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雑誌目次

論文

精神医学25巻7号

1983年07月発行

雑誌目次

巻頭言

中国精神医学の諸問題

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.684 - P.685

 中華人民共和国の精神医学も大きく動いている。文化革命によって大学を追われ,医師として働くことさえ認められなかった精神科医もいる。この嵐は医師内部や精神科医内部での革命ではなくて,知識階層を代表とするあらゆる文化に対する批判であり,変革であった。
 今度,WHOの提案によって「プライマリ・ヘルスケアにおける社会心理的局面」に関する国際・国内ワークショップが開かれ,再度訪中する機会を得た。全中国から100人近い精神科医が,上海,南京はもとより,ハルピンや蒙古からも集って,10日間北京でほとんどまる一口発表と討議を行った。一度の訪問より2度の訪問が有効なことは当然だが,初回に比べて4倍もよくわかったように思おれた。同行した林宗義,Francis Hsu,Wen-Shing Tsengのように,中国語で直接議論するといらわけにはいかなかったものの,ボストンのLeon Eisenbergも筆者も,小集団討議談や個人の会話ではかなりつっこんだ話ができたと思っている。ことにこのワークショップの中心になった沈漁村,夏鎮夷,陶国泰などの指導的な精神科医とは3度目か4度目の再見であったことは,大変都合がよかった。なお現在中国精神医学会の会長がXia(夏)教授,理事長がShen(沈)教授である。

展望

抗精神病薬(neuroleptics)による錐体外路症状—その治療学的意義の変遷について—その3.neurolepticsからantipsychoticsへ

著者: 八木剛平 ,   伊藤斉

ページ範囲:P.686 - P.701

I.緒言
 前回までに述べたように,neurolepticsによる錐体外路症状は,この薬物のもつ特異な神経毒性を臨床家に認識させただけでなく,しばしば分裂病に対する治療活性および行動毒性と不可分のようにみえること,また横断面においては精神面と運動面に対する複合効果をもたらし,縦断面においては臨床効果および逆効果の随伴症状として出現することから,分裂病治療学上に様々な問題を提起してきた。ここでは,これらの臨床知見がクロルプロマジンおよびレセルピア以後の薬物の開発や,実際の治療における薬物の選択基準,薬境の決定,投与方式に及ぼした影響について,また錐体外路症状を手掛りとして解明されたneurolepticsの作用局在論に基づいて示唆されている,錐体外路症状を惹起しない新しい抗精神病薬(antipsychotics)の開発可能性について考察する。今日の分裂病薬物療法の動向は,生化学的・薬理学的知見に基づいて既存のneurolepticsの特性と投与方式を規定しながら,neurolepticsにかわるalltipsychotics開発への期待を抱かせているようにみえる。

研究と報告

精神分裂病患者の退院—家族精神医学の立場から

著者: 原田俊樹 ,   伊庭永二 ,   佐藤光源

ページ範囲:P.703 - P.713

 抄録 我々は今回,姫路,岡山の2精神病院の患者家族に対し,退院問題に関するアンケート調査を行なった。その結果,1)家族の患者に対する関心度は高いが,退院後の患者の受け入れ状況は悪く,受け入れ希望の家族は50%以下であった。2)患者の受け入れは発病後の経過が15年以上,入院期間が1年以上になると悪くなるが,入院回数による変化はなかった。3)家長が父であり,父母が健在であり,面会が月に2回以上あるものの受け入れはよかった。4)入院時,家族が深刻な問題としてとらえていたのは,患者の陽性症状よりもむしろ陰性症状であった。5)退院を望まない理由としては,再発に対する懸念,患者の働ける場がないこと,などが多かった。6)家族も長期にわたる入院によって世代交代が起こり受け入れ能力が低化する傾向があり,その結果さらに入院が長期化することなどが判明した。この結果について若干の考察を加えた。

抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)を合併した精神分裂病の1症例

著者: 浜副薫 ,   久葉周作 ,   土江春隆 ,   杉原寛一郎

ページ範囲:P.715 - P.721

 抄録 10数年に及ぶ多飲と異食を続け水中毒発作を繰り返し,抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of ADH,以下SIADHと略す)を呈した精神分裂病の1症例(54歳,男性)を報告した。本症例は,①低Na血症(低浸透圧血症),②尿中における持続的なNa排泄,③低Na血症にもかかわらずADH分泌抑制がないこと,等のSIADH病態を呈したが,尿の濃縮力低下があり,このことは長期間の多飲の結果生じたSIADHの特徴と考えた。また,本症例は異食を続けており,異物が胃内に数年間停滞し胃拡張を来しているので併せて報告した。

Neuro-acanthocytosisの1例—精神症状を中心に

著者: 工藤達也 ,   工藤順子 ,   浅野裕 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.723 - P.729

 抄録 37歳女性でneuro-acanthocytosisと診断された症例を報告し,文献学的考察を加えた。neuro-acanthocytosisの精神症状はあまり注目されていないが,本症例およびneuro-acanthocytosisには痴呆,器質性人格変化があることを述べた。精神症状の発現機序をめぐってハンチントン舞踏病と比較し,本症の痴呆,人格崩解はハンチントン舞踏病より軽度であり,限局された大脳病変である大脳基底核障害に対応した症状であると考えた。又,特徴的な神経症状があることから,精神症状への心因の関与にも注意する必要のあることも強調した。本疾患の精神症状を病変部位,心因との関連から考察することは器質性精神病を解明する立場からも重要である。神経症状について,自咬症,不随意運動,固縮を治療との関係で考察した。

偽性偽性副甲状腺機能低下症の同胞例

著者: 絵内利啓 ,   斎藤孝一 ,   香川公一 ,   生田琢巳

ページ範囲:P.731 - P.740

 抄録 偽性偽性副甲状腺機能低下症の同胞例を経験し報告した。症例は偽性偽性副甲状腺機能低下症の父(既報)をもつ5人兄弟の末弟(27歳,症例1)および(長男39歳,症例2)で,いずれも短躯,短指趾などの特徴的身体所見を有し,テタニーの既往なく,X線写にて中手骨の短縮と頭蓋の肥厚とを認めた。血清電解質はつねに正常,Elthworth-Howard testも正常反応を示し,いずれも偽性偽性副甲状腺機能低下症と診断された。知能険査では,症例1はIQ=71,症例2はIQ=67で軽愚程度の精神遅滞が認められたほか,共通して,気弱で過敏で,ひがみやすく,社会性の未熟な性格であり,ともに何らかの適応障害を来していた。次いで両症例を含む本邦報告例30例について,文献的検討を行なった。その結果,本疾患には従来報告されているよりもなお高率に知能障害を合併しているものと考えられた。

長期てんかん薬服用患者における服薬時間と血中濃度の関係

著者: 原田正純 ,   森山茂 ,   沼田陽市 ,   宮川洸平 ,   三浦節夫

ページ範囲:P.741 - P.747

 (1)長期抗てんかん薬服用患者について並{中濃度と服薬時間との関係を検討したQ抗てんかん薬を24時間服薬中止後,1週間の間隔でそれぞれ5時,8時,12時,17時,21時,24時の6回服薬してもらい30分後に採血し,EMIT法でPB,DHT,CBZ,DPAの血中濃度を測定した。
 (2)DPA,DHT,CBZ,PBの順で服薬時間によって血中濃度に大きな差が認められた。すなわち,最高値と最低値の差はDPAでは最高18倍,10〜6.7倍の差がみられ,DHTで5.3倍から2倍,CBZで2〜3倍,PBでは最高2倍でそれ以下の差がみられた。服薬時間による血中濃度の差の大きさは抗てんかん薬の半減期の短いもので著明である。
 (3)最高値と最低値を示す服薬時間は抗てんかん薬の種類によってほぼ一定しており,一定のパターンが認められた。すなわち,最高値はDPAで8時服薬時,DHTで17時,CBZで5時,PBで24時であった。このパターンは薬物の吸収機能にみられる概日リズムの結果と考えることができる。
 (4)実際に服薬中の患者が対象であったために,残留薬物の影響,抗てんかん薬や向精神薬との相互作用の影響などの問題が残る。しかし,実際に治療中の患者において,服薬時間によって血中濃度に大きな差がみられることは,抗てんかん薬の有効濃度や中毒量の判定など考慮しなければならない問題を多く含んでいる。

短報

急性一酸化炭素中毒後に進行性痴呆,パーキンソン症状,口部ジスキネジアを呈した1剖検例

著者: 三山吉夫 ,   糸井孝吉 ,   東保みづ枝

ページ範囲:P.748 - P.751

I.はじめに
 急性一酸化炭素中毒(以下,急性CO中毒と記す)後遺症としてパーキンソン症状の出現は頻度の高いものの一つであり,その病理学的背景に淡蒼球の対称性壊死をみることが多い,とされている。また急性CO中毒の脳病変として大脳白質のびまん性脱髄があり,中毒後の精神機能減退の背景ともされている。本例は急性CO中毒後に器質精神病の病像を呈したため抗精神病薬が投与され,その経過中に進行性痴呆およびパーキンソン症状,口部ジスキネジアがみられた症例である。本例の進行性痴呆,パーキンソン症状,口部ジスキネジアの病理学的背景について検討してみた。

躁うつ病における病前性格の計量的研究—予備調査

著者: 更井正和 ,   籠本孝雄 ,   松永秀典 ,   谷口典男 ,   亀田英明 ,   東司

ページ範囲:P.752 - P.755

I.はじめに
 近年,単極型うつ病についてその病前性格の本質的特徴がしだいに明らかにされてきたが,他方,両極型躁うつ病の病前性格についてはなお不明な点が多い。また,メランコリー親和型1)あるいは執着性格2)等の概念はほぼ臨床的検証を終えたといわれるが,さて一般の健康者集団の中から未然のうつ病予備軍を有効に抽出できる概念であるか否かという点になると,その統計的検証はほとんど議論されていないのが現状である。これらの点に鑑み,我々は質問紙を用い病前性格を計量化する方法について,その研究法としての可能性を検討したので簡単に報告したい。

三環系抗うつ剤による排尿困難に対するEviprostatの臨床効果について

著者: 喜多成价 ,   由利和雄 ,   柏井洋平 ,   高常憲

ページ範囲:P.756 - P.758

I.はじめに
 三環系抗うつ剤の副作用に関する報告は少なくないが,その対策についての報告は少なく,副作用が重篤であれば抗うつ剤を中止し,軽微であれば放置するといった,きわめて消極的な態度がひろくみうけられる。強力な主作用をもつ薬剤にとって副作用は多かれ少なかれ不可避的というべきかもしれない。しかし,neurolepticaによって生じる錐体外路症状に対して抗choline性抗パーキンソン剤が用いられるように,抗うつ剤の副作用に対しても,これを軽減して患者の苦痛をやわらげる方策が求められて当然であるといえよう。
 代表的な三環系抗うつ剤の副作用としては低血圧,発汗過多,口渇,鼻閉,排尿困難,調節障害,意識障害などがあげられている。これらの副作用は主として抗うつ剤の強力な抗choline作用によるとされているが,発現機序について十分解明されていないものも多い。
 したがって,低血圧に対して昇圧剤,口渇に対してL-cysteine,ethylestcr Hcl dihydroergotamineなどの内服の有効性が示唆されている程度である。排尿障害については,これを治療する薬物とてないが,本来一過性であり,対症的には留置カテーテルを使用し,原因的には減薬や休薬によって,治療しうるといわれ,尿路感染や腎う炎の併発ひいては非可逆的な腎機能障害をまねくおそれがあるとしながら,積極的な対応はなされていない。これらの副作用出現による精神症状の増悪や医師に対する不信感をまねくおそれがある一方,副作用対策としての減薬や休薬により精神症状の悪化も当然問題になるであろう。とくにその患者が自殺念慮を持っているような場合,問題はいっそう深刻である。
 われわれは三環系抗うつ剤による治療中に生じた排尿障害に対して,Eviprostatを試用し,はなはだ興味ある知見を得た。これは前述の副作用対策として有用なものと思われるのでここに報告する。

紹介

Parisの市民病院「Hôtel Dieu」とWürzburgのユリウス市民病院「Juliusspital」について—ヨーロッパ精神病院小史

著者: 伊東昇太

ページ範囲:P.759 - P.769

I.まえがき
 フランス革命前後のParisの「市民病院」Hôtel Dieuを含めた精神病施設の活動は,M. Foucaultによって詳細に論じられているのは周知の如くである。このFoucaultの出版で専門領域に働く者が痛烈な刺激を受けたことは明白で,K. Dorner,M. Schrenkの引用にも知ることができよう。このフランス史家の記述の迫力のあるのは,読者をして果して今日においてすら制度上また治療上過誤を,つまり前車の轍を踏んでやしないかとの不安のかりたてられるためであろう。ちなみに科学としての精神医学の誕生がP. pinel(1745〜1826)に求められがちであるが,これには批判があり,患者解放についてはイタリーの先駆的医師V. Chiarugi(1759〜1820)が彼にさきがけて実践しているという。このような記述をみるときPinelの神格化への反省がせまられる。つまりPinelをめぐる「脱神話化」Entmythologisierenの作業が依然として識者の関心となっていて,それへの準備作業として表記の病院の事情を述べ,当時の医療施設の管見記としたい。

動き

第5回日本生物学的精神医学会印象記

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.770 - P.771

 第5回日本生物学的精神医学会は,昭和58年3月25,26の両日,津市の三重県教育文化会館で開催された。津市は文字通り筆者の住む大津市に似て共に静かで学問に取り組めるふんい気のある県庁所在地である。今回はシソポジウムに加えて,一般演題90に及び盛況であった。ちなみに本学会の一般演題数は第1回から,38,59,40,72,90と着実に増加しており,これは精神医学における生物学的背景研究の必要性が広く認められてきた証拠である。この分野の研究に携わる者の1人として一言付け加えるならば,何時の日かこの学会の名称から「生物学的」の名が消えて,精神医学が神経科学と融合することを夢みている。読者の大多数の方が御存じのように米国でBiological Psychiatryの学会が分科したのはすでに10年以上も以前のことで,かつて筆者が在加中この学会を拝聴したことがあるが,今月の我国のB. P. も参加人員,発表演題の質,量ともに米国のそれに劣らぬ盛況となったのは喜ばしい。
 本学会会長の鳩谷教授は,京大,三重大と長年にわたる研究生活で「周期性精神病」と「内分泌精神医学」を2本の柱として取組んで来られた。会長講演とシンポジウムのテーマでこの2つを取り上げられたのはごく自然の成行きである。

古典紹介

—Ribot, T.—記憶の病—第1回

著者: 渡辺俊三 ,   小泉明 ,   佐藤時治郎

ページ範囲:P.773 - P.782

第2章全般性健忘症
 記憶障害の研究資料は数多く,医学君,精神科関係の論文,種々の心理学的記述などに広範囲に散見される。さほどの苦労なくそれらを集積でき,充分な観察報告を手もとに集めることができる。ただ困難なのはそれらを分類し解釈し,記憶の機序について何がしかの結論を引き出すことは困難なことである。この点からみれば,得られた事実の価値には非常にむらがあり,最も特別なものが最もためになるわけではないし,最も珍らしいものが最も明快であるわけではない。
 われわれの資料の大部分を提供してくれた医師達ほとんどは,彼らなりの方法でしか記載,研究しなかった。記憶障害は彼らにとっては一症状にすぎない。彼らはこの名称で,その症候を記載する。記憶障害を診断や予後の確立のために活用するのである。分類に関しても同様である。つまり,彼らは健忘症症例のそれぞれを,その原因である脳軟化症,脳出血,脳振盪症,中毒症などの病態と結びつけることで満足する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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