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雑誌目次

雑誌文献

精神医学25巻8号

1983年08月発行

雑誌目次

巻頭言

医療法改正の動きをめぐって

著者: 富井通雄

ページ範囲:P.796 - P.797

 諸般の情勢からみると,今日の医療界は極めて重大な危機に直面している。医療に対する地域住民のニーズが必ずしも満たされていないばかりか,不祥事件や不正行為が相次いで摘発されて,地域住民の医療不信がますます募り,今更のように医の倫理が叫ばれるようになった。そのうえ,国家財政の逼迫や行革の旋風に煽られて,医療費抑制政策がとられ,医療経済の基盤が根こそぎ揺らいできている。
 そのため,国公立病院といえども行革の旋風を避けられず,医療従事者も定数削減の聖域ではなくなった。莫大な赤字の要因となっている人件費削減のため,大看護単位制や夜勤専門看護婦制の採用,三交代制の見直しなどによって二八夜勤看護体制を守りながら看護者数を削減する方法,給食やハウスキーピング部門を民間委託する方法なども検討されている。さらに,私的病院の経営手腕を模範として企業努力するよう迫られ,医師でさえも削減の対象となった病院もある。そして遂には,精神衛生法によって設置を義務づけられた都道府県立精神病院そのものの管理運営を民間に委託しようとする動きさえもみられた。その動きの根底には,精神医療に対するマンパワーの必要性についての認識不足もあるが,多数の職員数を抱えながら,提供している医療は民間病院と大差がない,否むしろ軽症者ばかり扱っている,職員は怠慢で,休暇をとって遊んでいるといった非難も与かって力があったかのようである。いずれにしても,国公立病院はその公共性と企業性とについて改めて厳しく間い直されている。

特集 児童精神医学の現状と将来—都立梅ケ丘病院30周年記念シンポジウムから

特集にあたって

著者: 藤原豪

ページ範囲:P.798 - P.798

 東京都立梅ケ丘病院は戦前は斉藤茂吉先生が院長をしておられた青山脳病院がその前身であることを知る人は少い。現在の世田谷区松原の地に病舎が建てられたのが大正15年で凡そ58年前のことである。昭和20年第2次大戦の戦火は世田谷の田園地帯にも及び適当な疎開先の見当らぬまま東京都へ移管されたのである。しかし移管後間もない昭和20年5月25日夜米軍の空襲をうけ一病棟を残して大部分を焼失してしまったのである。焼跡の整理も出来ぬうちに終戦を迎えたが当時の松沢病院長内村祐之教授の英断により日本で最初の「児童精神病院」として発足することが決った。実際に子どもの患者が入院しはじめたのが昭和23年春のことである。初代村松常雄,二代林暲,三代斉藤西洋の分院長達により新しい病棟が次々建てられ整備が進められた。そして昭和27年11月1日付を以て松沢病院から独立して都立梅ケ丘病院となったのである。
 今回この独立30周年を記念して「児童精神医学の現状と将来」という講演会を行った(昭和57年11月6日,東京医歯大講堂)。この特集は当日シンポジウム形式で行われた講演を編集したものである。「現状と将来」という大きなテーマを限られた時間でまとめることは困難なのでまず精神遅滞,自閉症,思春期,非行の四本柱をたてた。各演者には夫々専門の立場から経験を中心に話を進めて,各柱毎に指定討論を行い別の立場から光をあてて内容を深めるよう配慮した。終了後予測はしていたが余りに問題が広範にわたり十分まとめ切れなかったことが反省された。編集に当ってこれら不足を補うよう心掛けたつもりである。

精神薄弱—診断と治療をめぐって

著者: 成瀬浩

ページ範囲:P.799 - P.808

I.序言
 精神薄弱の医学的診断と治療の問題の中で,筆者の経験を主として,生化学的診断のトピックを中心に説明したい。内容的な偏りや不充分な点については指定討論の中川先生に補って頂けると考えている。
 医学の領域で,精神薄弱の診断と言う時には,発達面での歪みの評価とともに,原因的分析が不可欠になってきている。殊に多種類の精神薄弱に対し,後述の如く各種の治療が可能となっており,詳しい原因についての分析を行うことは,最低の必要事項となってきた。

〔指定討論〕

著者: 中川四郎

ページ範囲:P.809 - P.811

 1.用語について
 「精神発達遅滞」という言葉を精神遅滞と同義語として使用している人があるが,精神遅滞は一定の定義を持った学術語で,精神の発達の遅れ全般を漠然とさすものではない。周知のようにAAMD(American Association on Mental Deficiency)がこれに定義を与え,
 1)知的機能が有意に平均以下である(WISCでIQ70以下)。
 2)年齢を考慮した上で,同時に存在する適応行動における欠陥または機能不全。

自閉症の諸問題—臨床家の立場から

著者: 石井高明

ページ範囲:P.813 - P.819

I.まえがき
 現在の自閉症学は20年前に比べて急速にその知見知識が増加し,全てを網羅して話題提供することは至極困難になってきた。筆者は臨床家の立場で日常気にとめている事実を取り上げ,それについて二,三の意見をその都度加えながら論述をすすめていきたいと思う。
 臨床家が研究者と違う点は,日常診療において新しい事実を見つけだして報告することであり,研究者はそれにヒントを得て精緻な計画をたて,その事象を科学的に解明するという関係にある。

〔指定討論〕

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.820 - P.824

I.はじめに
 自閉症の考え方と治療・処遇の変遷について,演者の石井氏は,①自己刺激的行動,②予後像,③指導技法の3点を中心に論じた。長年にわたる氏の精緻な観察と情感にあふれる対応の仕方には深い感銘をおぼえた。
 1943年,Kanner, L. 7)によって初めて報告された「(早期幼児)自閉症」概念は,それぞれの時代的影響をうけて変遷してきたが,1970年代以降,臨床経験の積み重ねと基礎的研究とくに生物学的研究の抬頭により,次第に一定の見解に到達するようになってきた。すなわち,アメリカ精神医学会のDSM-IIIには多くの問題点がある29)にもかかわらず,自閉症を「汎発達障害(Pervasive Developmental Disorder)」としてとらえ,明確に発達障害と規定したことは,Rutter, M. 15),De-Myer, M. K. 4)らの器質論的病因論を十分に取り入れたものとして高く評価されている。自閉症を発達障害ととらえ,病因として器質的要因を重視する考え方が,次第に定着しつつある現在,自閉症の臨床は新しい出発点に立つこととなった。そこで,最近の自閉症研究の成果から,石井氏が論じた3点について再検討し,主として生物学的研究の視点からあらたな問題を提起したい。

思春期—治療をめぐって

著者: 小倉清

ページ範囲:P.825 - P.831

I.思春期という時期の特殊性について
 思春期を大雑把に小学校の高学年くらいから,中学生を経て高校生くらいまでの年齢に当る時期と考えてみる。この時期は人の成長の中で,心身ともに激動の時といえよう。もっとも人の一生の中で,これが楽な時期であるとか,これは少し手抜きをしてもいい時期であるといったものはないのであろう。生きるということは常に大変で苦しい。人は生まれてから死ぬまでどの時期をとってみても,その時その時の大変な課題をもって生きているわけである。特に思春期が大切で大変で,特殊な時期であるというわけでもない。しかし,思春期の人々の治療を考えてみる時,思春期という時期がもっている特殊性について考えをめぐらすことは大切であろう。そこには治療についての特殊性を考える上での材料が隠されていると考えられるからである。

〔指定討論〕

著者: 村瀬嘉代子

ページ範囲:P.832 - P.834

I.はじめに
 思春期の問題について,診断,問題の発生因とその今日的社会的特質,及び対応の仕方について小倉氏は明快に論じた。指定討論としては,こうした思春期の問題に対応する際の難しさとして,家族の役割機能として矛盾した性格を期待されていること(成長促進対憩う,甘える。家族の個性対社会性。成員間の緊密さ対適切な距離)や,思春期の人々が独立と依存との葛藤状況にあると指摘されたことを取り上げ,こうした様々の局面で,矛盾した状態にある人々に治療的に接近する際の工夫という点に焦点をしぼって若干私見を述べる。
 治療的接近を考えるに際し,第1に登校拒否や家庭内暴力はあくまでも現象であって,いわゆる疾患単位ではないこと,その発生因には患者の個人的な心身両面の要因及び環境因が絡みあっていること,第二に,思春期の患者の病像は多面的で変化しやすく,力動的連続性の中で,治療的接近を通じて病態を縦断的に理解していくことが要請される。第三として,患者との出会いはその後の治療的展開のあり方に大きく影響し,いわば治療の鍵となること,しかもこの出会いは,その後の治療の流れの連続的視点にたって行われるべきことに留意したい。
 次に,特徴を異にする思春期患者の出会いを幾つかあげ,治療的アプローチの基盤について述べる。

少年非行—最近の傾向と対策

著者: 上出弘之

ページ範囲:P.835 - P.842

I.はじめに
 児童青少年の非行が,最近の大きな社会問題の1つとなっていることは,改めて述べるまでもなかろう。しかし今までの臨床精神医学の分野では,これらの少年非行が対象となることは比較的少なかったといわなければならない。1つには,臨床の場に非行行動を主訴とする子どもたちが訪れることはごく稀であったし,現在でも児童相談所や家庭裁判所,少年院等の現場に勤める医師以外には,接触がごく乏しいからである。
 もっとも,DSM-IIIにおいては,行為障害(conduct disorder)なる名称で,非行行動が1項目として取り上げられており,最近の医学雑誌にも非行が論議されることが少なからず散見されるようになってきた。1,9,17,18)
 本稿では,都立梅ケ丘病院30周年記念シンポジウムでの発表をもととしつつ,最近のわが国の少年非行の傾向と対策を論じてみることにした。一般臨床医の方々への関心を少しでも高めうればと願っての小論である。

〔指定討論〕

著者: 徳重篤史

ページ範囲:P.843 - P.846

 家庭裁判所調査官は,非行行動に陥った少年ならびに保護者と個別に面接して,非行のメカニズムを解明し,その処遇指針をたてるのが役割の一つである。
 個々のケースには,種々の要因が輻輳している。社会的背景や学校教育にもいろいろな問題点があり,それらも,子どもを非行化させる要因の一つである。但し,そのような環境の中にあっても,非行化しない子どもが大部分である。非行化する子どもの場合は,家庭の問題点,特に親の養育態度と社会的背景や学校教育の問題点等とが相乗的に影響し合っているのが実態である。

研究と報告

ある妄想幻覚患者の病に対する態度

著者: 迎豊

ページ範囲:P.847 - P.856

 抄録 「自己の病に対する患者の態度」については古典的精神病理学においてほぼ完成された形で論じられている。著者は,Jaspers, K. とともに,「病に対する患者の態度」という臨床的問題を精神病と患者の人格との関連性をめぐる諸問題の一つとしてとらえ,その態度の両極としての「病識の獲得」と「病を了解的に自己のものとすること」についてそれぞれの基本的構成要件を呈示しながら,ある妄想幻覚患者の病歴と「病に対する患者の態度」を紹介し,その態度の意義と成立要因,さらに自己の再構成との関係について検討を試みた。その際,異常体験に関する確信性の動揺現象は体験の現実性ないし実在意識の変化という基本問題に患者を直面せしめたばかりでなく,病に対する客観的態度を可能とした要因でもあることが示唆された。しかし,病を担う患者にとって単に病を洞察するだけの行為は自己矛盾を露呈することに他ならず,自己の再構成を妨害することが確認された。

アルコール長期持続摂取による頭部CT所見の変化について—慢性アルコール中毒患者及び常習飲酒者

著者: 三上昭広 ,   渡辺博 ,   橋本博介 ,   加藤厳 ,   渡辺栄市

ページ範囲:P.857 - P.865

 抄録 30歳から69歳の慢性アルコール中毒患者群120例の頭部CT所見を,年齢をマッチさせた対照群93例と比較した。脳表各部位,脳室系の拡大所見出現率及び,拡大症例出現率は患者群が対照群より明らかに高かった。患者群に見られる拡大所見には一定の局在傾向は認められず,脳表と脳室系の双方に拡大所見を認める場合が最も多かった。患者群のCT所見と離脱症状,知能障害,肝機能障害,低栄養状態の有無との間には一定の関係を認めなかった。患者群のCT異常は必ずしも脳波には反映されなかった。CT異常の可逆性は確認できなかった。
 更に,社会的,家庭的に支障なく生活している常習飲酒者群(50歳代,35例)のCT所見を非飲酒者群(同年代,35例)と比較した。常習飲酒者における各部位の拡大所見出現率及び拡大症例出現率は,非飲酒者群より明らかに高かった。

Fluphenazine decanoateの外来使用経験—Fluphenazine enanthateとの副作用の相違

著者: 功刀弘

ページ範囲:P.867 - P.877

 抄録 外来で治療した精神分裂病患者320例のうち,服薬中断から再発の傾向のある158例に内服薬と合せfluphenazine enanthate(FE)を継続又は随時用い,入院歴のある112例中63例(56%)はそれ以後再入院をしなくなった(FE使用観察期間平均4.4年)。
 再発防止にFEを継続使用した72例中,33例に途中から副作用を生じ,眠気13例,倦怠感18例,抑うつ7例,ジスキネジア8例がその主なものであった。再発急性期の治療に内服抗精神病薬に合せてFEを随時用いた86例中20例に生じた副作用は急性ジスキネジア15例,倦怠感9例,アカシジア5例などであった。

精神神経疾患患者における尿中N-アセチルアスパラギン酸

著者: 森野日出緒

ページ範囲:P.879 - P.887

 抄録 脳特異物質N-アセチルアスパラギン酸とN-アセチルアスパラチルグルタミン酸は微量ではあるがヒト尿中に排泄される。精神・神経疾患患者163例,神経系以外の疾患患者53例および健康人106例で両脳特異物質の尿中排泄量を測定した。その結果,アセチルアスパラギン酸の排泄増加が脳血管障害,脳性麻痺などの器質性脳疾患患者やリチウム投与中の躁うつ病患者の一部で見出されたが,他の疾患では見出されなかった。一方アセチルアスパラチルグルタミン酸排泄はいずれの疾患でも有意な増加を示さなかった。
 以上より,脳特異物質アセチルアスパラギン酸の尿中への排泄量がかなり限定された脳の病変に起因して増加し,その病態を知る指標となる可能性が示唆された。

部分てんかん発作のCarbamazepine単剤治療

著者: 掛川紀夫

ページ範囲:P.889 - P.896

 抄録 Carbamazepine(CBZ)単剤治療に成功した部分発作(複雑・単純・シルヴィウス発作)とその二次性全般化発作をもつ部分てんかん84症例について,①CBZと他の抗てんかん薬(おそらくphenytoinとphenobarbital)との間に相互作用が起きる結果,CBZ単剤では,同じ服用量で他剤併用時よりも血中CBZ濃度が上昇することが多い。副作用を最小限に抑えて治療有効濃度を維持しやすくなる。②治療有効濃度の下限値を臨床的に確かめることは困難であるが,治療経過の縦断的追跡によって,初めて臨床発作を抑制しえた血中CBZ濃度は,発作抑制状態を維持するに要した血中濃度よりも有意に高目であった。治療有効濃度は,てんかん源性の強さとの関連から見直されるべきと思われる。③CBZ単剤で臨床発作が抑制された後の脳波所見を追跡すると,局所性の棘・鋭波は,CBZ定常状態濃度のもとで漸次消褪に向かった。脳波所見はCBZ減量の客観的な指標となり得る。以上の点を報告した。

幻覚妄想状態を呈した脳梁脂肪腫の1例

著者: 宮永和夫 ,   高橋滋 ,   浅見隆康 ,   綿貫健二 ,   松沢一夫

ページ範囲:P.897 - P.901

 抄録 幻覚妄想状態を呈した脳梁脂肪腫と橋本病の合併例を報告した。脂肪腫は脳梁全体に及ぶ珍しい症例であった。精神症状,特に幻覚は,終夜脳波及び聴性脳幹反応の検査結果より,脳幹部の機能低下,すなわち覚醒水準の低下に原因があるとされた。妄想は幻覚の結果二次的に生じたものとされた。脳梁脂肪腫の発生機序及び臨床症状について文献考察を行なった。

短報

心因性犬吠様咳嗽の1治療例

著者: 竹内龍雄 ,   内藤寛 ,   小泉準三

ページ範囲:P.902 - P.905

I.はじめに
 心因性咳嗽psychogenic cough脚註)は,呼吸器系心身症の一つとしてさほど珍しくない疾患とされているが,気管支喘息などに比してあまり注目されておらず,報告例も少ない2)。本症は重症の場合には,本人の苦痛はもとより周囲に与える迷惑も大きく,児童の場合は登校が困難になる場合もあって,精神医学的側面からの適切な対応が必要である。我々は最近約6ヵ月間にわたる激しい犬吠様咳嗽を呈し,登校不能に陥った男子中学生の症例を経験した。諸検査及び臨床的観察・検討の結果,ほぼ典型的な心因性咳嗽の1例と考えられたので若干の考察を加えて報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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