展望
老年痴呆における言語の問題—最近の知見から
著者:
綿森淑子
,
村上修子
,
伊藤元信
,
笹沼澄子
ページ範囲:P.914 - P.922
I.はじめに
痴呆患者に言語障害がみられることはよく知られているが,記憶・記銘の障害,全般的な知能低下などを合併するため,言語症状に焦点を当て.系統約かつ詳細に記述しようとする試みはほとんど行なわれていなかった。しかし最近に至り,神経心理学,および言語病理学の分野で,いくつかの実験的な,あるいは系統的な研究が行われるようになり,痴呆における言語の問題に新たな光が当てられようとしている。本稿では,このような最近の研究を中心に痴呆における言語の問題を取り上げ,分析を試みた。
痴呆における言語の問題が注目されてきた背景としては,次の2点をあげることができる。
1)人口の高齢化の進行とともに,痴呆老人の介護の問題が注目されてきている。医学的に治療,管理の可能な痴呆と進行性のものとを早期に鑑別することによって,治療可能なものについては適切な医療処置,リハビリテーションの実施による改善が期待できる5,18,20,22)。一方,進行性のものに関しては,早期診断により,患者および家族の社会的・職業的困惑を防ぐとともに,障害の特徴とその変動の様相を的確に知ることによって,より適切な対応をすることができる4,15,36,37)。言語の障害は,痴呆の早期発見・鑑別診断上の着眼点の1つ34)としても注目を集めつつある。
2)びまん性の脳病理による全般的な知能低下であるとされた痴呆において,言語機能の各側面が均一に低下するのではなく,障害されやすい側面とそうでない側面が存在することが明らかにされはじめている3,32,36,40)。このことは,限局性の病巣による障害(失語症)との対比において,言語の神経心理学的メカニズムを明らかにする上で大きな役割を果たす可能性を示唆しており,この意味でも注目されてきている。
痴呆における言語機能の障害を記述し,分析する上で最初に考慮すべきことは,痴呆の原因となる疾患の種類である。痴呆の種類によって,侵される脳の部位が異なること,進行状況が異なることが知られており,この意味で言語症状の検討は各疾患ごとになされる必要がある25)。木稿では検討対象を老年痴呆およびAlzheimer病に限った。その理由は,1)進行性痴呆の中では最も一般的なタイプであること,2)流暢タイプの失語症(角回症候群5)およびWernicke失語)との鑑別が問題となる場合が多いこと,による。