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雑誌目次

論文

精神医学26巻2号

1984年02月発行

雑誌目次

特集 DSM-III—その有用性と問題点 巻頭言

特集にあたって

著者: 高橋良

ページ範囲:P.112 - P.113

 1980年に米国精神医学会から発表されたDSM-IIIに対して我国でも精神科医の関心が予想以上に集まり,日本精神神経学会を始め,WPA京都シンポジウムや精神科雑誌にもとりあげられ,ミニDやトレイニングガイド,ケースブックの日本訳も出版された。DSM-IIIの診断基準には賛否はともかく多くの長所があることが認められるからである。このように今日までDSM-IIIの紹介は主としてそのユニークさと我国での適用可能性などに視点がおかれてきたが,2年を経た今日,有用性とともにその問題点をとりあげてみようというのが本特集を組んだ理由である。似たような趣旨で最近は「精神医学における診断の意味」と題するワークショップの報告も出版された。
 DSM-IIIは我国のみならず世界各国の精神医学会に多かれ少かれ影響を与え,WHOの精神障害の国際疾病分類ICDの将来計画にも無視できない刺激を与えている。この辺の事情は本特集号の「ICD-10をめぐる動き」の欄や座談会の部分で論じられている。DSM-IIIはそのままを我国に適用することは勿論,国際的分類に応用することは問題があることは事実であるが,その基本的特徴は従来の精神障害の分類の前提を根本的に考え直す契機を与えていることも事実であろう。国際的な精神障害の分類を考えるにあたっては,種々の基本的問題が検討されなければならないであろう。WHOの会議では例えば必要な分類は個人の分類なのか病気の分類なのか,両方が必要であるとしても実際にどのように処理するのか根本的に考える必要があろうと報告された。また多軸分類がよいのか範疇的分類がよいのかも問題である。多軸分類を押し進めると個々の症例の診断的記述になってしまう上,精神衛生対策立案者や行政責任者にとっては統計上複雑すぎて厄介になる。しかし範疇的分類ではその疾病原理に理論的前提が多すぎて,研究上の障害となってしまう。DSM-IIIのように診断基準に操作的基準を用いるとすればどの程度までそれは許されるべきなのかの問題もある。操作的基準の限界がどこまでかは現在の知識のレベルでは未解決である。操作的基準は実体を究明できる部分を彫り出す手段であるのに,実体自身と誤解されるおそれがある。そしてそもそも世界共通の分類が可能なのかという問題がある。WHOは文化的に普遍的な分類が可能であるとして,ICDを発展してきたのであるが,文化特異的な現象を捨てさらないように配慮しなければならない。このような現象には病像形成的な色づけとしてのみしりぞけられない病因的な意義をもつ重要なものがあるからである。

DSM-I〜IIIの変遷の歴史

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.114 - P.119

I.はじめに
 アメリカ精神医学会が初めて「精神障害の診断・統計の手引きDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」の第1版,いわゆるDSM-Iを決めたのは1952年のことであった。その4年前にWHOの第6回国際疾病分類ICD-6が出されていたが,このICD-6とDSM-Iとは全く無関係であった。アメリカの厚生省が国際的な分類体系が必要だと思ったのはそのあとのことで,ICD-8がつくられたのが1966年,施行されたのが1968年で,このICD-8の作製には積極的にアメリカの代表をWHOのICD改訂委員会に送りこんでいる。
 従ってDSM-IIが同年の1968年7月1日に正式に採用されたのは,ICD-8を基盤にするという考えに基づいており,その作製にあたってアメリカの意見がかなり充分に述べられているといってよい。
 だがこのICD-8に対してイギリスからすでに1965年以前に批判が起こり,WHOは12カ国から委員を任命してICD-9に向けて毎年検討することになった。筆者もその1人に選ばれたが,1973年まで毎年各国で順に各疾患の診断・分類会議が開かれ,日本では薬物依存と人格障害の診断会議を1971年に行った。この委員会にはアメリカも積極的で,E. M. Gruenbergを委員長とする「命名と統計委員会」から代表として,J. EwaltやM. Kramerを送って討議した.
 DSM-1はICDと無関係であったが,DSM-IIはICD-8と,DSM-IIIはICD-9と近密な関係をもっているのはそのためである。

精神分裂病—ICD-9とDSM-III

著者: 中根允文 ,   太田保之 ,   荒木憲一

ページ範囲:P.121 - P.128

I.はじめに
 精神分裂病(以下,分裂病と略記する)に限らず,精神科領域のほとんどの疾患に関する診断は,面接時に確認された症状のみに基づいてなされているのではなく,それらの症状の発現起点からの推移を生活史のなかに読みとり,また,病前性格,病前の社会適応度,家族内遺伝負因,発病前情況,発病誘発因子の関与の有無など,全体的な時間的経過軸のなかで考慮し,多元的に行なわれているのが一般的である。普遍的な診断がなされるには,科学的に立証された操作的診断基準の確立が必要であるが,決定的な生物学的診断根拠を欠く分裂病の場合,同一あるいは類似した経過をたどる一群の患者群から抽出された臨床症状のみに基づかざるを得ないという制約の上に成り立った診断基準に準拠しているという現実が,さらに臨床診断の混乱をまねいているといえよう。分裂病の診断基準,そしてそれらに含まれる症状の評価法あるいは分類方法,および症状把握手技の確立をめざし,これまで多くの試案が開発され,追試検討されてきているが,それらの診断基準に関しては,既に詳細に報告してきたので16),ここでは省略する。
 本論文では,国際疾病分類第9版(ICD-9)26)の診断分類によって分裂病と診断された症例に対し,Diagnostic and Statistic Manual of Mental Disorders, Third Edition(DSM-III)1)の診断基準に従って再分類をした際,起こりうる実際的な問題点に焦点をあてて検討を加えたい。本来,このような作業は,具体的症例を呈示して行なうべきであると考えるが,それは別の機会に報告するとし,今回は統計的検討を述べるにとどめたい。

躁うつ病(感情病)

著者: 藤縄昭

ページ範囲:P.129 - P.135

I.まえがき
 私に与えられた課題の躁うつ病ないし感情病の概念は,周知のごとく精神分裂病とともに機能性(内因性)精神病を二分する,一つの疾患単位と考えられてきた疾病概念である。ところが,この度テーマとなったDSM-III3)には躁うつ病のカテゴリーがない。DSM-IIIについては既に多くの紹介7,22〜24),翻訳4)もあり,御存知の方も多いと思うが,躁うつ病に対応する病態は「感情障害Affective Disorders」という大きなカテゴリーの一部分であり,「大感情障害Major Affective Disorders」と呼ばれるカテゴリーに殆ど一致する。しかし,完全に対応するわけでもない。
 DSM-IIIの分類のなかで,上述の「感情障害」のところは特に苦労されているところで,それだけにユニークなのだが,また実際的には問題も多い。他の分類,例えば伝統的な分類とかICD-95)とかでは精神病性(内因性),神経症性(心因性)および人格障害などに分けられる感情(あるいは気分mood)の障害を包含している。与えられた課題は躁うつ病であるが,本特集の狙いに沿って,DSM-IIIの「感情障害」全体を問題にしようと思う。

アルコール性精神障害

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.137 - P.143

I.はじめに
 DSM-IIIがわれわれに示されてから,既に2年近くが経過する。"ミニD"といわれる小さい抜萃本を手にしたときに,あまりにも大胆な疾患分類の変更と診断基準の操作化に戸惑うとともに従来診断と対比してみる作業を通さないと簡単にこれを受入れるわけにはゆかないと思った。約1年かけて,筆者の前任の教室でも新患について,入院時診断を決める際に,DSM-IIIに準拠する作業を行ってみた。若い諸君ほど順応は早かったが,精神分裂病や躁うつ病の診断基準の問題もさることながら,物質常用障害と器質性精神障害に分類されたアルコール精神疾患の診断は,そうした2分法になれるまでかなりの時間を要した。アルコール精神疾患は,伝統的な精神医学では中毒による外因性精神病の概念の下に分類されてきた。また,疾患単位論に基づく伝統的な診断分類では,アルコール精神疾患に複数の診断名をつけることは,診断を曖昧にするとして排除され,単一の診断名をつけることが習慣化されてきた。そうした教育を受けて育った医師達にとって,確かにDSM-IIIの診断技法は型破りであるし,また,物質常用障害と器質精神障害を分ける分類にも割り切れないものが残る。
 しかし,何故このような分類法に至ったかについて,DSM-IIIテキスト本文1)を読んでみると,成程とうなづける点もある。そこで,筆者は,ここでは,与えられたテーマである「アルコール精神障害」について,DSM-IIIの分類と診断基準を実際の疾患例に照らして検討し,その有用性について検討を加えてみることとした。この作業の概略はすでにその一部を発表したので,参考にされたい2)

小児の精神障害

著者: 栗田広

ページ範囲:P.145 - P.152

I.はじめに
 DSM-III1,注)は“通常,幼児期,小児期あるいは思春期に初発する精神障害(mental disorder)”を,新設されたカテゴリーを含め,その他の多くの精神障害のカテゴリーに先だって取り上げ,これらの障害の分類については大きな比重をおいている。DSM-IIIはこの他にも,主として成人に認められる精神障害であっても,その診断基準に合致する状態が小児に存在すれば,その診断を適用するということを明確にしている。この2つの原則によって,DSM-IIIにおける小児,児童の精神障害の分類は,従来の成人で成立してきた診断分類,疾患分類を準用してきたといわざるを得ない,児童精神医学における診断分類の不十分さを,ある程度克服したものとなった。
 しかしこれが最終的なものではなく,また日本と米国の社会文化的な背景の違いなどもあって,わが国で実際に使用してみると,いくつかの問題点を認めることができる。それらは,ほぼ以下の2つの次元に分けて考えることができる。すなわち,第1にはDSM-IIIのとっている多軸診断,操作的診断基準の設定などに関する問題で,いわばDSM-IIIの構造に関わるものであり,第2にはDSM-IIIで設定されたAxis IおよびAxis IIの各障害(disorder)のカテゴリーそのものに関わる問題である。
 以下にそれらを著者の経験をとおして述べてみたい。

Personality Disorders(パーソナリティ障害)

著者: 笠原嘉

ページ範囲:P.153 - P.158

I.まえおき
 DSM-IIIの特色の一つにpersonality disordersの項の充実を挙げることに,おそらく何人も反対はないであろう。その充実には二つの側面がある。一つは内容面に関してであって,ドイツ流のSchneiderの精神病質類型はもとより,ICD-9とも大ぎく違った新しいタイプが記述されていること,もう一つは,内容面に対して形式面といってよいと思うが,従来のようにpersonality disorderがpsychosesやneurosesと並ぶ並列的小項目とされるのではなく,すべての精神疾患に際して考慮されるべき大項目としていわば「格上げ」されていること,つまり五軸評価申の第二軸という大きなウェイトを与えられていることである。ちなみに五軸とは「症状」(第一軸),「パーソナリティ障害」(第二軸),「身体所見」(第三軸),「発病に先立つストレス」(第四軸),「発病に先立つ社会適応度」(第五軸)である。ICD-9中ではこれに対し「神経症,パーソナリティ障害およびその他の非精神病性精神障害(300-316)」の中の一項(301)がその位置であって,これがまずは穏当な従来の考え方であった。以下「第二軸」の問題から先に入り,各論的内容的な問題を後にしたい。

「ICD-10」をめぐる動き—Personality Disorders(人格障害)

著者: 土居健郎

ページ範囲:P.159 - P.162

 以下に記すことは,1980年3月以降,WHOの主催する精神障害の診断と分類についての諮問委員会の末席に連なることにより私が知り得た情報に基づいている。但しこの問題を討議する会議で発表された意見は,WHOの承諾なしに発表者の名を冠してこれを紹介しまたは論評することが許されていないので,ここでは大体の傾向を伝えるに留め,それに若干私の感想を付け加えることにしたい。
 人格障害を論ずる上でまず問題となるのは,人格障害と神経症と精神病,以上三者の相互関係である。この三者はふつうそれぞれ相互に区別され得るものと理解されているが,厳密に三者を区別して定義しようとすると決して容易ではない。これは一つに,神経症や精神病の場合でも,人格の点で必ず何か問題があるという事情と関係があるように思われる。ともかくこの点をさしおいて,ただ狭義の人格障害だけを論ずることにあまり意味はないというのが大方の研究者に共通する暗黙の了解であるといってよい。ところで狭義の人格障害以外の精神障害における人格の問題には,次に述べるごとく幾通りかの場合がある。まず第一に,ある種の人格特性は障害の発生に導きやすいというvulnerabilityの問題がある。次にこれとは反対にふつうならば病原的に作用するはずの環境因子に遭遇しても,ある種の人格特性があれば発病阻止的に働くと信じられるimmunity(免疫)の問題がある。またこれとは別に,人格上の変化が発病の最初の兆しとなる場合があり,あるいは病を経過した後に人格変化が残る場合もある。これを要するに人格と病的過程は複雑に絡み合い,発病の素因としてにせよ病的過程の兆しであるにせよ,人格特性から明白な精神障害に至るまで連続したスペクトラムの存在が想定される場合がある。そしてまたこれとは違って,人格特性が病的過程と直接係わることなく,単に病像形成的(pathoplastic)に働くに過ぎないとみられる場合も存するのである。

「ICD-10」をめぐる動き—アルコール関連障害または問題

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.163 - P.166

I.はじめに
 アルコール症Alcoholismの概念は,1965年のWHO ICD-8では用いられてきたが,1973年ICD-9でアルコール依存症となり,アルコール乱用と区別された。アルコール精神病についても,ICD-9で「精神病的特異体質反応」が加えられるなどの変化があった。その後1975年の会議で「アルコール関連障害」Alcohol related disabilityという概念が提案され,さらに広い概念が取り上げられるようになった。将来予測されるICD-10では当然これらの問題を整理統合しなければならないことになろう。
 以下主としてWHOのICDその他の委員会で規定された「アルコール精神病」,「アルコール依存症」,「アルコール濫用」,「アルコール関連障害」,「アルコール関連問題」等の概念の変遷について述べてみたい。

「ICD-10」をめぐる動き—老年期精神障害

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.167 - P.170

I.ICD-8からICD-9へ
 周知のように老年期精神障害とくに「老年期および初老期の「器質精神病状態」に関して,ICD-8からICD-9へと変化があったのは「動脈硬化性痴呆Arteriosclerotic dementia」か,それまでは「老年性」に入れられず,動脈硬化症に伴うもの(293.0)に入れられていたことである。またICD-8で老年痴呆,その他の老年性精神病とのみあったのが,ICD-9では,老年痴呆,単純型,(290.0),抑うつおよび妄想型(290.2),急性錯乱状態を伴う老年痴呆(290.3),その他(290.8)とこまかく分類されるようになった。
 これを表示すれば表1のごとくである。

「ICD-10」をめぐる動き—Functional Psychosis

著者: 高橋良

ページ範囲:P.171 - P.174

I.はじめに
 1975年にICD-9が発効されるまでには1965年から1972年まで毎年WHOの診断セミナーが行われ,その国際的な共同研究の結果が60カ国以上の国々からの精神衛生専門家の批判を経るという過程があった。1970年代には精神衛生の理論と応用,精神医学の実践が進歩し,なかでも疫学的研究,臨床的研究と神経科学・生物学的研究が進むとともに,第3世界における精神衛生ケアと精神医学研究のモデルが重視されてきた。このような状況で精神障害に対して多様なレベルからの適切な分類が必要となってきた。ICDは世界80カ国以上で公式に採用されている一方で,フランスなど各国でもその国自身の精神障害の診断分類が開発され,第三世界でもその実状に合うICDを要求する声も大きくなってきた。ICDに対しては1980年に米国精神医学会で採用されたDSM-IIIの影響も大きなものとなった。以上の理由によって,1980年代は精神障害の分類と診断にとって重要な時代であり,今日までの前提を根本的に考え直す必要があるとして,WHOは新しいICDを近き将来作成するための活動を開始した。その現れが1980年より始められた「精神障害とアルコール,薬物関連問題の診断と分類の国際プログラム」というプロジェクトであり,WHOと米国のADAMHA(Alcohol, Drug Abuse and MentalHealth Administration)の協力によって3段階に亘って遂行されつある。その第1段階は1980年から1981年にかけての準備作業であり,第2段階が1982年4月開催された国際会議である。その結果をとり入れた共同地域研究が第3段階であり,進行中のものである。このプログラムの目的は精神衛生の分野の診断と分類の現状を再調査し,現在の分類体系にみられる欠陥を確認するとともに,国際的又は国内の共同研究によって解決をはかること,そのために優先的な目標と研究方法および協同研究のあり方をきめることなどである。ここでは1982年4月の国際会議までの「機能性精神病」の診断と分類にかわるWHO活動のうち筆者が興味をもった点を粗描することにする。これはWHOの世界各国の専門家からなるadvisory groupの2回に亘る報告とscientificworking groupの報告及び1982年4月の上記の国際会議の報告によるものである。

DSM-IIIの問題点

著者: 竹友安彦

ページ範囲:P.175 - P.188

 I.
 Diagnostic & Statistical Manual of Mental Disorders, Third Edition(以下DSM-IIIと略す)1)が米国精神医学会から出版されたのが1980年。出版前にもかなりの議論があり,殊に「自我親和的(ego-syntonic)な同性愛は精神医学領域の疾患ではない」というDSM-III委員会の意見をめぐり専門家の間の論議2)は新聞紙上にも華やかに展開されたものであった。刊行2年後の現在,米国精神医学会は既に公式のnosologyと決定されたDSM-IIIをどう受けとめているか。適当な資料を見つけて,この間に対する答えを試みることは,米国精神医学の体質を示すトモグラフィーの一例を示し,DSM-IIIに関心を持つ読者の参考になることかも知れないと考えた。偶々1982年の米国精神医学会年会で「DSM-IIIの長所は短所を補って余りあるものか?」(“Do the advantagesof DSM-III outweigh the disadvantages?”)と題する討論会があったことに気がついた。この討論会では司会者の許に議題に関して賛成論者と反対論者が夫々二人賛否両陣から相互に立って,ユーモアにつつまれた鋭鋒で討論する。その後,聴衆の有志が自由にどちらかの側に立った発言をする一時があり,最後にパネリストが夫々短い発言をする。筆者にはなかなかアメリカ的だと思える雰囲気であったが,壇上のメンバーは次の通りであった。

座談会

DSM-III—その有用性と問題点

著者: 加藤正明 ,   笠原嘉 ,   大熊輝雄 ,   土居健郎 ,   藤縄昭 ,   高橋良

ページ範囲:P.190 - P.201

まえおき
 高橋(司会) ご存じのようにDSM-IIIが精神医学界にいろんなインパクトを与えており,日本でもこの問題をめぐってシンポジウムが行われたりあるいは特集が組まれております。このへんで,もう一度DSM-IIIの発生してきた経緯を振り返り,現時点での日本におけるDSM-IIIの応用性,あるいは意義を考えてみたいと思います。
 私なりにいろいろ考えてみますと,一つは精神疾患の定義診断が各学派,各国の間で必ずしも一致していなかったという現状があります。国際疾病分類も統一診断の動きがありましたし,そういう背景のもとでアメリカはアメリカで独自に委員会を作って,精神医学会としてDSM-IIIができたわけです。

研究と報告

内因性うつ病者における睡眠の縦断的観察—予後判定の一因子として

著者: 斎藤英二

ページ範囲:P.205 - P.218

 抄録 Primary,Endogenous Major Depressive Disorders(RDC)と確診された単極性うつ病の入院患者10名に対し,定式化された抗うつ剤amitriptylineを投与して,病盛期,軽快期および退院後の寛解期の3期にわたり睡眠ポリグラフィを行い,得られた資料に因子分析法の適用を試みた。
 10名は平均3年6ヵ月追跡され,順調に寛解した予後良好群と遷延化や再発・再燃を示した予後不良群の2群に分けられた。この2群間における睡眠の変動に差異が見出された。予後不良群は良好群と比較して,①病盛期に睡眠率と全睡眠時間が減少し,REM密度の増加を示す,②軽映期にREM密度が減少し,睡眠率と全睡眠時間が増加する(信頼性係数:97.6%)。これらについて主として抗うつ剤の睡眠に対する影響の点から考察を加え,2群間の差異は生物学的異種性に基づく薬剤反応性の相違と考えた。そして治療初期と軽快期に睡眠ポリグラフィを観察することで予後を予測できる可能性を指摘した。

短報

精神分裂病と“正常圧”水頭症が合併した15歳女性例

著者: 野本文幸 ,   山岡正規 ,   町山幸輝

ページ範囲:P.219 - P.221

I.はじめに
 精神分裂病と脳萎縮との関連は,近年,Johnstoneら4),Weinbergerら10,11),Takahashiら9)をはじめとして相次いで報告され,改めて注目を集めている。しかし,これらの報告での脳室拡大は脳室・脳比が0.2以下であり,水頭症と診断されるほどの拡大はReveleyら7)の中脳水道狭窄に分裂病の合併した3例のみである。
 交通性水頭症の中でも特異な“正常圧”水頭症(以下,NPHと略す)は1965年にAdamsとHakimら1)が報告して以来治療可能な疾患として知られ,また,精神症状が主体の症例がある点からも関心がもたれている。本症の精神症状はうつ状態が多く5,6,8),未だ分裂病を伴う例は報告されていない。
 今回著者らは,臨床症状は分裂病(緊張病)を示し,RI脳槽造影等の諸検査でNPHと診断された15歳女性例を経験した。

Sulpiride,Metoclopramide服用中に行ったAmoxapine治療に関連して生じた遅発性ジスキネジアの1例

著者: 島悟 ,   鹿野達男 ,   伊藤斎

ページ範囲:P.222 - P.224

I.はじめに
 Dibenzoxazepine誘導体の三環系抗うつ薬であるamoxapineは,loxapineのdesmethyl体であり,imipramine類似の抗うつ作用を有しているといわれている。またamoxapine,およびその代謝産物である7-OH amoxapineは,in vitroでneurolepticaとしての作用を示すと報告されており1,2),臨床的にも,高prolactin血症3),乳汁分泌3),急性ジストニア4),パーキンソニズム4),悪性症状群4),アカシジア4,5)など,neurolepticaにしばしば随伴する副作用をきたすと言われている。しかし,現在までにamoxapineによる遅発性ジスキネジアの報告はない。
 量近,われわれは,amoxapine治療中惹起された遅発性ジスキネジアの1例を経験したので報告する。

精神症状で発症し伝染性単核症による脳炎と考えられた1例

著者: 松石竹志 ,   宮内利郎 ,   矢花辰夫 ,   横井晋

ページ範囲:P.225 - P.230

I.はじめに
 精神症状が先行したり,前景に立つ脳炎については,近年多くの報告2,3,8,13)をみる。しかし,意識障害をはじめとする脳炎の徴候に欠ける症例では,病初期からの臨床診断が困難な場合も少なくない7,10,12)。今回,我々は明確な意識障害,巣症状などの神経症状が目立たず,幻覚妄想状態の精神症状が前景にたち,当初内因性精神病が疑われたが,その経過中に髄液,脳波所見等からウイルス脳炎と診断された症例を経験した。なお本症例は経過中に,発熱,発疹,リンパ節腫脹,特有の血液豫などの典型的な伝染性単核症の臨床症状を呈し,またその原因ウイルスとされているEBウイルスの抗体価の上昇をみており,本脳炎の起因ウイルスと考えられたので,若干の考察を加えて報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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