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特集 DSM-III—その有用性と問題点
「ICD-10」をめぐる動き—Personality Disorders(人格障害)
著者: 土居健郎1
所属機関: 1国立精神衛生研究所
ページ範囲:P.159 - P.162
文献購入ページに移動 以下に記すことは,1980年3月以降,WHOの主催する精神障害の診断と分類についての諮問委員会の末席に連なることにより私が知り得た情報に基づいている。但しこの問題を討議する会議で発表された意見は,WHOの承諾なしに発表者の名を冠してこれを紹介しまたは論評することが許されていないので,ここでは大体の傾向を伝えるに留め,それに若干私の感想を付け加えることにしたい。
人格障害を論ずる上でまず問題となるのは,人格障害と神経症と精神病,以上三者の相互関係である。この三者はふつうそれぞれ相互に区別され得るものと理解されているが,厳密に三者を区別して定義しようとすると決して容易ではない。これは一つに,神経症や精神病の場合でも,人格の点で必ず何か問題があるという事情と関係があるように思われる。ともかくこの点をさしおいて,ただ狭義の人格障害だけを論ずることにあまり意味はないというのが大方の研究者に共通する暗黙の了解であるといってよい。ところで狭義の人格障害以外の精神障害における人格の問題には,次に述べるごとく幾通りかの場合がある。まず第一に,ある種の人格特性は障害の発生に導きやすいというvulnerabilityの問題がある。次にこれとは反対にふつうならば病原的に作用するはずの環境因子に遭遇しても,ある種の人格特性があれば発病阻止的に働くと信じられるimmunity(免疫)の問題がある。またこれとは別に,人格上の変化が発病の最初の兆しとなる場合があり,あるいは病を経過した後に人格変化が残る場合もある。これを要するに人格と病的過程は複雑に絡み合い,発病の素因としてにせよ病的過程の兆しであるにせよ,人格特性から明白な精神障害に至るまで連続したスペクトラムの存在が想定される場合がある。そしてまたこれとは違って,人格特性が病的過程と直接係わることなく,単に病像形成的(pathoplastic)に働くに過ぎないとみられる場合も存するのである。
人格障害を論ずる上でまず問題となるのは,人格障害と神経症と精神病,以上三者の相互関係である。この三者はふつうそれぞれ相互に区別され得るものと理解されているが,厳密に三者を区別して定義しようとすると決して容易ではない。これは一つに,神経症や精神病の場合でも,人格の点で必ず何か問題があるという事情と関係があるように思われる。ともかくこの点をさしおいて,ただ狭義の人格障害だけを論ずることにあまり意味はないというのが大方の研究者に共通する暗黙の了解であるといってよい。ところで狭義の人格障害以外の精神障害における人格の問題には,次に述べるごとく幾通りかの場合がある。まず第一に,ある種の人格特性は障害の発生に導きやすいというvulnerabilityの問題がある。次にこれとは反対にふつうならば病原的に作用するはずの環境因子に遭遇しても,ある種の人格特性があれば発病阻止的に働くと信じられるimmunity(免疫)の問題がある。またこれとは別に,人格上の変化が発病の最初の兆しとなる場合があり,あるいは病を経過した後に人格変化が残る場合もある。これを要するに人格と病的過程は複雑に絡み合い,発病の素因としてにせよ病的過程の兆しであるにせよ,人格特性から明白な精神障害に至るまで連続したスペクトラムの存在が想定される場合がある。そしてまたこれとは違って,人格特性が病的過程と直接係わることなく,単に病像形成的(pathoplastic)に働くに過ぎないとみられる場合も存するのである。
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