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雑誌目次

雑誌文献

精神医学26巻11号

1984年11月発行

雑誌目次

巻頭言

患者の人権を考える

著者: 新井尚賢

ページ範囲:P.1144 - P.1145

 いつの時代でも,人の世は暮らしにくいことが多いようだ。やれ自由だ,人権だ,人権蹂躙などの言葉である。「法律により規定された場合における自由の濫用については,責任を負わねばならない」とはフランス人権宜言11条に明記されている。精神医学の領域の事でよく人の口に上るのは,精神障害者は社会的に役立たないからこれらの人間を隔離してしまうという考えは,意図的あるいは知らず知らずの内に存在し,これにはもっとも大切な人間の基本的な自由権を何らかの形で抑圧しようとする差別的な偏見に支配されていることが多いのである。患者の持つ病的な体験,たとえば幻覚,妄想に左右されて自分は人権侵害の被害者であり,あるいは公害による被害者であるなどという主張をして,人権とか権利とか義務などという言葉を使って一般の人たちも戸惑いさせられることもある。これは別として,長い間タブーとされて来たことで精神病院の管理や直接精神医療に関係ある事であるが,平素は"見ざる,聞かざる,話さざる"をきめこんでいる人たちで,閉鎖的環境にある病院がある機会にその情況が白日下にさらされると,社会の人の目は別世界の出来事として好奇心をともなう。同時に衝撃的にしかも堰を切ったようにあふれだしたその光景に驚くことだろう。もともとすべての医療ことに精神医療と関係のある人権,医療権など認めていなかった長い間の人たちの慣習があったが,もちろんその頃は人権という用語はなかった。先駆者呉秀三は1世紀近く前からパリーのビセートル病院で精神病患者を家庭的に自由に取り扱うコロニーが始められていたことを考えて患者を家庭的に遇しようとする医師や看護者の態度が必要であることを名調子で述べた批判は忘れることができない。人権という言葉が日本語で法律的に表現されたのは,戦後日本憲法に基本的人権の不可侵をうたった時からである。そして人権という言葉を口にしなければならない場合には多くは人権侵害という事態が先行している場合であろう。ただ戦前には漠然と人権蹂躙などという場合の人権は法律用語でなく,単なる日常用語であった。現在の人権とは英(仏)語でhuman rights(droits de l'homme)と言って複数で現わしている。基本的人権は現在の状態では,具体的にまだ確立しているとはいい難いことが多く,社会情勢などの流動に伴って,単に精神障害者の人権を守ることも,なかなかむつかしいことが多い。またさらに医療権,健康権などの問題に触れると際限がなく拡大する。ここで対象を病院(公立,私立),診療所,リハビリ施設,保健所などに限定してみても,関連事項がますます多岐となってくる。1例として私立の精神病院の閉鎖性の環境内にある,いわゆる保護室の存在の意義を考えてみる。原則的には医療と管理とは両立して最大の効果をあげなければならないのは当然のことである。閉鎖か開放かという議論は過去においては,数多く行われて来たのであるしその点は将来はむしろ漸進的に外来を主とする精神医療に移行し,リハビリを含む地域精神医療への発展が望ましい。このようになれば,ボランティアも喜んで参加するようになり,人権侵害の声もなくなれば,患者の治療成果も上り,精神衛生の上からも良いと思う。話は飛躍してしまったが人間の社会は人間の和合協調の場であるとともに人権の衝突の場であると説明する法律学者の見解もある。それゆえに私たちは,人権という言葉を口にするときには,それ相応な慎重なる態度と決意が必要なのである。患者に対する人権は過誤なく擁護しつつ適正な医療を推進してゆくことである。

展望

躁うつ病の臨床精神医学的研究の動向(1974〜1982)—第2回

著者: 坂本暢典

ページ範囲:P.1146 - P.1156

VI.鑑別診断―分裂病,不安神経症との関係を中心に
 日常臨床においては,ある症例を躁うつ病と考えるべぎか,分裂病と考えるべきか迷うことがしばしば起こる。ことに,リチウムが臨床的に使用されるようになってから,分裂病的症状を伴う躁うつ病に関心が向けられるようになってきた。
 Carpenterら(1974)は,Schneiderの一級症状の出現率を各疾患ごとに比較し,その診断的価値についての評価を行なった。その結果,一級症状は,分裂病において57%と最も多く認められるが,躁病で23%,うつ病の16%にもみられた。それゆえ,Schneiderの一級症状のみに頼って分裂病の診断を下した場合,そこにはかなりの数の躁うつ病が混入している可能性がある。Morrisonら(1978)は,精神科診断における誤りについて,詳しい症例を呈示して発表している。その中で,最もおかしやすい誤りは,両極型躁うつ病の患者を分裂病としてしまうことであるとしている。またPopeら(1978)は,分裂病と躁うつ病の鑑別診断についての綜説の中で,Schneiderの一級症状などの分裂病性症状は,躁うつ病の20〜50%に認められ,いわゆる分裂病性症状に頼つて分裂病の診断を下すのは危険であると指摘している。そして,躁うつ病性症状と分裂病性症状が併存する場合には,むしろ躁うつ病性症状の診断的価値が高いと思われるにもかかわらず,現在の大勢では,分裂病性症状に重点が置かれており,これによる躁うつ病を分裂病とする誤診がかなりあるとしている。

研究と報告

精神分裂病の臨床的研究—第2部 再入院(再発)の要因

著者: 宇内康郎

ページ範囲:P.1157 - P.1169

 抄録 1971年11月15日より1974年12月31日までの約3年間に,東横第三病院に入院した166名(延べ数276名)の再発分裂病患者から,5年間の経過を観察し,寡発者21名(男子10名,女子11名),多発者74名(男子44名,女子30名),合計95名(男子54名,女子41名)を抽出し,生物学的要因,病理学的要因(症状学的要因),環境的要因の3側面より比較調査した。両者間に有意差の認められた要因は,規則的通院・服薬期間,服薬中断期間,陰性症状,増悪契機,同胞順位であり,陰性症状と増悪契機の間にも差を認めた。これらの結果に基づき多発者,寡発者の条件を知り,多発者は長期の服薬を必要とし,寡発者はその必要を認めない。さらに上記の総合的観察に従って,精神分裂病の再発予防にLennoxのてんかんダム仮説に似た考えが臨床的には適用できるであろうことを考察した。

大脳基底核石灰化症の自験37例の検討—CT像・基礎疾患・てんかんとの関連

著者: 緖方明 ,   石田孜郎 ,   和田豊治

ページ範囲:P.1171 - P.1179

 抄録 CT-scanを施行した5,987例(てんかん5,196例,非てんかん791例)中,37例(てんかん28例,非てんかん9例)に両側基底核石灰化を検出したので,そのCT像,基礎疾患,てんかんとの関連を検討した。
 CT像では,淡蒼球のみに限局する「限局型」33例,被殻まで広がる「広範型」4例があった。「限局型」は加齢とともに増加し,50歳以上までは10歳未満の約70倍の頻度であり,男女比では1:2で女性に多かった。
 基礎疾患は,「限局型」では特発性基底核石灰化症と家族性基底核石灰化症,「広範型」では副甲状腺機能低下症であった。他報告を検討してみたところ,この両型には疾患特異性は認められなかった。なお,我々の経験した家族性基底核石灰化症は文献上15例目で稀な疾患であった。
 てんかん類型では部分てんかんが75%と高頻度を占めた。基底核石灰化とてんかん原性の獲得とは直接的な関係は無いと思われた。

降圧利尿剤服用後に出現したと思われるうつ病—うつ病の発症機序に関する考察

著者: 岡田文彦

ページ範囲:P.1181 - P.1187

 抄録 サイアザイド系とその類似薬による高血圧治療後に出現したと思われる8例のうつ病を報告した。1例のみ1回だけうつ病の既往病相があったが,他の7例は初回うつ病であった。いずれも降圧利尿剤を半月〜4カ月処方され,充分な降圧作用を得たが,この時期に一致して,抑うつ症状が出現してきた。これらの症例におけるうつ病の発症機序について,最近のうつ病仮説—モノアミンニューロン系のシナプス後膜の受容体レベルの変化—に基づいて考察した。すなわち,サイアザイド系とその類似薬は利尿にともなう二次的な降圧作用により,中枢神経系を含む交感神経活動の低下をもたらす。その結果,中枢ではカテコールアミン神経系受容体に過感受性などの,レセルピンやその他の中枢抑制薬を用いた時と同じような変化が出現したのかもしれない。

初老期抑うつ患者の血清Coenzyme Q10

著者: 田代信維 ,   太田幹夫 ,   荒木隆次

ページ範囲:P.1189 - P.1196

 抄録 45歳から65歳の間に初発したうつ病:大うつ病9例,非定型うつ病6例,異常気質病4例と抑うつ気分を伴う適応障害3例,計22例について血清Coenzyme Q10(CoQ)とハミルトンの抑うつ評価点(HRS)を調べた。
 CoQとHRSとの間に有意の負の相関がみられ,特に活動力の減退を表わす評価点との相関が高かった。また大うつ病と非定型うつ病ではCoQが低値を示し(I群),異常気質病と適応障害ではCoQは正常値範囲内にあり(II群),2群に大別された。両群とも血清総蛋白が低く,さらにI群では貧血が,II群では体重減少の訴えが他群に比し有意に高率にみられた。両群での合併症出現はほぼ同率であった。以上よりI群にみられるCoQ低値は慢性化した食思不振に基づく栄養障害によることが,またcoQ欠如で起こる活力減退の諸症状を抑うつ症状の一面として評価している可能性が示唆された。

勤労者の不安症状に関連する要因

著者: 阿部和彦 ,   長江寿恵子 ,   神代雅晴

ページ範囲:P.1197 - P.1202

 抄録 電機メーカーY社および電々公社の一地域に属する男子1,379名,女子1,427名について不安症状の有無,身体的健康状態,家庭及び職場での状況をアンケートで調査した。年齢との関連としては,男子で40代後半で不安症状が増加する他目立った傾向は認められなかった。「頭がよく痛くなる」という訴えは女子に多く認められた。また管理職はそれ以外の人々に比べて,殆どの不安症状で差がないかむしろ少ない傾向を示した。男女ともに不安症状を著明に増加させるのは,身体的に不健康である場合,仕事での疲労が大きい場合,上司の顔色を気にしなければならない場合,及び家庭で配偶者との関係がうまくいかない場合である。職場が危険であるか否かの影響は少なかった。

症例要旨を用いたファイナー診断基準の信頼度検定

著者: 北村俊則 ,   島悟 ,   崎尾英子 ,   加藤元一郎

ページ範囲:P.1203 - P.1207

 抄録 ファイナー診断基準の診断一致度をみるため4名の精神科医がNew York State Psychiatric InstituteがRDC信頼度検定用に作製した症例要旨31症例について独立して診断し,その上で討論を通じて最終診断を導き,最後にNew York State Psychiatric InstituteによるRDC診断の「正解」と照合した。感情病の診断一致率は高かったが精神分裂病のそれは低かった。この原因として,1)残遺期と寛解期の判別が困難,2)ファイナー診断基準では精神分裂病残遣状態に重なった抑うつ症候群の扱いが不明,3)精神病像にアルコール症が合併している場合の扱いが不明,などの点が指摘された。診断されない精神医学的疾病が診断の半数を占めたが,これは各基準が疾患概念を狭く規定しているためであり,臨床研究において均一な患者集団を選別する操作基準としてファイナー診断基準は有用であると思われた。

頭部外傷後に特異な言語行動異常を呈した1例

著者: 元村直靖 ,   森悦朗 ,   山鳥重

ページ範囲:P.1209 - P.1213

 抄録 頭部外傷後,特異な言語行動異常を呈した1例を報告した。症例は,34歳女性。頭部打撲後,錯乱状態を経て,一見したところ意識清明な状態となったが,見当識障害,生産的作話傾向,疾病否認,近時記憶の障害を呈し,言語症状としては,特異な物品呼称障害,漢字書字の異常,語義把握の障害を認めた。見当識障害は,人,場所,時の順に改善し,作話,疾病否認,言語異常は,場所の見当識障害に並行して消失した。入院時には,両側性徐波混入が顕著であったが,2カ月後には,正常となっていた。Weinsteinらの記載した,nonaphasic misnamingに類似の状態と考えられたが,物品の選択性は明らかではなかった。本例の言語異常に対して神経心理学的検討を加え報告した。

短報

遅発性ジストニアの3例

著者: 古賀五之 ,   内田又功 ,   西川正

ページ範囲:P.1215 - P.1217

I.はじめに
 抗精神病薬の長期投与に続発する非可逆的副作用として発現し,口周囲の持続的異常運動を主症状とするtardive dyskinesiaの存在は広く知られている5)。一方,このtardive dyskinesiaや,抗精神病薬の初期投与時に生じるacute dystonia,特発性または他の脳神経障害に続発するdystoniaとは鑑別可能なtardive dystoniaなる疾患概念が,Burke(1982)1)らにより提唱されているが,本邦での報告例はない。Burkeらによるtardivedystoniaの診断基準は以下のごとくである。
 1)chronic dystoniaの存在。
 2)dystoniaに先行する抗精神病薬の投与。
 3)臨床的または検査所見による続発性dystoniaの除外。
 4)dystoniaの家族歴のないこと。
 今回このBurkeらの基準に合致するtardivedystoniaの3症例を経験したので報告する。

ヒステリー症状を呈した高シトルリン血症を伴う若年性肝脳疾患の1症例

著者: 小西博行 ,   山岡一衛 ,   松岡出 ,   飯田順三 ,   平井基陽 ,   井川玄朗 ,   西野正人 ,   吉岡章 ,   中辻史好 ,   丸山良夫

ページ範囲:P.1219 - P.1223

I.はじめに
 肝脳疾患特殊型は多彩な神経精神症状を,その経過中に示すことが小笠原8)らによって詳述されている。著者らは多彩な臨床症状のためにヒステリーとしていたが,臨床検査から高アソモニア血症,高シトルリン血症が示され,文献的な考察から,高シトルリン血症を伴う若年性肝脳疾患と診断した1症例の臨床像を詳述し,血漿アミノ酸分析結果の高アルギニン血より,アルギニノコハク酸合成酵素の酵素異常の型別について,検討を加えたので報告する。

過食と過眠を伴ったうつ病の1症例

著者: 笠原敏彦 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.1225 - P.1227

I.はじめに
 過食(binge eating)とうつ病の関連について,欧米では多角的視点から多くの研究がなされている。一方,わが国においては,過食症(bulimia1))の二次的症状としての抑うつ状態についてはしばしば論及されているが,うつ病の随伴症状として過食を呈した症例に関する報告は少ない。われわれは,うつ病相に一致して過食と過眠を呈した躁うつ病の1例を経験したのでここに報告する(本症例の臨床症状の一部は別の報告8,18)で引用した)。

動き

第1回日本家族研究・家族療法学会印象記

著者: 小倉清

ページ範囲:P.1228 - P.1230

 この学会は昭和59年5月11日,順天堂大学で行われた。予想をうわまわる大勢の参加者で,会場は文字通り熱気につつまれた感じであった。家族への関心がこのようにたかまっているという,そのあらわれで,学会のお世話役をなされた方々にとっては,うれしい悲鳴というところであったろう。この学会が発足するに至るまでの経過については,その設立趣意書に詳しいが,この書はどなたの手によるものだろうか。長い文章ではないが,昭和25年頃から今日に至るまでのわが国の精神医学の全般的な動向についての様々の紆途曲折を,家族研究を中心にしてこんなにコンパクトに要領よくまとめられたのは,相当な臨床的な力をおもちの方に相違ない。それをここに転載したい気持にかられる。
 それはそれとして,この学会はその流れとして,力動論的立場をさらに発展させた,いわゆるシステム論的立場に立つものである。その第1回の学会にアメリカからミニューチン博士をお招きして,学会に続いて2日間のワークショップを併せもったのは,理にかなったことであった。

特別寄稿

目とこころ

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.1231 - P.1240

I.患者の精神状態と目
 われわれは日頃の臨床にあたって,患者の表情・態度・しぐさをきめ細かく観察し,精神状態をとらえる有力な手がかりとしている。この場合,表情については,とくに目からの印象を重要なサインとして受けとめる。平井8)は彼の著書「精神科診断学アトラス」で患者の表情について語っているが,妄想をもつ分裂病患者を装った俳優の写真については,「ぼんやりしているようだが実は目つきがきつく,視線が固定している」と解説を加えている。Bleuler5)の精神医学教科書にはうつ病患者の上まぶた,内方3分の1に“Veraguthsche Falte”と呼ぼれるしわができ,沈うつな感情をもの語ることが図によって示されている。
 目つぎやまなざしは患者にとっても大きな意味を持っている。図1は市橋ら12)が慢性分裂病患者の写生画の1例としてあげているものであるが,全体の描写が平面的で拙劣である中で,目が克明に描かれている点が強調されている。彼によれば,「眼の描写だけは多くの患者が不釣合なほど克明に描き,瞳孔まで描き込められている絵が多」く,これは人間の顔の各部分や身体の意味性が解体してゆく中で「まなざし」の意味性は最後まで保たれることのあらわれではないか,と考えている。宮本20)はムンクの人物像の「真正面向き」という特性に着目した論文の中で,横顔で目だけが正面を向く,Navratilのいうgemischtes Profilに一致した例を紹介し,この種の患者の心理的特徴について考察を加えた。市橋13)は慢性分裂病者の体験構造と描画様式の関係を論じた論文中に,この特徴を示す患者の絵の実例をのせている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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