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雑誌目次

論文

精神医学25巻9号

1983年09月発行

雑誌目次

巻頭言

自律神経失調症と精神科医

著者: 三浦貞則

ページ範囲:P.912 - P.913

 患者の病歴を聴取したり,他科医からの紹介患者を診療する際に「自律神経失調症」という病名によく出合う。この領域には「心身症」もしばしば登場するが,先の日航機事件以来,社会一般に心身症に対する妙なイメージが生じたせいか,最近では自律神経失調症のほうが患者により受け入れられやすい用語になっているように思える。自律神経失調症については以前からその概念のあいまいさが指摘され,くずかご的病名ともいわれてきた。しかし今日のような広い普及には,心身相関に対する一般の関心の高まりをはじめとして,その背景にはさまざまな要因が考えられるだろう。最近の内科学の教科書はどれもこの病態の記述に多くの紙面を割くようになっている。ただ精神科医としては,このような動向にどのように対応するかに問題がなくもない。自律神経失調症は精神医学の辞書にはない用語であるが,その診断を受けてきた患者が精神科臨床の対象としてかなりの部分を占めるからである。
 自律神経失調症の概念はもともとドイツ医学の流れから生れたもののようであるが,周知のようにわが国では,沖中のSympathikotonieとParasympathikotonie(Paratonie)が一時期大きな影響力を持った見解であった。最近の考え方の中では,阿部らによって提唱された「不定愁訴症候群」(=広義の自律神経失調症)が有名で,この不定愁訴という言葉は一般の日常語にまでなっている。

展望

老年痴呆における言語の問題—最近の知見から

著者: 綿森淑子 ,   村上修子 ,   伊藤元信 ,   笹沼澄子

ページ範囲:P.914 - P.922

I.はじめに
 痴呆患者に言語障害がみられることはよく知られているが,記憶・記銘の障害,全般的な知能低下などを合併するため,言語症状に焦点を当て.系統約かつ詳細に記述しようとする試みはほとんど行なわれていなかった。しかし最近に至り,神経心理学,および言語病理学の分野で,いくつかの実験的な,あるいは系統的な研究が行われるようになり,痴呆における言語の問題に新たな光が当てられようとしている。本稿では,このような最近の研究を中心に痴呆における言語の問題を取り上げ,分析を試みた。
 痴呆における言語の問題が注目されてきた背景としては,次の2点をあげることができる。
 1)人口の高齢化の進行とともに,痴呆老人の介護の問題が注目されてきている。医学的に治療,管理の可能な痴呆と進行性のものとを早期に鑑別することによって,治療可能なものについては適切な医療処置,リハビリテーションの実施による改善が期待できる5,18,20,22)。一方,進行性のものに関しては,早期診断により,患者および家族の社会的・職業的困惑を防ぐとともに,障害の特徴とその変動の様相を的確に知ることによって,より適切な対応をすることができる4,15,36,37)。言語の障害は,痴呆の早期発見・鑑別診断上の着眼点の1つ34)としても注目を集めつつある。
 2)びまん性の脳病理による全般的な知能低下であるとされた痴呆において,言語機能の各側面が均一に低下するのではなく,障害されやすい側面とそうでない側面が存在することが明らかにされはじめている3,32,36,40)。このことは,限局性の病巣による障害(失語症)との対比において,言語の神経心理学的メカニズムを明らかにする上で大きな役割を果たす可能性を示唆しており,この意味でも注目されてきている。
 痴呆における言語機能の障害を記述し,分析する上で最初に考慮すべきことは,痴呆の原因となる疾患の種類である。痴呆の種類によって,侵される脳の部位が異なること,進行状況が異なることが知られており,この意味で言語症状の検討は各疾患ごとになされる必要がある25)。木稿では検討対象を老年痴呆およびAlzheimer病に限った。その理由は,1)進行性痴呆の中では最も一般的なタイプであること,2)流暢タイプの失語症(角回症候群5)およびWernicke失語)との鑑別が問題となる場合が多いこと,による。

研究と報告

精神分裂病の人格解体の順序

著者: 宇内康郎 ,   伊東昇太 ,   河合真 ,   神田良樹 ,   北村勉 ,   釜谷園子 ,   里和宏 ,   藤村尚宏 ,   伊丹昭 ,   久保田牧子 ,   加藤志ほ子

ページ範囲:P.923 - P.933

 抄録 1971年11月15日より1974年12月31日までに東横第三病院に入院した再発分裂病者127名について,初期症状(種類と発現の仕方),入院時精神症状(A〜G),経過(急性,亜急性,慢性),長期予後(I〜IV)を調査し,その相互関係を検討し,人格解体に順序があることを知った。すなわち,初期身体症状の出現の時期は精神症状より前,同時,後の順に出現し,自発性減退,感情鈍麻などの症状は後から出る身体症状と対応する。さらに入院時精神症状よりみた再入院(再発)と増悪契機との関係より,自発性減退などの症状をもつものは,増悪契機が明確でないのに再入院(再発)する可能性があり,これが分裂病の本質的なものの一部と考えられることをジャクソンの思想の観点より検討した。今後この症状に対する生物学的例面からの追求が必要である。

精神分裂病患者の適応阻害要因の研究—デイ・ホスピタルでの集団における地位と対人選択の特徴

著者: 太田敏男 ,   池淵恵美 ,   増井寛治 ,   亀山知道 ,   平松謙一 ,   安西信雄 ,   宮内勝

ページ範囲:P.935 - P.944

 抄録 われわれは,精神分裂病患者の適応阻害要因を把握する目的で,デイ・ホスピタルにおいて,患者の集団内での勢力(パワー)の強さから地位を評定し,ソシオメトリーで対人選択を調べ,地位と対人選択との関係を検討した。その結果,地位の低い患者の中に,上位の相手のみを選択する上位選択群と,主として下位の相手を選択する下位選択群という2類型を見いだした。臨床的には,下位選択群は作業能力は比較的高いが集団参加が非常に困難であるという集団内行動特徴を有し,破瓜型は1例もなかった。対照的に,上位選択群は集団参加は比較的容易だが作業能力が特に低いという特徴を有し,破瓜型が多かった。以上の結果は,分裂病性欠陥が軽く,作業能力も保たれ,伝統的類型診断では軽症とされる患者群の中に,対人行動のゆがみのために社会適応の困難な一群が存在することを示している。本研究はこのような患者の社会復帰活動に示唆を与えるものである。

うつ病の治療過程の検討—ロールシャッハテストを中心に

著者: 星野良一 ,   村田桂子 ,   船越昭宏 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.945 - P.951

 抄録 内因性うつ病の症例25名を入院時,外来初診時から,客観的評価であるHamilton rating scale,主観的評価であるself-rating depression scale,およびロールシャッハテストで追跡し,病相期の臨床像から抑制が前景に出た症例と不安や焦燥が前景に出た症例に分類して,それぞれの病相の時期による変化をロールシャッハテストを中心に検討した。その結果,治療経過上改善を示したものの中でも抑制が前景に出た症例では活発化,不安や焦燥が前景に出た症例では安定化がロールシャッハテスト上に示された。また,抑制が前景に出た症例では,この活発化を肯定的にのみとらえることは問題があり,回復期に客観的評価や主観的評価の上で改善が示されていてもロールシャッハテスト上で不安を反映する指標が出現するという形で落差が示される場合は,一種の危機的状況としてとらえうることが示唆された。

幼児自閉症における“折れ線現象”の特異性—I.現象の記述と先行因子および早期発達について

著者: 栗田広

ページ範囲:P.953 - P.961

 抄録 幼児自閉症261例,精神遅滞195例において有意味語の消失などの“折れ線現象”を検討した。折れ線現象は,幼児自閉症で精神遅滞より有意に出現率が高く,幼児自閉症およびその近縁の発達障害に,かなり特異的な現象と思われる。折れ線現象は幼児自閉症では37.2%に出現し,男子では34.7%,女子では51.3%であり,有意に女子での出現率が高い。折れ線現象の大部分は一度出現した有意味語の消失であり,発症月齢は10ヵ月より30ヵ月にわたり,中央値は18ヵ月である。始語月齢より折れ線現象発症までの期間は最長22ヵ月で,73.1%は6ヵ月以内である。始語月齢は,折れ線現象を有する幼児自閉症(折れ線型自閉症)では,有意にそれのない幼児自閉症より早い。折れ線型自閉症の早期の運動発達は,正常児に比して差がない。折れ線現象の出現,その後の発達水準の低下と出現する行動的症候の類似性は,折れ線型自閉症と崩壊精神病が同一疾患である可能性を示唆する。

精神遅滞学童生徒におけるてんかん発作の実態調査研究

著者: 今井幸充 ,   中川四郎 ,   本間昭 ,   田中真理 ,   平賀光子

ページ範囲:P.963 - P.970

 抄録 全国の国公私立精神薄弱養護学校458校中357校(77.9%),東京都の公立小中学校に併設された精神薄弱特殊学級354校中186校(52.5%)を対象に,在籍てんかん児のアンケート調査を行った。34,321名中8,208名(23.9%)にてんかん発作がみられた。男女比では女子に多く,また学年別では特に有意差はみられなかった。各学校学級に在籍するてんかん児の割合は養護学校に高く,全体には増加する傾向にあった。学校で発作出現をみたものは,てんかん児の45.5%で,その頻度も月に1回以上みられるものが約半数を示した。発作型は強直間代発作が多く,発作出現は一般授業中が多かった。80%以上の学校で,患児の性格・行動上の問題を指摘し,また服薬による問題も多く上げられた。体育への参加は積極的な姿勢を示す反面,制限を加える課目に水泳が最も多かった。また,教育と医療それに家族が一体となったてんかんを有する重複障害児の療育体制が必要とされた。

一卵性双生児のうつ病不一致症例

著者: 林直樹 ,   飯田真

ページ範囲:P.971 - P.978

 抄録 うつ病を退行期に発症した男性不一致一卵性双生児症例について,発達史・生活史の双生児間の比較を中心に報告した。このような研究は双生児は同じ遺伝素質を持つゆえ発病の不一致の原因が広義の環境因の相違に求められるため病前性格の発達,発病状況を含めたうつ病の成立史の解明に貢献しうる。この症例の発病を免れた双生児との比較,分析から,うつ病発端双生児に学童期から感情の表出が大きく対象への一体化傾向が強いこと,青年期意欲が持続しない傾向,メランコリー型性格特徴の萌芽といえる対象への強迫的執着,幻想的一体化傾向などの性格特徴の発達がみられること,長じては職業状況における緊張から対他的配慮の亢進,几帳面,感情表出の抑圧などメランコリー型性格特微をさらに発展させ,父の死などからなる状況的時熟のもとで発病に至ったことなどが明らかにされた。これに加えて小児期の母の受容の不足とその後の性格発達,特に幻想的一体化傾向,対他的配慮の発達について考察を行なった。

多彩な幻視を呈した脳動静脈奇形の1例

著者: 高橋滋 ,   松沢一夫

ページ範囲:P.979 - P.986

 抄録 左側頭葉の脳動静脈奇形の1例を報告した。症例は27歳男子で,脳動静脈奇形の出血により,意識障害,右片麻痺,右同名半盲,感覚失語が出現した。脳内血腫除去術後,けいれん発作,健忘症状群,痴呆,健忘失語に加えて,幻視,幻聴,幻嗅がみられた。2年後のCTスキャンにて左側頭葉に低吸収域を認めた。脳波検査で左側頭,頭頂部に徐波がみられ,左側頭葉の機能障害が考えられた。また聴性脳幹反応でV-I時間が延長しており,脳幹聴覚路の機能障害が疑われた。
 幻聴,健忘症状群,失語症などの精神症状は周知の側頭葉症状と合致していた。しかし,幻視は多彩なもので,側頭葉障害の半盲部にみられる幻視のみでなく,考想可視,入眠幻覚や小人幻覚の性状を示した。本例にみられた精神症状は側頭葉障害によるものであるが,脳幹機能障害との関連についても検討した。

市販phenytoin製剤のロット間におけるbioavailabilityの差異について

著者: 小畑信彦 ,   矢幅義男 ,   肥田野文夫 ,   海野勝男 ,   福井了三

ページ範囲:P.987 - P.996

 抄録 抗てんかん薬の中で,特にphenytoinはその薬物動態学的特性により,bioavailabilityが一定で治療的同等性を有することが要請される。
 まず,本邦で市販されているphenytoin散剤,ヒダントール末について,粒子径の度数分布,in vitroでの溶解速度,1回経口投与法による血中濃度の経時的変化,てんかん患者における定常状態血中濃度,その各々に関してロット間での比較を行い,次に同じ市販phenytoin散剤,アレビアチン(末)については,粒子径と溶解速度についてのロット間比較を行った。その結果,ヒダントール末の異なるロットの製品を投与した2つのてんかん患者群の定常状態血中濃度は各々2.1,3.8μg/mlと1.8倍の差を示し,臨床試験においてロット間にbioavailabilityの差が存在することが認められた。
 ロット間のbioavailabilityの差異が臨床へ与える影響について考察し,phenytoin製剤の投与剤形間,銘柄間はもとより,ロット間のbioavailabilityを均一にする必要性について指摘した。

短報

Maprotiline治療中にけいれん発作を生じた症例

著者: 山下元基 ,   武田憲明 ,   植木啓文 ,   岩田毅 ,   貝谷壽宣

ページ範囲:P.997 - P.999

I.はじめに
 Maprotiline(MAP)の副作用として全身けいれん発作があることが諸外国で報告されている。本邦ではこのような報告はまだ見当たらないので,ここに報告する。

動き

第30回日本病跡学会印象記

著者: 福島章

ページ範囲:P.1000 - P.1001

 日本病跡学会は,昨年まで年2回の総会を開催していたが,1983年からは年1回の総会にすることに変更された。そのためもあってか,5月20〜21日に名古屋市で開かれた第30回総会(会長:米倉育男・国立療養所東尾張病院長)は,一般演題15題,シンポジウム4題,特別講演1題という,きわめてもりだくさんな内容の学会となり,参加者も多かった。私は,始めから終りまでフロアで聞きとうしてみたが,かなりの疲労感とともに,快い充実感のようなものを感じ得たのは幸いであった。しかし,同時に,病跡学のもつ拡がり,方向,方法の多様性を今更のように思い知らされ,同時に,日本の病跡学・病跡学会が今まさに,大きな転回点に立たされているのではないかという感慨を禁じ得なかった。
 たとえば,「病跡学とは」というテーマのシンポジウムが昨年の第28回総会で持たれているが,今回も荻野恒一氏が一般演題の中で「パトグラフィとビオグラフィ」と題する発表を行った。その内容は,パトグラフィをpathos(悲愴,崇高,受難病などの意)を人がいかに受けとめるかという人間的な営みにかかわる学問であって,脳の病などに病と創造を還元する生物学的方向とは区別されるべきであるとする,氏の年来の見解を改めて主張したものである。学会雑誌にたとえれば,これは原著論文というよりは巻頭言や展望論文にあたる発表で,かならずしもオリジナルとはいえないが,それをあえて一般演題の中で繰り返した荻野氏の情熱の背景には,近年多くのパトグラファーが感じているであろう一種の危機意識がうかがわれたのである。

古典紹介

—Ribot, T.—記憶の病—第2回

著者: 渡辺俊三 ,   小泉明 ,   佐藤時治郎 ,   北条敬 ,   田崎博一

ページ範囲:P.1003 - P.1012

第3節 進行性健忘症
 進行性健忘症は,緩慢で継続的な解体作業によって記憶が完全な廃絶に至るものである。この定義は大部分の症例に適用できる。だが,病勢が記憶の完全消失にまで至らないこともほんの例外的にはある。病気の進行は非常に単純であり,あまり目立たない,というのは,全てが緩慢な活動によって行なわれるためである。また非常に有益であるが,それは記憶がいかにして解体されるかがわれわれに示されるので,それがいかにして組織化されるかが分るからである。
 われわれはここでは特殊な例,稀な例,例外的な例について報告する必要はない。ほとんど不変である病型について述べるだけで十分であろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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