1月から81年8月までの32ヵ月間にパリ地区で発生した邦人精神障害者28例の診療経験を報告した。そのうち「旅行者群」には反応性のものの他に,日本で精神科受診の既往歴のある分裂病例があり,海外旅行体験が直接病勢再活性化の誘因となっていた。「一時滞在者群」は最も多く,その社会的・経済的不安定性が不適応と症状発生に関与しているものが多かった。慢性妄想病患者もすべてこの群に含まれ,分裂病者と同様に“病的旅”(voyagc pathologique)の例が注目された。しかし,分裂病者と慢性妄想病者との間には,“病的旅”と放浪による,言語的・非言語的コミュニケーション遮断状況での破綻に病像の差がみられた。神経症例では,特に一時滞在者で,帰国後の境遇に対する恒常的な不安が根底にあり,その上にたって現地異性との交際が発症のきっかけになりやすい傾向があった。「定住者群」では,飲酒との関連が多いとの印象を受けた。

精神疾患における遅延型過敏反応の検討—情動と免疫に関する考察

著者: 今裕

ページ範囲:P.607 - P.614

 抄録 精神疾患に免疫生物学的接近を試みるにあたり,種々の精神疾患を対象にして遅延型過敏反応を検討した。1)ツ反陰性者の割合は,精神分裂病群と種々の神経疾患で近似しており,感情精神病群と神経症とも近似していた。2)特に慢性分裂病者では,妄想や幻覚などの異常体験を示す者がツ反陰性ないし疑陽性を呈しやすく,またDNCB皮膚試験でも陰性を呈しやすい。3)また種々の精神疾患で入院後のツ反の検討を縦断面的にみると,治療後次第に陽性化していく傾向が強い。4)以上のことから入院直後や異常体験を示す状態では細胞性免疫能が低下傾向にあり,入院後時間が経過し精神症状が安定化するにつれ,細胞性免疫が正常化していくように推定された。

向精神薬治療中に心電図異常を呈する患者と呈しない患者に対するβ-受容体遮断剤Carteololの効果の比較

著者: 高柴哲次郎 ,   有田真 ,   佐々木勇之進

ページ範囲:P.617 - P.625

 抄録 向精神薬服用中の患者で,ECG正常者15名(男8,女7,平均年齢31.0歳)と異常者22名(男13,女9,平均年齢39.5歳)を選び,各群に対しβ-受容体遮断剤Carteololを1日10mg(分2)7日間投与し,その前後における心拍数,血圧,心電図変化を検討した。
 結果1)心拍数は,ECG正常群では有意な変化がなかったが,異常群では21%の減少を示した。2)T波高(V5)は,正常群でも異常群でも有意な変化がなかったが,異常群のうち(T波高/R波高)≦0.2以下の患者6例についてみると,T波高は有意に増高(改善)した。3)補正QT時間は正常群では変化なく,異常群では平均0.46秒と病的に延長していたものが0.42秒へと短縮(正常化)した。4)PQ,QRS時間,および収縮期,拡張期血圧には両群とも有意な変化がみられなかった。以上より,Cateololは5mg朝・夕2回の投与で,向精神薬による頻脈と心電図再分極相の異常を有意に改善するといえる。

抗精神病薬惹起性遅発性ジスキネジアに対するDihydrogenated Ergot Alkaloidsの臨床効果—2重盲検法による検討

著者: 越野好文 ,   平松博 ,   伊崎公徳 ,   山口成良

ページ範囲:P.627 - P.635

 抄録 Dihydrogenated ergot alkaloids(DEA)の抗精神病薬惹起性遅発性ジスキネジア(T. D.)に対する効果を不活性プラセボー(PL)を対照薬として2重盲検法で検討した。
 性別,年齢,臨床診断,罹病期間,抗精神病薬服用量,T. D. 重症度をマッチさせた精神病院入院患者2人1組に対し,一方にDEA,他方にPLが無作為に投与された。DEA群とPL群は共に男子8人,女子6人で,平均年齢はそれぞれ59.4歳と59.1歳,T. D. 重症度はDEA群は高度3人,中等度5人,軽度6人,PL群はそれぞれ4人,4人,6人であった。DEAは1日6mgを6週間投与した。

口部ジスキネジアの類型化の試み—表面筋電図を用いた検討

著者: 松永哲夫 ,   大山繁

ページ範囲:P.637 - P.643

 (1)精神病院入院患者221例(男112,女109)を調査して,そのうち10.0%にODが認められた。対象を分裂病者に限ると,14.3%o(19/133)であった。ODが認められた群の年齢は,平均53.9土3.87(S. E.)歳で,全体と比べて,有意に高齢であった。また女性における出現率は,男性と比べて有意に高かった。向精神薬と抗パ剤の服用量,血清PRL値は対照と比べて,差はなかった。
 (2)ODが認められた19例を,表面筋電図で1型(N=9)とn型(N=10)に分けて比較検討した。
 1型は,高齢(65歳以上),向精神薬と抗パ剤の服用無,血清PRL正常などと相関が高く,それに対してII型は,比較的若年(初老期以前),向精神薬と抗パ剤の服用有,血清PRL高値などと相関が高かった。
 (3)筋電図のII型の律動性,年齢,向精神薬,抗パ剤などの要囚から,表面筋電図で分けられるODの2つの類型は段階(stage)を表わすものであり,2つの型はparkinsollism-rabbit syndromeの延長線上にあるものと考えた。
 (4)ODという多要因性の症候群について,いろいろ検討を行なう場合,いくつかの類型に分けることは重要なことであり,表面筋電図はパラメーターの一つとして有用であると思われる。

痴呆患者のCoprophagia—Klüver-Bucy症候群との関連について

著者: 石井惟友 ,   西原康雄

ページ範囲:P.645 - P.652

 抄録 痴呆を呈した192剖検例のなかで,生前にCoprophagia(食糞)が認められた症例が12例あった。この12例は単なる不潔行為や弄便とは異なり,意識清明で積極的に自分ないし他患者の便を口に含む行為が認められた症例である。12例中10例は臨床的にも病理学的にも老年痴呆Alzheimer型であった。1例は両側側頭葉に軟化を起した多発梗塞性痴呆で,残り1例はAlzheimer病の病理所見を有するDown症候群であった。Alzhcimer病の末期には高率にKlüver-Bucy症候群の諸症状が出現するといわれ,それはこの疾患で側頭葉に病変が強いことに起因すると考えられている。これら12例中11例はAlzheimer病の所見を呈しており,多発梗塞性痴呆の1例も両側側頭葉病変を有していたこと,また,12例で食糞がみられた時期には,痴呆は高度で口唇傾向,食欲の異常亢進,hypermetamorphosisなども同時に認められたことから,このような痴呆患者の食糞はKlüver-Bucy症候群のひとつの表現と考えられる。

部分発作重積,片麻痺などの症状を呈した糖尿病の1例

著者: 藤原洋子 ,   大山繁 ,   宮川太平 ,   服部英世

ページ範囲:P.653 - P.661

 抄録 意識障害・部分発作重積・片麻痺・幻視・同名性半盲などの多彩な精神神経症状を呈した糖尿病の1例を報告した。
 患者は約10年間の糖尿病歴を有する40歳の女性で,過去にてんかん発作の既往はなく,分娩を契機として,高血糖とともに意識障害・眼振発作を伴う部分発作の重積。左片麻痺および著明な脳波異常を示した。これらの症状は抗てんかん薬では効果なく,インシュリンによる糖代謝改善とともに消失した。また本例ではその経過中偶発的に生じた低血糖状態において,左側の同名性半盲と同側の幻視および図型模写障害などが出現したが,血糖値の是正によりこの症状は消失した。
 本例にみられた脳局所性精神神経症状の発現機序に関して考察を行なった。その結果,本例ではインシュリン不足あるいは低血糖のための糖利用障害という代謝性因子が付加されることにより,右半球に存在していた何らかの脆弱部位の症状が発現したものと考えた。

短報

幻覚妄想状態を呈した発作後もうろう状態の1例

著者: 森俊憲 ,   加藤秀明

ページ範囲:P.663 - P.665

 てんかん発作後に多彩な精神身体症状を呈し大50歳の男子のてんかん例を報告した。本症例の状態像は症状精神病として総括できるが,第一次的には発作侵襲そしてその結果としての疲労が関与し,さらに肺炎一熱発による副次的要因が加わり遷延した発作後状態を形成したと考えられた。

古典紹介

—J. Capgras—解釈妄想病—第2回

著者: 影山任佐

ページ範囲:P.667 - P.677

 皆さん,以上が解釈妄想病の基本的諸症状である。これらだけで通常は精神病は充分に構成される。前述したように,場合によっては副次的ではあっても顕著で,これと同じ数だけの解釈性精神病の亜型を構成することになる要素が基本的症状に結合することがある。これらの余分な症状を頻度順に挙げると次のようになる。1.空想性虚言〈作話〉(fabulation)ないし物語(récit),2.誤認(fausse reconnaisance)と記憶錯誤(paramnesie),3.幻覚。
 空想性物語はしばしば解釈性精神病をあざやかに彩る。これらは解釈を後方に押しやって,これを犠性にしてしまってまでも発展することがある。Dupré氏によって非常に見事に記載された空想妄想病(délire d'imagination)に近似しているこの虚言〈作話〉妄想は血統加害者ないしこれより適切な名である血統解釈妄想病者(interprétateursfiliaux)と呼ばれている誇大妄想患者の一部によく観察される。彼らは自分たちの本当の親を否認して養い親だと称し,名門の生れであると主張し,乳児期に身代わりにされた犠牲者だと信じ込んでいる。この妄想の体系化では複雑さと同時に正確さが顕著になる。作話者(le fabulateur)は彼の物語を平然と確信を持って語る。彼の話では家系について語られるがそこではどんな奇妙なことでもごく簡単に,異論のない現実として出現する。彼は全てに渡って,輝やかしい挿話や,英雄的手柄話をでっち上げる。彼が喜んで詳細に語るのは奇妙な冒険談であり,その幼少期はこれで満たされていたと言う。彼は不可思議な旅行の顛末を記載する。彼らの大部分は,メロドラマ的見せ場を作り,この中で彼らの出生の秘密が解き明かされる。Ballet氏が発表した症例であるJules Grévyの偽息子は死んだ彼の母親が彼にその父親の名と妊娠したいきさつをどのようにして明かしてくれたか語っている。偽王太子,偽王女のこれら幾人もの作話者が逸話の中に姿を残している。Nanndorffはその最も極立った例である。一部の者は彼らの解釈性精神病に合併した虚言症に属する偽りを承知の上でのでっち上げを,その心から信じ切った作話につけ加えたりする。とはいえ全ての者が彼らの権利回復の理由が正当であることを心から信じており,この燃えさかる信念のために彼らに数多くの味方がひきこまれることになる場合が時にはある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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